私が産まれたのは昭和31年東京の下町品川で生まれた。

本当に貧乏な家で、今でも覚えているのは4畳半一間、入り口に小さなガスコンロが有りでも水道は付いていない、外にある共同井戸から水をくんで来る。昔で言う長屋だった。

私の家から少し離れた大きなお屋敷に住んでいた幼なじみのジュンコちゃん、確か名字は小川さん弟のツトム君私がまだ3-4歳位だったけど鮮明に覚えている。

其の頃、安保反対のデモが夜道の前を行進していたり。豆腐屋さんや行商のおネーサンとか、飴細工屋さんなんて来ていた。まさに、日本で5年前に見た映画 Always 中の時代だった。

父は町工場の旋盤工、母は家にいて私と妹の世話で忙しくしていた、夜になると今でも覚えているが’、不二家のパラソルチョコレートの外側にお包みを作る内職をせっせとしていた。
ギターを弾き歌を歌うのが上手だった父。しかし普段は良い父だったけど、一滴でもお酒が入ると別人!!!!!!!猫が虎に変身してしまう。
俗にいう酒乱で、勿論飲むと母を殴る蹴る!!!そしてギャンブル、浮気、まあ本当に今考えるとしたい放題で沢山ストレスを抱えた父親だった。

私が小学1年生、東京オリンピック開催、新幹線開通と其の頃は本当に一番私が幸せな一時期だった。そして思いでも沢山出来たつかの間の幸せだった。
そして、両親の離婚劇。離れてはまた戻りの連続が延々と続いた。
今考えれば夫婦の関係程不可解な物は無いと思う。

中学1年の春母と私と、妹で父から逃げる事を決意、雪の振る真夜中に3人で逃げた。どこに行くかは全く分からないままひたすら逃げた。

母は友達住む千葉の館山に親子3人で辿り着いた、母は水商売で私たちを育ててくれた。
勿論反抗期など私には無かった。無かったと言うよりも家が貧乏すぎて母の姿を見ていると反抗使用なんて思いもしなかった。
人生は本当に不公平だと其の頃思っていた。
そんな訳で私はいつも理想的なお父さん像にあこがれを持っていた。優しい大きなお父さんみたいな人がいつか現れないかと待っていた。
母の再婚私の全くイメージしていた人とはかけ離れていた。
勿論最初はうまく行かず喧嘩ばかり、でも少しは母も楽になりやっと幸せになるかと思っていたがガンの宣告が待っていた。

小さい頃から自分はゲイである事は感じていた。ゲイは後天的と有る人が言っていたが私はそうは思わない。絶対に先天的だと確信を持って言える。この世に生を受けた時点でゲイはゲイだと思う。
それを自分で確認出来るのは人それぞれの環境、それときっかけだと思う。

やがて、私も中学に入り思春期。周りの同級生達を見るのも少し変わって来た時期。
好きとか愛していると言うよりもただただセックスに興味が強く、異性だろうが同性だろうがとにかく性と言う物だけに興味があったと思う。
当然私も同級生とか先輩とかと性体験もすでにしていた。しかし先ほど言った様に愛だとかにはほど遠い感じで、好きな人はいたけど恋に恋したと思う。

ある日、本屋さんでゲイの雑誌薔薇族を見つけ、おそるおそるページを開いたときどーんと衝撃が走った。
そして何が何だか分からないうちに買って其の本をむさぼる様に読んだ。
最後のページは日本全国、海外を含めて沢山ゲイがいる事を知った。自分だけじゃないんだ。
それまで悩み苦しんで来た事が嘘の様に消えた。

ある日私が其の本をベッドに下に隠しておいたが、学校から帰ったら何とベッドの上にあった。
母が私にちょっと話があるのと言われ、顔面蒼白どうして言い訳した来意のカバ借り頭の中を駆け巡っていた。
母が私に本見たよ!自分で買ったの?此の本好き?、、、、、、、、私は何も母に言えずに黙って下を向いていた。
いきなり母は私、此の本好きよ!私は耳を疑った。まさかそんな答えが返る何て思っても見なかったからね。
おかーチャンね沢山男の人の裸の写真載ってるし小説も良いと思ったわ。
おかーチャン男好きだからお前も好きなのが当たり前よね!よくわからない、つじつまの合わない返事が返って来た。!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

お前が人を好きになったり、愛したりする事はことは自然、それが同性であってもおかーちゃん良いと思うわ。でもしっかり愛しなさいよ。私みたいな人生送っちゃ駄目よ、、、って伝言ってくれた。何て変な母を持ったのかと驚いていた。

時も過ぎは母40歳でこの世を去った、本当に何も楽しい事も無く私たちの苦労を一人で背負って
天国に言ってしまった。
母が言った言葉は私が此の歳になって改めて母の寛大さに頭が下がる思いだ。

そして、理解の有る母がいなければ今の私がいなかったと思う。
そして此のブログにも書いていなかったでしょうね。

現実問題、沢山のゲイの若者が誰にも話せずに悩んでいると思う。
ゲイはまだまだマイノリテイー、肩身の狭い思いをしている人が大半だと思う。

私の母の様な親が沢山いれば問題ないが、しかし現実は厳しい。
でもね、
母親が一番理解してくれるのではないかしら。自分の腹を傷めた子供がゲイだからといって親子の縁を切るとは思えない。始めは本当に驚くと思うけどね、でも時間が解決してくれると私思う。それと愛する気持ちお互いの理解だけで良いと思う。

一人悩んでいても全然解決しないし、中には自殺してしまう子も沢山いるけど、
現実を受け止める事、ゲイが病気でもないし変態でもないの。

私も若い頃は悩んだり、悲しい思いをして来ました。それが人生山あり谷ありだと思う。
人を愛したら真剣に愛せば良い。。。。。。。。。。傷ついたら思い切り泣き明せば良い!!!
泣きつかれたらまた頑張れば良い。。。。。。。いつか本当に自分の事を愛してくれる人が必ず来ること。
私も此の歳になるまで散々やって来ている。

でもこうしてゲイだよって皆に言える様な親父になれて本当にありがたいと思っています。