>秋風がうっすら肌寒いと感じる陽気だね。
>今度の水曜日空いてる?青山に旨い鮨屋を見つけたんだ。
>きんきんに冷えた冷酒って時期じゃないし、熱燗を楽しむにもまだ少しだけ早い。
>ってことで、平目の造りに冷えたシャブリ、いってみる?
バス停でバスを待っている時に届いた康弘からのメール。
彼は、食にこだわりがある男友達。
康弘は、食通というか、お店の雰囲気や、ホスピタリティなど、食事とお酒だけでなく、トータルで彼の厳選したお店へ私を連れて行ってくれる。
康弘の選んだお店なら間違いなくお酒も食事もよく、そしてお店のお客のもてなしにも満足できる。
お鮨ねぇ・・・
いつもなら二つ返事でYESと返信するところだけど、自分の中で待てよ、と声がする。
何だか乗り気になれない私がいた。
康弘は、経営コンサルタントという職業柄か、多岐にわたる話を聞かせてくれる。
だからといって、伸郎のように薀蓄を披露して満足するようなタイプではないし、帰国子女だったせいか、お食事に行くとレディファーストでエスコートしてくれる紳士だ。
康弘には、特に嫌なところはない。
気になるところを無理矢理探し出せば、美食家のせいで少し脂肪のついた体くらいだし、一時は康弘とつきあってもいいかな、と思ったこともある。
私は、小刻みに波打つ自分の中の何かを感じつつ、返事をうった。
>お鮨は大好きよ。
>シャブリよりも辛口のシャンパンでいきたいところだわ。
>でも、ごめんなさい。来週の水曜日は予定ありです。
>今月はちょっと忙しいの。
>時間ができたらこちらから連絡します。
たぶん、連絡しないだろうな、って思いながら送信ボタンを押す。
なぜなのだろう。いつもと違う自分を感じていた。
それを探っていたら、驚くことに、ある視線を感じ始めたのだ。
それは、とても気持ちの穏やかになれる視線だった。
私の頭の中に、日に焼けた山口さんの顔が現れた。
あの日の彼がこちらを見て微笑んでいたのだ。
真っ白いリネンのテーブルを挟んで、向こうからやさしい眼差しで私を見ている山口さん。
その彼の背景には、緑鮮やかな木々と穏やかな日の光。
彼のその瞳を感じた途端、胸がきゅっとつままれて、そのつままれた感触が、ほんわりと温かく私を包み込んだ。
え?私、もしかしたら、あの人が好きなの?
私は、検証するように、確認した。どうなのよ?って。
すると、自分の中の自分が、正直に話し始めた。
そうなの、私には、あの人が不可欠なのだわ。
私の側にいてほしいの。
それは、あの人以外、他にはいないの。
誰かがおいしいお鮨屋に私を誘おうと、あの魅惑的な香りの白トリュフがメニューにあるフレンチレストランに私を誘おうと、封切りになった新作映画の観賞に誘われたって、それらに魅力を感じないのは、私にとって不可欠なものがあるからよ。
その、不可欠なものがありさえすれば、立ち飲み屋だって、居酒屋だって、テレビの小さな画面で観る映画だって私にとっては魅力的なのだわ。
私は、自分の中に現れた山口さんの映像を再現してみた。
そっと。
そのお店は、日本人でありながら、ニースにお店を構える若きシェフがプロデュースした東京のフレンチレストラン。
原宿という喧騒な街から少し離れ、閑静な緑に包まれた都会的な雰囲気のお店。
新しくできたマンションのグランドフロアにあるそのお店は、前面がガラス窓ゆえに、マンションの敷地内に入るとすぐにわかるのだけど、エントランスがわかりづらい。
初めてのお店は、スマートに入店したいものだ。
いかにも知っています、といった感じでね。
少し気取ってしゃなしゃなと歩いていた私だったけれど、エントランスと反対側の通路に入ってしまい、それを中で見ていた給仕がガラス越しに「反対です」と手招きしてくれて、やっと気づいた。
気取って歩いていた私は、少々、気恥ずかしい思いをして給仕に向かって小さく頭を下げた。
すると、中では、すでに到着していた山口さんが、私を見て微笑んでいた。
ああ、見られてしまった、と私は心の中で小さく舌打ちした。
彼の前ではかっこいい女性を演じたかったのに、と少々気落ちしつつ、反対側のエントランスへ回った。
エントランスを入ると、左手にウェイティングバーがあった。
ワインセラーの横を通り、給仕の後をついていくと、先ほどの前面ガラス張りの店内へ足を踏み入れた。
日が入る明るい店内。
清潔な真っ白のリネンが、外の緑とミックスされて、私をやわらかく迎え入れてくれた。
店内を見回して、太陽の出ている時間帯の約束で正解なのだわ、と思った。
このロケーションなら、デートにはかなりの力を発揮しそうだもの。
と考えて、一人で笑ってしまった。
だって、デートを成功させたい男性の思惑に気づきながら、まんまとはまっている自分。
その発揮されている力に逆に喜ぶ自分。
私は、そんな自分に一人微笑むと共に、こういったとめどなく流れる心地いい感覚をとめられない自分がいるのに驚いていた。
遠くから感じる視線。
あの人が、私が歩く姿を見ている。
私は、その視線を全身に受けて、ちょっぴり緊張しつつ、視線が送られてくるテーブルに向かってゆっくり歩いた。
余裕の笑顔で、そして、気取った歩き方で。
この人に気に入られたい。
私の心は、そんな思いでいっぱいだった。
そう、あの時すでに、私は、あの人を贔屓し始めていたのだ。
遠くから緑色のバスがバス停に向かってくるのが見えた。
私は、慌ててお財布から小銭を探していると、心のどこかで、小さく声が響いた。
私、たぶん、恋してる?
って。
To be continued Written by 鈴乃@Akeming
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