つぶっていた目を開けると、ビルの上に高く位置する太陽の光が目に射しこみ、私はまぶしくて思わず目を細めた。
しばらくそのまぶしい太陽の下で寝ていたので、私の体は火照って汗も出ていた。
「今日は暑いわ」
と私は言い、その熱くなった体をクールダウンするために、かぶっていたキャップを取り、長い髪をまとめてピンで留めるとプールへと向かった。
私はプールの端から端へとゆったりと平泳ぎしながら、あの日を思い出していた。
あの日も暑かった。
あの日って、さっき私の隣で寝そべっていたブライアンと出逢ったあの日。
あの日、私は旅から帰ったばかりで、空の冷蔵庫に少しばかりの食料品を収めるために駅近くのマーケットに出かけた。
家の前の道をただただ真っ直ぐ歩くと、駅前のロータリーにたどり着く。
私はそのあたりで新鮮なフルーツや焼きたてのパンなど、簡単に食べられるような食料品を買い、来た道をまたひたすら真っ直ぐ戻っていた。
歩道橋を渡り、坂道に差し掛かった時、私の目は私の前を歩く姿勢のいい男性の後姿をとらえた。
外国人?
テニスラケットが入ったリュックを右肩に背負って、その後姿はほどよい背の高さ筋肉ときれいなシェイプが感じられ、美しく均整がとれた後姿だと思った。
「ああ、このビルから出てきたのだわ」と私は思った。
私が通過中の横のビルにはスポーツクラブが入っていた。
きっと、ここでスカッシュをプレイしていたのだろう。
彼は、振り向くと私に向かって止めていた、くすんだ空色のべスパにまたがった。
バイクにまたがり、視線をまっすぐにした彼の目は、彼に向かって歩いてくる私の姿をとらえた。
私は南の島に行っていたので、梅雨明けの東京の街ではそのブロンズカラーの肌は人々にめずらしく映ったかもしれない。
きっと、そんな私だったから彼の目は私にフォーカスされたのだろう。
お互いが見詰め合ったまますれ違ろうとしたその時、彼が私に何か言おうとしているのがわかった。
私は不思議なことに、その彼の少し困惑するような顔に見覚えを感じて立ち止まった。
立ち止まると、額から汗が流れた。
今日は暑いのだ。
私は左手の指先で汗を拭いながら言った。
「あの・・・もしかしたら私たち、以前どこかでお会いしているのかしら?」と。
すると、彼は言った。
「ああ、そう。僕もそう思って君を見ていたんだ。奇妙な視線だったらごめんなさい」
そうして微笑んで続けた。「肌がきれいに焼けているね」
「昨日、南の島から帰ってきたところなの」
「ほお、いいね。僕は明日から白浜ビーチっていうところに行くんだ」
「白浜?それは素敵!ホワイトサンドのきれいなビーチよ。楽しめると思うわ」
お互いが誰なのか確認する以前に私たちの会話は弾んでいた。
しかし、もしも会ったことがなかったとしたら、かなり勇気のいる行動だ。
私は以前会ったふりをして外国人男性に声をかけたのだから。
私はそんな自分を思い出しながら、プールの水を楽しんでいた。
何度かプールの端から端の行ったり来たりを繰り返し、私たちのデッキチェアに向かって立った。
ブライアンがこちらを見ている。
遠くにいても彼の瞳の色を感じることができた。
私は、ブライアンの視線を体に受け止めながら、またあの日の会話を思い出した。
あの暑い日、路上で出逢った外国人男性が誰なのか確かめるために私は聞いた。
「どこでお会いしたのかしら」
そう言って、私は彼がまたがっているべスパの色のようなダークなライトブルーの瞳を見つめた。
そうして、「あ、あそこかも」と、私は自分がよく遊びに出かける外国人の多くいる街の名前を言ってみた。
「ああ、そうかもしれない。もしかしてクラブに踊りに行ったりする?」
「ええ。踊るのは好きだから、もしかしたらそこでお見かけしたのかも」
と私は笑った。
私は彼と話しながら彼の顔を観察していた。
年齢を重ねたからこそいい味を出している彼の顔は、同じく年齢を重ねた私から見てパーフェクトだと思った。
外国人にしては小柄な、どちらかといえば、東洋人に近い体型に彼の顔がミックスされると、均整がとれていてパーフェクトなのだ。
顔の骨格、品のある顔のひとつひとつのパーツ、ヘアスタイル、瞳の色、外国人なのに存在感のない小さな形の整った鼻、薄い唇。
無造作に伸ばしたようで整えられた髭と、笑った時に作られる皺は自然で、まるでメンズファッション誌に出てくるミドルエイジのモデルのように洗練されたものを感じた。
「僕はブライアン。君はこのあたりに住んでるの?」
「私はエミ。ここをまっすぐ行ったところに住んでいるわ。あなたもこのあたり?」
「僕はNYとパリ。東京は2週間前から来ていて赤坂に滞在中」
ああ、なるほど、と私は思った。
彼の英語はイントネーションが何だか違うって思った。
私のアメリカ人の友達にニューヨーカーがいるが、彼のパーフェクトな発音と少し違う。
少しだけ聞き取りづらいと感じたのは、フレンチ交じりの発音だからなのだと気づいた。
フランス人特有のぼそっとした話し方は、セカンドランゲージとして英語を勉強中の私には聞き取りづらい。
私たちは会ったことがあると言いながらも、ファーストミートでありがちな会話を進め、次週会う約束をしてバイバイを言い合った。
バイクを走らせるブライアンを見送りながら「果たして本当に会ったことがあったのかしら」と私は自分の行動に笑みが出てしまったっけ。
私はデッキチェアに座りながらこちらを見つめるブライアンに小さく手をふると、またゆったりと泳いでブールサイドに上がった。
ブライアンは、水を滴らせてデッキチェアに座る私の肩のしずくを指で拭い言った。
「君の肌はパーフェクトだ。色といい弾力性といい」
「本当?」と私はおどけた顔で返した。
「ありがとう」とにっこり笑えばよかったのだが、ブライアンこそパーフェクトなのにその彼に肌を褒められたのが意外で素直に返せなかったのだ。
ブライアンは、私が感じた彼のパーフェクトな美しさを世の人々に見せる仕事をしていることを、私は今さっき知った。
確かに、多くの人とプールに交じるブライアンは、それだけでファッション誌の1ページに掲載されそうな絵になる顔立ちだ。
「ねえ、君って恥ずかしがりやなの?」とブライアン。
「ええ、そうよ。褒められると恥ずかしいわ」
「僕もだ」と笑うブライアン。
「二人して恥ずかしがりや?あなたもそう?」
「ああ。僕はシャイだから、君に対してどうしたらいいのかわからないよ。君はわかる?」
「私もわからないわ」と微笑むと、ブライアンは私の腕を手のひらで触れながら言った。
「唯一わかるのは、僕は君のやわらかい肌をさわりたいということだ。君はみんなに肌を褒められないかい?」
「ありがとう。確かに褒められることはあるわ。「バターのような肌」とか「やわらかくてさわると気持ちがいい」って」
ブライアンは微笑みながらうなずき、背中に手を回した。
「誰か見ているわ」
私の肌をさわるブライアンを私はやさしく制止した。
「いや、誰も見ていないよ」
とブライアンは私の肌をさすっている。
そうして、私の耳元でそっとささやいた。
「ねえ、恥ずかしがりやの僕らはキスすると思う?」
「え?」
「イエス?ノー?」
私は微笑んで答えた。
「Maybe(もしかしたら)」
「もしかしたら?イエスなの?ノーなの?」
ブライアンはやさしく私の肌をさすり続けている。
「シャイだからわからないわ」
と答えると、ブライアンは大きく笑ってデッキチェアにまた寝そべった。
ああ、暑い。
この暑い日差しを浴びて、私の肌はますますダークカラーになるに違いない。
でも肌の色がダークなのは夏の間だけ。
私の肌は、今まさに夏を楽しんでいる。
太陽と遊び、海と遊び、そしてプールの水と戯れる。
ブライアンとも夏の間だけの楽しい戯れ。
彼が日本に滞在する短い期間での本気にならない今だけの戯れなのだ。
ならば、キスするくらい許されるのかも。
夏の日差しは、肌の色を濃くするけれど、私の気持ちも大胆にする。
隣で横になっている端整な横顔のブライアンを見つめながら、夏の不思議な開放感に心を委ね出している自分がわかった。
彼が目を開けたら言おう。
「さっきの続きだけど、もしかして私がイエスだったらシャイなブライアンはどうするの?」と。
The end・・・ Written by 鈴乃@Akeming
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■ 夏の戯れ 後記 ■
久々にショートストーリーを書いた!
私のショートストーリーを読んだ方に「実話ですか?」と聞かれることがあるのだけど
実話だったりそうでなかったりします
今回はどうなんでしょう?
映画のワンシーンを思い浮かべるように読んでみてください
というわけで、梅雨明けと共にやってきた夏!
今年の夏も大胆に!楽しく戯れましょう~
私の今年の夏は、海、山、プールとたくさん遊べそうです!
ますます焦げますよん♪


