MTFのAkemiのblog イタリア児童文学・皆既日食・足摺岬が好き

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私は、イタリア児童文学が大好きで、皆既日食も大好きで、足摺岬も大好きな、団塊の世代に属する元大学教員で、性別はMTFです。季節の話題、お買い物の話題、イタリア語の勉強のしかた、新しく見つけたイタリアの楽しい本の話題などを、気楽に書いていこうと思っています。

最近になって、それまでAmazonのカスタマーレビューで多くのレビュアーから高い評価をいただいていた1990年代初版刊行のわたしの古い著書に、ひどく低い評価をつけて「わかりにくい本だ」というコメントをつけてくるレビュアーが、立て続けにあらわれました。

 

ひとつは『初歩からの多変量統計』についた↓このレビュー。

分かり易い様に工夫されているが、文章が読みづらい

 

↑これはまだしも、本の叙述は「分かり易い様に工夫されている」との肯定的評価をもいったん示したあとで「文章が読みづらい」と否定的評価を下すかたちになっていますが、↓これに至っては全否定の評価。

独習には不向き

 

刊行からまもない時期についていたレビューと比較すると今昔の観があります。

 

近年の大学生は、大学レベルの教育が前提としている予備知識を、高校までのあいだにちゃんと身につけていない者が多くなっているのではないでしょうか。

 

数式以前の、日本語文そのものの読解能力も下がっているのではないでしょうか。

 

政治のことは基本的に書かない方針のわがブログですが、先日、ちょっと禁を冒して「憲法改正を論ずるなら53条と69条の改正こそを真っ先に論ずべきだ」ということを書きましたね。

「憲法改正」は53条と69条についてこそ必要だ | MTFのAkemiのblog イタリア児童文学・皆既日食・足摺岬が好き

 

↑これは当面の政治情勢の中でどっちの意見に与するかといった次元よりももっと遡った、戦後日本の政治のしくみそのもののもつ問題点だからです。

 

常識で考えればわかる、明々白々な制度上の欠陥です。

 

それを書いたついでに、現在の日本の政治のしくみのうち、明らかにおかしいものをもうひとつ指摘しておきます。

 

いつのころからかあたりまえの習慣になってしまっている、選挙の公示期間中のマスコミ報道の在り方についてです。前から「おかしいな」と思いつつ、はっきり指摘するのを控えていましたが、今度という今度は我慢がなりません。

 

選挙期間中のマスコミは、ただひたすら各政党、各候補者の公約の違いと、客観的にみた場合のその実現可能性(単純な願望だけならだれでも好き勝手なことを約束できる)、およびその公約を実施したときの国民生活に与える影響、だけを掘り下げて報じ、それをもって選挙民の判断に資する情報提供とすることに徹するべきです。マスコミがその姿勢に徹することこそが、不当な干渉を受けない公正な選挙にもとづいて国家の意思決定がなされる民主政治というものの支えではありませんか。

 

目下のマスコミがやっているような、選挙期間中の、世論調査を踏まえた結果予測報道は、それ自体が有権者の投票行動に影響を与える行為ですから、マスコミという第四の権力(三権の横に立つ事実上の権力)の公職選挙への介入です。

 

健全な民主主義を育てるという見地からするなら、明らかに禁止すべきことです!

 

こういうことは当然法律として明文化されるべきです。

 

常識でわかることではありませんか。

 

     *     *     *

 

 

(追記)

今日(1月30日)、フェイスブック上である人の意見に自分なりのコメントを書いてみたことで、論点整理ができました。

 

テーマは「自民維新が過半数を制しそうだ」との情勢分析が早々と新聞で報道されていたのをどうみるか」ですが、ある人が

 

「早すぎる序盤情勢、これで有権者が投票所に足を運ばなくなるのを狙ってます」

 

とコメントしたのに対して、わたしはつぎのようにレスしてみました。

 

 

「『そんなに与党側が優勢なら、自分一人が投票に行っても行かなくても同じなんだね』というあきらめムードを作り出すことによって、結果は『自己実現的予言』となる。そこを狙ってるんでしょうね。今時点の客観的予言としては実は当たっていない予言なのに、その偽予言が、報道されることを通じて後付けで真予言になってしまう。ギリシャ悲劇『オイディプス王』以来の、人間のからむ現象には自然科学と同じレベルの客観法則は成立しないという、哲学的問題です。だからこそ、民主主義を実効あらしめるために、そういう自己実現的予言が発生しえない仕組みをあらかじめ作っておかねばなりません。つまり、この種の『選挙戦途上での結果予測報道』は禁止するという法規範が必要です。」

今が寒の極みですね。それにちなんで、去年書いた↓この記事をリブログします。

 

フォーマルなレディースファッションの規範というのはハイヒールを始めとして不合理なものが多いですが、お葬式などに出席するときの黒のタイツは冬でも肌がうっすら透けてみえるような薄さのがマナーにかなうとかいうのも、変な規範です。