
幸いなことに終末医療病棟は予想より早く決まりました。
コロナウィルスが猛威を奮う前年の秋、綺麗な病棟の個室でした。
後の余命は限られているため、私も時間の許す限り最後まで付き合うことを決めて病棟に通いました。
彼は飲食がしずらい状態でしたが、意識はしっかりしており、会話も問題はありません。
日によって頭痛、身体の痛みは出ますが、都度投薬治療で自宅治療時より身体は楽な状態でした。
彼に死に向き合う悲壮感などは無く、肉体的な苦痛に対するやりきれない無力感だけが彼を苦しめたかと思います。
私にしても同い年の人生の一時期を共有した友人の最期を間近で見届けることは不思議な縁でもあり、私自身の残る人生の意味を考えるまたとない機会となりました。