休憩時間にネットサーフィン(今時言うのか?)していたら

『読書は、ストレスを軽減する。』という記事を目にした。

まあ、ナイーブな人間でもないので、どんなに忙しくしていても、軽減しなければならないほどのストレスは、溜め込んではいない。

って言うか、プレッシャーがのし掛かってくると、ギャーギャー騒ぎ立てて(周りに迷惑をかけて)、適度に発散している。



でもたしかに、小説なんかを続けて読んでいると、脳の両わきを、マッサージされているような心持ちになることがある。

流麗な日本語の音やリズムに、固まった脳がほどけて行くような感じだ。





ところで、今読んでいる本は

長くつ下のピッピ――世界一つよい女の子 (リンドグレーン作品集)/リンドグレーン
¥1,785
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だ。


イイとしこいて、今さらながらの『ピッピ』。しかも、翻訳の児童書籍に『流麗な日本語』もないだろう。


(いやいや、そんなこと言ったら、翻訳家の方に失礼だ。)




少し前に、(おそらくアタシの一番若い友だち)ルーシーの持っているペンケースが、かわいいねなんて、話していたら、

「アキークさん、このイラストは『ピッピ』よ。」

「私は、『ピッピ』が、だーい好きよ。」

「アキークさんは『ピッピ』知ってる?。」

と、ピッピ顔負けのテンションで、話してくれた。





小学校4年のときに、とても勉強の出来た下地さんが、読書感想文に それはそれはキレイな文字で、「長くつしたのピッピを読んで」と、したためていたのを、覚えている。


で、アタシはその『長くつしたのピッピ』は、読んだことがない。

その頃の(アタマの悪い)アタシは、図書室は 鬼ごっこをするところだと思っていた。



そういえば、下地さんもルーシーのように

「ピッピが、だーい好き」と、黒々とした長いまつげで縁取られた目を、キラキラと光らせて言っていた。




そんなに面白いのなら読んでみるか。と云うことで、紀伊国屋書店で『ピッピ3部作』を、大人買い。



しかし、自分が読むと思われたら恥ずかしいので一瞬躊躇する。

レジで、店員さんから「ご自宅用ですか?」と訊かれ、「ええ、うちの子用です。」と、怪しい返答をする。



自己啓発本や、超アイドル本なんかを買うときも、かなり勇気が必要だが、いやはや児童書もなかなかのハードルの高さではないか?。




そんな苦労をして、手に入れた『長くつしたのピッピ』。

確かに、まったくの児童書だ。



同じ児童書でも

「星の王子さま」や

「モモ」のように、啓蒙的なテーマーが、著されてはいない。



ピッピは、学校に行っていなくて、ひとりで「ごたごた荘」に住んでいて、自由で、強い。

なんせ、「世界一つよい女の子」だから。

そのピッピが、事件に巻き込まれたり、事件を起こす。



ピッピを読んだ女の子たちは、みんなもれなく「ピッピの友だち、いや ピッピになりたい」と、思ってしまう。

ピッピは、子どものヒーロー(ヒロイン)だ。



でも、大人のアタシも、いつの間にか、元気いっぱいで世界一つよい『ピッピ』の虜になってしまった。

本を手に取る度に、「さあ、今日もピッピに会いに行こう」と 思ってしまう。


とても、個性的で、おもしろい子どもだ。




ピッピが実在して、現代に生きていたら(こんなこと言ったら、不適切かも知れないが)多動症児とか、学習遅れ児童、アスペルガー症候群児童と、呼ばれるかもしれない。




まあ、ピッピは 誰になんと言われようと そんなことどおでもイイことなんだと思うのだが。

彼女は、彼女の価値観で、毎日しあわせで、楽しく生きていくのだ。



アタシも、ピッピみたいになりたい。

と、小4女子に戻って つぶやいてしまう。




ところで、ピッピは左右違う色の長くつしたを履いている。



アタシも左右違う色の靴を履くときがある。




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