先日、母方の祖母が亡くなった。


104歳(だっけか?、もう本人も数えられないくらい)の、大往生だ。

明日がお通夜で、明後日がお葬式だ。


ところで、祖母が住んでいたのは、ということは母の実家になるのだが、

長崎県の壱岐郡という、対馬より少し本土寄りの小さな島だ。


大阪から、かなり遠い。

アタシも24歳の頃に帰ったきりだし、母でさえ20年くらい里帰りしていないのではなかろうか?。


もう飛行機に乗って、韓国まで行ってしまったほうが、確実に(時間的に)近い。



しかし、アタシたちが壱岐に帰らなくても、達者な ばあちゃんが、何の前触れもなく

年寄りでもするのか?サプライズ的に、唐突に、そして頻繁に新大阪から電話をかけてきたりした。



 『あっこちゃん、おば~ちゃんドキドキ、今どこから電話しよると思う?』


そう電話がかかってきたら、100%新大阪からなのだが、とりあえず年寄りのサプライズに付き合ってやる。

『え゛!おばぁちゃん、どこに居る?。』

と、毎度毎度 ことさらに驚いてやる。


『おほほ!、いま しんおーしゃか(新大阪)に居らすとよ。』

と、ごりごりの九州弁で嬉しそうに答える。


『おば~ちゃんね、テレフオンカードっとば、つこーたことないけん、かけ方がわからんかったとばい。そしたらねぇ、しんしぇつ(親切)なシェーネン(青年)が「おばあちゃん、これはですね、こうしてアーして」って、教えてくらすっとばい。』

『それでからね、今しんおーしゃかから、あんたんがたに電話すらすっとよドキドキ。うふふふ。』


と、しぇーねんとのやり取りの寸劇を交えて、状況説明をしてくれる。


『ああ、それはそーと、あんた、今から しんおーしゃかまでハイヤーで迎えに来なさい。ハイヤー代は、おば~ちゃんが、出してくるるっけん。』

『あんたらは知らんとやろうけど、おば~ちゃんは、とぉーってもお金持ちなのよドキドキ。』



毎回電話でひとしきり このやり取りをした後に、新大阪まで おばあを迎えに行くのがアタシの役目だ。



一番最後にこのやり取りをしたのは、父が他界してその年のお盆だったと思う。

そう思うと、大方13年前。


91歳のときじゃないか。

おばあ、壱岐の島から高速艇と在来線、新幹線を乗り継いで、

いくらなんでも達者すぎる。




大体うちは、父方も母方も、オンナが長寿の家系だ。

数年前に姪っ子から教わった『寿命チェッカー』で占ったら、アタシも「130歳まで生きる。」と出て、逆に怖かった。


そういえば、九州の従兄弟いわく、おばあと母とアタシは「一人の人間の進化(失礼だ)を見ているかのようにそっくり」らしい。

それも怖い話だ。




おばあのお葬式、母と兄夫婦が行ってくれることになった。

自分のばあちゃんなのに、何故行かん?と、お思いの方居られましょう。


というのも、兄とアタシは同じ職場で働いている。

二人して、会社を空けることは、さすがにツライ。

しかも、今夏のカキイレドキ。。。会社も、とても忙しい状況だ。



それに、兄弟の内でも兄が、一番(どのおばあちゃんとも)縁が深かった。

兄は、もうとびっきり(どのおばあちゃんからも)可愛がられていた。


お兄は、知らせを聞いてすぐに壱岐行きを決めていた。そりゃ当然といえば当然。

今回は兄に、おばあちゃんとのお別れを譲ってやった。



そうして、ひとでなし、冷血人間、なんと言われようと、アタシが仕事に残ることにしたのだ。


アタシは、仕事が落ち着いたら お墓掃除に行かせてもらおうと思っている。



おおらかで、明るくて、そして少し皮肉屋で、おしゃべりで、人が大好きで、子どもが大好きなイイおばあちゃんだった。


人に迷惑がかかったって、なんだって、あんな風な年寄りになったら、さぞかし幸せだろうなと思ったもんだ。




3人の子持ちのおじいちゃんの後妻に入って、自分の子どもを6人産み

満州鉄道に勤めていたおじいちゃんと家族を伴って、満州に渡り

終戦の引き揚げで、2人の子どもを亡くし、

引き上げ先の壱岐で、天国と地獄ほどの貧乏を味わい、

またおじいちゃんの連れ子(アタシのおじさん、おばさん)との、ちょっとした確執があったり無かったり。


それでも、ずっと呑気に明るく おしゃべりし続けた。

自分に関わる人々(連れ子も実子も、親戚も、隣近所も全部)を、ずっと愛し続けていた。






あの新大阪駅からの奇襲攻撃と、いかにもお金持ちそうなふわふわの銀髪、

それから、しわくちゃだけど 縦のシワじゃなく横のシワばっかりの朗らかで呑気そうな顔も



もう見ることがないんだな、と思うと とても淋しい。