今年は、たくさんの人に会ったり たくさんの絵を描いたり

なにかとバタバタと過ごして、一年を終えることになりそうです。



今年のお正月、甥っ子と おにぎりをつくりながら

「しかたない、今日もだらだら過ごすかァ。」なんて、

ふたりでホットカーペットでゴロゴロしていたのが、ウソのようです。



また、似顔絵やさんを通じ、とても貴重な体験をさせていただきました。




夏に亡くなられたご主人の似顔絵を 描かせていただくというお仕事をいただきました。


そして、先日12月3日の似顔絵やさんでは、亡くなられたお母様の似顔絵を描かせていただきました。



出来上がった作品をお渡しすると、うっすら涙を浮かべられたり

思い出話を、とつとつと始められたり



「供養」という言葉があるけれど

もしかしたら、大切な人をなくされた人たちが 大切な人の死を受け入れ

「大切な人は亡くなったのだ」という現実と折り合いをつけるために

それらの「供養」と云うものが、あるのかも知れない。


と、思いました(なんのこっちゃ)。



夏にご主人の似顔絵を描かせていただいた、奥さまから

今度は、「ご主人の自転車を、描いて欲しい」というお話をいただきました。
絵描きさん、いらっしゃーーい!akeeqなのだ。

ご主人は、定年でお仕事から離れられたあと、自転車であちこちに行かれていたそうです。

ご主人か奥さまが、きれいに整理された2冊のアルバムと、地図がプリントアウトされて

しるしが付けられたものが、整理されたファイルが1冊。

そして、自転車の関する雑誌が一冊。


さらに
絵描きさん、いらっしゃーーい!akeeqなのだ。


絵描きさん、いらっしゃーーい!akeeqなのだ。
ご主人が生前に乗っておられた自転車と



お手紙を一通 お預かりしました。

手紙には





「自転車は、朽ちてなくなってしまうものです。」


「主人がいるときは、私は自転車なんて、ちっとも興味もなかったので

主人が自転車に乗っている写真一枚残っていません。」


「こんなことなら、一度ぐらい自転車で主人と出かけてあげればよかった。」


そう、書かれてあり



写真を綴じられたファイルに、紙をたたんで作られた付箋に、

奥さまのコメントが、ちょこちょことかかれてありました。



先にも述べたように、こうして思い出を整理して、ご主人の生きておられた頃の自分と対話して

すこしづつ (無意識に)ご自身のこころに 折り合いをつけていっておられるのかも知れません。



人間は、傷を自分で癒す力を持っているものなのだと、しみじみ思いました。




年内までに、仕上げて奥さまにお渡しする約束をしたのが、10月半ば。

いろいろと落ち着いてきたので、これから取り掛かります。



今年さいごの作品は、ご主人の自転車になりそうです。