政治の世界にいた母の父親は、
母の幼少時から、朝から晩まで来訪者の対応や長期の留守で、
一緒に過ごすことが少なく、一方の祖母は、来訪者へのお茶や菓子、
食事の準備などに奔走する毎日で、母と娘の会話がほとんどなかったという。
物覚えがついた頃より、常に家族以外の誰かが自宅にいるという環境で育った母。
それが、ことばでは言い表せないほど寂しい生活であったと話す。
事ある毎に『家庭が一番よ』と説いていた母ではあるが、
その家を継いだ母も、学校の運営に傾注し、多忙極まる生活を送った。
人生で、本当の幸せとは何だろう。
たとえどんなに高い地位についていても、どれだけ大金を持っていても、
それが幸せとは限らない。
愛情に包まれ、毎日笑顔で過ごし、家族が寄り添って暮らすことこそが、
一番の幸せなのだと、自身の経験を以て感じている。
人は、その幸せのただ中にいるとき、
それが幸せであることに気づかないこともある。
守りたかった家庭。
求め続けたぬくもり。
手にしているはずの時間。
それらは、失いかけたとき、あるいは振り返ったときに初めて、
胸の奥で静かに光を放つ。
幸福とは、掴むものではなく、
通り過ぎたあとに、その姿を知るものなのかもしれない。
そう思うとき、ひとつのこたえを見出す。
幸福の彼方にあるものは、
さらに大きな成功でも、豊かさでもない。
それは、
何気ない日々を、かけがえのないものとして見つめ直す
静かなまなざしなのだと。