60歳目前リアルライフ【目指せ沖縄移住】 -20ページ目

60歳目前リアルライフ【目指せ沖縄移住】

60歳を目前にした私まち子の「挑戦の記録」とそこに至るまでの道のりを綴ったブログです

あなたの“もう一度やってみたい”を思い出すきっかけになりますように。
一緒に、ゆっくり・楽しく・前向きに進んでいきましょう。

この日は実家の階段に手すりをつけるための業者さんが朝から来る予定でしたが

土曜日で孫の小学校で展覧会が行われたので見に行きたくて

弟に実家の方を頼み、朝から小学校で気分転換をしていました。

 

いつものごとく、母から電話があり、なんだか業者さんが来てるけどわからないと。

 

もちろん事前に説明はしていたのですがすっかり忘れているのです笑い泣き

 

弟も約束通りの時間には来なかったらしくムキー

母はパニックを起こしていました。

私は弟に腹を立てつつ、まぁ仕方ないやと展覧会を楽しみ、

終わったらすぐに実家に駆けつけました。
 

ちょうど手すりの工事が終わり、業者さんが帰る準備をしていたので

玄関のあたりで話をしていました。弟ももう到着していました。

 

そこへ買い物に行っていた父が戻りましたが、めずらしく開口一番に

「なんだか頭がボーッとするんだよ」と言いました。

 

普段は自分の体調の事などめったに口にしないので、なんだか嫌な予感がして

父に注目していると一度見にいったポストをまた見に行ったり

私が荷物を持つよと言うと、いつもなら大丈夫だよと強がるのに

すんなり引き渡したりと、やっぱり少し変だなと感じましたあせる

 

業者さんが帰り、家の中に入ったあとも、買ってきた物を冷蔵庫にしまうのですが

そのしまい方があまりにも乱暴で、めちゃくちゃで、

いつもの父の行動とはかけ離れたものでした。

 

嫌な予感がいっぱいで心臓がドキドキしました。

 

それでも嫌な予感は当たって欲しくなく、まだ様子を見ていました。

昼になりカップラーメンを作ろうとするのですが、手元は震えなんだか落ち着きが無くて

危なかっかしくて見ていられない感じでした。テーブルまでラーメンを運ぶのもやっとで

お湯をこぼし「ちきしょー!」と両手を挙げた姿が今でも思い出されます。
 

危ないので横で見ていましたがやはり行動はおかしく

食べる時も口から麺が出ているのにそのままだったり

なにより、とにかく食べ物を残すなんてしない父が、ラーメンを半分以上残し

しかも流しにざーーっとそれを流すのを見て、

 

これは絶対に変だと確信しました。

 

その後もやたらとよだれが出たり、だんだんとろれつもまわらなくなり

私も弟も、救急病院に行くしかないと決心しました。
 

救急病院に電話をかけると、対応できないので救急車を呼ぶように言われました。

 

本人は、体は元気なので、救急車など大げさで大丈夫だと言い張りましたが

脳のことだから一応診てもらおうねと説得して救急車を呼びました。

 

--------------------------ここまでは以前少し頑張って書いた分です。辛くてこれ以上無理でした。

今もこの日の事を思い出すのは辛いのですが少しずつ書いていこうと思っています
文脈が少し雑になってしまうかも知れませんがお許しください(2019.10)

救急隊員が来てからも、父は大丈夫の一点張り。
何とか説得して救急車に乗ってもらう。頭のことなので横にもさせられず
座った状態のまま担架に乗せられて行きました。


「こわいこわい」と言っていた。

自分がまさかもう二度とこの家に帰って来られないなんて思わなかっただろうな。
私だって夢にも思わなかったよ。


--------------------------ここでまた中断してしまった。

2020.6月 続きを書きます。

 

そもそもどうして父に突然こんな症状が出たのかというと

この数日前、いつものように母のわがままで夕方、

少し暗くなってから自転車で買い物に出たのです。

暗いし、直前に帰ったばかりだったので私が代わりに行くよと言ったのですが

母があまりにも強く言うので父も意固地になっていて

俺が行くと言ってききませんでした。

 

もちろんこの時、自分が買い物に行かなかった事を気が狂うほど後悔しています。

 

帰宅すると転んでしまったと言いました。

頭を打たなかったか聞くと打ったかも知れないと。

 

ここで病院に行かなかったのも私の判断ミスです。

 

何も異常がなかったのに、数日経って急にあんな事になるなんて

思いもしませんでした。

 

救急病院に運ばれたあとは血の塊を抜く簡単な手術をしてもらい

そのまま入院していました。

 

脳の損傷のせいか、急な入院だったせいか、父には強いせん妄状態が出て

 

見ていられないような状態でした。

 

何か見えない何かが見えているようにキョロキョロと目を動かして

訳のわからないことをブツブツ言ったり

 

とにかく家に帰りたいと小さな子どものように暴れたので

抑制されて、傷跡を触らないように鍵付きの手袋までされて

姿を見るのが辛かった。

 

私には母の介護も仕事もあり、病院が遠かった事もあって

父のことは車を持っている弟に任せがちだった。

 

正直、私は父に24時間ついていたいくらいの気持ちだったけれど

できなかった。

 

看護師は冷たく、良くしてもらえてないのがわかっていた。

私がずっといれば看護師だってそんな態度できないだろうにと悔しかった。

 

でも、少しすれば退院できると思っていた。

 

母を心配して帰りたい、これをはずしてくれと

ずっとずっと言っていた。

 

私が行って手を握ると嬉しがって泣いていました。

 

一時、挿管されそうになったけれど何とか逃れた時

本当に安心して嬉しくて嬉しくて

帰りたいと叫んでいる父を笑いながらなだめて母の元へ帰った。

それが最後でした。

 

 

急変の電話があって駆けつけた時にはもう意識はなかった。

もう、何も取り戻せなかった。

 

物件情報入力の在宅ワークをしています

シングルマザーになってから様々な仕事をしてきましたが

不動産会社で事務をしていた事もありまして

それはもう十年以上前になるのですが

今でもその会社から在宅ワークとして物件情報を入力する内職をさせて頂いています。

もう長いこと本当に助かっているので紹介したいです。

私はこのような流れでお仕事をさせてもらっていますが

不動産会社では物件の入力作業というのはほぼ毎日発生してくるお仕事ですし

意外と地味に時間がかかるお仕事なので外注してでもこなしたいと思っているようです。

物件情報入力 主な流れ

  1. 会社から物件図面がメールで送られてくる
  2. 図面を画像編集ソフトで必要な部分だけ切り取るなどの簡単な編集をする
  3. 情報を入力するサイトやシステム(私の場合会社独自のシステム)に物件情報を入力
  4. さきほど編集した画像もシステムにアップロード

そんな流れです。

やることは単純ですが入力するのが物件情報ですから

土地面積や築年月日など、細かい数字の入力が多いのと

物件図面が作った会社や人によって情報記載の位置や書き方が異なるので

それを目で追って探し当てたりするのに案外時間がかかりますが、

慣れて来るとそれも勘でわかるようになり楽になりました。

最初は時間がかかりすぎてものすごく疲れて、毎日泣きそうになりながら作業していました。

終わるのが夜中の2時とかだったりして。

でも私の場合、昔のよしみで単価を高めに設定して頂いたので(1件入力で200円)

頑張って続けてきました。

その他の会社の場合の単価はわかりませんが、継続的に発生する仕事ですし

一度頂ければ、長く続けられるお仕事だとは思います。

→その後、報酬を時給制に変えて頂き、内容も少し増えました。
対象の物件がまだ売れていないであるか、とか価格が変わっていないか、変わっていたら
登録内容の変更をする等の仕事です。

不動産会社のその他の副業

不動産会社からは他にも副業としていろいろなお仕事を頂きました。

マンションの外観をデジカメで撮影して

そのマンションはオートロックかとか、エレベーターはあるかとか

簡単な内容をチェックしてまわるといったものもあり

これは自分の仕事が休みの日に、子連れで散歩がてらに楽しくやりました。

暑い、寒いは大変だったけどいろいろな所にも行けるので

公園に寄ったりなんかしながら、子供達も飽きることなくやらせてもらいました。

ただ私は車が運転できないので

駅から離れたマンションなんかはちょっと辛かったですね。

こういう場合は1人で行ったりしました。

その他は、私は時間が合わずできませんでしたが、地図とみくらべて

空き地になっている場所を調査するとか

車が運転できる方ならなおさら、いろいろと副業としてできるお仕事が

不動産会社にはあるんじゃないかなーと思います。

ちょっと勇気がいるかとは思いますが、あちこちの不動産会社に問い合わせてみるのも手かも知れないと思いますよ〜!

治らない病気と向き合いながら過ごす毎日は

本当に辛いものだろうし

それは本人以外には計り知れないものだと思う。

 

けれど、それを見守る周りの人間もそれなりに辛いもので

いつ終わるかわからない、この不安だらけの毎日をどうやって

まともな精神を保ちながら過ごして行けば良いのか、最近本当に心細くなってきた。

 

ストレスで食べたり飲んだりが確実に増えているのに「痩せたね」と言われるのは

きっと人から見える部分はやつれてしまっているのだろうなと思う。

 

人から見えない部分は自分で分かるくらい重くなっているのでそれもまた辛く

足や腰にも負担が増えているのが分かる。

いろんな意味から夜のお酒はやめた方が自分にとっても良いってわかっているけど

これが、この逃げの時間がなかったらとてもやっていけないような気もする。

 

私の場合、何より不安なのはやっぱりお金の問題で

支払いがどうしても追いつかず、

看護師さんが来ない日の夕方だけでも他のバイトをしようかと思うけれど

これもまた体力的にも精神的にも自信が無く二の足を踏んでいる。

 

とにかく何も進んでいないような気がするけれど

冷静になってみると週に一回お掃除のヘルパーさんが来てくれる事になったり

階段に手すりがついたりと、少しずつ事態は動いている。

 

私以外の人たちが動いてくれているって事がすごくありがたく心強い気がする。

 

弟はだめ真顔

とても難しく詳細はあらためて書きたいと思うけれど、

とにかく当てにしてはダメという事がわかった。

 

諦めれば気持ちは楽。

 

とは言え、母に対して冷たくあたってしまう事も増えたし

母のわがままに私も父も困り果てていてゲロー

特にずっとそばにいなければならない父も心配なので

もう少しダメな感じになったらケアマネさんに相談してみようと思う。