なごり雪

東京へ向かう列車が、静かにホームへ滑り込んできた。

三月だというのに、空から細かな雪が舞っている。

私はベンチに座り、白くなっていく線路をぼんやり眺めていた。

ふと、四十年以上前のことを思い出した。

あの日も、こんな雪だった。

若かった私は、駅のホームで一人の女性を見送った。

「じゃあね」

彼女は笑った。

けれど、その笑顔の奥に、泣きたい気持ちが隠れていることを、私は知っていた。

東京へ行く私と、故郷に残る彼女。

「いつか、また会おう」

そう言って、私は列車に乗った。

窓越しに彼女の姿が小さくなっていく。

最後まで手を振っていた。

けれど――

私たちは、二度と会わなかった。

人生には、別れたあとに「もし、あのとき」と考えてしまうことがある。

もし私が東京へ行かなかったら。

もし彼女を一緒に連れていっていたら。

もし、もう少し素直になれていたら。

そんな「もし」が、長い年月の中で何度も胸に浮かんでは消えていった。

そして今。

私は再び、この駅にいる。

雪がホームに降り積もっている。

すると、向こうから一人の女性が歩いてきた。

白髪になった髪。

ゆっくりとした足取り。

すれ違った瞬間、彼女がこちらを見た。

私は息をのんだ。

目が合った。

二人とも、何も言わなかった。

ただ、少しだけ笑った。

それだけで、あの日から止まっていた時間が、静かに動き始めたような気がした。

「……久しぶり」

彼女が小さな声で言った。

「うん。久しぶり」

それ以上の言葉は必要なかった。

若い日の恋は、もう戻らない。

けれど、消えてしまったわけでもない。

思い出の中で、あの日の二人は今も若いままだ。

列車がホームに入ってきた。

私は彼女に尋ねた。

「今度は……どこまで行く?」

彼女は少し考えてから笑った。

「どこでもいいわ」

窓の外では、三月の雪が降り続いていた。

春になれば、やがて消えてしまう雪。

それでも――

長い年月を越えて、心に残る雪もある。

それが、私にとっての「なごり雪」だった。