息子の病気がわかり、私なりに職場に伝えなければならなかった時…通院で休みが増えるためアルバイト雇用になった時…
理解ある職場とは思えず、理解ある関係性を築けていないと思ったので「病気がわかり、障害持ちになったので」と絞り出して言った。
それまで、1人息子のことを話し下手な私なりに話していて、テニスやってて,もーふざけたやつで〜なんて話してもいた(息子はそれくらい中学生活を楽しんでいた…あの頃)
だから、出勤して働く私に
よく平気でいられるね、と言ったひとがいた
ううん、困った顔?のあの子と
泣きながら大学病院をぐるぐるぐるぐる歩き回って
も
涙が壊れた蛇口の様に流れ続けたことを思い出す
人は時に嘘をついたり,平気なふりをしてでもその時を乗り切るのを,乗り切るしかないのを,そんな状況になった人じゃないとわからないだろうし
わからなくてもいい
月日が過ぎて比べれば穏やかではあるけれど
いつも心のどこかに目を逸らしている現実への不安があって
そこにちょっとずつ目を向けていく春なんだろうか