今週は旅行後に段取りや仕事がバタバタにならないようにしっかり準備をしないと駄目な、とっても大事な一週間になりそうです。・・・・・・・って マジメか!!!
うん。仕方ないよね。マジメだもの。まぁ旅行後にやればいいか・・・
って全く思えないしね(笑)
そんなボクの自伝第4記事目。今日で最終回になるように頑張ります。えーと、これまでのボクの生きて来た道については コチラ をご覧くださいませ~♪
マジメ人間の生きてきた道①
マジメ人間の生きてきた道②
マジメ人間の生きてきた道③
さて、いよいよ最終回です。今回も長くなるかも知れませんが、どうぞお付き合いくださいませ。
大学に入学した 光紀青年 は、高校の修学旅行でハマッた スキー を始めます。ちなみにですが、大学を選んだ際のベンチマーク(目標)となった先輩は大学でもラグビー部に入ったのですが、さすがに 大学まで通わせてもらって、家業の手伝いをしないのも如何なものか? という想いもあったので、(もちろん、親からも暗黙のプレッシャーを受けていたので・・・) ラグビー部への入部はしませんでした。
光紀青年の大学時代は 家業手伝い 50% スキーサークル 40% 勉強 10% の割合で成り立っていました。スキーもラグビー同様、ほぼ思いつきで始めたので、スキーのなんたるかを知りません(笑)
スキーには 基礎スキー と アルペンスキー があって、ボクがたまたま入ったスキーサークルは基礎スキーでした。ちなみに基礎スキーは 如何にキレイに滑るか? のスキー で、アルペンスキーは 如何に早く滑るか? のスキーです。あっ!サークルに入ったのも、同じクラスで知り合った人が入ったサークルだったからのような気がします(笑)
で、ボクの良いところに一つに ハマったらとことんやる! というところがあります。スキーはかなりハマりまして、夏はインラインスケートで、近所の工業地帯の線路沿い(直線にして2~3kmはあるかと思います)をひたすら走り、スキーの操作感覚(エッジング)を研ぎ澄まし、更に 当時かなり流行った 千葉県船橋市の室内スキー場 スキードウム ザウス へ一月に一回は必ず滑りに行ったり、毎年、スキー道具を買い換えたりしていました。
かなりお金をつぎ込んだので、家業を手伝ったアルバイト代は、ほとんどスキーに消えて行きました。(道具代やサークル活動の一環である合宿代等にです) それだけに飽き足らず、親に直談判して、大学2年生からは冬の間(大学の後期試験が終わってから1ヶ月くらい)はスキースクールのアルバイトをしながら、空き時間に自分の技術向上を図る練習をしたりしていました。

スキースクールでのヒトコマ
左は超有名なスキーヤー 渡辺一樹選手、真ん中ボク、右は細川たかしです。
細川さんは年始にボクの勤めていたスキー場に遊びに来ていたんです♪
でもね、ボクがこれだけ没頭できたのは、同じサークル内のライバル 赤松君 がいたからです。彼はサークルに入った時は、正直そんなに上手ではありませんでした。それが大学1年か2年の夏にニュージーランドへスキー留学をしてきて、かなり上手になって帰国。自慢っぽいですが、ボクはサークル内ではそこそこの実力者だったので、これにはかなり焦りました。「赤まっちゃんに負けられない・・・」って。
それでも、カレとは仲が良かったので、一緒のスキースクールへ勤務していました。途中、ボクがライバル視しすぎて、関係がギクシャクしたのはナイショです(汗)
ここでもボクの本領発揮!!!
マジメにコツコツ努力して、見事当初以上の目標である 1級 の上の視覚 テクニカルプライズを取得して、全国の大学基礎スキーヤーが目標とする大会で50番以内に入るという好成績も残します。
※どれくらい凄いのかというと、サークル始まって以来の好成績だし、まだ破られていないと勝手に思っています。

全国大会ではこのような凸凹の斜面も滑ります。
あっこれボクですよ。マジで(笑)
で、大学4年のスキー最終シーズンに入る前にはちゃんと就職活動も済ませていまして、幼少の頃からの念願かなって、東京千代田区神田にある会社 サンミック千代田(株) への入社も決まっていました!!!
ここまでお付き合い(お読み)下さったかたは、もう想像がつくかもしてませんが、実はこの会社 サークルの先輩が入社した会社です。
ってどんだけ他力本願なのーーーーーーーーー?!
でも、この先輩はかなりマジメに就職活動していたので、この先輩がえらんだ会社なら間違いないかな?っておもっちゃったんです。(ちなみに先輩はボクより先に退職しました(笑))
会社員になった当初、ボクはこの会社に骨をうずめるつもりでいたし、普通に結婚して、東京の江東区にマンションを買って、男の子2人を妻との間にもうけて、家族4人で暮らしていく事を夢見ていました。
ところが!!!!!
会社に入って、惚れてしまった女性は同期入社の人事部の娘。
マジメにコツコツとアピールした結果、入社して3年目で彼女と結婚する事ができました♪
よし!計画通り!!!さ~このまま、江東区にマンションを・・・・・という訳にはいきません。実は、彼女は 石川県七尾市 で住宅会社を経営する社長の娘さん(2人姉妹の長女)だったんです。結婚すると決まるや否や、彼女の両親はすぐに上京。後から話を聞くと、どうやら、義父は、ボクを婿養子としてもらいにくるような勢いで来たらしいのですが、ボクは婿のオファーに首を縦にふらず、結局彼女をお嫁さんに頂いたカタチになってしまいました。(ボクは婿のオファーを受けた記憶はないんですけどね。)
それでも、将来は七尾に帰ってきて、家業を手伝って欲しい・・・という想いはヒシヒシ感じていたのと、義父からは とっても順調に業績を伸ばしている会社 だと聞いていたり、結婚した頃には新社屋の落成式典で市長を来賓によんだり・・・とかなり立派な会社だと思っていたので、幼少からの念願であったサラリーマンの地位をすて、 ちょっと楽して社長になっちゃおうかな~ みたいな気持ちで妻と当時2歳の長男の家族3人で平成13年4月に七尾に帰ってきました。
専務取締役としてシティハウスへ入社。前職は建築業とは全く関係のなく、出版社に紙を売る仕事をしていたので、建築の右も左も分からないにも関わらず、そんな厚遇での入社でした。社長の娘の旦那だからっていうだけで、訳の分からん奴が自分達の上司として入社してきたら、それまで頑張っていた社員にとっては面白いはずもありません。
かなりの抵抗を受けて精神的に参った・・・・
というドラマがありそうですが、そんな素振りはまったくなく、皆に暖かく迎えてもらえました。
(水面下ではそんな話し合いは社員同士であったらしいです(笑))
その点は、本当に先輩社員には感謝しています。
この先輩社員の態度からも分かるように、七尾(能登)の人はとっても人が良く、人と人の繋がりがとっても強い地域です。ですから、仕事の受注も 友人・知人・家族、OBのお客様からの紹介が多いんです。人の繋がりが強い地域で、外様のボクが仕事を取れる訳もありません。
そこでボクは、入社して半年間は資格取得の勉強をしました。ここでも マジメにコツコツの精神 を活かし、見事1回目の受験で 宅地建物取引主任者(現:宅地建物取引主任士) に合格。そして、翌年には、2級建築士の資格も取得しました。
はい。これまでのボクの人生経験がこうした資格取得をスムーズに成功させられた要因だというのは間違いありません。
こうして、徐々に地域に溶け込んで、地域の友人も増え、七尾弁も覚え、現在に至っている訳なのですが、子供が成長していく過程の中で、野球を始めました。長男・次男共に小学2年生から始め、長男は 学童 → 中学(シニア) → 高校(今ココ) 、次男は 学童 → 中学(今ココ) と日々、練習に明け暮れています。子供の頑張る姿を応援するのは親としても当然だし、とっても楽しい♪
という訳で、中学卒業以来20年以上遠ざかっていた野球の世界に再び足を踏み入れた次第です。最近では、子供の試合の応援だけでなく、自分の子とは全く関係のない高校野球の試合を観にいったり、夏の全国大会(甲子園)には欠かさず行くようになってしまいました(汗)
観ているだけでなく、自分も野球したい!って思っておっちゃん野球チームに入れてもらって、始めたものの入ったチームはとんでもなく猛者ぞろいの場違いなチームだったため、ついていけず、それならと身の丈に応じたチームに入って、和気藹々と楽しくなってきたところで、チームが解散(汗)という事態になってしまい、どうやら、プレーするのはボクにとって縁の無い世界っぽいので、最近では再び観戦専門で楽しんでます♪
プライベートも楽しくやっていますが、やはり仕事も大事。
仕事になれてきて、社長としても 銀行さんや取引業者さん からそれなりに認められるようになったのは最近ですが、日々、お客様に接して、お客様が喜んでくれているお顔を見る度に 「この仕事をやってて良かったな~」 って思います。
それでも、正直に言うと、お客様からお叱りを頂くことも1年に数回あります。(個人的に・・・とか、会社として・・・とか含めてです。)
お客様からすると、マイホームの建築やリフォームは日用品や食品を買うような感覚はまったく無く、一生に一回の買い物だからこそ、真剣そのものです。だから、お叱りを頂くときも ものすごく怒られます。もちろん、こんな性格なので、全てのお叱りをしっかり受け止めて、結果、めちゃくちゃ精神的に凹みます。
ですので、一回した失敗はもう二度としないように!!!と次のお客さまの家づくりに活かしたり、会社としての体制を整えたりすると共に、ボクらがやってしまった失敗事例を これから新築やリフォームする方 に知ってもらって、同じような失敗をしないような情報を発信したりしています。それが現在のボクの仕事です。
たまにスタッフとこんな話もします。
ボクらは家づくりが好きなんじゃなくて、お客さまに喜んでもらうのが好きなんだよね~。
って。
語弊がありますが、もちろん家づくりは好きだけど、お客さまの要望を汲み取らない 自分達のエゴ を押し付けるような家づくりはボクらには出来ませんし、ボクらに出来るのは お客さまに喜んでもらうために お客さまの立場になって、家づくりのお手伝いをする って事なんじゃないかな~って意味で言ってます。
ボクのこれまでの人生経験を踏まえると、シティハウスの営業方針はこうなります。
他人様(お客さま)に迷惑をかけてはいけない = お客さまに喜んでもらう家づくり(提案・設計・現場等)をするべし
努力は自分を裏切らない = マジメにコツコツとお客さまとの信頼の関係性を築ければ、これからもお客さま(地域の人)に必要とされる会社を目指すべし
これからもスタッフと協力しながら、小さい会社のメリットを活かし、頑張ります。
最後に・・・・
実は、ボクの名前って、両親が忙しかったせいか分かりませんが、お寺のお坊さん(どこのお寺かの名前は不明です(汗))につけてもらっています。その時にお坊さんがこう言ったそうです。
(ボクの顔をみて)この子は建築とか美術関係の道に進むと良いですよ。
って。
こじつけっぽい嘘のような話ですが、本当の話です。そんな事や、幼少の頃、比較的両親と過ごす時間が少なく、少なからず寂しい想いをしたボクが 家族団欒の風景をイメージしながら、 家族の団欒・絆(関係性)を深められるような間取り を提案出来るのは、とってもうれしい事です。自分が得れなかった体験をお客さまにプレゼントしているような感覚ですからね♪そして、そんなボクが お客さま家族の歴史を刻める大事な家の建築のお手伝いを出来るのって、実は必然的な運命だったのかな~って思う事もあります。マジで。
ボクは今の仕事が大好き♪ 大好きな仕事を通して、お客さまや地域に方に喜んでもらえるようにこれからも頑張ります。

大好きなお客さんとのイベント風景
こんな関係性って最高ですよね♪
おわり















家づくり 新築・リフォーム に関するお問い合わせは コチラ 
【シティハウス産業株式会社】
石川県七尾市馬出町ハ部51番地3
TEL:0767-53-2133
30秒後以降は転送になりますので電話を切らずにお待ち下さい
E-MAIL: cityhouse@cityhouse.jp
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