脱原発、基地撤去の書き込みを見ていて思ったこと | アキバ注意報@

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脱原発、基地撤去などに関した書き込みを見ていると、賛否双方とも「代替案」「理論的な理由」「具体的な解決策」をもっていないといけないかの様なものが多い気がする。

自分が住む国がこう在って欲しいと言う意見・要望に対し、どのように実現するかは政府や国会、行政などが行うもので、各個人は意志表明だけでも良いと思う。

もちろん、主張する理由や解決策なども提示できればそれに越したことはない。

現在の状況や問題点、解決策が出されていれば、その意見に対する賛否を判断する材料にはなる。

だが、国や東電、米軍、財界、政党など責任あるところが持つような説明責任は、一般人にはないはずではないだろうか?

公開して意志表明する以上、他人への配慮やある程度の情報を知り、学ぶ事は大切だとは思う。

しかし、それが足りないからと攻撃的な批判、様々な○○色の決め付けと言った書き込みを見ると、自戒の思いと一緒に「言論封殺」の言葉が思い浮かんでしまいます。