今日は雨が降っている

雨宿りをしはじめて10分まったく止む様子はない

いつのまにか携帯の充電はきれやることがない

同じバス停にいる会社員も暇そうに雨の景色を見ている

帰ろうかな?まったく無駄な思いつきでこんな事をするんではなかったと後悔してため息をつき
さぁ帰ろうとした時

会社員「君は学生かね?」

結構びっくりした…まさか暇だからと言って他人に話しかけるとは
都会ではめったにこうゆうことはない

自分「お恥ずかしながら…浪人生です。」

これは事実だ。去年自分の実力を見誤り全落ちした

会社員「おっと失礼なことを聞いてしまったね。すまない」

自分「いや…いいんです。もう慣れました」

確かに最初浪人生と言うのは気がひけるが最近は慣れてきてしまった
これは自分の羞恥の念やら去年の後悔の念にも慣れてきてしまったことなのだろうか…わからない

会社員「ぢゃあ予備校帰りか…こんな時間までよくがんばっているぢゃないか」
この会社員(見た目40後半)うざったいと少し思い始めてきたが話に付き合ってやろうとまた直感で選択した

自分「いえいえ…当たり前ですよ。浪人生ですから」
謙遜を込めた相手に対する嫌味だ。てめぇはこれくらい勉強してなかっただろう?そんな思いを込めていた
すごいなぁというのが自分の予測であり期待だった

しかし
会社員「そうか…僕も学生時代を思い出すな。いや…今さら自慢する気もないのだから東大だったんだよ
一日14時間ぐらい勉強したもんさ」

おっさん十分自慢だ…
そう心でつぶやいた

自分「すごいですね…東大ですか!自分なんて100%入れないですよ」

会社員「いやいや…たまたまだ。前日に集中的にやったところが出たもんだから………」

自分「たまたまでもすごいですよ」

嫌味か…うぜぇこれが本音
人は誰しも偽りの自分を演じなければならない
それは社会やコミュニティの中でうまく生きるために必要なことだ

しかしこのバス停内参加者は2人というコミュニティに偽りは必要であろうか?
自分で言うのもあれだが…自分は偽りを演じる関係を円滑に進める能力に長けている

毎日気遣いをしできるだけ面倒を起こさないように色々な偽りの仮面を付け替えながら19年間生きてきた
もう慣れている

人に嫌われないような行動できるだけ自分に利益が来るような行動
デメリットが少ない行動
このような行動をとる
それが自分の中でのコミュニティ内でうまく生きていく最善策である

もしかしたら友情や愛情という情などもすべて偽りで作られたもなのかもしれない
偽りの自分が行動を選択し出た結果ならそれは偽りと呼べるだろう

あぁ自分は腐っているな
ふと思った

会社員「雨止まないな…」
自分「そうですね」

適当に相づち

会社員「僕ね…雨は好きか嫌いかで言ったら嫌いなんだ…なぜなら………」

さっき自分が考えた理由を述べている

自分「自分もまったく同じことを考えてここで雨宿りしているんです!偶然ですね。」

この言葉に偽りはない
素直に驚き偶然性に感動している
それとともにこの会社員にたった2~3分の会話でさっきの劣等感から親近感に変わりつつある

人というのは同じ考えてや思想だとわかると親近感が湧いてくるそんな単純なものである


雨宿り続行
無駄な時間とわかっていようとなんとなくこの選択をした