ーなるほど。
「関ジャニ∞さんにしても、ずっと近くで見せてもらってたわけです。それは、もちろん華やかな部分だけじゃなくて、苦労した部分も。僕らはJr.時代、ごはんなんか数えきれないくらい連れてってもらいましたし。舞台中、関ジャニ∞さんの弁当はあったけど、Jr.の分がないときがあったりして。そしたら錦戸(亮)くんや、安田(章大)くんが、出前を取ってくれて。゛みんな、たべー"って」
ーあこがれてる先輩っている?
「丸山(隆平)くんですね。心からやさしい人やなって。よく ゛夜ごはん、行く人!"って、大勢Jr.を誘ってくれて。丸山くんとごはん行くと、終始、みんな笑ってるみたいな。カニを食べさせてもらったときがあって、丸山くんが、合戦の武将みたいに ゛ぶおおおおおお~"って、エアーホラ貝を吹いて、゛かかれ~!!"って言うと、Jr.が ゛おおー!!"っていっせいにカニを食べ始めて、数分で食べつくしたり。あんな後輩に、気をつかわせないようにしてくれる、あったかい人ってなかなかいないです」
ーじゃあ、Jr.時代、やめようと思ったことってない?
「高3のときかな。一回だけやめようと思ったことあります。なんて言うか、何年か進歩がないなって思うことが続いて。何をがんばっても前に進まないで足踏みしてる感じというか。゛あー、これムリや。やめよう"って思ったんですけど……」
ーけど?
「やめる勇気がなかったんですよね。やめると僕、何もない。゛どうするの、今から?"って怖かった。同じ時期、やめてったコたちも多くいて。決断力すごいなって。僕はやり過ごしてきたというか、現実から目をそらしてきたというか。やめたくても、やめられなかった瞬間、なんか情けなくて、うわーってなりましたね」
ー誰かに相談したりした?
「してないですね。みんな応援してくれてたから、できなかったです。しかも僕、昔からこういうキャラじゃなかったんですよ。もう少しカッコつけてて(笑)。だから、よけい相談とかできなくて」
ーそんな時期を乗り越えられた、転機のようなことってあった?
「僕っていうより、関西Jr.の転機みたいなものがありましたね。照史がきっかけです。『ごくせん』に出たあたりだったかな。あいつ、MCでお笑いに走ったんですよ。その瞬間、関西Jr.に化学反応が起こった」
ーどういうこと?
「あいつ、自分をカッコよく見せるより、三枚目の方向、笑いの方向にシフトしたんです。今も、゛ホンマはキャーキャー言われたいねん"って冗談っぽく言ってますけど、本音ですよ(笑)。でも、あいつは笑いに舵を切った。たぶんそれは、自分のためじゃなくて関西Jr.のため。それに、みんながパッてついていったんです。゛進むべき道は、ここだ"みたいな感じで」
ーみんな、ついていったんだ。
「ですね。あいつのMCには愛があったんで」
ー愛?
「それまでも、みんなよくしゃべってましたけど、それは個々が勝手に自分をカッコよく見せたり、目立つためでしかなくて。気づいてる人も多いと思うんですけど、照史のトークって、ほとんどの場合が自分を下げて、相手を上げるんです。ある意味、自分を犠牲にして仲間をカッコよく見せてる」
ーたしかに、それは愛だね。
「しかも、そのうえ笑いも取った。これ、すげーなって。俺はまだ、できることいっぱいあったのに、やめようと思ってたなって。だから、変わろうって。さらけだしたんです、アホな部分を(笑)。そんな僕を見て、ビックリした人もいれば、゛そういうキャラやったんや。ウケる"って人もいて。正直、あのタイミングで離れてった人もいると思う。でも、よりいっそう好きになってくれた人や、関西Jr.に興味を持ってくれた人もいたんじゃないかって。だから、俺はもっとさらけだして、いっぱい笑い取っていこうって。あ、もちろん、たくさんたくさんスベリましたよ。今だって、よくスベリますし。でも、気にしない。スベリすぎて、鋼の心臓を手に入れたから(笑)」
ーハハハハハ。
「照史が、関西Jr.を変えた部分って大っきいと思うんです。本当の仲間になれたっていうか。もちろん、関西Jr.同士でもライバルであって。7WESTができたときなんか、勢いもあったし、゛こいつらがデビューするかも"って、ちょっと焦りもしたけど、絶対に負けない。負けらんないって、自分はアクロバットだったり、いろいろ習ったりして。ライバルだけど仲間だし、仲間だけどライバルっていう、いい関係だったなって」
なくなって気づく大切なものってあるよ
ーじゃあ、NYCのデビューはどう思った?
「(中山)優馬は、早いうちにデビューしそうやなってのはあったんで、内心めっちゃビックリしましたけど、゛デビューすると思ってたよ"って冷静なスタンスを演じてました(笑)」
ーじゃあ、キスマイ(Kis-My-Ft2)がデビューしたときは?
「さすがに ゛やべーー!!"って焦りましたね。正直言っちゃうと、キスマイより先にデビューしようってのを目標にしてたんで。ただ、落ち込むというより、゛やせれたなあ。でも次は、俺たちが行くぞ!"って思ってましたからね」
ーデビューまでの距離、どう感じてた?
「正直、見誤ってたと思うんですよね。僕たちが思うデビューまでの距離と、事務所が考えている距離に開きがあった。だから、キスマイがデビューしたあたりから、゛自分たちがやりたいことを口に出して言おう"って決めたんです。それまで口に出さなかったんで」
ー言葉にするようにしたんだ。
「はい。キスマイがJr.時代にツアーを始めたときとか、うらやましかったんです。でも、゛うらやましい"って感情を表に出すって、負けた感じがしますよね。嫉妬的な。デビューしたくても、゛したいです!"って泥臭くアピールするんじゃなくて、言わないままスマートにデビューしたいJr.も多いと思う。でも、俺らは、願うことは口に出して言おう。それがかなうための努力は惜しまないようにしようって決めた。ことあるごとに ゛ツアーをしたい!"って言ったら、ツアーができるようになったし、デビューだって。意地やプライド……そんなものより、カッコ悪くたっていい、想いを口にすることで、本気度を周囲に伝えようって」
ーなるほど。個人的には、2011年にBOYSが解散状態になったことも大きかったんじゃない?
「そうですね。メンバーがドンドンやめていって……。僕自身、ビックリしましたけど、まわりのほうが動揺してたというか。何も言ってないのに、゛濵田、やめるってよ"とか噂が広まって。河合(郁人)くんに、゛ホントにやめんの?"って聞かれましたからね(笑)」
ー実際、本人はどう思ってたの?
「意地でもやめないって決めてました。デビュー、絶対してやるって。ファンのコに変に気をつかわれて。やさしくされたんですね。゛私は、ついていくからね!"みたいな。いやいやいや、誰もやめる言ってへんし。やる気満々やし(笑)。ありがたかったんです。でも、気をつかわせてしまった。だからデビューして、安心してもらいたいなって」
ーなるほど。
「ただ、もしも僕が、BOYSの解散から伝えられることがあるとしたら、゛なくなって気づく大切なものってあるよ"ってことだと思うんです。正直、゛ユニットじゃなくてもいけるんじゃないか"って思った時期もあったんです。でも、なくなって気づいた。ひとりじゃ、なんもできひん。それまではミスしても、笑いに変えてくれた人が隣りにいた。でも、ひとりになったら、ミスはただのミスで終わる。だから、もし近すぎて、その価値がわかりづらくなっている人がいるなら、改めてどれだけ大切な存在なのか見つめ直してほしいし、その気持ちを本人に伝えてほしいって思います」
「関ジャニ∞さんにしても、ずっと近くで見せてもらってたわけです。それは、もちろん華やかな部分だけじゃなくて、苦労した部分も。僕らはJr.時代、ごはんなんか数えきれないくらい連れてってもらいましたし。舞台中、関ジャニ∞さんの弁当はあったけど、Jr.の分がないときがあったりして。そしたら錦戸(亮)くんや、安田(章大)くんが、出前を取ってくれて。゛みんな、たべー"って」
ーあこがれてる先輩っている?
「丸山(隆平)くんですね。心からやさしい人やなって。よく ゛夜ごはん、行く人!"って、大勢Jr.を誘ってくれて。丸山くんとごはん行くと、終始、みんな笑ってるみたいな。カニを食べさせてもらったときがあって、丸山くんが、合戦の武将みたいに ゛ぶおおおおおお~"って、エアーホラ貝を吹いて、゛かかれ~!!"って言うと、Jr.が ゛おおー!!"っていっせいにカニを食べ始めて、数分で食べつくしたり。あんな後輩に、気をつかわせないようにしてくれる、あったかい人ってなかなかいないです」
ーじゃあ、Jr.時代、やめようと思ったことってない?
「高3のときかな。一回だけやめようと思ったことあります。なんて言うか、何年か進歩がないなって思うことが続いて。何をがんばっても前に進まないで足踏みしてる感じというか。゛あー、これムリや。やめよう"って思ったんですけど……」
ーけど?
「やめる勇気がなかったんですよね。やめると僕、何もない。゛どうするの、今から?"って怖かった。同じ時期、やめてったコたちも多くいて。決断力すごいなって。僕はやり過ごしてきたというか、現実から目をそらしてきたというか。やめたくても、やめられなかった瞬間、なんか情けなくて、うわーってなりましたね」
ー誰かに相談したりした?
「してないですね。みんな応援してくれてたから、できなかったです。しかも僕、昔からこういうキャラじゃなかったんですよ。もう少しカッコつけてて(笑)。だから、よけい相談とかできなくて」
ーそんな時期を乗り越えられた、転機のようなことってあった?
「僕っていうより、関西Jr.の転機みたいなものがありましたね。照史がきっかけです。『ごくせん』に出たあたりだったかな。あいつ、MCでお笑いに走ったんですよ。その瞬間、関西Jr.に化学反応が起こった」
ーどういうこと?
「あいつ、自分をカッコよく見せるより、三枚目の方向、笑いの方向にシフトしたんです。今も、゛ホンマはキャーキャー言われたいねん"って冗談っぽく言ってますけど、本音ですよ(笑)。でも、あいつは笑いに舵を切った。たぶんそれは、自分のためじゃなくて関西Jr.のため。それに、みんながパッてついていったんです。゛進むべき道は、ここだ"みたいな感じで」
ーみんな、ついていったんだ。
「ですね。あいつのMCには愛があったんで」
ー愛?
「それまでも、みんなよくしゃべってましたけど、それは個々が勝手に自分をカッコよく見せたり、目立つためでしかなくて。気づいてる人も多いと思うんですけど、照史のトークって、ほとんどの場合が自分を下げて、相手を上げるんです。ある意味、自分を犠牲にして仲間をカッコよく見せてる」
ーたしかに、それは愛だね。
「しかも、そのうえ笑いも取った。これ、すげーなって。俺はまだ、できることいっぱいあったのに、やめようと思ってたなって。だから、変わろうって。さらけだしたんです、アホな部分を(笑)。そんな僕を見て、ビックリした人もいれば、゛そういうキャラやったんや。ウケる"って人もいて。正直、あのタイミングで離れてった人もいると思う。でも、よりいっそう好きになってくれた人や、関西Jr.に興味を持ってくれた人もいたんじゃないかって。だから、俺はもっとさらけだして、いっぱい笑い取っていこうって。あ、もちろん、たくさんたくさんスベリましたよ。今だって、よくスベリますし。でも、気にしない。スベリすぎて、鋼の心臓を手に入れたから(笑)」
ーハハハハハ。
「照史が、関西Jr.を変えた部分って大っきいと思うんです。本当の仲間になれたっていうか。もちろん、関西Jr.同士でもライバルであって。7WESTができたときなんか、勢いもあったし、゛こいつらがデビューするかも"って、ちょっと焦りもしたけど、絶対に負けない。負けらんないって、自分はアクロバットだったり、いろいろ習ったりして。ライバルだけど仲間だし、仲間だけどライバルっていう、いい関係だったなって」
なくなって気づく大切なものってあるよ
ーじゃあ、NYCのデビューはどう思った?
「(中山)優馬は、早いうちにデビューしそうやなってのはあったんで、内心めっちゃビックリしましたけど、゛デビューすると思ってたよ"って冷静なスタンスを演じてました(笑)」
ーじゃあ、キスマイ(Kis-My-Ft2)がデビューしたときは?
「さすがに ゛やべーー!!"って焦りましたね。正直言っちゃうと、キスマイより先にデビューしようってのを目標にしてたんで。ただ、落ち込むというより、゛やせれたなあ。でも次は、俺たちが行くぞ!"って思ってましたからね」
ーデビューまでの距離、どう感じてた?
「正直、見誤ってたと思うんですよね。僕たちが思うデビューまでの距離と、事務所が考えている距離に開きがあった。だから、キスマイがデビューしたあたりから、゛自分たちがやりたいことを口に出して言おう"って決めたんです。それまで口に出さなかったんで」
ー言葉にするようにしたんだ。
「はい。キスマイがJr.時代にツアーを始めたときとか、うらやましかったんです。でも、゛うらやましい"って感情を表に出すって、負けた感じがしますよね。嫉妬的な。デビューしたくても、゛したいです!"って泥臭くアピールするんじゃなくて、言わないままスマートにデビューしたいJr.も多いと思う。でも、俺らは、願うことは口に出して言おう。それがかなうための努力は惜しまないようにしようって決めた。ことあるごとに ゛ツアーをしたい!"って言ったら、ツアーができるようになったし、デビューだって。意地やプライド……そんなものより、カッコ悪くたっていい、想いを口にすることで、本気度を周囲に伝えようって」
ーなるほど。個人的には、2011年にBOYSが解散状態になったことも大きかったんじゃない?
「そうですね。メンバーがドンドンやめていって……。僕自身、ビックリしましたけど、まわりのほうが動揺してたというか。何も言ってないのに、゛濵田、やめるってよ"とか噂が広まって。河合(郁人)くんに、゛ホントにやめんの?"って聞かれましたからね(笑)」
ー実際、本人はどう思ってたの?
「意地でもやめないって決めてました。デビュー、絶対してやるって。ファンのコに変に気をつかわれて。やさしくされたんですね。゛私は、ついていくからね!"みたいな。いやいやいや、誰もやめる言ってへんし。やる気満々やし(笑)。ありがたかったんです。でも、気をつかわせてしまった。だからデビューして、安心してもらいたいなって」
ーなるほど。
「ただ、もしも僕が、BOYSの解散から伝えられることがあるとしたら、゛なくなって気づく大切なものってあるよ"ってことだと思うんです。正直、゛ユニットじゃなくてもいけるんじゃないか"って思った時期もあったんです。でも、なくなって気づいた。ひとりじゃ、なんもできひん。それまではミスしても、笑いに変えてくれた人が隣りにいた。でも、ひとりになったら、ミスはただのミスで終わる。だから、もし近すぎて、その価値がわかりづらくなっている人がいるなら、改めてどれだけ大切な存在なのか見つめ直してほしいし、その気持ちを本人に伝えてほしいって思います」