ーそれは受からないと思うかも(笑)

「何人かは雑誌用の写真を撮られてて。俺は撮られへんかったから、もうムリやろなって。でも、その日の夜に、『ANOTHER』って舞台があるから来てって電話で言われて。なんかねえ、あきらめてたんで、よけいにうれしかったですね」

ー入所してすぐ、BOYSに抜擢されてるよね?

「そうだ、そうだ。『ANOTHER』のときに何人か呼ばれたんです。歌ってみてって。おそらく、あれが歌審査やったんやろうな。そのあとすぐBOYSに呼ばれて、マイクを持たせてもらって。でも、歌えるってことがどういうことかわかってなくて。姉ちゃんの友だちが、゛入ってすぐマイクを持てるってスゴイんだよ!将来有望だよ!"って教えてくれて。なるほど、俺は今すごい位置にいるのだな、と(笑)」

ーちなみに、バスケ選手の夢は?

「バスケ部の先生に、オカンが知らないうちに報告してたんですよ。舞台があるから、部活に行けない日がある。゛舞台が、あの子の夢なんです!"って(笑)。先生も ゛濵田の夢なら応援します!"って俺はバスケ選手になりたかったのに、勝手に道が閉ざされて(笑)。舞台後、部活に参加したら、ダメなプレーをしても先生が叱ってくれなくなったんですね。あ、気をつかわれてるなって。これはムリやって。だから、中1で見つけた人生初の夢を、中2であきらめたんです。ジャニーズ一本で生きていくしかないって(笑)」

あいつのMCには愛があったから

ーデビューについてどう思ってた?

「最初は、自分がデビューできるとは思ってませんでしたからね。なんもできることないし。とりあえず、続けとこうってくらいの感じで。そうっすねえ、深く考えて生きてなかったですね。関ジャニ∞さんがデビューして松竹座で自分たちのコンサートができるようになって、この世界の楽しさがどんどんわかっていって。あとは、先輩たちを見て、こうなりたいな、ああなりたいなってことをいっぱい見つけてったんです。それで、だんだん、この世界観が好きになっていって」

ー先輩の存在は大きい?

「大きいですね。先輩からすべてを学んだから。関西はマネージャーさんもつかないですし。もうすべてを先輩に教わり、自分たちでやる。一度、『ザ少年倶楽部』の収録で東京に行ったとき、東京のJr.は、マネージャーさんが衣装を片づけてたんです。゛え、なんでなん?"ってビックリして。僕らは、年上の文ちゃん(浜中文一)とかが、゛こうたため、こう結べ、こうしまえ!"って見本を見せてくれて。゛おまえらも後輩に引き継いでかんといかんぞ"って教わって。本当に、何から何まで先輩に教わったというか」