4人でやっていこうって一度は腹をくくりました
ー大晦日のカウントダウンコンサートで、一度は(中間)淳太くん、重岡(大毅)くん、小瀧(望)くん、桐山(照史)くんの4人でデビュー発表。複雑な心境だったんじゃない?
「もちろん、7人がいいってずっと思ってました。……でも、この言葉を、どう受け取ってもらえるかわからないですけど、僕は一度は゛4人でやっていこう"って腹をくくりました」
ーそうだったんだ。
「濵ちゃん(濵田崇裕)、神ちゃん(神山智洋)、(藤井)流星……。3人がいたほうがいいに決まってる。でも、俺らが゛入れたい"って言うのはおかしいんじゃないかって。゛デビューって、そんな簡単に決められるものなの?"って。そんなん言い出したら、関西jr.には、ほかのメンバーもおる。がんばらなかったヤツなんて、ひとりもおらん。みんな思いますよね。゛じゃあ、俺も入れてよ"って」
ーたしかにそうだね。
「めっちゃ悩みましたね。でも、この世界のいろんなノウハウを持ってる事務所が、べストな形はこの4人だと決められたなら、なんの知識も経験もない僕らが、感情だけで人数に関して口を出すことは甘いんじゃないかって。デビューって、そんなに軽いものじゃない。4人でやるって決まった以上、゛もし7人だったら"なんて逃げ道を作ったら、絶対うまくいかない。だから、カウントダウンのとき、僕は゛この4人でデビューなんだ"って、腹をくくったんです」
゛絶対に芸能界に入る"って決めてました
ーじゃあ、デビューに至るまでを、さかのぼって聞いていくよ。誕生日、8月31日だよね。
「そうなんですよ。夏休みの最後の日。うれしいやら悲しいやら。なんで、そんな日なんやって。オカン、もう1日、ガマンしてくれって話ですよ(笑)」
ー゛照史"って漢字、珍しいよね。
「゛てるし"とか゛てるふみ"ってよく呼ばれてました。でも、人とちがうう読み方ってのが気に入ってます。最近、うれしかったのが、゛きりやまあきと"ってケータイに入れると、一発で変換されるんです。デビューしたんだって実感しますね」
ー小さいころ、どんなコだったの?
「ヤンチャでしたね。お兄ちゃんが4つ上なんですけど、ようケンカして。あと、ずる賢かった(笑)。カップラーメンが好きだったんですけど、ふだんはオカンがごはん作ってくれるんで、土曜の昼しか食べられなくて。でも、食べたいじゃないですか。フツーに゛食べたい"って言ってもダメなんで、先にフタを開けて、゛開けちゃったんやけど、食べていい?"って聞きに行くっていう(笑)。それと、ちっちゃいときから、人前でしゃべったり、歌ったり、踊ったりしてたんですよ。近所のガレージをステージにして」
ーかなり早いタイミングでダンスを習い始めたんだよね?
「保育園を卒園する前くらいに、オカンに゛ダンスやミュージカルを教える教室があるけど?"って聞かれて、゛やる!"って即答したんです」
ーダンスに興味があったんだ?
「ないない。゛ダンス!?それ美味しい?"くらいな感じ(笑)。でも、゛人とちがうことができる!"って思ったんですよね」
ー人とちがうことがしたかったんだ。
「変わってたっていうか、人が少ないほう、少ないほうに行きたかったっていうか。単に目立ちたいだけっていうか(笑)。サッカーもやってたことがあるんですけど、流行りで人数が多かったんです。もう、どうやってサボるかってことしか考えてなかったですね」
ーダンスはサボらなかった?
「1回も休んだことないです。楽しかったから。最初は全然踊れなくて。でも、今もそうなんですけど、゛できひん"って思ったら楽しくなるんですよ。落ち込んじゃうんじゃなくて、゛絶対、できるようになってやる!!"って。自分ができないことが、意味がわからないっていうか、許せないっていうか」
ーそのころ、夢ってあった?
「3年生くらいには、゛絶対に芸能界に入る"って決めてました。火がついた瞬間があるんですけど、担任の先生に゛SMAPに入りたい"って言ったんです。そしたら、゛照史じゃムリだよ~"って、冗談っぽくはぐらかされて。僕は真剣だったからカチーンときて。゛絶対なったる!"って。だから、芸能界に入りたいとか、入れたらとかじゃなくて゛入る!"って、その瞬間に決めたんです。今、その先生に本当に感謝してて。導火線に火をつけてくれたから」
ーそうだね。
「当時好きやったんがSMAPさんとKinKi Kidsさんで。頭おかしいんですけど、KinKi Kidsの3人目になって踊ってる夢とか、よう見てました。なぜかコンサートしてるのは、近所のガレージなんですけどね(笑)」
ーちなみに、夢の中で桐山くんのポジションは?
「俺、真ん中です(笑)」
ー大晦日のカウントダウンコンサートで、一度は(中間)淳太くん、重岡(大毅)くん、小瀧(望)くん、桐山(照史)くんの4人でデビュー発表。複雑な心境だったんじゃない?
「もちろん、7人がいいってずっと思ってました。……でも、この言葉を、どう受け取ってもらえるかわからないですけど、僕は一度は゛4人でやっていこう"って腹をくくりました」
ーそうだったんだ。
「濵ちゃん(濵田崇裕)、神ちゃん(神山智洋)、(藤井)流星……。3人がいたほうがいいに決まってる。でも、俺らが゛入れたい"って言うのはおかしいんじゃないかって。゛デビューって、そんな簡単に決められるものなの?"って。そんなん言い出したら、関西jr.には、ほかのメンバーもおる。がんばらなかったヤツなんて、ひとりもおらん。みんな思いますよね。゛じゃあ、俺も入れてよ"って」
ーたしかにそうだね。
「めっちゃ悩みましたね。でも、この世界のいろんなノウハウを持ってる事務所が、べストな形はこの4人だと決められたなら、なんの知識も経験もない僕らが、感情だけで人数に関して口を出すことは甘いんじゃないかって。デビューって、そんなに軽いものじゃない。4人でやるって決まった以上、゛もし7人だったら"なんて逃げ道を作ったら、絶対うまくいかない。だから、カウントダウンのとき、僕は゛この4人でデビューなんだ"って、腹をくくったんです」
゛絶対に芸能界に入る"って決めてました
ーじゃあ、デビューに至るまでを、さかのぼって聞いていくよ。誕生日、8月31日だよね。
「そうなんですよ。夏休みの最後の日。うれしいやら悲しいやら。なんで、そんな日なんやって。オカン、もう1日、ガマンしてくれって話ですよ(笑)」
ー゛照史"って漢字、珍しいよね。
「゛てるし"とか゛てるふみ"ってよく呼ばれてました。でも、人とちがうう読み方ってのが気に入ってます。最近、うれしかったのが、゛きりやまあきと"ってケータイに入れると、一発で変換されるんです。デビューしたんだって実感しますね」
ー小さいころ、どんなコだったの?
「ヤンチャでしたね。お兄ちゃんが4つ上なんですけど、ようケンカして。あと、ずる賢かった(笑)。カップラーメンが好きだったんですけど、ふだんはオカンがごはん作ってくれるんで、土曜の昼しか食べられなくて。でも、食べたいじゃないですか。フツーに゛食べたい"って言ってもダメなんで、先にフタを開けて、゛開けちゃったんやけど、食べていい?"って聞きに行くっていう(笑)。それと、ちっちゃいときから、人前でしゃべったり、歌ったり、踊ったりしてたんですよ。近所のガレージをステージにして」
ーかなり早いタイミングでダンスを習い始めたんだよね?
「保育園を卒園する前くらいに、オカンに゛ダンスやミュージカルを教える教室があるけど?"って聞かれて、゛やる!"って即答したんです」
ーダンスに興味があったんだ?
「ないない。゛ダンス!?それ美味しい?"くらいな感じ(笑)。でも、゛人とちがうことができる!"って思ったんですよね」
ー人とちがうことがしたかったんだ。
「変わってたっていうか、人が少ないほう、少ないほうに行きたかったっていうか。単に目立ちたいだけっていうか(笑)。サッカーもやってたことがあるんですけど、流行りで人数が多かったんです。もう、どうやってサボるかってことしか考えてなかったですね」
ーダンスはサボらなかった?
「1回も休んだことないです。楽しかったから。最初は全然踊れなくて。でも、今もそうなんですけど、゛できひん"って思ったら楽しくなるんですよ。落ち込んじゃうんじゃなくて、゛絶対、できるようになってやる!!"って。自分ができないことが、意味がわからないっていうか、許せないっていうか」
ーそのころ、夢ってあった?
「3年生くらいには、゛絶対に芸能界に入る"って決めてました。火がついた瞬間があるんですけど、担任の先生に゛SMAPに入りたい"って言ったんです。そしたら、゛照史じゃムリだよ~"って、冗談っぽくはぐらかされて。僕は真剣だったからカチーンときて。゛絶対なったる!"って。だから、芸能界に入りたいとか、入れたらとかじゃなくて゛入る!"って、その瞬間に決めたんです。今、その先生に本当に感謝してて。導火線に火をつけてくれたから」
ーそうだね。
「当時好きやったんがSMAPさんとKinKi Kidsさんで。頭おかしいんですけど、KinKi Kidsの3人目になって踊ってる夢とか、よう見てました。なぜかコンサートしてるのは、近所のガレージなんですけどね(笑)」
ーちなみに、夢の中で桐山くんのポジションは?
「俺、真ん中です(笑)」