皆さんもお分かりだとは思いますが
今日であの未曾有の大震災からちょうど一年がたちます。
この一年間、
TVで地震、津波、原発と東日本大震災のニュースを見ない日はなかったと思います。
忘れもしない
2011年3月11日。
あの日のあの瞬間、
僕は期末テスト期間だった為早く帰宅しており
たまたま家にいた父親とミヤネ屋で石原都知事の出馬会見を見ていました。
近所の人達とガチ避難を体験しました。
家の瓦が割れ
余震の来ている中父親と屋根登って瓦を降ろしました。
翌日の新聞によると
僕住んでいる場所は震度6弱だったらしいです。
真面目に死ぬかと思いました。
怖かったです。
あんなに怯えながら一日を過ごした事はありません。
メールも電話も繋がらないし
TVも震災特番しかやってないし
本当に不安で不安で
mixiやツイッターを何回も何回も開き友達のつぶやきを見てました。
テスト勉強どころではありませんでした。
怖くて怖くて夜も眠れませんでした。
TVで津波の映像を見た時目を疑いました。
まさに地獄絵でした。
数年前にスマトラ沖地震の大津波の映像と同じものが
日本で起きているとは信じられませんでした。
津波のさった後、
空襲の後のような映像でした。
もし自分の住んでいる場所に同じ津波が来たら
もし自分の住んでいる場所に震度7が来たら
色々考えちゃいました。
次の日、原発の爆発を見た時日本は終わったと思いました。
何もかもが信じられませんでした。
大規模な映画の宣伝?
CG?夢?と思いました。
いや、夢であって欲しいと願いました。
現実だと思い知らされた時自然の前での人間の無力さを実感しました。
特に自分の無力さには虚しくなりました。
官房長官を始めとする政治家や
レディーガガなどの日本だけでなく
世界中の芸能人は被災地支援を発表し
ボランティア活動の準備を大人が始めているなか
自分には何が出来るのだろうか?と考えた時
自分には何もすることができず
絆、絆とは言うけれど
何が絆なのだろうか?と考えました。
次々と増えていく
死者や行方不明者の数を見ているだけでした。
被災地の人のために何が出来るのだろうか?
わずかながら苦しかったです。
生まれて始めて
自分以外の他人の事、社会の事、日本の事を真剣に考えたと思います。
そして
自分は今、大変な時代に生きているんだなと思いました。
卒業式の時にも沢山の人が言っていたけれど
自分の高校生活を語る上で東日本大震災は欠かせないものになると思います。
いや、高校生活だけじゃないな。
自分の人生を語る上で欠かせない事だな。
そして自分に何が出来るのか結論が出たと思います。
確かに今、
自分に出来る事は何もありません。
しかし
10年、20年、30年……とたった時
自分は次の世代に語り継ぐ事ができます。
自分が経験した事は東北の人達に比べたら
たいしたことないかもしれません。
それでも
交通の麻痺、計画停電など東北の被災地とはまた少し違った語り継がなければならないことはいっぱいあります。
僕らには語り継がなければならない義務があります。
それが大人には出来なくて僕らに出来る事だと思います。
この大震災は絶対に風化させてはいけない事です。
他人事で終わらせてはいけない事です。
ここで1つ提案があります。
風化させない為に
毎年3月11日は
去年の震災直後のように計画停電を行ったり
街の照明を暗くしたりする日にすべきだと思います。
一年に一回くらい
そういう日があってもいいと思います。
国民に節電意識を植え付けさせる為にも有効だといいと思います。
もともと日本人はエネルギーの無駄遣いをしすぎですから。
まあ、こんな所で僕が一人が騒いでもなんの影響力もないんですけどね(笑)
それと忘れてはいけない事は
今この瞬間もまだ東北の人々は来るしんでいると言うことは忘れてはならないと思います。
他人事のような言い方になってしまいますが
復興はまだまだ時間がかかるとは思いますが頑張って下さい。
やるしか無いんです。
いくら関東人、関西人、世界中の人々が支援しようとも
東北の復興は東北人にしかできません。
頑張って下さい。
そして被災した方々に深いお詫び申し上げると共に犠牲者の御冥福をお祈り申し上げます。