野呂田調教師のカレイなる一日
(前編)





2008年、榮衣競馬の牡馬クラシック戦線の最終戦となる奥州菊花賞は直線、実力馬同士の見応えのある攻防となった。



戦前、距離が持たないと言われていた大堀厩舎の皐月賞馬クライエンスマイルだったが、レースはそのスマイルの予想外の逃げで幕を開けた。

鞍上のコリンこと小鈴優子の長手綱で"彼"は道中気分よく逃げた。

一人旅‥マイラーと目されていた皐月賞馬の単騎逃げに、場内はどよめいた。



スマイルはダービーでも距離の壁を指摘され、そのダービーはガッチリ手綱を押さえて直線勝負に徹するも4着。

2歳チャンピオンとして臨んだ明けクラシック初戦の皐月賞‥。好位からきっちり抜け出す横綱相撲で勝ったクライエンスマイルは、一部で距離適性を疑問視する声もある中、圧倒的1番人気でダービー当日を迎えた。


断然1番人気のプレッシャー、レース振りと血統面から囁かれる距離適性‥様々な要素が鞍上の小鈴を惑わせた。

天性ともいえるレース感、大鈴麻衣が嫉妬を覚える程の小鈴のそのレース感が乱れる。いや、乱れてはいなかった。ただ、コリン自身がベストポジションと感じた位置取りよりも、敢えてスマイルを後方に控えさせたのだ。

距離と1番人気で「負けられない」という思い‥そして何よりもダービーという全競馬関係者が目標とするレースの格が、場内の異様な熱気が、‥小鈴にその作戦を取らせたのだ。

が、手綱を抑えすぎたことと、彼‥スマイル自身が過去経験の無い位置取りにストレスを感じ、馬と喧嘩した揚句、彼の本来の持ち味であるスピードを殺してしまった。

結果、スマイルは掲示板に載るのがやっとのレース振りで破れ去ったのだった。


そのダービーでの苦い経験から、さらに距離が伸びる菊花賞(早池峰皐月賞はダートマイル戦1600m。ダービーオブダイヤモンドはダ2000m。奥州菊花賞はダ2600m。)で、小鈴は腹をくくってスマイルの行く気にまかせ、彼の気分をそこねない事のみに集中した。


3角先頭から直線に入り逃げ込みを謀る小鈴鞍上のスマイル。リラックスした道中が長距離をこなす馬の余裕を呼び、作戦は効を奏した‥かに思われた。



だが、ダービーを制し3歳馬の頂点に立った「彼女達」が黙ってはいなかった。


逃げ込みを謀るコリン達に直線襲い掛かったのが、大鈴麻衣に初のダービージョッキーの栄誉をもたらした、レディスタディである。


小柄な馬体に三白流星尾花栗毛の派手な出で立ちから小さな貴婦人と呼ばれたレディスタディ。名が指し示す通りレディ‥、牝馬である。厩舎関係者やファンからは名を縮めて「ディディ」という愛称で親しまれ、競馬誌上では「DD」などと書かれたりした。


ダービーで小鈴が理想と感じていたポジションで終始レースを進めたのがディディの手綱を駆る大鈴であった。



牝馬の身で牡馬のクラシック最高峰に挑んだこのコンビにもドラマがある。





(つづく)