2016年の選抜総選挙で卒業を発表し、21・22日、卒業コンサート「こじまつり」を開催したAKB48の1期生、小嶋陽菜(28)。AKB48のメンバーとしてだけでなく、「Sweet」などの女性ファッション誌でモデルとしても活動し、16年に発売された写真集「どうする?」は15万部の売り上げを記録した。華やかなルックスと美意識は女性からも憧れられ、ファッション・アイコンとしてAKB48の名前をより世間に広めたロールモデルとなった。さらに、口を開けば数々のポップな発言を世に轟かせ、話題をさらってきたこじはる。そんな名言たちを振り返りながら、彼女がAKB48にもたらした功績を検証していく。

■名言その1「悩みが…なかった」

 モーニング娘。に憧れてアイドルを目指した小嶋。05年に17歳でAKB48に加入した初期は天然キャラとして親しまれ、数々の自由奔放な発言で知られていた。「“ちっちゃいニャンニャン”が頭の中にいて~」という架空のネコの話をするなど、後に「あのころはどうかしていた」と本人が反省するほどの奇天烈な言葉を残していた。当時の中でも特に有名なのが07年の折井あゆみ(31)卒業の際に飛び出した言葉だ。スタートしたばかりで試行錯誤を続けていたAKB48を懸命に支え、リーダー的な存在として頼られていた折井の門出にメンバーたちはエールを送ったが、小嶋だけは違った。

 「陽菜も悩みとか相談したかった。でも、悩みが…なかった」。

 この「悩みがなかった」発言によって、ウェットな雰囲気になっていた卒業公演は一転大爆笑に。厳粛な卒業公演ですら、一気に笑いに変えられる小嶋の感性はこの当時から大物の片りんを見せていた。

■名言その2「(速報時の)10位用のコメントしか考えてなくて(笑)」

 AKB48の代名詞、選抜総選挙。小嶋陽菜は09年の第1回で6位となり、“神7”の1人として、AKB48をけん引してきた。第2回以降も7位、6位、7位、9位、8位を記録。15年は不参加だったが、翌16年は“にゃんにゃん仮面”としてエントリーし、16位にランクインした。そんな彼女の総選挙名物となったのが「10位用のコメントしか考えてなくて(笑)」だった。速報で10位付近に入ることが多く(第2回、3回で10位、4回で11位)、ここから飛び出したのがこの名言だった。

 「ファンはメンバーに似る」。これはAKB48ファンの間でささやかれている都市伝説めいた言説だが、行動がおっとりした小嶋同様、彼女のファンもまた“スロースターター”が多いようで、投票開始翌日に発表される速報ではまずベストテン付近に入り、その後の投票で盛り返すというのが“こじはる推し”たちの必勝パターンだった。この速報順位があった上での最終結果発表。その場で小嶋は「10位用のコメントしか考えてなくて」と発言し、ファンを笑わせるのが総選挙で定番化した。さらに速報より順位が上がることが“伝統芸能”とも呼ばれるまでになり、重い雰囲気になりがちな選抜総選挙において、小嶋のこの発言は一服の清涼剤的な雰囲気を醸し出していた。

■名言その3「これから言うことは嘘なんですけど…たかみなを支えていけたら」

 12年に前田敦子(25)が卒業し、翌13年に篠田麻里子(30)、板野友美(25)が卒業。“神7”メンバーがそれぞれの夢を目指し、AKB48を巣立っていった。そんな中、13年12月31日の「NHK紅白歌合戦」で小嶋と“こじゆう”のコンビ名で親しまれた盟友の大島優子(28)が卒業を発表した。翌日、AKB48劇場で行われた元日公演で、小嶋は高橋みなみ(25)にこう語りかけた。

 「優子が卒業を発表したということで、これから言うことは嘘なんですけど…たかみな(高橋みなみ)を支えていけたら」

 AKB48をけん引してきた大島の卒業により、総監督・高橋への重圧が高まるのは自明の理。そこで、小嶋は「嘘」と切り出しつつ、恥ずかしくて言いづらい本音を語るという、実にニクい演出で高橋を支えていくことを表明した。この言い方に大島は「そんな倒置法あるんだ」と大笑するしかなかった。

■名言その4 「”AKBにいたらこういうこともできるんだ”と、後輩たちの道ができるように頑張っていきたい」

 シリアスな場面を一言でふわっと優しく温かい雰囲気に変えてきた小嶋。いよいよ自身の卒業も考慮する段階に入った14年、誕生日を祝う劇場公演の生誕祭で、今後の目標とメンバーへのメッセージとして彼女はこう語りかけた。

 「これからは女性誌でカバーガールができるような魅力的な女性になって、もっともっと自分を磨いて、私がAKBにいることでプラスになるようになりたいです。そして、私はたかみなや優子みたいにみんなを引っ張れる先輩にはなれないと思いますが、“AKBにいたらこういうこともできるんだ”と、後輩たちの道ができるように頑張っていきたいと思います」

 一種とらえどころのない自由人のように見える小嶋だが、モデルに限らず、「PON!」(日本テレビ系)や競馬番組「馬好王国」(フジテレビ系)などのテレビ番組にレギュラー出演するなど、多方面で才能を発揮し活躍してきた。長いAKB48の歴史を振り返ってみても、彼女のキャラクターとかぶるメンバーはいない。後輩から見れば、間違いなくタレントとして新たな道を切り開いてきた唯一無二の存在だったはずだ。事実、彼女に憧れているメンバーは多い。YouTubeで公開している“女子力動画”が話題のNMB48吉田朱里(20)や小嶋から「埼玉県から来ました」のキャッチフレーズをプレゼントされたAKB48向井地美音(18)などはその代表で、敬慕するメンバーに多大な影響を与えてきたのだ。

■結論「小嶋陽菜とは何だったのか?」~横山由依への手紙で明かされた真意

 圧倒的なルックスとハイセンスな言動でAKB48に功績を残してきた小嶋。選抜総選挙やドキュメンタリー映画など、シリアスな部分が強調されるAKB48において、彼女が醸し出す笑いは、メンバー、そしてファンを癒してきた。高い美意識を持ちながらも、その努力を一切ひけらかすことなく、誰よりも仲間やグループの未来像を考えていながら、あえてその気持ちをオブラートに包み、笑いを交えて、世間に提示してきた。そして、そんな彼女の本質を感じることができるのが、横山由依(24)の生誕祭に寄せた彼女の手紙だ。高橋の跡を継いで総監督に就任した横山への手紙はファンの間では名文として称賛されている。

 小嶋が断るような温泉ロケや、先輩の公演を覚えるアンダー(代役)、そして総監督までも引き受けた横山の使命感をたたえつつ、小嶋は手紙にこう思いを綴っている。

 「由依ちゃんが困った時は絶対にフォローしよう、できる限りのことは協力しよう。そんなこと誰にも思ったことないのに何で由依ちゃんにはそう思えたのか、この手紙を書いてわかった気がします。それは、私だったら絶対断る、そんなことにチャレンジし続ける由依ちゃんの姿を見てきたからです。何事にも一生懸命。それが由依ちゃんのことを好きな理由です」

 しかしその手紙でも、最後に横山にコンサートで笛を吹くことをすすめ、「私だったら絶対、断ります」と見事にオチを付けた。緩急自在。それが彼女の流儀なのだ。

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 21日、前夜祭後に行われた記者会見で小嶋は後継者について、「いないです。また何年か経ったら出てくるんじゃないかなと思います」と返答した。これはうかつに後継者を指名すると自分と比較されてしまうのではないかという小嶋なりの配慮で、小嶋とはまた別の形でAKB48グループから新たなファッション・アイコンが生まれることを願う彼女らしい新たな名言のように感じられた。

 「陽菜」と「陽」の名を冠する通り、小嶋は太陽のようにAKB48を優しく照らす女神だったのではないだろうか。AKB48劇場で行われる彼女の卒業公演は29歳の誕生日を迎える4月19日に決定した。AKB48としてのグランドフィナーレ。そこでまたどんな名言が飛び出すのか?こじはるの言動に最後の最後まで期待したい。

 

(夕刊フジより)



こじまつりの余韻がまだ収まっておりません。AKB48の歴史に残る舞台にまた立ち会えたと思うと興奮が収まらないというのが本音です。最高の2日間でした。この記事がいいなと思ったのでコピペさせてもらいました。


魅せると聴かせると泣かせると驚かせると笑わせるという相いれない要素をすべて「こじまつり」の2日間につめこんだ小嶋陽菜というメンバーは本当にすごいと思いました。これ以上の卒業コンサートにこれ以上の普通のコンサートがAKB48でできるのかなと不安と心配を抱くのですが下の世代が新しいAKB48を築いていってほしいと思います。


今日の「僕の太陽」公演でAKB4期生ちぃちゃんこと中田ちさとの卒業発表があったようです。こじはる卒業後はAKB48では最年長になるのですがわずか数日でまりやんぬに譲って5月からゆきりんにAKB48では最年長という称号が渡ります。ゆきりん最年長をさしこやみぃちゃんがいじりそうな気がしてならないのですがAKB48の世代交代が進むのは淋しいです。その分を若手メンバーが奮起して頑張ってほしいと思います。