大気が緊張をはらみビリビリと震えている。

曇天に走る稲妻が怒りを示すように青白く炸裂する。

荒れ狂う海、叩きつけるような雨が甲板を濡らし。

『…嵐か、』

それは予感めいたものだった。

殺気を遠く近く感じ…決着をつけようと囁く声が吹き荒れる風の中に聞こえた気がした。


セシル…ー。

次はない…幾度も言われた言葉の最後を求めて探すように名を心に秘め。

打ちつける雨の激しさに海兵達の手持ちのカンテラの灯がぼんやりと煙る。

轟音に首をすくめて船員は空を見上げた。

『船長、ありゃあ…』

『わかっている、…強襲するには良くない風だ』

切りつけるような鋭いレイズナーの声に船員は応え、忙しなく波を避けていた。

『……もう少しだ』

睨む船影が霞むのを見送り嵐を抜ける。

まだ時ではない。

レイズナーは遠ざかる船に居るだろう、ウィリアムズを想い瞳を閉じる。

初めて剣を交えてから、いつかこの手にしたかった命。

復讐だけではなく、それはもっと強いものが根底にあっただろうか。

セシルは隠れ家としている港に信頼が出来る仲間と共に潜伏させてある。

回復し海に戻れるようになるまで静養を余儀なくされているからだ。

代わりにセシルの健在を示すように商船を襲って回った。

鼻先で守るべき商船を沈めてやるなどしたから海軍も本気だろう。

不利を承知で挑むには旗艦エリザベス号を切り離して当たるしかない。

大軍に対して向かうはブラックシャーク号のみ。

布陣の裏をついて単体で動く時を狙う。

海図を睨み、殺気を押し隠すレイズナーは呟く。

『ウィリアムズ、お前は俺だけの者だ』

熱を伴う言葉は誰にも聞かれない。

嵐を抜けてー…。

凪いだ海を順調に進む旗艦エリザベス号を護衛する艦隊が遅れていた。

『仕方がないな…少し先行し過ぎたようだこの海域で少し待つとするか』

船足に差はない筈なのに旗艦エリザベス号へ従う船影は遠い。

ドォォォ……ン!

不意に砲撃の音がした。

敵の船影が見えないまま護衛艦が泡を食って回頭しようと舵を切るのが見える。

だが折れたマストが海中に没しなすすべないままに火を吹く姿に護衛艦に向けて急行させた。

『誰だ、どこに敵が!』

見えない船影、馴染みのある殺気。

『閣下!ブラックシャークです』

予期してはいたが、まさかこんな隙を付かれるとは…。

厳しい眼差しで残る護衛艦に指示を送り砲門を開かせるが。

影にも掠らないまま、こちらが本命だと言うように突破してくる。

『総員!衝撃に備えろ!』

全員の応答の間すらなく追突して来た黒い船は白兵戦を仕掛けるべく鉤縄を掛けてくる。

『我が船を好き勝手にはさせん!』

手にしたマスケット銃が火を吹く。

硝煙の匂いと苦悶の叫び、乗り移って来る海賊達と交戦する兵達。

剣の交わる金属音、怒号、血の臭いが戦場と化した甲板を彩る。

遅れて影がゆっくりと降り立っていた。

撃ち込まれた弾丸を恐れもせずに避して揺らめく殺気が見える気。

『決着をつけに来たぜ提督ウィリアムズ!』

海賊船長としての装いはレイズナーを美しく飾る。

斬りつけて来た兵士を切り捨てて笑う。

『臆したか!ウィリアムズ』

挑まれて背を向ける気はなかった。

『見事な手腕だな…だがそれもここまでだ!』

銃を収め剣を抜く。

血が沸き立つ、この時をどこか待ちわびていたのかも知れない。

激しい火花を散らして剣が重なるように合わさる。

打ち払い弾かれる度に鋭い一撃が襲い来る。

愉しい、ただそう思った。

互いの眼差しにも浮かぶ喜悦、憎しみとそれ以上の想いを絡めて。

舞踏をするように、剣で互いを追い立てた。

二人だけの研ぎ澄まされた戦いの最中。

レイズナーはにやりと強く笑って立ち位置が入れ替わる際に唇を重ねて来た。

『…何を!』

『次で終わりにする!ウィリアムズ』

剣はひとりでに動いたような心地がした。

『……!』

鈍い音と何とも言えない体を刺し貫いた感触…剣の柄に伝う温かな液体。

レイズナーの剣は首に当たる寸前で止まっていた。

その手から落ちていく剣が甲板に刺さる。

『…っち、…俺の…負け…かよ…忌々しい…な』

茫然と目の前にもたれて来たレイズナーが血まみれの手で、ウィリアムズの頬に触れた。

勝ち誇るような強い笑みを浮かべて。

『…俺が、…セシルだ…レイズナーは死んだ』

笑って唇を重ねて来るレイズナーへと、たまらずキスをしていた。

例え最期でも。

『レイズナー、さすがに手ごわかった』

『…は、…あとちょっとで…綺麗な首を…戦…利品に出来た…のに…な』

剣が断ち切っていた僅かなウィリアムズの髪を掴みレイズナーは笑う。

『……お前は…俺の…もの…ー…』

低く喘ぐような呼吸をしてレイズナーはウィリアムズの服を掴み。

ゆっくりと崩れるように倒れた。

血塗れた剣を離せずに抱き起こした体はもう息をしてはいない。

『…、……お…』

嗚咽で言葉にならなかった。

呆気ない程に簡単に奪ってしまった命。

いつしか静まり返っていた戦場から海賊達が去っていく。

追撃を命じる事さえ出来ず大きな喪失感にウィリアムズは慟哭する。

風邪ひき猫に癒やしのプレゼントを頂きましたにゃ

夜様、ありがとうございますにゃ~m(u_u)m

猫マタタビちょっと復活(くしゃみ)

セシルの部屋のなかには医療用の強いアルコールの臭気と、微かな血臭がしていた。

ベッドに眠るセシルの顔色は青白い、額に滲む汗を拭ってやりレイズナーは傍らの椅子に腰を降ろす。

祈るように頭を垂れて手を組んだ。

『…セシル』

小さく呟いた声に大気が色彩を変える。

金色の炎の平原、時折、紅く吹き荒れる焔の風が見える。

(幻覚…か?)

思うが体に感じる危険な程の熱気は本物だった。

挑むように焔を睨むと、不意に金色の炎の平原が開かれる。

残酷な微笑みを浮かべた美しい妖艶な女、血の紅と焔の金が彩る女はレイズナーを愉しげに見つめた。

『海の猛々しき勇者よ、復讐の念に喚ばれ来た』

冷たく笑う口角、唇と爪を飾る紅が眩しい。

『喚んでなどいない』

固い声に女はクッと笑うー。

『海の猛々しき勇者よ、お前の主の喚ぶ声よ』

見開かれた瞳を見つめ返す冷酷な眼差し。

『我にとっては些末な人の命、我が目にかなう復讐者は落命の後に我が族になるのよ』

『セシルが…』

睨む眼差しを心地良く受けて女神は微笑む。

『セシルの魂貰い受ける、退け!』

焔の海に浮かび上がったセシルの眠るベッド。

間に立ち、身構えるレイズナーに女神は優雅に笑う。

『退かぬか』

『セシルを奪わないでくれ!』

鋭い眼光と嘆願には遠い叫びに女神は笑みを深くした。

『聞けぬ!』

『それでもだ!名を知らぬ女神よ、頼みがある!』

『では申してみよ!』

絶対の響きを持つ女神の声に気圧されまいと真向かうレイズナーは口を開く。

『セシルを生かしてくれ、守護をしてくれないか』

『その代償は如何に?』

『このレイズナー…いやセシルの魂を持って願う』

『我と契約しようと言うのかえ?酔狂よな』

細められた女神の瞳が愉しげに笑う。

『女神よ…貴女の拳族に俺が死してからなることを誓う』

『そうかえ…ではレイズナー、その身に身を灼くセシルの復讐心を宿し戦うのだな、愛すら刃に命掛けて復讐者となると?』

『誓う!!セシルを生かして命尽きるまで守護と勝利を約束してくれるなら』

『大きく出たの、だが悪くはない…女神ネメシスの名において契約しよう』

視界が金色の焔に包まれる、一瞬で焔は去った。

刻まれた奇跡、自ら傷つけ光を喪った瞳が視界を取り戻していた。

傍らのベッドに眠るセシルを見ると顔色が戻り始めて頬に赤みが差していた。

触れた頬は暖かい…喪われてはいない。

(セシル)

セシルの深い憎しみも痛みも全て連れて行こう。

身も心もセシルになりきる…そうして、敵を凪払うまで。

ふいに気配がする、ぼんやりとしたセシルの眼差しがレイズナーを見つめて。

伸ばされたセシルの手がレイズナーの手首を掴む。

『レイズナー…俺の…』

掴まれた手首に万力のような力がかかる。

レイズナーは堪えてセシルの瞳を見た。

『…裏切りの…傷…痛みを…怒り…も消えない…憎しみを晴ら…す…まで…』

『あぁ共にいる!セシルの盾であり剣になる俺が復讐を果たすまでだ…生きろセシル』

セシルの瞳に浮かぶ壮絶な憎しみの色。

愛している、大切にしていたから…なおも憎いー…そう語る眼差しは力なく伏せられた。

眠りに落ちたセシルの唇にレイズナーは祈るようにキスを贈り。

決戦に向け動き出す風向きは確かに変わったー。