仮面ライダー響鬼・異伝=明日への夢= -12ページ目
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序之段 参 『惨劇の記憶』

 業火に焼かれる街 ──東京──

 地に鳴り響く轟音

 天を覆い尽くす黒雲


 茜色に染まる─空─


 雲霞の如く飛来する、B-29が生み出す業火の種が首都東京を灼熱の地獄に変えていく。


「ツトムっ! ツトムーッ!!」
「おかーさぁああん!」

 そこでは逃げ惑い、防空壕へとかける母子の姿あった。
 だが、焼け崩れた家屋が二人を隔てる。

 倒壊した家屋は少年の周囲を包み、情け容赦なくその幼い命を奪おうとしていた。


──その時


「覇っ!」

 突如紫電が家屋の一部を吹き飛ばし、その間隙を縫って黒い影が炎の中に躍りこんだ。
 そして息も絶え絶えになった少年を抱え、2mは優に超える巨躯の男が現れる。

 その男は─異形だった。

 黒くそして張り詰めた筋肉。
 襷のような胸甲
 角の生えた、真っ黒な仮面に覆われた、無貌の ─顔─

 まるで、昔語りに出てくる「鬼」のような姿だった。

 その男は悠然と炎の中を歩み、母親にそっと少年を預けて、深く染みとおるような声で母親を促した。

「はやく防空壕に…今、道を開ける」

 その「鬼」は腰から腕輪のような物をを取り出し、軽く振った。

 リー…ン
 リーー…ン

 炸裂する爆音すら清めそうな、清冽な鈴の音が鳴り響く。

─すると大地から突然水が噴出し、地獄の業火に一本の「道」を作り出した。

「長くはもたない。…さ」

 促されて母親は、「鬼」が作ったその道を駆け去っていく。

「鬼」は、安堵したようにその後姿を静かに見送り、
そしてゆっくりと後ろを振り向いた。

「こんな時でも『人助け』─か
 貴様らしいな、『蛇鬼(じゃき)』」

「お久しぶりです…朱鬼先生」

「鬼」が振り向いたその先には、顔面に黄金の鬼の面をつけた、真紅の「鬼」がいつの間にか佇んでいた。

「罪滅ぼしのつもりか?」

真紅の鬼の言葉に、漆黒の鬼はゆっくりと頭を振った。

「『人』を助けるのが、『鬼』の仕事です。
 ─そう教えてくれたのは、貴女だ」

「…お前は思い違いをしているようだな。
 私が教えたのは、蛇鬼、
『鬼の仕事』とは『魔化魍』を滅ぼす事だ。
 我々は『人』の世界とは別の世界に生きている。
『人』の世界に係わりを持つべきではない。

 ─私は、そう教えたつもりだったがな」

「この国が滅ぼされても、ですか」

「だから『軍』に加担して、
 こんな出来損ないを作り出す手伝いをしたというのか?」

どさっ

そう言って朱い「鬼」は、彼らに似た
そしてさらに異形な屍を、黒い鬼の前に放り出した。

「鬼兵計画……
 我々『鬼』を人為的に『製造』するのだったな?
 自らを鬼畜に堕としてまで、この愚かな戦争に勝とうなどと思っていたのか?
 お前達は」

「この戦争は西欧の支配から、この亜細亜を開放するための戦いです。
 彼らはそのために護国の鬼となる道を選んでくれた。 
 …それを、愚かな事と言われますか?!」

「言うまでも無い」

 朱鬼はぴしゃりと言った。

「そんな世迷いごとを、この国の上の連中が本気で考えているとでも思っているのか?
 連中は100年も前に西欧列強がやってきた植民地支配の猿真似をしているに過ぎん。
 その連中の戯言を本気で信じているとは、愚かで哀れとしか言いようが無い。
 私たちが今立っている、この煉獄がその証明だ。
 その言葉を信じ、国と家族の為に戦い散った命には哀悼の意を禁じえないがな」

「どうやら…私と貴女とは意見が違うようだ」

「…救いようが無いな。
『吉野』の参戦派は全て粛清された。
 満州の連中の事も、程なくカタがつこう。

 …せめてもの情けだ。
 その腕輪を渡し、『鬼』であることを捨てろ。
 そうすれば、目をつぶってやる。

 もう一度言う。
 我々『鬼』は『魔化魍』と戦うためにだけ存在する。
『人』の世に、係わることは許されん
 ましてや『鬼』の力を、人の世の戦に費やすなど…っ」

 だが、黒い「鬼」は返答の代わりに、剣とも弦楽器とも見える奇妙な武器を構えた。

「…それが、貴様の答えか」

 朱鬼の拳が、きつく握り締められる。

「よかろう…引導を渡してやる。
 ……来い」



 数刻後


 朱鬼の前には、黒い鬼が使っていた武器と、腕輪だけが残されていた。

「……蛇鬼
 この、ばか者が…っ!」


 これは今を遡る事、60年前
 ──第二次世界大戦と、後に言われた時代の話である。

序之段 弐  『揺れる音』

 とくん……
 とく……ん

 音

 とくんとくん…

 私の音

 私の胸の鼓動

 苦しくて、切ない

 私だけの ─おと─


 何時からだろう。─それに気がついたのは。

 小学校の時から、ずっと一緒だった。
 いつも私は彼のそばに居て、彼も私のそばに居てくれて。

 それが ─当たり前だったのに─


 それが、「あの人」と出会ってから、彼は変った。


 不思議な男の人─ヒビキさん─

 愉快で、明るくて、頼もしい、不思議な人。

 ヒビキさんと出会ってからの彼は、私の知らない世界を見ていた。

 そして私が気がつかないほど

 少しずつ 少しずつ

 強く、逞しくなっていった。

 私はそれに気がつかなくて。

 いつもの彼だと思って。


 気がつくと


 私は取り残されていた。

─そして今の彼の横には、別の女性(ひと)がいる──




 ひとみは江戸川のサイクリングロードを一人歩いていた。
 朝日がまぶしい。 空気が冷たくて気持ちが良い。

 明日は明日夢とあきらと三人で、城南大学の推薦入試を受けることになっていた。

 あきらは人間社会学部─福祉学科を

 ひとみは教育学部を─将来は小学校か幼稚園の教諭になるつもりだ


 そして


 明日夢は医学部を。


「将来は音楽関係の仕事に就きたい」と子供の頃から言っていた明日夢が、何故医者を目指す事にしたのか──ひとみは、ぼんやりとだが知っていた。

 二年ほど前、彼女はパネルシアターのボランティアに励んでいた。
 きっかけは、明日夢がブラスバンドを辞めて、彼の側にいたくてはじめたチアに興味を失った頃に、あるチラシが目に飛び込んできたのが始まりだった。

 元々彼女は演劇部だった。人の前で別の人間を演じる事の楽しみを知っていたし、それで誰かを楽しませることが大好きだった。
 実際、パネルシアターで子供たちの笑顔を見ることに喜びを感じたひとみは、ブラバンを辞めた明日夢と、高校で明日夢を通じて知り合った新しい友達、天美あきらを誘ってみた。
 その頃の明日夢は何故か学校を休みがちだったので、ひとみはブラバンを辞めて気落ちしてるのかと勝手に思い、元気付けるために誘ってみたのだ。

 逆に学校を休みがちだったあきらは、頻回に─というより当たり前に─学校に来るようになっていたのだが、こちらも何か気が抜けたようになっていたので、一緒に誘った

 幸い二人はこのパネルシアターに興味を持ってくれ、一緒に活動するようになった。
 そんなある日、明日夢はある少女に出会った。馴染みの子で直美という少女だ。
 いつも明るくて物怖じしない元気な子だった。明日夢をパネルシアターに引き込むことに成功したのはこの子のおかげだと言っても良い。
 
 だが、彼女は不治の病に侵されていた。

 サラセミア:陰性遺伝病。
 重度の貧血症状を起こす先天性疾患で、一生をかけて輸血と排鉄剤を注射し続けなければならない身体だったのだ。
 それでも彼女は、明るく強く「生きて」いこうとしていた。

 そんな彼女を見てだろう。明日夢が医者を決意したのは。

 何故、明日夢がそこまで「人助け」に執着したのか、理由は分からない。
 しかし現実、明日夢はそれからまるで人が違ったように一心に勉強をし始めた。そしてついには医学部への推薦という快挙を成し遂げるまでになったのだ。

 どちらかといえば周囲に流されやすく、おどおどとした印象があった明日夢とは思えない変りようだった。


 そして今度は、ひとみがそんな彼に触発された。
 子供たちを、直美や明日夢のように強く、明るく育てる。
 そんな仕事に就きたいと思い始めたのだ。

 あきらもそうだ。何か吹っ切れたように福祉の仕事に興味を持ち、ひとみと共にボランティア活動をする傍ら、熱心に勉強を始めていた。
 ──障害を持った人や、お年寄りを助けたい。彼女はそう言っていた。

 そうして3人は、めでたく推薦の枠を獲得したのだ。
 それは、とても嬉しい事だった。


 その、はずだった。


 だが、しばらくして、彼女の心に蔭りが落ちていた。
 一緒に仲良く頑張ってきた。そのはずだったのに、明日夢とあきらの間になにか強い「絆」のようなものが有るのを、彼女は次第に感じ取っていた。


 ひとみは知らない。


 二人がかつて「魔化魍」と呼ばれる悪意に立ち向かう「鬼」として生きようとしていたことを。
 そしてそんな二人の間に、強い共感が生まれていたことも。

 気がつけば、明日夢は彼女と肩を並べて歩く事が多くなっていた。


 いや、本当はもっと早く気がつくべきだった。他の女友達から「天然」と呼ばれることが多いひとみだったが、自分の鈍さを、これほど悔しく思ったことは無かった──


 今、ひとみが江戸川の河川敷を歩いているのも、明日夢に会うためだった。
 会って「明日はがんばろうね」。そう言って二人で笑って、受験への不安を紛らわせたかったのだ。 

 そして──彼女の望みは思いもかけない形で叶った


「あ! 安達君…っ」


 果たして、愛用のリュックを背負い、白い息を吐きながら走ってくる明日夢の姿が見えた。ひとみに気がついたのか、手を振っている…


 ──違う


 彼の視線の先には、スエットに身を包んだ別の少女の姿があった──
 



 あきらは一通り『型』を終えると、ふぅ…と体内に淀んだ空気を吐き出した。
 気持ちと身体がすぅ…っと軽くなっていく。


「鬼」になることを辞めた今でも、彼女は鍛錬を欠かさなかった。性分といってもいいだろう。いくら「鬼」になることを止めたからといって、「鍛える」ことまで止めたら、自分が「なまけて」いるように思えたからだ。

 あれから随分性格も丸くなり、柔和な表情を浮かべるようになってきたとは言え、元々の生真面目過ぎる性格というのは、なかなか直るものではない。

 天美あきらという少女は、そんな子なのだ。


「おーい! あきらさーん!!」


「? 安達君?」


 汗を拭こうとタオルに手を伸ばした時、聞きなれた声が近づいてきた。


「なに、あきらさんも?」


「ええ…やっぱり、明日試験だと思うと、なんだか落ち着かなくて」


 そう言いながら、あきらはポットから熱い湯気の立つ液体をカップについで明日夢に渡した。


「? 何これ」


「ホット・レモネードです。
 運動した後飲むと、疲れが取れますよ」


「ありがと」


 微笑み返して二人は、肩を並べて座った。


「……安達君、緊張してません?」


「俺?」


 そう言われて、明日夢は一瞬間考え込んだ。


「…別に緊張してないわけじゃないけど、なんか腹が据わったっていうか、やることはやってきたから。──いつもと変わんないじゃないかな」


「凄いですね」


「鍛えてますから」


 そう言って、明日夢はヒビキがよくするように、人差し指と中指を立てて、しゅっと敬礼する。


「……なんだかヒビキさんに似てきましたね」


「え? そう」


 含み笑いをするあきらを見て、明日夢は思わず笑い返した。



 二人の姿を見て、ひとみの心に再び蔭りがよぎる。
 なんだか、いたたまれない。
 以前の彼女だったら、なんの躊躇も無く「おはよーっ!」と駆け寄っていたのだろうが。

 仲良く笑いあう二人を見て、その間に入っていける勇気が、今は無い。


 ──帰ろう。


 寂しく、そう考えた時だった。


「何やってんだ? 持田」


「えひゃ?!」


 突然後ろから声をかけられて、ひとみの心臓がはじけた。
 振る向くと、ひとみと同い年くらいの、整った顔立ちの長身の少年が立っている。


「き、桐谷君? 脅かさないでよ、もぉ」


 彼女の後ろに立っていたのは桐谷京介。彼女のクラスメートだった。
 ついでに言えば明日夢の「兄弟弟子」なのだが、それはひとみの知ることではない。
 彼が「鬼」であり、去年「魔化魍」にさらわれたひとみを助けてくれた事を、彼女は覚えていないなかった。そして、彼の存在が明日夢を変えた一因だということも。


「別に、脅かしたつもりはないけど。……何ボーっとしてたんだよ?」


 どう返事をしたものだろう。ひとみが言いよどんでいると、京介は河川敷で仲良く話している二人に気がついた。


「お? 明日夢ーっ! 天美ーっ!」


 そう言って京介はさっさとひとみを置いて二人に駆け寄ろうとした、
 が、ふと振り向き、ひとみに怪訝そうな目を向ける。


「? どうしたんだよ持田。来ないのか?」


 言われてひとみは、ようやく──そしてバツが悪そうに──京介の後ろをついていった。

序之段 壱 『変わり行く刻(とき)』

 東京の空気が汚れているなんて嘘だ。


 ほら、この朝日が昇る時の冷たい空気は

 こんなにも清々しい。




 胸一杯にその空気を吸い込み、目覚めたばかりの体をときほぐしていく。

 腕の筋肉を伸ばし、足を何度も屈伸させ、深い呼吸とともに背を伸ばす。

 それだけで、うっすらと汗が滲んでくる。




「よしっ…と」




 その少年は鋭く息を吐くと、シューズの紐を結びなおし、3年間愛用してきた─砂がぎっしりと詰まったペットボトル5本が入った─オレンジのリュックを背負い、軽快に河川敷を走り出した。


 母の故郷、屋久島で「魔化魍」と呼ばれる魑魅魍魎と、それを「音」で清め、倒す「鬼」と呼ばれる青年─響鬼─と出合って丁度3年


 少年、「安達 明日夢」は、18歳の春を迎えようとしていた。




 小柄なのは相変わらずだが、それでもあれから少し背が伸びた。

 そして、彼が「師」として慕う青年から「マシュマロの様」と呼ばれた頬も、青年らしく引き締まってきている。

 スエットに包まれた身体も、以前とは比べ物にならないほど鍛えられ、研ぎ澄まされていた。




 これを始めて、もう丸2年。




 朝の五時半には、目覚まし時計より早く目を覚まして、10kmのランニングを始め、その後は軽く筋トレをして朝食採り、今度はランニングで登校。



 授業が終われば、バイト先のクリニックで看護補助や雑用をこなし、後は夜の25時まで勉強。
 そして時々ボランティアでパネルシアターに参加し、子供たちの笑顔を見る…


 同年代の子とはまた違った、濃密な日々を彼は送っていた。



 一時期彼は、彼が「師」と仰ぐ青年と同じ、「鬼」の道を歩もうとしていたことがある。
 だが彼は、ある少女との出会いによって、自分が本当に「鬼」に成りたいのか疑問を抱き、自分自身と向き合う機会を得た。




「師」から冷たく突き放され、自分自身で選んだ道。




 彼が、彼自身が望み選んだ「人助け」の道。



彼は、「医師」になる決意をした。


「鬼」への道を断念した今も、こうして身体を「鍛え」ているのも、「医師」になる為に必要だと感じていたからだ。


 医師への道は、あるいは「鬼」になるのと同じ位過酷な道だ。
 6年間医学生として学んだ後、更に今度は「研修医」として長い時を過ごさねばならない。
 薄給の上に過酷な労働条件。加えて「医師」として学ぶ時間も必要だ。
 生半可な体力と意志では到底乗り越えられない。
 だから、「鬼」になることを断念した今も、こうして「鍛えて」いるのだ。
 若い肉体は、充分にそれに応えてくれている。



 くじけそうな時には、「師」である青年の生き様を思い出し、歯を食いしばって立ち上がった。


 こうして明日夢は、心身ともに逞しく成長し続けていたのだ。


 医師になるといっても色々な生き方が有る。

 明日夢はまだぼんやりとだが「救急医療」への道を進みたいと思っていた。
 一分一秒が生死を分ける、医療の最前線。
 そこに自分が求める「人助け」の道があるような気がしているのだ。

 実は一年前、彼が彼の「師」と和解してから、彼は「師」が所属する「鬼」達の組織、「猛士」に所属することに決めた。
 無論「鬼」としてではない。




「猛士」とは、「鬼」達の活動を支援し管理する、長い歴史を持つ組織だ。
 加えて言えば、「秘密の」組織である。


 そこには「鬼」達─組織内では将棋の駒になぞらえて「角」と呼ばれているが─だけでなく、彼らをサポートするいくつかの部署がある。

 彼らを統括する「王」をはじめ、現地でサポートする「飛車」、「魔化魍」のデータを解析し伝える「金」、現地で草の根的に活動する「歩」

 そして、技術や医療など専門職の集まりである「銀」



 明日夢は、この「銀」に配属されることになる。


 もっとも、組織の構成員の殆どは「表の顔」を持っている。それこそ農家から会社員。 学生も少なからず存在する。

 明日夢もその「組織」の息がかかった病院に配属され、彼ら「鬼」達をサポートすることになるのだ。



「鬼」達の生き方は過酷だ。


「魔化魍」と呼ばれる超常の存在と、文字どおり「命をかけて」戦っている。
 時には破れ、重症を負うこともある。
 非常時にはそんな彼らの「命」を守る。それが明日夢の組織の中での役割になる。
 無論「普通の医師」として、人の命も守っていかねばならない。




 只でさえ過酷な医師の道であるのに、更に過酷な道を選んだのにはいくつかの理由がある。

 一つは極めて現実的な話なのだが、「学資」の問題だった。


 医師になるには、たとえ国立とは言え、かなりの学資が必要になる。
 母子家庭の明日夢の家では、その費用を捻出するのにかなり負担が大きかった。
 母は「ローンでも保険でも、何とでもなるから」と笑顔で言ってくれたが、流石に生活が苦しくなるのは目に見えていた。無論奨学金という手もあるのだが、それでも十分とは言えない。
 そんな折、「組織」の方から誘いがあったのだ。「学資を負担する代わり、組織に参加しないか」と。

 重ねて言うが、「猛士」は秘密の組織である。その組織に深く係わった者を、ほいほいと野放しには出来ない、というところだろう。

 無論、明日夢の人となりにも期待してのことではあったのだろうが。



 後で聞いたが、そのことを知って、彼の「師」は猛然と反発したという。
 それこそ「本部」のある、関西の「吉野」に怒鳴り込みに行きかねないくらい。



「あいつの未来を、金なんかで縛らないで下さい」



 彼の「師」が、上司である「王」にそう嘆願したと後で聞いた。
 いつもは飄々として、泰然自若としている、あの「師」がである。


 それを聞いて明日夢は嬉しくもあったが、やはり組織に参加する事にした。


 最大理由として、やはり彼は、彼の「師」と共にありたいと思っていた。



 それが「鬼」としてではなくとも。



 それにもう一つ、彼が「組織」に参加した理由がある。


 彼と同い年の少女が居た。彼よりも遥かに先に「鬼」への道を目指していた少女だ。
 だが、その少女も彼と同じく「鬼」への道を断念し、自分なりの「人助け」の道を歩もうとしてる。
 実は彼は、少女に尋ねたことがあった。なぜ「鬼」になるのを止めたのかと。


 その経緯を少女は話してくれたのだが、その中で彼女を救ってくれた─今は故人となった─ある「鬼」が遺した言葉が、心に強く刻み付けられたのだ。



「鬼の仕事は『命』を守ることだ。
『鬼』の命も、『人』の命も」



 その「鬼」のことは、彼も知っていた。
「師」と同年代で、実力は師をもしのぐと言われていた「鬼」だ。「師」とは正反対に寡黙で、しかし包容力のある人柄だった。


 合う回数こそ少なかったのだが、「師」同様、その故人にも尊敬の念を抱き、憧れた。

 だから彼が亡くなったと随分後になって聞いた時、明日夢は自分の身内が亡くなったかのように、泣いて泣き崩れた。



 その話を聞いてからだった。彼が「組織」に参加することを決めたのは。


「鬼」には成れなくても「鬼の生き方」は出来る。


 だから、明日夢は「猛士」の一員になる道を選んだのだ。

序之段 零






「嗚呼 嗚呼 なんということだ  水面に映る浅ましきこの顔、この姿  まるで鬼のようではないか


 嗚呼 嗚呼  己(おれ)は鬼になってしまつたのだ」




=茨城童子= 羅生門(一条橋)で渡辺綱に腕を切られ、乳母に姿を変えてその腕を取り返したことで有名な鬼。


生まれとその末にはいくつかの説話が残されている。




曰く 生れ落ちてすぐ、その眼光で母親を殺し父に捨てられたという。




またある説では、餓死した母親の遺言でその肉を喰らい鬼になったとも言われる。




その姿を憂いた彼は、その後酒呑童子と共に大江山で源頼光とその四天王=渡辺綱、坂田金時、碓井貞光、卜部季武らに滅ぼされたとされるが、 一説には一人生き延び、己を捨てた父親が病床にあるのを知り最期まで手厚く看護したとも言われる。




また側女としてさらってきた女と恋仲になりその者の犠牲の代わりに生き延びたとも─


さらに 後に役行者に帰依し、師事したとも言われている。






そして これは殆ど知られていない話だが、役行者に師事する際己の力を、ある腕輪に封じ込めたとも。




それは後の世「夜叉の腕輪」と呼ばれることになった…。
















俺、安達明日夢は城南高校の3年生




三年前、母の実家の屋久島で出会った『鬼』に姿を変えて人助けをする不思議な人 響鬼さん。




この人との出会いが「僕」の物語の始まりだった。


強くて 明るくて、 何より優しい。 俺はそんな響鬼さんに憧れ、響鬼さんのようになりたいと思った。




そして俺は、響鬼さんを通じて色々な人たちに出会った。




威吹鬼さん 轟鬼さん 斬鬼さん 威吹鬼さんの弟子だった女の子、天美あきら。




そんなみんなを支える「たちばな」の人たち。


そして 桐谷京介 彼との出会いが、「僕」の運命を変えたと言っても良い。




そう、彼に引きずられるように、僕は「鬼」として一度響鬼さんの弟子になった。


けれど、ある少女との出会いが、俺の中にある「何か」を変え俺と響鬼さんは一度別れを告げた。


そして僕は小さな命を守るため、医者を目指す事にした。




「オロチ」と呼ばれる、未曾有の危機から一年。




そしてそれから再び響鬼さんと再会して一年。




僕たちは、新しい絆を結びそして、今の自分が居る このとき「僕」の物語は一つの終わりを告げた。


──今「僕」は城南大学、医学部の試験を受けようとしている。




けれど、あれから僕の運命を変える出来事があった。




これから語る物語は、「僕」─いや「俺」の一つの未来の話だ。


そう。あれから起きるかもしれない、いくつもの可能性の中のそんな、物語の一つ。




最初に告げておこう。




「俺」は 「俺」安達明日夢は 鬼 に な っ て し ま っ た。






仮面ライダー響鬼・異伝=明日への夢=序之段 開幕




 

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