私は長女で一人目の子供として産まれました。

当時母は17歳、父は26歳でした。

流石に産まれた時の記憶はありませんが、乳幼児からの記憶があるので書きます。



母の地元で産まれた後、違う町へ引っ越してマリーナで両親が働きながら私がいるという状態でした。今でも覚えています。内装が木の壁の家、敷かれた大人の布団で寝返りを打ち大きなコンポがありました。

当時はミルクと離乳食を食べさせてもらえていました。時々その町に遠くに住んでいる父方の両親が私を訪ねに来ていました。母は嫌がっていたみたいです。



今現在、私の頭頂部にバッドの形の様に大きく深い溝があります、腰部分に痣がありシミの様になり未だに治っていません。記憶がない時に両親から受けた暴行だという事を後に知りました。




2歳の時に父方の地元へ引っ越し弟が産まれました。弟が産まれた後母は様子がおかしいながらも一緒にクッキーを作ったり折り紙を教えてくれたのを今でも鮮明に覚えています。弟は赤ちゃんだったので、その時母に教えてもらったことすごく幸せと感じていました。

その時も父方の両親が訪ねていて母は嫌で居留守を使っていたということです。その気持ちは分かりますが、祖父母は私だけを目当てに何度も来ていたみたいです。

確かに父の両親には可愛がられていました。
その裏の事実を25歳の夏、知らされることになりました。



25歳の夏、私は結婚していて当時4歳と2歳の子供が居ました。そして母方の地元に居住していて、縁を切られた母と連絡が取れるようになり、母方の母に会える距離と知り母を仲介しながら中学生振りに会いに行くことにしました。

そして祖母(母方の母)に会い話をしました。二人で話したのはこれが初めてで、最後となりました。



私の出生から育児の事実を知らされました。



当時16歳の母は25歳の父との間に子供が出来ました。出産には親族皆猛反対で母方の親族に看護師が居るのでそこで中絶手術をするという結果になったそうです。

その手術から2ヶ月後また母は妊娠しました。それが私です。親族は反対の気持ちがあり、両親も作りたくて出来た妊娠ではなかったそうです。
ですが母の体の負担を考えて仕方なく産むという決断をしたそうです。

祖母からはっきり言われました。「お前は誰にも望まれず生まれてきた子なんだよ



私はそれまでの25年間の謎がやっと解けた気がしました。

そして、父方の両親が可愛がる理由も聞きました。私が生まれる前、母方の親族が集まり母を含め話し合いをしたそうです。
「父方の両親が可愛がってるんだからその子は捨てなさい、二人目を作り、その子から自分の子だと思い可愛がりなさい」と話し合いがあり、母も納得しそう私に接してきたそうです。




これが私が産まれた出生の事実です。
私にも子供が居ますが、誰がどんな事を言おうと自分の子供で、自分を求めてくれるはじめての大切な存在。なのでそうは思えません。

乳児期の話しでした。全て本当の事です。どうか全ての赤ちゃんが幸せになれますように。

あかつき