[学長]大阪芸術大学 豊かな感性、社会へ発信 塚本邦彦さん

2007.11.19 大阪朝刊 32頁 写有 (全4,242字) 













 ◆自由、創造力養う理念守る



 音楽や美術で身を立てたい。小説家に、映画監督になりたい。誰しも持った青春の夢。大阪芸術大学の塚本邦彦学長はそれを「思い描くものではなく、自分の手でつかむもの」と記している。造形、メディア、音楽。南河内の丘陵から、豊かな感性が育つ。学校法人の理事長、学院長も兼ねる学長に「夢を実現する浪速の芸大マインド」を聞いた。(聞き手は本多宏・科学部長)



 --全入時代に危機感を抱く他大学と、芸大の状況は少し違うのでは。



 我々もそうありたいと思っています。大学を社会と隔てていた高い塀がなくなり、鎧(よろい)や兜(かぶと)を脱いで正味で勝負できます。楽しみな、いい時代になりました。伝統のある大規模なブランド校にはない特色や魅力を示していく自信があります。



 --芸能界をはじめ、多くの分野で卒業生が活躍していますね。



 音楽や絵画だけでなく、ゲーム、アニメ、映画、広告、デザインなど、センスや技術を備えた人材が広く求められる時代です。世界の着メロの規格を統一したフェイス社の平沢創社長も芸大出身です。日本が得意とする分野を支えている人材に目を向けると、たくさん頑張っています。この調子で行きたいし、もっと社会に発信したいですね。



 --教育方法に何か秘密があるのですか。



 美しい色、形、音--。ほかの物に目もくれず、20歳前後の多感な時期に美しいものを追い求めるマインドは何事にも通じます。現役で活躍する芸術家を教員に迎え、学生に「一流」に触れさせ、最新のコンピューター設備などへの投資も惜しみません。感性が鋭く技術の高い人材を育て続ける努力が大学として必要です。ただ、学生が思い描いた可能性を実現するためには、自らの努力でつかみ取るしかありません。



 --最近の芸大生をどう見ていますか。



 みな目立ちたがりですね。もういっぱしの表現者だというような、自信か過信か分からないくらいでちょうどいい。そんな学生たちが刺激し合うことが大事です。学内の芸術劇場やインターネット放送、テレビ・ラジオ番組など発表の場もたくさん設けています。



 --就職支援などの取り組みは。



 「芸術で飯が食えるのか」と問われれば、やはり簡単ではありません。実際に芸術以外の幅広い職業に進路を広げています。大阪府教委に今年採用された美術教員数は大学別で最多です。業界別のセミナー開催など、希望に沿った支援プログラムを実施しています。



 芸大で学ぶ意義を厳密に考えれば、芸術家になれなければ不本意でしょう。しかし、作品を仕上げる達成感を積み重ねた経験があれば、どんな職業に就いても、人生を豊かで素晴らしいものにできます。追い続けた夢は自分のなかにある、いわば「青い鳥」です。どんな学問をするにせよ同じではないでしょうか。



 --地域や社会貢献への考えは。



 地元の河南町での展覧会や小中学校への出張演奏会をはじめ、中之島(大阪市)を光と音で彩る「OSAKA 光のルネサンス」のイベント演出など、府内の自治体や企業と多くの協力関係があります。特にアイデアや運営の面で期待されているのだと思います。



 --芸術系の大学や学校が増えています。大阪にある存在意義は。



 永遠のテーマです。「大阪には芸はあっても芸術が育たない」といった自虐的でシニカルな見方が多い。お笑いばかり注目されますが、近松門左衛門や井原西鶴らを生むなど、大阪人の美を理解する能力は高いと思います。芸術でも「大阪らしさ」を出したいですね。



 --ユニークな学科やコースの設置にも積極的ですね。



 アニメーションやゲーム、漫画などの制作に携わる人材を育てる「キャラクター造形学科」を2005年、演奏家や作曲家、プロデューサーを目指す「ポピュラー音楽コース」を03年につくりました。いずれも社会の需要に応えたもので、受験生からも高い人気を得ています。ただ、新規性だけに気を取られ、焦って先手を打つより、芸術本来の普遍性を追求する構想力を持ちたいと思います。



 --大学院教育と通信教育にも力を入れています。



 学術研究と演奏や制作などの実技系の専攻がありますが、ほとんどが絵を描いたり、楽器を演奏したりしてきた学生ですから、さらに究めようと実技系に進学します。学位に加えて教職の専修免許が得られます。



 01年に開設した通信教育部は、1600人を超える学生がいます。昔年のあこがれを実現しようという方たちが多く、情熱がある。芸術ではアマチュアでも、いろんな経験のある大人が相手で、先生たちに緊張感が出ています。



 --リーダーとして目指している大学像とは。



 創立43年目でぼちぼち脂が乗ってきました。自由や創造性をはぐくむ理念を守っていきますが、理想の形って、ないんです。行動の規範は学生のためになること。ええかっこしいかもしれないが、満足のいく結果はおのずとついてくると思います。



     ◇



 ◇つかもと・くにひこ 三重県伊勢市出身。大阪教育大学教育学部卒。大阪府・樟蔭高校社会科教諭を務めた後、学校法人塚本学院へ。法人本部財務部長などを経て、1988年に理事長に就任。昨年4月から学長を兼務。62歳。



 《聞き終えて》



 ◆気取りも気負いもない



 学内のあちこちで、ロケハンが行われている。スチール写真、ビデオ。ピアノの音も聞こえる。指導中の先生や学生たちが学長に気づき、笑顔で会釈した。日焼けした男子学生が駆け寄り、頭をぺこり。「残念やったなあ」と学長。数日前の試合で惜敗したアメフト部の主将だという。(芸大にもスポーツの部活はある)



 気さくな人だ。まったく気取らず、気負いもない。巨匠を輩出するより、美しいものを創(つく)り出そうとした気持ちを忘れない、夢を忘れない。そんな人材を社会に送り出したいという。芸術大で学ぶこと、その神髄に触れた気がした。



 「お茶行きましょ」とカフェテリアへ。芸術選奨を受けた学舎と同じ、コンクリート打ちっ放しの壁を眺め「実はこれ、あまり好きじゃなくて……」と、砂糖とフレッシュをたっぷり入れたコーヒーを飲みながら。気取らない人だ。(本多)



 〈OG〉



 ◇ソプラノ歌手 黒澤明子さん(1990年芸術学部卒)



 ◆夢実現は努力次第



 音楽教師を夢見ていた高校3年の時、大阪芸術大の夏期講習を受講し、そこで出会った声楽コースの先生の歌声のすばらしさにあこがれたのが、声楽家になるきっかけでした。



 ピアノやバイオリンと違って、声楽家は体そのものが楽器なので、中学や高校から始める人も多いのですが、高3の夏からというのは遅い方です。それでも「どうしても歌を学びたい」という一心で課題曲の練習に取り組み、入学することができました。



 大学では毎年、オペラの学外公演があり、出演者はオーディションで選ばれます。何とか役を勝ち取ろうと、毎日、ボイストレーニングやバレエのレッスン。舞台衣装の費用を捻出(ねんしゅつ)するため、ドーナツ店でアルバイトもしましたね。



 「プロになろう」と決心したのは、3年生で初めてモーツァルトのオペラ「フィガロの結婚」の伯爵夫人役として舞台に立った時です。衣装やかつらを着け、自分とは別の人格を演じるオペラの魅力、大勢の人たちと一緒に一つの舞台を作り上げていく楽しさにとりつかれました。



 卒業後、会社勤めも経験しましたが、練習ができないので約3年半で退社し、自宅で音楽教室を開きながらコンクールに挑戦し続けました。なかなか結果が出ませんでしたが、学生時代のオーディションを思い出して「次がある」と自分を励まし、2000年、第31回イタリア声楽コンコルソで金賞に選ばれ、プロへの道が開けました。



 大阪芸術大の学風は、とにかく自由。自分の夢を実現できるかどうかは本人次第です。芸術家を志す後輩の皆さんはプロへの道の厳しさに直面し、自信を失うこともあるかと思いますが、あきらめずに努力を続けることも才能の一つ。私もまだまだ挑戦を続けたいと思っています。



     ◇



 1968年、大阪府八尾市生まれ。2001年から滋賀県立芸術劇場びわ湖ホールを拠点に「フィガロの結婚」「魔笛」などに出演。昨年6月、新国立劇場所属となる。CDに「さくら横ちょう~日本抒情歌集」(03年)がある。25日午後2時から、びわ湖ホールで上演されるオスカー・ワイルド原作のオペラ「こびと~王女様の誕生日」に出演予定。



 〈Student〉



 ◆出会いに刺激、悩みは進路



 学生の活気があふれるキャンパス。今夏の世界陸上大阪大会の公式マスコット「トラッフィー」をデザインしたキャラクター造形学科3年の川上雄太さん(21)は「夢のような貴重な経験をした。プロとして助言してくれる先生たちも魅力的」と語る。



 舞台芸術学科でミュージカルを学ぶ3年外間(ほかま)広美さん(21)は沖縄県出身。「大阪は笑いに敏感でコミュニケーションのレベルも高い。個性的な人たちとの出会いにあふれ、いつもわくわくしています」。チアリーダーとしても活動的な毎日を送る。



 KBS京都やサンテレビなどと共同制作する「産学協同ドラマ」で、10月から始まった新番組「愛しのファミーユ」。主演の同学科2年、島崎あゆみさん(19)は「学生同士がライバルであると同時に、支え合っている」と手応えを感じている。



 放送学科でアナウンス、CM制作などを学ぶ3年藤本有紀さん(20)は大学のラジオ番組も担当。「学科の壁を意識せず、生き生きとしていられる」と話す。



 悩みは卒業後の進路に関するものが多い。島崎さんは「自分で切り開ける人ばかりではない」、藤本さんは「就職の指導を充実させてほしい」と訴える。



 〈Campus〉



 1945年、大阪市内に創設した平野英学塾が前身。64年、大阪府河南町に浪速芸術大学として開学し、66年に大阪芸術大学に改称した。芸術学部の造形系6学科、メディア系6学科、音楽系2学科と大学院芸術研究科がある。大学院を含め学生数は6503人。教員数は240人。大学のイメージカラーは紺。



 ◎特集「学長」は毎月1回、随時掲載します。



 写真=個性豊かな人材の輩出もさることながら、収蔵資料もご自慢。19、20世紀の蓄音機やSPレコード群、近代デザインの先駆けとして知られる英国の工芸家で詩人のウィリアム・モリスらのコレクションには圧倒される



 写真=「自由な学風の中で鍛えられた」と話す黒澤さん(東京・渋谷の新国立劇場で)



 写真=「個性的で刺激がある」と声をそろえる(左から)川上さん、島崎さん、藤本さん、外間さん(学内の通称「UFO広場」前で)