2008.04.28 大阪地方版/大阪 27頁 大阪府 写図有 (全2,329字)
近鉄古市駅かいわいは、古代の伝説に彩られた羽曳野市の玄関口だ。日本書紀は、伊勢で没したヤマトタケルが白鳥に姿を変えて飛び立ち、2度目に旧市邑(ふるいちのむら)(同市古市付近)に舞い降りた、と伝える。
駅東の白鳥神社の縁起には、その後白鳥は舞い上がり、羽を曳(ひ)くがごとく飛び立った、と記され、ここから「羽曳野」の地名が付けられた、とされる。駅の西側に少し足を延ばせば、ヤマトタケルの墓との伝承がある前方後円墳「白鳥陵古墳」もある。
東西に走る竹内街道は、大陸との玄関口であった難波と、飛鳥の都を結ぶため整備された「日本最古の国道」だ。京都と高野山を結んで南北に走る東高野街道と駅東側で交わっている。大和から泉州の堺へ、あるいは紀州から京や大坂へ向かう旅人や商人でにぎわう宿場町だった。駅東側の石川には船着き場があり、堺や大坂との間を物資が行き交う水陸交通の要衝として栄えた。
繁栄の面影を残す建物は年々少なくなるが、幅が狭く所々で直角に折れる街道の風情は健在だ。市は今年度から、景観の保全も視野に入れ古市地区のまちづくり基本構想策定に乗り出す。(白木琢歩)
■「味も量も満足を」
駅西側の白鳥交差点を西へ歩くと、スパゲティとピザの店「ドマーニ」がある。店長の藤井正詔さん(63)=写真右=が脱サラし12年前に開業。妻の智子さん(51)=同左=が接客を担当する。人気メニューの一つがペペロンチーノ(800円)だ。青森産のニンニクが惜しげもなく2、3片入っている。「味も量も満足して帰ってほしいから」と藤井さん。客層は若者からお年寄りまで幅広い。智子さんは「チェーン店にできないサービスを心がけています」。
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ドマーニ スパゲティ、ピザ、デザートなどが付く2人用セットは3300円。午前11時~午後3時、午後5~10時。火曜休み(祝日は営業)。072・958・7670
■茶がゆパック人気
駅前のロータリーから少し入ったところにある「冨士茶園」。社長の藤井英紀さん(57)は2代目で、現在白鳥商店会の会長を務める。近畿地方では宇治や静岡を主に扱う茶店が多いが、ここは九州の八女茶が主流。「やっぱり香りがいいから」と藤井さん。茶がゆ専用に数年かけて開発したオリジナル商品「ザ・茶がゆ ティーパック」(262円)は、夏場を中心に月平均500袋前後が出る。時間がたっても鮮やかな色が失われにくいのが特徴で、遠方から買いに来る人もいるという。
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冨士茶園 「ザ・茶がゆ」は道の駅しらとりの里・羽曳野でも販売している。午前9時~午後7時半。日曜休み。072・956・0574
■旬の食材、家庭料理
駅東口目の前のビル2階に入る「酒処(さけどころ)うらしま」。祖父やおじの店を昭和40年代に引き継いだ浦島ヒサ子さん(68)が1人で切り盛りする。「煮炊きする料理が大好き」と言うとおり、カウンターにはタケノコや菜種など旬の食材を使った煮物などの家庭料理が並ぶ。手間ひまかけた確かな味と浦島さんとの会話を目当てに、市内外から長年通いつめるリピーターが多い。料理のコツを聞いたら「味という字は『口にまだまだ』と書く。満足したらあかんということやないの」。
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酒処うらしま 予約制。鍋物や天ぷらもある。1人平均5千~6千円程度。午後5~11時。不定休。072・956・2077
■古代の歴史書、充実
駅東口そばの「オクノ書店」社長、奥野均さん(61)。父親が町内で戦前から書店を経営していたが72年に駅前の現在地に移転した。付近に古墳が点在し、店の目の前を竹内街道が通る歴史の街だけあって、古代を中心に歴史関係の書籍を100冊以上そろえている。また地域の高齢化に合わせ、年配の人に人気のクロスワードなど「頭を鍛える」雑誌類も約50種類と充実させている。「お客さんが探していた本を売って感謝される。これほどうれしいことはない」
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オクノ書店 最近は若者のニーズに合わせコミック類の在庫も増やしている。午前10時~午後8時。正月休み以外は無休。072・958・3006
■新鮮なネタを安く
竹内街道を東へ進み、路地を入った住宅街にある「魚源」。3代目の布谷正司さん(49)=写真右=、父正三さん(78)=同左=、母文子さん(74)=同中央=の家族3人で営む。マグロやハマチなどが入ったにぎりはなんと700円。人気のバッテラは1本300円という安さだ。「お昼に千円出せば満腹になって、お釣りでコーヒーも飲める値段にしてるんや」と文子さん。ネタは毎朝大阪木津市場で買い付けてくる。うどんのダシを取るかつおぶしのブレンドは、戦前から変わらない。
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魚源 盛り合わせ(600円)、にぎり半人前(350円)、うどん各種(300円~)。持ち帰り可。午前10時~午後2時半。毎月8、18、28日休み。072・956・0061
■歴代住職が寺再興
東高野街道から東に少し入った場所にある真言宗寺院の西琳寺。朝鮮半島からの渡来人の子孫が開いたと伝えられ、創建は約1300年前の飛鳥時代ごろ。東西約100メートル、南北約200メートルの敷地に七堂伽藍(しちどうがらん)があったとされる。その後戦乱で寺は焼けたが、境内には当時の五重塔の巨大な礎石が残る。明治の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)で廃寺にされ寺は荒れ果てた。現住職の水谷明乗さん(36)は「運び去られていた礎石を元の場所に戻すなど、歴代住職らの努力でここまで再興できたと思います」。
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西琳寺 礎石は四辺の長さが3メートル前後、高さ約2メートルで飛鳥時代最大といわれる。柱穴の底に「刹」の文字が刻まれている様式は、国内で他に例を見ないという。見学自由。072・956・0603