大阪芸大発 著名人教員の紙上講義】(32)音楽学科教授 水田堯さん
2009.11.29 大阪朝刊 23頁 大阪総合 写有 (全1,890字) 
◆共生伝えた「交響曲」

 平成7年1月1日午後7時半から放送されたNHKスペシャル(Nスペ)「地球シンフォニー」を、プロデューサーとして制作した。これをやったから、大阪芸大で授業をやろうと思ったくらいの番組だ。

 テーマは「共生」。(世界の人々が)共に生きるため、非力なメディアに何ができるかトライしようという企画だった。3時間の生放送が終わったあと、(独立系テレビ番組制作会社)テレビマンユニオンの初代社長、萩元晴彦さんから「水田さんたちがこの番組でやったことをやりたいから、私は放送の世界に入ったようなものだ」という、毛筆の感動的なファクスをいただいた。その制作の舞台裏を、みなさんに伝えたい。

 出発点は一本の電話だった。音楽祭取材のため英国に滞在していたとき、Nスペのスタッフから唐突に、電話がかかってきた。「来年の正月に大きな特番を考えている。その準備をしている段階で水田さんの企画に出合った。あすにも東京に帰って来てほしい」との内容だった。

 僕が提案していたのは、戦争で市民が無差別に殺された、東京とドレスデン(ドイツ)、コベントリー(英国)-の3都市を生放送で結び、コンサートで平和を歌い上げるイベント。これを、Nスペスタッフが拾い上げた。

 すぐに東京に戻り、企画書作成にかかった。基本テーマを共生とし、元日の夜に世界10カ所を衛星中継で結び、世界の音で一つの交響曲(シンフォニー)を奏でる案を練り上げた。

 《番組で結んだのは、ダカール(セネガル)▽ハノイ(ベトナム)▽香港▽ニューヨーク(米国)▽コネティカット(同)▽広島▽サンクトペテルブルク(ロシア)▽アッシジ(イタリア)▽ボストン(米国)-の9都市と、番組の拠点となったNHK101スタジオ(東京)。水田さんはその都市名を板書。教室の照明が落ち「地球シンフォニー」の冒頭場面が流れ始めた。内戦のボスニアなど当時の世界を象徴する映像に続いて、番組メーンキャスターの世界的指揮者、小澤征爾さんが登場。「音が伝わるのは、僕とあなたの間に空気があるから。今この瞬間、共に生きている、その共生感が(音によって)出てくるんじゃないかなあ」。約10分間、ビデオが流されたあと講義再開》

 番組キャスターをなぜ小澤さんにお願いしたのか。番組は、キャスターが世界のオピニオンリーダーたちと話をしながらの進行を考えていた。世界のリーダーたちに名前を言って、すぐに分かってもらえる人。残念ながら、当時の日本には小澤さんしかいなかった。

 出演をお願いするにあたって、小澤さんが所属するニューヨークの事務所に手紙を送ると、2つの疑問が投げ返された。「番組は君たちの夢物語ではないか。NHKが総力を挙げてやる気があるのか」「こんな大規模な番組を(放送まで)残り6カ月でできるのか」

 これに対し、僕たちの本気度を見てもらおうと、「1カ月ください」と返答。世界中のNHKの総支局と協力し、出演を想定していた世界のオピニオンリーダーたち-ローマ法王やマザー・テレサ、スピルバーグらと交渉を始めた。ところが、約束の1カ月を過ぎても交渉は進展せず行き詰まった。ここであきらめることも選択肢だったが、真剣に努力したのだから、正直に現状を伝えようと、再び手紙を書いた。これが的中した。

 《番組の続きが教室に流される。101スタジオと世界各地を結ぶ映像が次々登場。被爆地・広島の中継では元日の冴えた空気の中、原爆ドームが浮かび上がり、ハノイでは防空壕(ごう)でピアノを練習しアジア人として初めてショパンコンクールで優勝したピアニストが、演奏で平和を訴えた。そしてコネティカットでは、世界的バイオリニストのアイザック・スターン氏が「地球はいろいろな問題を抱えているが、音楽は何世紀にもわたって存在し続けている。われわれを結びつける一番パワフルな力だ」と力強くメッセージを放った》

 僕の大好きな言葉「live and let live(生きる、そして、生かせる)」。これは、共生と同じ意味だ。

 (構成・松田則章)

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 「大阪芸大発 著名人教員の紙上講義」は一時休止し、来年1月から再開します。

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 【プロフィル】水田堯

 (みずた・たかし) 元NHKチーフ・プロデューサー。昭和17年、東京生まれ。東京芸大大学院音楽研究科修了。「N響アワー」「ビートルズとその周辺」「ときめき夢サウンド」など多くの音楽番組を担当。大阪芸大での「地球シンフォニー」の講義は3回連続で予定しており、今回が最初の講義。

産経新聞社

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