胸水10cc取ったほどでは感じられないが、この日を境に溜まった水分が今度は小水

としてどんどん出ていくことになった。


ラシックスという利尿剤を、朝夕2回に亘り静脈注射してくれたが、その効果は顕著で

10分毎にトイレにいく有様だ。


毎朝体重を測るが、都度1Kgずつ減っていく(81Kgまで増えた体重が退院時には67Kg)

もちろん皆水分だ。


これだけ急速に水分が増減すると、全身の細胞がうめき声をあげる感じで言葉では表

現できないピリピリと穏やかな痛みが続く。


入院3日目の9月8日(月曜日)、いよいよ病気の元を探す諸検査のはじまりだ。

採血、X線、心臓エコー、造影CT、造影MRI・・

あとで見せてもらった記録では、この日のCRPは15.90 9月11日のCRPは23.09


食欲を増進させるためにと看護師が「熱さまし」と称するナイキサンなる投薬を毎食後

飲む。 これで見事に37~38度あった熱が平熱になる。(こんなことも出来るんだ・・)

ただし、早朝にグッショリ寝汗をかいて、下着、寝間着を4回も取り替えた。



入院した当日夕方、X線映像に胸水があったということで太い注射針で抜き取ると言われた。

腹水と胸水の区別は分からないが、胸水は胸膜の内側に溜まった体液らしい。


ナースセンターの片隅にそれ専用の椅子があり壁に向かって座らされる。

顎を乗せる台座があり、上体を反らし気味にさして、これからの抜き取りの説明がある。


右腰の10センチほど上方を押さえながら、「ここに太い針を刺して溜まった胸水を抜き取り

ますが、針が胸膜を突き抜けるときに激痛がありますから、先ず小さな麻酔注射で膜のあた

りを麻痺させますよ。」 めずらしいらしく見物の看護師が数人で見ているようで騒がしい。


担当医は「ここか?いやここじゃないか?」などと言いながら、あちこちを押さえ消毒綿を塗っ

たかと思うといきなりプスッと来た。 歯医者の使う麻酔程だ。


おかげで、肝心の太い針は何時刺されたか分からず「今、胸水が取れていますよ~。きれい

な色をした胸水ですよ~」と言いながら3分程もした頃、「はい終わりました」と10ccのアンプ

ルに入った黄色い液体を見せてくれた。 なんだか小水みたいに見えた。


後で分かったことだが、抜き取り前と後のX線映像比較で針を刺して抜き取った位置が適正

で、鮮やかに全胸水が無くなっていたことには感心した。



9月6日、予約している「B総合病院」(規模470病床)総合診療科へ行った。TVのように、

経過はおろか日常生活の些細なことまでその質問の多いこと。

例えば、「最近東京方面へ行かなかったか?日比谷公園へは?自分は行かなくても家人

か、近くの人は?」等々=デング熱を疑ってのことか?



全身のムクミを見て即そのまま「入院」となった。


それから2週間・・高CRP血症としての画像、投薬Check、検体抽出・・と検査づくめの日が

続いた。


まず X-P(デジタル)胸部電子フィルム写真だ。(普通、エックス線写真と呼ばれている)

後で分かったことだが、これで胸水の胸膜内貯留状態を診たようだ。


又、持病対応のワーファリンという10年前から飲み続けている薬と最近処方された鎮痛

剤の相互作用で異常に血液がサラサラになっている問題への対処。

 

検査の内容としては


全身造影CT(特別に造影剤を静脈注射してのCT)、頭部MRI、便潜血、血液培養、心臓

超音波、頸動脈ECHO、リンパ節表在ECHO,尿、血液検査、骨髄検査・・等々


しかも入院と同時に冷房に対処できなかったのか微熱まで発症した。

(熱が出ると食欲が減退するからとて、熱さましの投薬で意図的に平熱に持ち込む今の

医療には感心した。)



MRIの結果は、年齢からくる相当の腰椎狭窄症で、痛み止めの

薬で様子を見てみる程度のものだそうです


但し、全身に「ムクミ」があるので内科で診てもらったところ

血液検査での「C-反応性蛋白」(CRP)の数値があまりにも高く、

のどこかに一か所悪いところがあり、血液が全力で戦って

いる。そうです(正常値0.3以下、現状20.13mg)



その血液のバランスの崩れが、摂取した水分を膀胱から小水と

して出す機能に支障をきたしているので、早くその悪い部分を

見つけましょう。・・となり今週から内臓の一つずつを検査して

いくことになりました。(小水は少しずつ出ています)



なにしろ、ふくらはぎのムクミは歩行中、戻しの血流を妨げるよ

うで、息苦しくなり歩行10m毎に立止って息を整える有様・・



食欲、声の大きさ等、普段と遜色ないのですが、果たして何処が

悪いのでしょう


以上、 8月20日予定されたGolfドタキャンの詫びメールです。


若い内科医、気になる影が見えるとて内視鏡検査を予約す。


9月4日。鼻から内視鏡を入れ、食道、胃、十二指腸をカラー

映像で見る。(横臥している目の前にDisplayがあり、管の先端

カメラが内壁を鮮やかに映していく)


診断の結果を待っていると「今日の内科医全員で協議の結果

当院ではこれ以上の詳しい検査は出来ないので総合診療科

のある病院を紹介する。先方は6日で予約できるがどうします

か?」とのこと・・「思わずTVでやっていたDoctor Gですか?」

「そうです」


なにしろ水ぶくれ状態で焦っているので即答で「お願いします」


30歳くらいの若い医師、昼食もとらずに紹介状を書き終わった

が14時過ぎ・・有難うございました!!



広島市に深い爪痕を残し、やっと日本海に抜けた台風11号。

いつもの日課となったWalkingに出かけた8月12日の朝。


ヘルニヤの手術が鮮やかに成功し、Golfに仕事に日常生活に

順調だったこの2年間を打ち砕く異変が自身の身体に生じた。


毎日いつも1時間のWalkingを続けていたものが、その日は歩き

はじめて10分で脚に痛みを感じ大事をとって、その日は休み。


翌13日は「なにくそ」とばかりに50分頑張ったのが悲劇の始ま

りでした。


それから14日いっぱい膝から上の大腿部にジンジンと痛みが

続き、尋常ではない感覚です。 18日に2年ぶりに病床170

規模のヘルニヤでお世話になった「A中央病院」の整形外科に

診てもらいました。しかし痛みどめの薬をもらって、MRIを撮って

終わり。


おりしも、永年務めた仕事が8月末でRetireになるので、その仕

上げや挨拶まわり、送別会と日を重ねるごとに今度は身体じゅ

うに「ムクミ」が出てきて体重が1週間で7Kgも増える有様です。


これは大変だ~


テレビで"ドクタージェネラル”なんてのをワザワザ録画して、学び始めの医者になった積りで喜んでいた時期があったげど、まさか自分が当事者になるとは・・



最近釣果がないばっかりに、二年前のヘルニア削除手術以来、またもや

似たような記事のUPになってしまいました。

術後、翌朝から「歩いていいですよ~」に、フラつく足元を見ながら、廊下の側壁にある握り(手すり)をしっかりと掴みながらソローリ、ソローリと歩く。


それにしても、3ケ月近くも歩いたり、座ったりしないと、こんなにも意のままに歩けないものか・・筋肉が落ちてしまって、脳からの指令も脚に届かなくなってしまったかのようだ。


それに軟骨はとれたはずなのに相変わらず意外と痛い!(筋肉痛か!)

毎日午後はリハビリで30分。この間に整体師に筋肉をつけるための運動法を習いながら日ごとに歩行距離が伸びてくるのが楽しみになった。

トイレまでの往復も以前より格段に楽だ。


術後4日めの朝、担当医の巡回時に「これからの治療は?注射は?」と尋ねると「あとは何もしない」とのことだったので、午後(18日)退院した。

退院時は娘に迎えてもらったが、自分で運転できるほど腰の痛みはなく20日から車通勤した。


落ちた筋肉で無理のない程度に徐々に歩行を重ね、通常の生活にもどれるまで50日を要した。


今回の一連の病気治療の中で、考えさせられることが多々あった。

今まで、これといった病気も体験していない所為もあって、体の一か所でも不具合があればこんなにも大変か!

改めて健康の大切さを実感したのでした。








血液ドロドロの対処薬を処方している医師の紹介状を提出して、入院したのが6月11日(月曜日)。

入院、手術にかかわる同意書、保証書、万一輸血になった場合肝炎にたいする可能性と危険の同意・・と後の医療訴訟の予防か印を押す書類がやたら多い。


手術で患者の思惑に反した結果になった場合は、病院に対する訴訟沙汰が多くなっているからこれもしかたないか・・


病室は6人の大部屋だ。BEDごとの仕切りカーテンを閉めたら狭い空間だな。

火、水曜と簡単な検査と注射で手術にむけて準備し21時からは飲み水はOS-1という補水液のみだ。

木曜日の朝からは手術着に着かえて手術室に入ったのが9時。

手術台のサイドまでストレッチャーに仰向けで横付けし、点滴の注射針を腕に固定し「点滴の中に麻酔薬が同時にはいりますよ~」までは確かに聞こえた。


あとは、外で控えていた嫁の記録によると・・

終わって出てきたのが、10:30。心電図などの術後チェック等を終えて元のベッドに戻ったのが、12:00。

自分でベッドの天井が見えて意識回復が12:30・・麻酔が効いてからこの間一切分からない間に一連の手術は終わっていた。


手術の当夜は寝ないことを覚悟していた。案の定前日に手術したらしい同室のオッサンは夜どうし訳の分からない咆哮を野獣のようにわめき、たまりかねた同室の眠れない別のオッサンが「いい加減にせんかい!・・」


夜勤の見回りの若い看護師が「皆さんの迷惑だから静かに!!」というと「分かった!、分かった」で看護師が行ってしまうとまた咆哮だ。


3時頃から眠れたから見かねて看護師がどこかえ運び去ったのかも・・。

「今晩、俺はあのようにこらえ性のない喚きは絶対にしないぞ!」奥歯を固くかみしめて頑張らないと自分の人生の沽券に係わる・・などと一人で覚悟を決めていたのでした。


若い頃、仕事で徹夜を多く経験していたこともあり、「俺は他のそこらにいるオッサンとは違うぞ!」と気合を込めたところ、わずか3.5cmの切開のみだからか、軽い痛みで済んだ。


それにしても術後の当夜だけは個室にできないの?後で分かったが、

毎晩あちこちの大部屋から痛みにさいなまれた人達の咆哮大合唱だ。

来年の4月にもっと駅の近く(改札口から3分?)に新設の病院が建設中で、それまでの辛抱か・・心なしか病院のSTAFFも明るくて前向きだ。


つづく


4月の末まで色々と飲み薬を変えてみても効果が ないし、背骨を垂直にすると、上半身のウエイトが椎間を縮め軟骨が出てきて神経を圧迫し、兎に角右の尻上部が破れるように痛い。


「効き目がなければ、次のブロックにいきましょうか?」・・・・来た~・・噂のブロックか・・直接背骨の裏側の神経に注射針を差し込む、途方もなく痛いと聞いたあのブロック注射か。


何でも「注射だけでヘルニヤが治る」「バクテリヤがヘルニヤを食いちぎる」・・ブロック注射の効能を色々と表現する話は何度か聞いたが、どうも本当のことが分からない。ヘルニヤにはしかし良いらしい。


・・ということで、「ブロック注射をお願いします」となった。


緊張の初回注射日、診察台にうつ伏せ状態で麻酔医のオシャベリも上の空・・いつ来るかと待つこと数十秒「チクッとしますよ~」と言いながらググット差し込んできた針は・・意外と小さいジャン! 拍子抜けた~


後での医師の説明によれば歯科医で歯茎にやるものと同じ量の、同じ強さの麻酔薬を打っただけだが・・。

然し、同時に副交感神経をブロックする薬も入っているとのこと。人間は「痛い」と感じたら、その近くの血管を締め付ける作用をする副交感神経が自動的に働く。 この神経の作用を止める・・すなわちブロックする。

そのことで腰の周りの血流をよくして、人間が本来持っている治癒力を働かせるとのこと。


なーるほど。ブロックの意味がわかったよ。

(この病院のコンセプトの一つに患者が解り易いように丁寧に説明すること)

とあるが、解り易いね~


毎週一回のブロック注射で4回やってみて、これまた効果が無い旨訴えると整形外科の主治医に回された。50代後半の風貌、発言なかなか頼もしそう。


カルテを見ながら「これで未だ痛むなら、ドーデスカ手術しますか?」・・に此の頃になると痛さに閉口しているので、「すぐお願いします」


ありがたいことに入院スケジュール、手術のあらまし、リスク(万一考えられる手術による不具合)等説明があり月曜日に入院、木曜日手術、次の月曜日退院・・と。とんとんと話が進行した。

「先生!軟骨を採ったあと、金属で椎間の間隔を保持する必要はありませんか?」「そこまでは必要ないでしょう」・・・  コレハまかせるしかないな。


つづく・・

永い月日ブログを更新せずに、更新のやり方も思い出しながら書き起こして

います。でも・・やっとここまで気力が戻ってきたナー!


年末の31日、年越しの準備中、腰に違和感を感じたのが始まりで、明けて

初詣を欲張って近くの小さな神社を3ケ所も回ったのが運のツキか?


日増しの痛さに病院へ・・(整形外科)


少々痛いけど注射のみで同じ症状の好結果話に期待し、病床170程の病

院に通いはじめた。


腰痛にはいろいろなケースと程度があるので・・と医師は痛み止めの飲み

薬、リハビリから始めて、1週間ごとに通院し、効果のほどを様子診しながら

次の、よりキツメの薬へと処方をUPすることにより、自分の腰痛の内容を突

き詰めて行く・・(どこの病気でも、どの医師でもこれは同じであろう)

同時にレントゲンで腰椎の間隔が少々狭い部分が一カ所あるとのこと。


自分のものがどの程度の、何という腰痛なのか早く知りたいものだナー。


日増しに痛くなる腰をかばい、次の通院日を心待ちにする一週間が永い。


1月の末にはただ座っての執務がつらくて休日にはほとんど横臥していた。


2月中旬には電車で座りながらの座席が辛い。つり革の上の横棒を懸垂

よろしく両手で掴み足を床から浮かせると痛みが和らぐ・・

この時から自家用車の通勤にきりかえた。


3月になり、椅子から上体を浮かすために両手で椅子の上面をツッパリな

がらPCの画面を見ている状態・・一日が永いナー。


医師には薬もリハ(ビリ)も効果がないと訴えると「デハMRIを○○病院で

撮ってもらいCDにそのデータをもらってきてください」・・


何しろ入院したことない、これと言って体にメスを入れたことない職場の健

康診断ではオール「A」と自慢していた(もっとも、検診にない項目の血液ド

ロドロ度は不合格で4年前には軽い脳梗塞をもらってしまったが・・)だけに

「CDにMRIのデーター?」とこの意味がわかるまでに一瞬とまどう。


4月初頭からついに通勤は不可。トイレ、食事(不思議と食欲はこの後も旺

盛(^∇^))風呂以外は横臥(この体勢だと何の痛みもない)とTVの前で寝て

ばかり。


通院は2駅離れたところに住む娘に運転してもらい、助手席のリクライニン

グに仰向けになり「次の信号を右・・」とか口を出すだけだが、孫の通学時

間と時々の勤務もあり、片道20分の往復に気が重い。


そうだ!!家内にやらせよう・・10年もペーパードライバーの嫁は、仕方なく団地内の駐車場から階段下まで(80m)をオソルオソル練習し始めた。


時間はたっぷりあるし、人通りもない。信号もない。・・それでも苦情タラタラだ。 少し慣れてきたようだからと一般道へ出てみた。信号もない団地の回りを2-3周の後わざと信号機道路に出て度胸試しだ。

この嫁の運転がこの後頻繁に通院や通勤(たまには7月予定の役所立ち入

り検査を用意しておくために必要)に役立った。


続きは明日