平成18年
1月
会社に行けなくなった。
その前の年の秋頃からおかしかった。いや、本当の事を言えばずっとずっと前からおかしかった。
たぶんかなり幼い頃からおかしかったのだと思う。
覚えている限りで一番最初は5歳の頃で、絶対に死んでやると何度も思っていた。
小学生の頃にも何度も思っていた。自分に勇気があれば死ねるのに…って思ってた。
昔の話は、また今度書きます。
会社に行けなくなったきっかけは、風邪のような症状から始まった。
微熱が続く。よく眠れない。食欲がない。布団から出たくない。なんとなく人と会いたくない。会社に行きたくない。
そう思うようになったのが平成17年の秋ごろで、その頃から休みがちになった。
朝、布団から出るのが億劫でも、がんばって布団から出て、がんばって家を出てしまえば、あとはその日一日がんばれた。
年が明けてから全く駄目になった。
私は自分がやりたい仕事をしているのに、何故会社に行きたくないのか自分で自分が理解できなかった。
頭では仕事がしたいと思っているのに、首から下が重たい。胸が苦しいくらい重たい何かを飲み込んだような感じがしていた。
電話をして休むと言う事を言うのさえ嫌だった。仕方なくメールで連絡していた。
どうにもおかしいので病院へ行った。内科へ行ったが、精神科を紹介された。
行った精神科でうつ病と言われた。今は仕事をしてはいけない、薬を飲んで、のんびりしてなさいと言われた。
ショックを受けるよりも、やっぱりそうか。と思った。同時に会社に行けない理由がはっきりして理屈としてはスッキリした。でも心の中は全くスッキリしていなかった。矛盾を抱えた状態だった。
診断書をもらい、会社に説明して、休職する事になった。傷病手当がもらえるので後々その手続きもする事になった。
私はこの頃、両親と三人で実家暮らしだったが、手続き等は全て自分でやった。
この頃はまだ自分でやる事が出来ていた。だからそれ程重症ではないだろうと思っていた。だから半年もしないうちに仕事に復帰できるだろうと思っていた。でも現実は厳しかった。
仕事に行かなくなったのに、日に日に症状は悪化して行ったように思う。
日を追うごとにじわじわと辛さが増していった。
何が辛いのか。朝起きて、自分が生きている事。隣の部屋に両親がいる事。テレビの音が小さく聞こえる事。外から人の声が聞こえる事。トイレや食事のときに両親に会うこと。食事をしなければならない事。眠いのに寝られない事。お風呂に入るだけでクタクタになる事。仕事がしたいのに仕事が出来ないこと。好きなバイオリンを弾きたい思いと弾きたくない思いが同時にある事。電話の鳴る音。インターホンの鳴る音。二十代後半でこんな状態の情けない自分。
辛いことばかりで、睡眠剤を飲んで寝ている事が多くなった。寝ている時だけは辛くなかった。寝ている時に見る夢だけは辛くない夢だった。自分の救いは睡眠だけだと最初思っていた。