アカツキの超特急
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回転木馬01

お久しぶりのバクソです

バクソは連日、居酒屋さんでバイトしてます。居酒屋っていってもリーズナブルなところではなく、普通に呑み喰いしたら7、8000位します。

昨日、バクソの友人が3人でやってきました。

バクソも含めみんな同じサークルでであった仲間たちです。

バクソのサークルはインカレなのでいろんな大学の人たちがいます。

でも、珍しい組み合わせでした。

三人のうち二人は、学校が同じせいかいつも四人組でいる仲良し女組のうちの二人でした。

もう一人はいろんな人の中心にいることの出来る活発な女の子です。

三人ともすごく美人ですよ。

1人は雑誌にもよく載るくらいだからたぶん一般的に観ても可愛いんだと思う。

で、偶然会って、偶然入ったお店でバクソが働いてたわけです。

ドキドキしましたよ。マジで。ホント。

店長(三枚目!?)や料理長(男前)にも「あれお前の友達?紹介してよ!!」ってマジで言われました。

でも、こっちはそれどころではなかったです。はじめの10分くらいは




次回へ続く

会う会わない

バクソです。

昨日、フランスに留学に行っていた友人が帰ってきました。

ちょっとした宴も開いて楽しく過ごしたんですよ。

彼は一年前にフランスへ行き、一年後の昨日戻ってきました。

昨年の6月に一度遊びに戻ってきたので実際に会うのは10ヶ月ぶりくらいです。

普通一年近くあってなければ相当懐かしいはずですよね。

しかし、、、不思議なことにそんなに長い間会ってなかった気がしませんでした。



バクソも年取ってきたから流れる時間の速度が遅くなってきたかな…

もしくは友人知人が若い頃より格段に増えたことで、一年くらい会わない人が珍しくなくなったかな…



どちらにしてもバクソの精神と社交性は大人になってきたようです。

外見は中年ですケド、、、



明日が正念場。本気出します。

ミーバクソ

欠陥構造

鉄を母材とした合金の表面には鉄の酸化物が出来ます。

鉄の鍋はさびて赤くなりますね。ヤツです。

鉄の錆には三種類あって、名前はブスタイト、マグネタイト、ヘマタイトといいます。

黒いやつがブスタイト、ミドリっぽいやつがマグネタイト、赤いやつがヘマタイトです。

錆ってやつは液体と触れていたり、温度が高かったりすると(1000℃とかね)ものすごい勢いで成長します。

成長したら困るよね。

だって、金属の錆は金属より脆いしすぐバラバラするから。



火力発電所では鉄系合金はものすごくいっぱい使われてます。

温度も高いし、おまけに水蒸気もいっぱいあるところで使われてるわけです。

錆はどんどん出来る。でも、1年に一回それを全部取り替えてたらめんどくさいしお金かかります。

10年くらいは持たせたい。

どうしたら錆が成長しないか考えるのは大事です。


バクソの研究対象はヘマタイトです。

ヘマタイトがどのようにして成長するかを調べるわけです。



難しいことはさておき、原子って聞いたことありますよね?

そいつは理路整然と並んでいると思いきや、結構適当に振舞います。

いるべきところにいなかったり、狭いとこに無理やり入ったり。

そういう異端な原子たちの数が多ければ多いほど、どんどん錆は成長してしまいます。

この異端なやつらのことをまとめて「欠陥」って言うのですが、、、、



俺のことか!?っておもうことがよくあります。

社会の欠陥。バクソはいるべきところにずっと収まってるのはイヤです。

たとえ社会の秩序を乱しても。



でも良く考えると、バクソは社会的にいるべきところに収まってます。

収まっていないのは、やるべきことをやらないバクソの中の欠陥たち。

俺の中の欠陥こそがバクソの人格と性格を駄目なほうへ成長させるようです。



ネガティブなことかいてますが、明日の卒論発表の準備は万端です。

バクソ的に欠陥なし。



天才たちがバクソには見えない欠陥をえぐり回す宴まであと4時間です。

人類と言語

こんにちは。人類のバクソです。

人類が類人猿からの進化の過程で、ヒトになったのはいつか?

二足歩行や道具の使用、火の使用など様々な考え方があるが、私は言語が人類をヒトたらしめたと思う。

言語の習得はヒト特有の社会を作り出しているからね。


ヒトの社会。各個体の距離とそのコミュニケーションの手段である言語は生物的なアビリティに対し適当なものであると思う。

つまり、あなたが一生のうちに歩き回って出会うことのできる人たちはみなあなたと同じ、もしくは似た言語、生物的特徴を持っているということだ。

しかし、文明という言葉が生まれてからその構図は一変した。

あなたは今、アメリカにもヨーロッパにもアフリカにもいける。

1000年前の日本人だって、中国や韓国にはいけた。

そこには、言語も生物的特徴も違う人類が生息しているのだ。


先史時代には必要でなかった、一世代の内に別の人類との接触が生まれたわけだ。

本来なら何世代もかけて行う移動を短時間で行えるようになったことが原因だ。

人類はその英知の限りを尽くし時間を縮めたに等しい。


それまで主観的であった社会を、さらに大きい視野から客観視できるようになったことで、新しい学問が誕生する。


比較文化とかいうやつだ。




バクソとはインドネシア語で肉団子という意味だ。

ポッチャリ系の私にはちょうどいい名前ですね。

インドネシア語、もといマレー系の言語でごちゃ混ぜ料理のことをチャンプルーという。

沖縄の言葉でも同じ。

沖縄の言葉は文法的分類や、単語の関係から日本語の方言という考え方が主流だ。

しかし、その中にマレー語の痕跡が見える。


Teaは語源が中国語の"茶"である。

他にも水を意味するAQUAはサンスクリット語が語源だ。日本でも仏壇に供える水を閼伽(アカ)という。もちろん語源は一緒。


言語をとって比較するだけで、人類の歴史が見えてくる。


面白かった?

バクソでした。

同窓会

小学校の同窓会やることになりました。そしてバクソは幹事です。

小学校の頃の仲間と会うのは久しぶりです。

ゆえに、ものすごい期待感があります。

けれど、当日になると妙に冷めたそぶりになるんだろうな…

「旅行は行くまでが楽しい」

人間の心理の奥底にまで通ずる言葉ですね。

バクソ@実験台前

バカ

バクソです

バクソの大学の仲間たちは愉快です。

振り返れば愉快なことをたくさん沢山、一緒にやってきました。

大学の校舎の屋上に男15人の軍団が集合。

ゲームをして負けたやつは服を一枚ずつ脱いだり…

一人一つずつハーゲンダッツのデカイ紙パック全部食べて下痢になったり…

ダチョウを捕まえに行ったり…

コント大会をやったり…

目的は青春を全力で楽しむこと。得るものは思い出だけ。

その刹那がよければ後のことなど考えなかったな。。。


最近はみんな卒業研究に追われて、忙しくすごしてます。

先の先まで考え、刹那の快楽などとは無縁なここ1年くらいです。


卒論終われば、いつものメンバーで旅行。

何が起こるか今から楽しみです。ホント楽しみ。

ヘマタイト

こんばんは

バクソです。

大学でのバクソは実験をしています。理系大学と実験。理系でない人々が「大学で実験している」と聞いて連想するのは、汚い白衣、怪しげな色の液体を満載した三角フラスコ達、もこもこ立ち上がるケムリ、それを見つめる半ば科学中毒のような眼鏡の奥の目。なんてとこでしょうか。

チョット言い過ぎかな。

もっと科学的、理論的なイメージを持つ人が多くいるのは知っているつもりです。

しかし、、、本当の姿を一目見たらきっとみんな言うでしょう。

「なにやってんの?」「楽しいの?」「意外と地味なことやってるんだね」

実際、何度も言われました。

初めは衝撃を受けました。

そして自分が何をやっているかを細かく語ることも多かった、、、

しかし最近は虚しさを感じます。


理系の研究や実験は、行うだけでなく理解するのにもある程度専門的知識がものを言うことがあるのは二十歳のバクソでも知ってました。

だから、万人が理解することはもとより望んでません。

でも、誰も彼も話しても話しても興味が無いようなのです。

同じ分野にいる人以外。

まさか、自分の研究科や日本に300人しかいない同じ分野の研究者達以外、バクソの研究を真に理解してくれる人がいないのではないか?

そう考えると、例え近未来の科学の礎になるだろう研究とはいえ、勃ったものもなえますよ。

普段周りに同分野の仲間がいる分、世間一般のバクソたちの研究に対する認識を知るアンテナが鈍っていたんですね。

よって最近は研究に対する姿勢が斜めになっている気がする…そうゆう自分は情けないですね。

意識変えよう。

おやすみバクソでした

キャラクター紹介

はじめまして

バクソです。現在、都内某大学四年生で今年の春から名前だけ変わります。

大学院生へ。

23歳ですでに後退気味の額に悩まされている青少年です。

好きなものは豆腐、と当たり前のことを言うこと&書くこと。

時には妄想と回想で笑うこと泣くこともあります。

さて、

ふと、小さい頃のことを思い出すことってありますよね?

昨日のバクソは小学生の頃のことを思い出してました。

昔、祖父の家の玄関横に掛けてあったカレンダーの写真が気になってネットを彷徨うこと数時間…

スイスかフランスかドイツか、、、その辺にある古いお城の写真でしたよ。

湖のほとりに静かに佇んでいる塔の高い古いお城の写真です。

あまりに鮮明に覚えていたので、まったく同じ写真を探してましたが、あえなく挫折。衝動は頓挫したまま風化を待つのみです。

そんな折、このブログを発見。ある人のブログを見ていて新たな衝動に駆られ、今こうして書いてます。書いてます。

書きたいことは、自由に書ける。そんな自由は、あんまり好きではないです。

縛られたり追われたりする方が方向性を見つけられる。子供のような精神がバクソの根幹にあることにしています。

努力と継続力は不足気味ですが、このブログは続けてみようかな。

今日はバクソというキャラクターのアウトラインを紹介しました。

バクソでした。