長田弘さんの本をしばしば求める。言葉がしっくり、やさしく、あたたかく気持ちに響いてくる。
『深呼吸の必要』は大分以前から手元にある。たぶん深呼吸しにくい時に求めたものであろう。
言葉を深呼吸する、言葉で深呼吸する、とあとがきされる。そうか、読むこと書くことで深呼吸するのか。
 
今夜はいかにも深呼吸したい心境だ。長田さんの言葉で、だ。
 
おおきな木          長田  弘
 
 おおきな木をみると、立ちどまりたくなる。芽ぶきのころのおおきな木の下が、きみは好きだ。目をあげると、日の光りが淡い葉の一枚一枚にとびちってひろがって、やがて雫(しずく)のようにしたたってくるようにおもえる。夏には、おおきな木はおおきな影をつくる。影のなかにはいってみあげると、周囲がふいに、カーンと静まりかえるような気配にとらわれる。
  おおきな木の冬もいい。頬は冷たいが、空気は澄んでいる。黙って、みあげる。黒く細い枝々が、懸命になって、空を掴(つか)もうとしている。けれども、灰色の空は、ゆっくりと旋(めぐ)るようにうごいている。冷たい風がくるくると、こころのへりをまわって、駆けだしてゆく。おおきな木の下に、何があるだろう。何もないのだ。何もないけれど、木のおおきさとおなじだけの沈黙がある。