「殿下。」扉を控え目な音で叩くコン内官。
余りのヘタレ具合に何も返事をしないでいると
「そこにいらっしゃいますよね?」
抱きしめていたアルフレッドとハッピーをきつく抱き直す。
「先程、許婚のシン・チェギョン様は、泣きながらソウルに戻られました。殿下如何なされましたか?」
返答がないまま時間が過ぎていき、とうとう
「失礼いたします。」
扉を綺麗な作法で開けて入ってくるコン内官は、床の上で泣き崩れているオレを見つけハッとする。
「お待ちください。」頭を下げバタバタと走って行く音が聞こえた。
何時礼儀作法に厳しいコン内官が走るとは。
仰向けになり天井を見上げる
「こんなオレなんか、皇太子殿下なんか務まらない。」
好きな女とは知らずに欲望のまま襲ってしまう、きっと公務も我慢出来ずに逃げるかもしれない。
奥からバタバタと駆け込んでくる音がする
「シン!失敗したのか!?」父上の声が響く
「シン!」母上の声
「シン!あの漢方を飲んでもダメだったとは・・」
最後の言葉に床に寝ていたオレはハッと体を起こす
「おばあ様!なんですか?さっきの言葉は!」
慌てて来た三人がお互いの顔を見合わせて、都合悪そうにオレを見ない
「お三人方!どういうことか説明願います。」
泣き過ぎて目が腫れているオレはせいっぱいの目付きで睨みつけた
ソファに座り三人の話を聞くと、どうやらこの国の皇太子殿下は国民の前にデビューする前に、許嫁をこの別荘に呼び漢方を飲ませて無理矢理契りを結ばせて婚姻させると言うのが、風習だそうだ。
だからオレの両親もおばあ様も必ずこの別荘に連れられて・・・。
「どうして、今時そんな風習をするんですか?」
怒りMAXなのを鎮めようと冷静に話をする。
「仕方ないではないかー、お前は皇太子殿下を辞退して、男と一緒になると宣言するしー。」ぶーッと膨れるおばあ様
「今の世の中、こんなやり方はいけないと思ったが、伝統だったし、それに許嫁のシン・チェギョンは物凄く可愛いからきっとお前も気に入ると―。」最後は歯切れが悪い
「私はお二方を止めましたよ。今時こんな結ばれ方はナンセンスですって。でも、お二人は言う事も聞いてくれませんでした。」
母上の力では、この国の二大勢力には勝てないだろう。
「お二人の企みのお陰で、私は好きな人に嫌われてしまいました。」ボソッと呟いた
三人は顔を見合わす
「どういう事だ?」
「オレの好きなオトコのチェギョンと許嫁のシン・チェギョンは同一人物でした。」
「なんと!」三人は驚きで動きが止まる
「普通に許嫁だと紹介してくれたら・・・。」ギロリと睨む
「シン!ソウルに戻るぞ!」父上とおばあ様は同時に立ち上がる
「何しに戻るのですか?」チェギョンに嫌われてしまい、彼女にいるソウルには今は戻りたくない。
「ほらっ、立ち上がりなさい。嫌われてしまったら。また好きになって貰えばいい」おばあ様はニッコリと笑う
「嫌われるようなことをしたのは―っ。」オレの言葉は宙に消えていく
「コン、今直ぐにソウルに戻ります。車、嫌、遅過ぎる!大統領に電話しなさい。」
父上とおばあ様の声が高らかに響いた
「大統領?」意外な名前が出て驚く
「ヘリを出して貰う。私達のせいでシンが嫌われたら大変だ。シン、チェギョン嬢を追いかけないと。」
電話の応対をしていたコン内官が「10分以内に到着するそうです。」
「そうか、分かった。皆出る準備をしなさい。」父上が冷静に話す。
「ヘリで戻るって本当なのですか?」アメリカ映画ではよく見かけるが、この国では無い筈。
「ああ、そうだ。コン内官!ちゃんと最新のヘリにしたんだろうな?」
「心得ております。先月導入したばかりだそうです。」
「シン、何ボーッとしてるの?さっさと行くわよ。」母上に手を引っ張られて玄関に向かおう
「待ってください。」オレは慌ててチェギョンのリュックとアルフレッドとハッピーをギューっと落とさないように抱きしめた。
韓国一の最新ヘリが、ソウルタワーの上をゆっくりと旋回し始めた。
オレ達を乗せたヘリはあっという間に、あの漢江沿いの渋滞を飛び越え、チェギョンが乗って行った宮の車をとらえた
チェギョンを乗せた車の運転手は、ヘリのパイロットが定めた場所に移動していく。
冬の陽が落ち始めた色に輝き始めるソウルのシンボル
南山のソウルタワー。
そこには忘れてしまいたい過去もあるが、オレとチェギョンが初めて会った思い出の場所
父上が電話し、色々な人々が動いてくれたおかげで、ソウルタワーの公園の駐車場に降りれる許可が出た。
駐車場の端に宮の黒塗りの車がゆっくりと入ってきた。
旋回していたヘリが段々と高度を下していくと、周りの木々達が嵐が来た時のように揺れ出す
ヘリの風が舞い上がっている中、車から韓服を抑えながら降りて来たチェギョンが見える
降りていくと段々チェギョンの表情が判っていく
泣き腫らした目元に、オレの心臓がギューッと泣き出す
オレのせいで泣いてしまったチェギョンに、どう言ったら良いのかずーっと考えていたが
ヘリがようやく着陸し、パイロットがお待ちくださいという言葉を無視してオレは扉を開けた。
力強い風が辺りを舞い上がり、オレはチェギョンのいる地上に降り立った。
チェギョンの元に走り出し見下ろす
目の前に現れたオレの顔を見て、チェギョンがビクッと怯える顔をした
怯える表情を見てオレの心臓がギューっと辛くなるが、ここはもう言ってしまわないと
「チェギョン。先程は・・失礼いたしました。オレのした事はほんとしょうもない事で、何度謝っても許して貰えないと思っている。」深々と頭を下げる。
チェギョンからの言葉は無く、ヘリのプロペラも止まり風圧が無くなったので木々達の揺れ動きが微かに聞こえるのみ
それでも暫くは頭を下げたままいたが
「もう一度聞くけどシンにーさんは、本当に皇太子殿下なの?」
陽が落ち寒さが増していき,話す度に白い息が溢れ出す
「ああ、そうだ。ずーっと隠していて済まなかった。」頭をゆっくりと上げる
「オレはソウルタワーで一人の男に出会い、皇太子の名を捨ててまでも一緒になろうと思っていた。
でも、その男はオレが勝手に勘違いしていただけで、オレの目の前に可愛い許嫁として現れた。
ソウルタワーで出会い、お前の事を気に入ったって言ってたけど、本当は一目で恋に堕ちていたんだろうな。」チェギョンの目がウルウルとし始めていく
「シンにーさんには、結婚する彼女がいるから何度も諦めようと」
オレは手に持っていたチェギョンのバックから、アルフレッドとハッピーを取り上げた。
「あー、もう過去の事だ。きっぱりと別れた。」
その言葉を聞いてチェギョンのウルウルから大粒の涙に変わっていく。
アルフレッドとハッピーをギュッとさせ「この二人も離れたくないそうだ。」彼女に渡す
「じゃあ、じゃあ、シンにーさんの事。」
怯えた泣き顔ではなく、戸惑い、そして喜びの泣き顔に変わって行く
オレの手はゆっくりと彼女、シン・チェギョンの頭を優しく撫でながら、二人は見つめ合う
「チェギョン、オレと付き合って欲しい。」と告げた。
「ちょっと待った―――!」
オレの精一杯告白シーンを止める、父上とおばあ様の大きな叫び声
慌ててオレ達の元に近寄り「婚姻じゃないのーー?」母上も走り出してきた
「はい、チェギョンの返事も聞きたいし、無理強いはもうさせたくないです。」ジロリと二人を睨む
ゴホゴホと咳込むお二方「では、シン・チェギョン嬢、返事は?」父上が改まって聞く
ボロボロと泣いていたチェギョンに母上がハンカチで拭いてくれている
「父上は言わなくても良いんです。オレが聞いているんですよ。」シッシッと追い払う
「チェギョン、返事は・・?」肝心な言葉を聞けずにいて少し自信が無くなっていく
「こんな私で良いの?」言葉を聞いた途端、何だこの可愛い仕草はー。
「お前が男だろうが、女だろうか。好きなんだ。」
アルフレッドとハッピーを間に挟みながら、ギューっと抱きしめた。
「シン、お互い好きってわかったんだから、婚姻はー?」
「シン、婚姻の予定を決めるぞー。」
「コン内官、婚姻の支度を!」
ガヤガヤと騒ぐ人たちの事なんか目元に目元に入らず、オレは可愛いチェギョンを抱きしめ続けた
「あっ。今日も来たね。」ユルの優しい声が聞こえる。
車の扉を閉めて、ユルの元に向かう。
「あー、可愛いチェギョンに悪い虫が付かないようにしないとな。」
あれから、婚姻を進める宮を説得して、半年期間を延ばして貰えた。
お互いの気持ちが分かった途端直ぐに婚姻なんて、オレは嬉しいけど、まだ嫁修行始めたばかりのチェギョンに大変だろうと、話を落ち着かせた。
で、オレも未だ皇太子デビューしていないので、伸び伸びと一般人を楽しんでいる。
「僕のお役目も終わって、ホッとした。」
ユル親子達が宮から追い出された時、お爺様が「シンの許婚の隣に住んで、彼女に悪い虫がつかないように見張っていなさい。時が来てシンが迎えに来た時に、無事に許婚を守る事が出来たなら、お前達を宮に戻してやると約束されたそうで。
「お陰で、うちの母さんは宮に戻る事が出来て嬉しそうだった。」
「ユルは戻らなくても良いのか?」ユルはこの地に止まり、美容師として生活していくそうだ。
「僕は宮よりも美容師の方が好きだからね」嬉しそうに笑う。
「そっかー。」なんか羨ましいなー。
「そうだ、聞きたい事があったんだが、ユルは可愛いチェギョンと一緒にいて好きにならなかったのか?ドラマでは良くある話だ。」
くすくすと笑うユル「僕はチェギョンよりもチェギョンの髪の毛が好きだったからねー。ショートカットにする時にはがっかりしながら切ってあげたけど、あの輝く髪の毛が一束僕の手元に来るなんて興奮しちゃった。」思い出しうっとりする。
あっ、こいつヤバイヤツだ。オレは心の中で呟いた。
「そうなのか。チェギョンもユルの事も兄みたいな存在って言ってるからなー。」
「お待たせー。」2人の会話にチェギョンが入ってきた。
ショートカットが少し伸びた彼女は花のついたピンで女の子らしさを出し、春になろうとしている季節なので薄手のシャツにブルゾンを羽織り、ミニスカートに、タイツを履き
「可愛すぎる。」こんな可愛いコ誰にも見せたくないとギュッと抱きついた。
「シン君ってばー!」オレはシンって呼んでほしかったが、年上だしー呼び捨ては絶対に無理と言われ、彼女の提案したシン君を仕方なく許した。
「お前が可愛すぎるのがいけないんだ。」彼女の輝く髪の毛を撫でながら、デレデレしてしまう
僕の目の前でイチャイチャし始めたシンよ。さっきまでのクールな顔がこんなにだらしなくなってしまうなんて、恋と言うモノは恐ろしい。
僕の可愛い妹みたいなチェギョンがコイツの奥さんになって大丈夫なのかな?将来が大変だ。
「ほらっ、シン。鼻の下伸びすぎて顔に締まりがないぞ。チェギョンのバイトの時間に間に合うのか?」
「あっ!」ハッと思い出しキリリとクールな顔になる「サンキュー、ユル。」
チェギョンを車に乗り込ませ慌てて運転席に乗り行ってしまった。
「全く―、呆れちゃうけどもう少ししたら皇太子と皇太子妃としてずーっと掟だらけの自由のない生活になっちゃうから、仕方ないな。」
僕の視界にからいなくなったシンの車を見届け僕は自分の店の中に入った。
オレが本物のチェギョンだとは知らずに襲ってしまってから、チェギョンには抱きしめる事と手を繋ぐことしかしていない。
だから2回目のキスは当分お預け状態
仕方ない。いくら父上とおばあ様に盛られたとはいえ、襲ってしまった事には違いない。
可愛いチェギョンの為に紳士な態度で接しないとな。でも時々あまりにも可愛い過ぎてムラムラしてしまうがそこは我慢している。
毎日、毎日会う度に彼女は甘い香りを放ち、輝く笑顔でオレの心を狂わせる
この我慢は婚姻するまで持つ事を祈るばかりだ。
「あっ!シン君。昨日ようやくアルフレッドのが出来上がったんだよ。」
リュックの中から韓服を着たアルフレッドが出された。
「出来たのか。チェギョンは器用だから直ぐに作ってしまうな。」運転しているからちらっと見る
「次はハッピーの作らないと。」
今度は制服を着ているハッピーとアルフレッドを抱き合わせ鼻と鼻を合わせる
良いなー、オレも早くチェギョンにキスしたい。
ゴンドラの駐車場に着き車を降りると、バスからガンヒョンが降りて来た
「あっ、ガンヒョンー!」
チェギョンは大きく手を振りガンヒョンが駆けつけようとすると、後ろからバスを降りたギョンも慌てて追いかけてくる
「チェギョンー。昨日振りー。」ガンヒョンはオレの目の前でチェギョンにガッツリ抱きつく
「ガンヒョン、やり過ぎだぞ。」オレは羨ましそうに言う
「イ・シンさん、良いじゃないですかー。私の元彼なんですからー。」
チェギョンと二人で笑い合う
「ガンヒョン、抱きつくなら俺に抱きつけよー。」情けないギョン。
ガンヒョンはあの後ちゃんと謝ってくれた。
チェギョンを男にして自分の彼氏だと嘘をついていて申し訳なかったと。しつこいギョンへのカモフラージュもあったし、何かとチェギョンにちょっかい掛けてくるオレへの防御だった事も明かしてくれた
ギョンにもガンヒョンは謝りその潔さに又惚れ直し、今は夜通し遊びばっかしていたギョンとは違いソウルタワーでバイトを始め、ガンヒョンのボディーガードを務めている。
そしてガンヒョンが高校を卒業したら、今度こそ最高のプロポーズをすると今から計画を立てているそうだ。
「ほらっ、もう時間だ。」オレは二人を離し、チェギョンを抱き寄せた
「仕方ないなー。許嫁に返しますよ。」
オレとチェギョンが許嫁だったことを話した時に、ガンヒョンのホッとした顔が忘れられない。
「又終わったら迎えに来る。」オレは手を振り三人を送り出した。
三人が乗り込んだゴンドラはゆっくりとソウルタワーを目指して進みだす
オレは春の暖かい光に包まれたゴンドラと、南山の聳え立つソウルタワーを眩しそうに見上げた
ソウルのシンボルタワー。
此処では、色々な恋が破れ、そして結ばれる。
オレもまたその中の一人、チェギョンと言う奇跡に出会えたソウルタワーに感謝せずにいられなかった。
自分の車に乗り込み、テディベア愛好会の為にNYチーズケーキを焼いているファンの元に向かって静かに走り出した。
皆様、お久しぶりです。
今週、F1を観戦しに行くのでずーっと検索ばかりしていました。
チケットが高すぎて、草むらの席しか買えませんでした。泣
伊勢市まで行って、伊勢神宮に参詣、赤福の出来立てを堪能してきます。
今日のお話で、全部の長いお話は終わりました。
皆様、長い間お付き合い頂き有難うございました。
次は魔王なカレとアイツは宇宙人という短編をアップしていきたいと思います。
では、何時も訪問しえ頂き有難うございました。
余りのヘタレ具合に何も返事をしないでいると
「そこにいらっしゃいますよね?」
抱きしめていたアルフレッドとハッピーをきつく抱き直す。
「先程、許婚のシン・チェギョン様は、泣きながらソウルに戻られました。殿下如何なされましたか?」
返答がないまま時間が過ぎていき、とうとう
「失礼いたします。」
扉を綺麗な作法で開けて入ってくるコン内官は、床の上で泣き崩れているオレを見つけハッとする。
「お待ちください。」頭を下げバタバタと走って行く音が聞こえた。
何時礼儀作法に厳しいコン内官が走るとは。
仰向けになり天井を見上げる
「こんなオレなんか、皇太子殿下なんか務まらない。」
好きな女とは知らずに欲望のまま襲ってしまう、きっと公務も我慢出来ずに逃げるかもしれない。
奥からバタバタと駆け込んでくる音がする
「シン!失敗したのか!?」父上の声が響く
「シン!」母上の声
「シン!あの漢方を飲んでもダメだったとは・・」
最後の言葉に床に寝ていたオレはハッと体を起こす
「おばあ様!なんですか?さっきの言葉は!」
慌てて来た三人がお互いの顔を見合わせて、都合悪そうにオレを見ない
「お三人方!どういうことか説明願います。」
泣き過ぎて目が腫れているオレはせいっぱいの目付きで睨みつけた
ソファに座り三人の話を聞くと、どうやらこの国の皇太子殿下は国民の前にデビューする前に、許嫁をこの別荘に呼び漢方を飲ませて無理矢理契りを結ばせて婚姻させると言うのが、風習だそうだ。
だからオレの両親もおばあ様も必ずこの別荘に連れられて・・・。
「どうして、今時そんな風習をするんですか?」
怒りMAXなのを鎮めようと冷静に話をする。
「仕方ないではないかー、お前は皇太子殿下を辞退して、男と一緒になると宣言するしー。」ぶーッと膨れるおばあ様
「今の世の中、こんなやり方はいけないと思ったが、伝統だったし、それに許嫁のシン・チェギョンは物凄く可愛いからきっとお前も気に入ると―。」最後は歯切れが悪い
「私はお二方を止めましたよ。今時こんな結ばれ方はナンセンスですって。でも、お二人は言う事も聞いてくれませんでした。」
母上の力では、この国の二大勢力には勝てないだろう。
「お二人の企みのお陰で、私は好きな人に嫌われてしまいました。」ボソッと呟いた
三人は顔を見合わす
「どういう事だ?」
「オレの好きなオトコのチェギョンと許嫁のシン・チェギョンは同一人物でした。」
「なんと!」三人は驚きで動きが止まる
「普通に許嫁だと紹介してくれたら・・・。」ギロリと睨む
「シン!ソウルに戻るぞ!」父上とおばあ様は同時に立ち上がる
「何しに戻るのですか?」チェギョンに嫌われてしまい、彼女にいるソウルには今は戻りたくない。
「ほらっ、立ち上がりなさい。嫌われてしまったら。また好きになって貰えばいい」おばあ様はニッコリと笑う
「嫌われるようなことをしたのは―っ。」オレの言葉は宙に消えていく
「コン、今直ぐにソウルに戻ります。車、嫌、遅過ぎる!大統領に電話しなさい。」
父上とおばあ様の声が高らかに響いた
「大統領?」意外な名前が出て驚く
「ヘリを出して貰う。私達のせいでシンが嫌われたら大変だ。シン、チェギョン嬢を追いかけないと。」
電話の応対をしていたコン内官が「10分以内に到着するそうです。」
「そうか、分かった。皆出る準備をしなさい。」父上が冷静に話す。
「ヘリで戻るって本当なのですか?」アメリカ映画ではよく見かけるが、この国では無い筈。
「ああ、そうだ。コン内官!ちゃんと最新のヘリにしたんだろうな?」
「心得ております。先月導入したばかりだそうです。」
「シン、何ボーッとしてるの?さっさと行くわよ。」母上に手を引っ張られて玄関に向かおう
「待ってください。」オレは慌ててチェギョンのリュックとアルフレッドとハッピーをギューっと落とさないように抱きしめた。
韓国一の最新ヘリが、ソウルタワーの上をゆっくりと旋回し始めた。
オレ達を乗せたヘリはあっという間に、あの漢江沿いの渋滞を飛び越え、チェギョンが乗って行った宮の車をとらえた
チェギョンを乗せた車の運転手は、ヘリのパイロットが定めた場所に移動していく。
冬の陽が落ち始めた色に輝き始めるソウルのシンボル
南山のソウルタワー。
そこには忘れてしまいたい過去もあるが、オレとチェギョンが初めて会った思い出の場所
父上が電話し、色々な人々が動いてくれたおかげで、ソウルタワーの公園の駐車場に降りれる許可が出た。
駐車場の端に宮の黒塗りの車がゆっくりと入ってきた。
旋回していたヘリが段々と高度を下していくと、周りの木々達が嵐が来た時のように揺れ出す
ヘリの風が舞い上がっている中、車から韓服を抑えながら降りて来たチェギョンが見える
降りていくと段々チェギョンの表情が判っていく
泣き腫らした目元に、オレの心臓がギューッと泣き出す
オレのせいで泣いてしまったチェギョンに、どう言ったら良いのかずーっと考えていたが
ヘリがようやく着陸し、パイロットがお待ちくださいという言葉を無視してオレは扉を開けた。
力強い風が辺りを舞い上がり、オレはチェギョンのいる地上に降り立った。
チェギョンの元に走り出し見下ろす
目の前に現れたオレの顔を見て、チェギョンがビクッと怯える顔をした
怯える表情を見てオレの心臓がギューっと辛くなるが、ここはもう言ってしまわないと
「チェギョン。先程は・・失礼いたしました。オレのした事はほんとしょうもない事で、何度謝っても許して貰えないと思っている。」深々と頭を下げる。
チェギョンからの言葉は無く、ヘリのプロペラも止まり風圧が無くなったので木々達の揺れ動きが微かに聞こえるのみ
それでも暫くは頭を下げたままいたが
「もう一度聞くけどシンにーさんは、本当に皇太子殿下なの?」
陽が落ち寒さが増していき,話す度に白い息が溢れ出す
「ああ、そうだ。ずーっと隠していて済まなかった。」頭をゆっくりと上げる
「オレはソウルタワーで一人の男に出会い、皇太子の名を捨ててまでも一緒になろうと思っていた。
でも、その男はオレが勝手に勘違いしていただけで、オレの目の前に可愛い許嫁として現れた。
ソウルタワーで出会い、お前の事を気に入ったって言ってたけど、本当は一目で恋に堕ちていたんだろうな。」チェギョンの目がウルウルとし始めていく
「シンにーさんには、結婚する彼女がいるから何度も諦めようと」
オレは手に持っていたチェギョンのバックから、アルフレッドとハッピーを取り上げた。
「あー、もう過去の事だ。きっぱりと別れた。」
その言葉を聞いてチェギョンのウルウルから大粒の涙に変わっていく。
アルフレッドとハッピーをギュッとさせ「この二人も離れたくないそうだ。」彼女に渡す
「じゃあ、じゃあ、シンにーさんの事。」
怯えた泣き顔ではなく、戸惑い、そして喜びの泣き顔に変わって行く
オレの手はゆっくりと彼女、シン・チェギョンの頭を優しく撫でながら、二人は見つめ合う
「チェギョン、オレと付き合って欲しい。」と告げた。
「ちょっと待った―――!」
オレの精一杯告白シーンを止める、父上とおばあ様の大きな叫び声
慌ててオレ達の元に近寄り「婚姻じゃないのーー?」母上も走り出してきた
「はい、チェギョンの返事も聞きたいし、無理強いはもうさせたくないです。」ジロリと二人を睨む
ゴホゴホと咳込むお二方「では、シン・チェギョン嬢、返事は?」父上が改まって聞く
ボロボロと泣いていたチェギョンに母上がハンカチで拭いてくれている
「父上は言わなくても良いんです。オレが聞いているんですよ。」シッシッと追い払う
「チェギョン、返事は・・?」肝心な言葉を聞けずにいて少し自信が無くなっていく
「こんな私で良いの?」言葉を聞いた途端、何だこの可愛い仕草はー。
「お前が男だろうが、女だろうか。好きなんだ。」
アルフレッドとハッピーを間に挟みながら、ギューっと抱きしめた。
「シン、お互い好きってわかったんだから、婚姻はー?」
「シン、婚姻の予定を決めるぞー。」
「コン内官、婚姻の支度を!」
ガヤガヤと騒ぐ人たちの事なんか目元に目元に入らず、オレは可愛いチェギョンを抱きしめ続けた
「あっ。今日も来たね。」ユルの優しい声が聞こえる。
車の扉を閉めて、ユルの元に向かう。
「あー、可愛いチェギョンに悪い虫が付かないようにしないとな。」
あれから、婚姻を進める宮を説得して、半年期間を延ばして貰えた。
お互いの気持ちが分かった途端直ぐに婚姻なんて、オレは嬉しいけど、まだ嫁修行始めたばかりのチェギョンに大変だろうと、話を落ち着かせた。
で、オレも未だ皇太子デビューしていないので、伸び伸びと一般人を楽しんでいる。
「僕のお役目も終わって、ホッとした。」
ユル親子達が宮から追い出された時、お爺様が「シンの許婚の隣に住んで、彼女に悪い虫がつかないように見張っていなさい。時が来てシンが迎えに来た時に、無事に許婚を守る事が出来たなら、お前達を宮に戻してやると約束されたそうで。
「お陰で、うちの母さんは宮に戻る事が出来て嬉しそうだった。」
「ユルは戻らなくても良いのか?」ユルはこの地に止まり、美容師として生活していくそうだ。
「僕は宮よりも美容師の方が好きだからね」嬉しそうに笑う。
「そっかー。」なんか羨ましいなー。
「そうだ、聞きたい事があったんだが、ユルは可愛いチェギョンと一緒にいて好きにならなかったのか?ドラマでは良くある話だ。」
くすくすと笑うユル「僕はチェギョンよりもチェギョンの髪の毛が好きだったからねー。ショートカットにする時にはがっかりしながら切ってあげたけど、あの輝く髪の毛が一束僕の手元に来るなんて興奮しちゃった。」思い出しうっとりする。
あっ、こいつヤバイヤツだ。オレは心の中で呟いた。
「そうなのか。チェギョンもユルの事も兄みたいな存在って言ってるからなー。」
「お待たせー。」2人の会話にチェギョンが入ってきた。
ショートカットが少し伸びた彼女は花のついたピンで女の子らしさを出し、春になろうとしている季節なので薄手のシャツにブルゾンを羽織り、ミニスカートに、タイツを履き
「可愛すぎる。」こんな可愛いコ誰にも見せたくないとギュッと抱きついた。
「シン君ってばー!」オレはシンって呼んでほしかったが、年上だしー呼び捨ては絶対に無理と言われ、彼女の提案したシン君を仕方なく許した。
「お前が可愛すぎるのがいけないんだ。」彼女の輝く髪の毛を撫でながら、デレデレしてしまう
僕の目の前でイチャイチャし始めたシンよ。さっきまでのクールな顔がこんなにだらしなくなってしまうなんて、恋と言うモノは恐ろしい。
僕の可愛い妹みたいなチェギョンがコイツの奥さんになって大丈夫なのかな?将来が大変だ。
「ほらっ、シン。鼻の下伸びすぎて顔に締まりがないぞ。チェギョンのバイトの時間に間に合うのか?」
「あっ!」ハッと思い出しキリリとクールな顔になる「サンキュー、ユル。」
チェギョンを車に乗り込ませ慌てて運転席に乗り行ってしまった。
「全く―、呆れちゃうけどもう少ししたら皇太子と皇太子妃としてずーっと掟だらけの自由のない生活になっちゃうから、仕方ないな。」
僕の視界にからいなくなったシンの車を見届け僕は自分の店の中に入った。
オレが本物のチェギョンだとは知らずに襲ってしまってから、チェギョンには抱きしめる事と手を繋ぐことしかしていない。
だから2回目のキスは当分お預け状態
仕方ない。いくら父上とおばあ様に盛られたとはいえ、襲ってしまった事には違いない。
可愛いチェギョンの為に紳士な態度で接しないとな。でも時々あまりにも可愛い過ぎてムラムラしてしまうがそこは我慢している。
毎日、毎日会う度に彼女は甘い香りを放ち、輝く笑顔でオレの心を狂わせる
この我慢は婚姻するまで持つ事を祈るばかりだ。
「あっ!シン君。昨日ようやくアルフレッドのが出来上がったんだよ。」
リュックの中から韓服を着たアルフレッドが出された。
「出来たのか。チェギョンは器用だから直ぐに作ってしまうな。」運転しているからちらっと見る
「次はハッピーの作らないと。」
今度は制服を着ているハッピーとアルフレッドを抱き合わせ鼻と鼻を合わせる
良いなー、オレも早くチェギョンにキスしたい。
ゴンドラの駐車場に着き車を降りると、バスからガンヒョンが降りて来た
「あっ、ガンヒョンー!」
チェギョンは大きく手を振りガンヒョンが駆けつけようとすると、後ろからバスを降りたギョンも慌てて追いかけてくる
「チェギョンー。昨日振りー。」ガンヒョンはオレの目の前でチェギョンにガッツリ抱きつく
「ガンヒョン、やり過ぎだぞ。」オレは羨ましそうに言う
「イ・シンさん、良いじゃないですかー。私の元彼なんですからー。」
チェギョンと二人で笑い合う
「ガンヒョン、抱きつくなら俺に抱きつけよー。」情けないギョン。
ガンヒョンはあの後ちゃんと謝ってくれた。
チェギョンを男にして自分の彼氏だと嘘をついていて申し訳なかったと。しつこいギョンへのカモフラージュもあったし、何かとチェギョンにちょっかい掛けてくるオレへの防御だった事も明かしてくれた
ギョンにもガンヒョンは謝りその潔さに又惚れ直し、今は夜通し遊びばっかしていたギョンとは違いソウルタワーでバイトを始め、ガンヒョンのボディーガードを務めている。
そしてガンヒョンが高校を卒業したら、今度こそ最高のプロポーズをすると今から計画を立てているそうだ。
「ほらっ、もう時間だ。」オレは二人を離し、チェギョンを抱き寄せた
「仕方ないなー。許嫁に返しますよ。」
オレとチェギョンが許嫁だったことを話した時に、ガンヒョンのホッとした顔が忘れられない。
「又終わったら迎えに来る。」オレは手を振り三人を送り出した。
三人が乗り込んだゴンドラはゆっくりとソウルタワーを目指して進みだす
オレは春の暖かい光に包まれたゴンドラと、南山の聳え立つソウルタワーを眩しそうに見上げた
ソウルのシンボルタワー。
此処では、色々な恋が破れ、そして結ばれる。
オレもまたその中の一人、チェギョンと言う奇跡に出会えたソウルタワーに感謝せずにいられなかった。
自分の車に乗り込み、テディベア愛好会の為にNYチーズケーキを焼いているファンの元に向かって静かに走り出した。
皆様、お久しぶりです。
今週、F1を観戦しに行くのでずーっと検索ばかりしていました。
チケットが高すぎて、草むらの席しか買えませんでした。泣
伊勢市まで行って、伊勢神宮に参詣、赤福の出来立てを堪能してきます。
今日のお話で、全部の長いお話は終わりました。
皆様、長い間お付き合い頂き有難うございました。
次は魔王なカレとアイツは宇宙人という短編をアップしていきたいと思います。
では、何時も訪問しえ頂き有難うございました。