「シン?」オレの名を呼ぶ目の前の男。

ジーっと見続けていると「ユル?」思い出の記憶を辿っていくと、幼い頃から変わらない優しい顔と一致する。

オレの小さな呟きはその男に聞こえたか分からない。

「その手にある特徴のあるホクロに見覚えがある。可愛かった目がすっかり変わってしまって分からなかったよ。何十年振りだなー、シン。随分大きくなってしまったな。」

こっちに近づいて来るオレの従兄弟のユル

幼い頃、急にいなくなってしまい心配していたが、高校の時に教えられた。

オレの父上は本当は皇太子ではなかったが、兄の皇太子が突然の交通事故でこの世を去ってしまい、皇太子妃は自粛していなければいけないのに、その当時の大統領と逢瀬を重ねていた事がバレてしまい、宮の位を剥奪されそして住む所まで追い出されてしまったそうだ。

小さい頃仲の良かったユルがいなくなり、寂しかった記憶が蘇る。

「シン。なんでこんな所に?オイ、頬が赤く腫れてる。どうしたんだ?」

優しく笑う顔が小さな頃と変わらずホッとする。

皇太子殿下の長男として煌びやかだった生活をしていた筈なのに、小さな美容室から出てきた。

「あっ・・いやーっ。」昨日ヒョリンに叩かれた頬を抑えながら「この家の人に用事が・・。」ようやく呟いた声は小さかった。

チェギョンとの連絡が途絶え、意気込んできたのだが、いざ従兄弟に用件を聞かれると、言葉が詰まる

「シンさん家に何か用なの?」素直な疑問の顔。

「チェギョンに用があるんだ。」ここは隠しちゃいけないと思い、堂々と答えた

「チェギョンって・・・高校1年のチェギョン?」

素直な顔から、怪しいモノを見る目付きに変わる

「ああ、そうだ。」チェギョンの名を言っただけで、顔が熱くなる。

「どういういきさつで知り合いになったのか分からないが、チェギョンは僕の大事な幼馴染で、自分はチェギョンの兄貴だと思ってる」

ジー―ッと見上げてくる。

オレの従兄弟のユルが、チェギョンと幼馴染だったとは驚いたが。小さい頃から一緒だったのか?それに嫉妬心が芽生える

「それにシンは、そろそろ皇太子としてデビューするんじゃないのか?こんな所なんかにうろつくとダメじゃないかー。」

元々本物の皇太子はユルの方だったのに、繰り上げ当選のようにニセ皇太子のオレなんかが。

「皇太子・・・?この間辞退してきたよ。」

「へ―ッ、辞退してきたって。」聞き逃していたユルはハッと気が付き「皇太子を辞退って、シンお前ー。」

驚いた顔は内部事情を知っている人には分かるレベルの顔

「何か嫌な事があったのか?」

「ユルが戻って皇太子をやればいい。」皇太子の座なんかくれてやる。

「嫌、それはないな。僕はもうあの世界に戻りたいとは思わない。でも、母さんが戻りたいと毎日祈ってるけどね。」あはははっと乾いた笑い

「オレは偽物の皇太子だ。」繰り上げ皇太子だから。

「何言ってるんだ?シンだって宮家の血が流れてるんだ。正々堂々と皇太子としてデビューすれば良い。」バシッと背中を叩かれた。

「僕は今母さんと二人で美容院を開いてるんだ。毎日色々な人の髪に触れ、切ってあげたりしていて、僕はこの仕事を誇りに思っている。だから皇太子なんて言うのには、興味がない。」堂々と言うユルが眩しい。

「シンも今度切ってあげるよ。」優しく笑うユルの顔には迷いも何もない。

「そっかー、幸せなんだな。」

「シン、ここで会ったのも縁だな。悩みとかあったら来いよ。解決とかは無理かもしれないが、話を聞くことは出来るからな。腹に溜め込んじゃダメだぞ。」

急にいなくなってしまったユル。偶然の出会いなのに、昔のように接してくれる優しさに胸が熱くなってしまう。

「あら?ユル君お友達?」

チェギョンの家の門から出てきたのは、チェギョンの母上か?悪い印象を与えたくなく急に姿勢を正す

「ママさん、おはよう!今日も綺麗だね。」ニッコリスマイルで「もう、ユル君ったらー、口が上手いんだからー。」照れる母上は満更じゃなさそうだ。

「ママさん、従兄弟のシンなんだ。久々の再会に感動中。」バシッと背中を叩かれた

「イ・シンと言います。よろしくお願いします。」深々と頭を下げた。

「ユル君とイ・シンさんといイケメンが二人並ぶと目の保養になるわね。」頬が赤い母上。

「ママさん、チェギョンは何処に行ったの?僕は聞いてないよー。」甘えた風に言う。

「チェギョンは光州の親戚の所に行っちゃったのよー。教えなくてごめんね。」笑う母上。

「チェギョンのお母様、光州のどこですか?」焦るオレはグイッと母上に近寄る。

「え!?近いわよー。」急に近づかれて慌てている。

「すみません。急いでいるもので。」頭を下げたまま「チェギョンの居場所を教えてください。」

「ユル君、イ・シンさんとうちのチェギョンはどんな間柄なの?」疑惑感たっぷりな声。

「そこはまだ聞いてないや。ママさんごめんね。」甘え上手

「チェギョンさんとは友達です。ソウルタワーのバイト先で出会いました。」

オトコのチェギョンにオトコのオレが惚れてますって、今は言えない・・・。

「イ・シンさんは同じバイトの人?」

「いえ、客として出会いました。財布を持って来ていなかった私に、チェギョンさんはお金を貸してくれた恩人です。それから何度か会ううちに、意気投合して」

「そうなの。チェギョンはうちのパパに似て人が良くてねー。他人だろうが困っているのを見放せないのよ。でも、チェギョンの場所を教える事は出来ないわよ。」

好意的な母上だから、絶対に教えて貰えるものだと思っていたので、驚きが倍増する。

「この時期に取れる秘密の果実を特別に管理している所に呼ばれたから、場所は普通の人には言えないの。ごめんね。」

「えー!そんなの僕も知らなかったよ。」

「名のある人なら。」チェギョンに会える為なら、皇太子と言うことを言っても良い。

ユルが急にオレの腕を叩き「ダメだよ。公式に出る前にバレちゃダメだろう。」小さな呟きはオレを止める。

「チッ。」つい舌打ちをしてしまう。

「ママさん、ごめんね。シンに言い聞かせておくから、もう仕事に行く時間だよね。」グイグイと母上を押して出掛けさせた。

母上が見えなくなってからユルはオレを見上げる。

「シン!目上の人の前で舌打ちなんて、失礼だろ!」怒るユルに

「チェギョンの居場所を教えて貰えなくてつい出てしまった。すまない。」

チェギョンの母親に悪い態度を見せてしまい反省中

「仕方ないなー。後でママさんに何時頃帰ってくるのか聞いておくから、又来な。」背中をバシッと叩かれる。

「じゃな、明日。」一日でも早く居場所を知りたい

真剣な顔に「あはははっ。シンを真剣にさせるチェギョンって凄いね。」ニッコリとユルが笑った。







チェギョンの情報が途切れてしまったオレは、家に戻ってきた

明日ユルにチェギョンの帰ってくる日を聞くまで暇な為、高校の時からのヒョリンからの贈り物を箱に詰めていた。

ヒョリンの思い出の品は少ない為、出来上がった箱は両手に乗る程の小ささであっという間に終わってしまった。

箱の中には、彼女から貰ったお揃いのネックレスとヒョリンの写真が入った写真立て

オレがヒョリンに贈ったのは、何もない。

あー、そうだ。ソウルタワーの南京錠を外しに行かないとな。

椅子から立ち上がった反動で頬が少し痛む。

昨日叩かれた頬の痛みはまだとれていない。

少し熱さの残る頬を確かめる為に、自分の手を頬に充てる

いつも冷静な彼女の取り乱す姿を見て、彼女にそういう熱さがある事を知らなかった。

何年も付き合っていたのに、ヒヨリンの本当の姿を知るのが、別れた後なんて皮肉なもんだ。

オレとヒョリンは、お互いに本音を言えずに背伸びをして大人の恋を演じていたのかも知れない。

本当の恋っていうのは、好きになった相手が男だろとなんだろうとそいつの為なら乗り越えると言う熱い気持ちになるって事を初めて知った。

「じゃあ、行くか。」ソウルタワーに掛けてある南京錠を外しに部屋から出た。











ソウルタワーに着き、チケット売り場から見ると、入り口の所にチェギョンが立っていない。

分かりきっていたが、深い溜息が出てしまう。

昨日までのクリスマスの飾り付けが外され、新年に向けてのディスプレイになっていた。

新年を迎えてしまうと、オレは皇太子として公の場に出なければならなかったが、皇太子を辞退しますと宣言してきたのだからな。

苦笑いをしながら、チケットの改札口に立つ女を見ても何とも思わない

あーっ、やはりチェギョンの可愛さに敵う訳がない

苦笑いから、ニヤニヤの顔に変わりながら歩いていると、テディベアの所に来た

後から知ったチェギョン作成のディスプレイも新年に向けて変わっていた。

あの凄さ全開のディスプレイではなく、簡単なディスプレイは見ていてもつまらない・・もう行こうとしたら

「ガンヒョ――ン。」聞き覚えのある声が響く

ここはガンヒョンの担当の所で、どうやらデートを申し込みに来て断られているみたいだった。

「結婚してください。」膝をつきガンヒョンを見上げる瞳は、恋するキモチでキラキラ光っていた。

おやっ?デートではなく結婚かよ!高校生相手に結婚なんて断られるに決まってるだろう。

「何度も言ってるでしょう。無理だって。」ツーンと鼻を高く上げた

「ガンヒョン。待ってます。君が大人になるまで俺はずーっと待ってる。」

一言一言。誠実に言うギョンの言葉遣いに今までの違いを感じ

ヤツは本気だ。

チャラ男が本気の恋に出会い、変わっていく様子。

オレとギョンは、今まで本当の恋をしてなかったんだなーとしみじみと思う。

オレは最初通り過ぎようとしたが、二人の傍に近づき

「ガンヒョン、ギョンは本気だ。少しは考えてやってくれないか。」

「シン!何でここにーー。」驚くギョンと「えっ!」急に現れたオレにビックリするガンヒョン

「ギョンは女にはだらしなかったが。どうやら君への気持ちは本気だようだ。でも、まーチェギョンと別れてからだなー。」ポンとガンヒョンの肩を叩く

「じゃあ、また。」行こうと足の向きを変えたら

「イ・シンさん。待って!チェギョンの行き先は分かりましたか?」

チェギョンの彼女だから彼氏の居場所が知りたいんだろう。

「チェギョンの母上にあったが、教えて貰えなかった。」声のトーンを落とす。

「そうなんですかー。私も後でおばさんのとこに聞きに行きます。」

二人で顔を見合わせ話していると、二人の間にギョンが割り込んできた

「シン!ガンヒョンを見るなよー。綺麗なガンヒョンが穢れる。」

マジな顔でオレを見る。

「何言ってるんだ。お前は―。」恋は盲目ってギョンは今まさに、そーっ。

「分かったよ。じゃあな。」手を振りテディアミュージアムを離れ、展望台を目指した。










扉が開くと冷たい風が真正面にぶつかってきた。「寒いっ。」もっと襟を立てても、出来るだけ風を入れないようにしても、この寒さには立ち向かう事は出来ない。

展望台に人はいないと思っていたのに目を凝らすと、人の姿が見える。

こんな所で人に会いたくないと思っていても、目指している南京錠はその人の側にあった。

さっさと行って、雪だらけの南京錠を外して暖かいフロアに戻ろう。雪の積もった場所をガシガシと突き進んでいくと

女だ。それもあの後姿は「ヒョリン?」

オレ達が下げたあたりの南京錠を色々と探しまくっているみたいだ

きっとオレに取られたくない思いで見つけてしっかりと固定でもするのだろう・・どうやってそれを止めさせたらいいのか。

「ヒョリン。」彼女に聞こえるように言った言葉は届いたらしく、後ろを振り向いた姿にオレは驚いた

鬼の形相。

髪を振り乱し、まるで何かが乗り移ったようになっていた。

「・・ヒョリン・・か?」何時もの顔と全然違う為に、人間違いをしてしまたか

「シン?何でこんな所に?」あーっ、やはりヒョリンだった。

「お前、南京錠を外されたくなくて、こんな寒い所に来たのか?」

「まさか!その反対よ!シンと付き合ってたなんて過去を抹消するために来たのよ。」

言いきった後、又南京錠を手当たり次第探しまくる。

意外な言葉に、何も返せなかったが

「あったー。」ヒョリンが指差した先には、二人で付けた南京錠が見えた。

見つけ出した南京錠を、外そうと何度も引っ張っても取れないでいる

やはり寒さと雪のせいで南京錠がガッチリと凍っていて、それを一生懸命に撮ろうとしている様子に「どいてろ。」

そんな細い体で取れる訳がない、どんなのでも切れると通販でやっていたニッパをポケットから取り出し、バチンと南京錠を壊した。

二人で落ちた南京錠に目線をあわせていると

「二人の仲がずーっと続いて欲しかった時には2回も外れたのに、別れた途端外れないってどういう事よ。」

苦笑いにはさっきまでの形相はなくなっていた。

「私、パリでシンからの電話を切られたとき、バレエのパートナーのルイのベットから出ようとしたの。そしたら知らない男が凄い形相で入って来て、私を裸のままベットから引きずり出して、泣きながらルイを殴ったの。

凄い早口のフランス語は分かりずらかったけど、どうやら二人はゲイのカップルだったらしくルイの浮気をずーっと怒っていた。

私は居たたまれなくなって逃げようとしたら、腰を抜かしていて動けなかったの。」淡々と話す言葉に耳を傾け続ける

「怒鳴り合っている男達の声はいつの間にか、ジュ・テームに変わって濃厚なkissに変わっていった。

そして、二人は私の目の前で始めたのよ。信じられない!人の目の前でやるなんて。ルイは「一緒にやらないかって。」誘ったのよ!」静かに話していたヒョリンの声が高くなる。

「見せられて、終いには3人でやろうって!有り得ない!

パリから帰って来てシンの気持ちをもう一度私に向けさせようとしたんだけど、シンが男を好きになったと聞かされた途端、一気に気持ちが冷めたわ。」

キッときつくオレを睨む

ポケットの中から小さな箱を取り出し「ヒョリンから貰ったのを返そうとしたんだが。」彼女に差し出した

「捨てて。」下に落ちていた南京錠を踏みしめて、ヒョリンは歩き出し

「二人が付き合っていた事は、なかった事にしておいて。」言葉を残して行ってしまった。

踏み付けられた南京錠を持ち上げ凍っていたのを払い落とし、後で捨てようとポケットの中に入れ、見上げたグレイの重い空から、白い雪が落ちて来た。

ヒョリンの言葉を聞いて又もう一度心に決めた

オレはチェギョンを選んだ。後悔なんかしない。

音もなく降り始めた雪の中、オレはソウルタワーを後にした。