アイツが泣いていた。


リビングのソファにドサッと荒く座り、足を組みひじ掛けに肘を付き顔を手で押さえる

なんかイライラする。

先ほどうたた寝をしてしまい、目を覚まして水でも飲もうとしたら。

チェギョンがボロボロと泣いていた。

向かいに立っているファンがレモンのせいだよって、笑うが。

レモンが酸っぱいって、そんな事で泣くのか?

真っ赤な顔でウルウル泣いている目に、オレの目は釘付けになった

コイツ、オトコなのに何でそんな目でいるんだ。

まるで女子。

映画に出てくるような可愛い女の子の泣き顔

ドキンっ。胸が1回跳ね上がった。

なぜだ。

胸に手を当て心臓を探る。

すると、暴走列車のように止まらない速さで心臓が高鳴っていく

こんな事は初めてで、二人に悟られないように胸を抑え込んだ。

だから男だってことを自覚をさせようと、荒い言葉をかけてしまった。

ファンが庇っていたが、絶対にあの涙はレモンじゃない。

それに、誰がいても必ずオレの傍にいて、オレの言う事を聞いていたチェギョンなのに。

ケーキを仕上げるからって、ファンと一緒にさせるのがなんか嫌で、オレの傍にいさせようとしたのにアイツはオレの側には来なかった。

自分専用の椅子に座り一人苛立っていると、キッチンの方から二人の声が聞こえる。

わざとおどけるファンの声がする。それに笑っていチェギョンの声

アイツは声変わりしないのか?ちょっと掠れた声で、高1だろう?もうそろそろしても良いのに。

二人の笑い声に、苛立つ。

このキモチはなんだ?

初めてのキモチに戸惑っていると、ケーキを持ってきたチェギョンとファン。

チェギョンの泣き腫らし真っ赤だった頬はピンクへと変わっていたが、艶やかに光り輝く

眩しい・・。

眩しさに目を細めていると

「シン。眩しいの?」ファンがダウンライトを指差し不思議がる

「嫌、何でもない」この事を悟られなくて目を反らした。

「そんなに明るくないのにね。」

ファンは、テキパキとケーキにナイフを差し入れゆっくりと切り離した。

「わー!」嬉しそうなチェギョンの顔はずーっとファンの方を向いてる。

「ファン兄貴、早く早く。」パタパタとテーブルを叩く。

「チェギョン、子供じゃあるまいし。」苦笑いをしながら。切り込んでいく

「あれ?カット数が多いよ。」

「あー、インとギョンも呼んだんだ。もう少ししたら到着だってラインが着た。良いだろう?シン?」ニコリと笑う

最近木曜日はチェギョンと二人っきりの部屋なのに、ギョンなんか来たら絶対にうるさいじゃないか。

そう思っていたが口から出た言葉は「もう呼んだんだろう?」フンッ。と機嫌が悪くなる

ムスッとして、差し出されたケーキを見つめる

瑞々しく光り輝くオレンジケーキ、フォークをゆっくりと差し入れると鼻に漂うオレンジの香り

甘いけど最後に酸味が残るオレンジは、まるで大人になる一歩手前のチェギョンのようだ

しみじみとケーキを見つめていると、視線を感じて振り向くと

さっきまでの涙が止まり、オレとファンの後から食べようとウズウズとしている姿に、オイオイさっき泣いてたじゃないかーと呆れる

目元と鼻がまだ赤く染まり、輝くピンクの頬。

チラリとチェギョンを見てしまっただけなのに

「シン、見惚れていないで早くオレンジケーキ食べなよ。お預け状態のチェギョンから涎が落ちそうだよ。」ファンが笑う。

「は?誰に見惚れているって?」ファンを見た筈なのに、チェギョンと顔が合う。

お互いの目線が合い時間が止まる

チェギョンの猫みたいな瞳に吸い寄せられ、周りの風景、ファンが見えなくなくなる。

オレの目の前にはチェギョンしかいない

オレを見上げる澄み切った眩しい目は、まっすぐにオレを見続ける。

目が離せない

何時も髪の毛が輝ていたが、今はチェギョン全体がキラキラと眩しい。

キラキラと眩しいチェギョンは男なんだぞと理解していても、目がチェギョンに吸い込まれていく

時の止まっていたオレを呼ぶ声がする

「シン兄貴、シン兄貴ー。」小さい声は段々デカくなる

ハッと我に返り目の焦点を合わせると、ファンとチェギョンが変な顔でオレの事を見ていた

「大丈夫?」二人共オレを気遣う

「ボーッとボクを見続けるから、ボクは涎なんか出てないからね。」

口元を隠しながら言う

その仕草が可愛い。

自然に出た言葉に、ハッと驚く。

可愛いってお前ー、男になに言ってる。

オレンジケーキを食べたがっている奴は男なんだぞ!急にオレは頬を両手でバシバシと叩く

「シン!」「シン兄貴!」急に頬を叩いたオレの姿に二人は驚く

チェギョンがキラキラと眩しいのは、きっとまだ寝ぼけているせいだと思って、頬を叩いたのに。

コイツはまだキラキラと光っていた。

ドキンっ。

さっきと同じように心臓が高鳴り、胸元をギュッと掴む

「何でもない、大丈夫だ。さっさとケーキを食べろよ。」

高鳴る心臓を抑えながら平気に振りをした。

「本当か?」ファンは怪しがり、チェギョンも心配そうに見る

「気にするなよ。」キラキラとオレンジに輝くケーキを一気に口に頬張った

口の中に広がるオレンジの香りと食感にとろけそうになる

何とも言えない甘さと皮の苦さの混合に体が喜びの声を上げていく

あーっ、なんて美味いケーキなんだ。

横目でチェギョンを見ると、大きな口を開けてケーキを頬ばって満足そうな顔

何て美味しそうに食べるんだ。

二口目を口に入れて、ケーキを味わっているとヒョリンを思い出した

彼女はダイエットに響くからと言って、甘いものを一切取らずにいた

バレエで鍛え抜かれた体は鋼のように固く、抱きしめても標準よりも痩せているオレとは溶け合う事がなかった。

彼女とオレは高校の時にインの紹介で初めて出会った。

母上のように綺麗で頭の良い彼女は、イマドキの女子のように騒がずオレの傍に控え目に寄り添い、いつの間にか付き合いだした。

お互い忙しく学校の休み時間や、外の書店で待ち合わせそのままホテルに。

何年も付き合う内に彼女との結婚を意識し始める。

親が連れて来た家柄が良く整形女より、断然気心が知れたヒョリンが良い。

お互いの性格を知り尽くし、一緒にいても苦痛にならない完璧な女

高校を卒業した時に、両親への先手でヒョリンを会せた。

両親みたく親同士が決めた冷え切った結婚ではなく、ちゃんと好きな女と結婚する

彼女もオレの気持ちに応えてくれ、バレエで有名になりオレと釣り合うようになってから結婚をしたいとハッキリと言ってくれた。

それからの彼女は、一つのステップを覚えていく為に極度な練習を重ね、賞をいくつか貰い上を目指すたびにオレとの時間は無くなり、オレの為にバレエを励む彼女は、とうとうオレを置いて留学をしてしまった。

ヒョリン、声を聞きたくてももうそっちは真夜中だ。

同じソウルに居た時でさえ直ぐには会えなかったが、今は時差と距離が二人の間を離れさせていく

旅立つ彼女に伝えた言葉「待ってる。」その言葉には嘘はなかった。

電話で話す時も「心は傍にいる」彼女に向けていた言葉は自分への警告だった。

離れていることがこんなに恐ろしく脆い事だとは知らなかった。

如何して、行きたいという時に引き留めなかったんだろう。

どうして…色んな事が咎められる。

ケーキを食べようとフォークを握りしめたまま動きが止まっていると

「シン兄貴、なに?」チェギョンの声がした。

「呼んでないぞ。」

「ファン兄貴、シン兄貴は、ボクの事呼んだよね?」今ヒョリンの事考えてたんだ、呼ぶわけないだろう

「うん。確実に呼んだよ。」ファンも頷く

「?」マジか。無意識にチェギョンの事を呼んでしまった。

「で、なに?」素直な目は真っすぐにオレを見る。

名前を呼ぶと直ぐに答えてくれる、こんな小さな事に温まってしまう。それを気がつかれたくなく、咄嗟に目を反らし「何でもない」小さな声は二人に聞こえたか分からない。

「オイ。俺達の分残ってるんだよなー。」突然ギョンの大きな声が部屋に響いた。

「もー―っ、ギョンの声五月蠅過ぎ!」

ファンに注意されてもお構いなしなギョンは大きな紙袋を持ち、インも同じくらいの紙袋を持ってきた

「なんだその荷物は?」さっきの事から話を変えようと、ギョンの荷物に話を変える。

「大学のクリスマスパーティー用の衣装買って来たぞ。」

言われてみればウィッグが見える

「もう来週だろう?準備は万端だ。」紙袋から色々なモノを取り出す

長い髪の毛のウィッグはカラフルな4色が並び、ワンピースも色を合わせて並ぶ

「これはヤバイなー。」オレの眉間に皺が寄る

「えっ?こんなの着れないよー」ファンが悲痛な声を上げる。もちろんオレも同じだ

「何言ってるんだ―、パーティーは弾けないとな!」自分の頭にウィッグを被せニヤリと笑う

ギョンの姿を見て、顔が引き攣ってしまう…恐ろしい。

「ほらっ、男だろうが女子になりきる!毛は剃りたかったら、剃ってもいいぞ。俺は完璧を求めるから全身脱毛しに行く!」

鼻息も荒くワンピースを男子特有の体に当ててる。

「全身脱毛?男子も?」チェギョンが妙な顔でワンピースを見ている。

「今の男子は、毛のお手入れを欠かせない。ブラジリアンワックスであらゆる毛を処理するんだ。大事な所もな。」ニヤリと笑う。

「綺麗なおねーさんに恥ずかしい所まで全部見られるんだぞー。」ニヤニヤなギョン。

「オイ、止めろよ。お子ちゃまが真っ赤になってる。」インがギョンの肩を叩く。

「大丈夫だろ?男は色んな事を先輩から教わって大人になっていくんだから、こんな事くらい何ともないだろう?」

戯けながら自分の被っていたウィッグを外して、チェギョンに被せた。

一瞬のうちにチェギョンを覆った栗色のロングヘアー。

オレ達の息が止まった

何て言う可愛さ、これをどうやって表現したらいいのか、言葉が見つからない

色々な本を読み続け、映画を見続け言葉には不自由していないと勝手に思っていたのに、まさか言葉に表せないほどの驚きに襲われている

目がチェギョンから離れられない。

数秒な筈なのに長い間時が止まっているかのようだ。

空気を吸うのを忘れて苦しくなり、慌てて大きく吸い上げたら、ようやくオレの思考回路が動き出た


自然に出て来た言葉は、man meets boy

男が男に恋に堕ちた。

もうお手上げだ

彼女のヒョリンにも感じた事のない衝撃。

欲しい。

男のチェギョンを丸ごと全て欲しい。血がグラグラと騒ぐ

体の隅々まで熱い血が行き渡り熱い、熱い。どんな女にも負けないくらいの可愛いチェギョンを見続けて外は寒いのにオレの身体は燃え滾る

ヒョリンとの穏やかな気持ちを恋だとずーっと勘違いしていた、これが好きと言う本当の感情なんだ。

あのソウルタワーで出会った少年は、オレに本物の恋するキモチを教えてくれた。

禁断な恋はきっと皆に受け入れて貰えない、ましてやチェギョンにも。

どうする自分?お前には両親にも合わせたヒョリンがいるんだぞ。

初めて知った本物のキモチに蓋をしてヒョリンを選び、オレの両親のように愛のない人生を送るのか?

全てを捨ててまで掛けれるキモチなのか?

自問自答している間に、インとファンは慌てウィッグを被っていたチェギョンを隠した。

ギョンはチェギョンを見つめたまま、あんぐりと口を開けたままだ

「ギョン。僕達のお遊び用をチェギョンに被せちゃいけないよ。」アハハッと笑う。

「チェギョン・・お前・・。」

ギョン、お前まさか―っチェギョンに告白するつもりじゃないだろうな!ギロリとギョンを睨むと

「ガンヒョンは女みたいな男が好きなんだな!よし!ブラジリアンワックスで脱毛して、可愛くなれるようにエステにも通う。」右手で握り拳を作る

オレ、イン、ファンの顔が呆れる

元々お前は男顔だから何しても、女みたいな顔にならないんだよ・・と忠告してやりたいが、メラメラと燃え上がっているギョンをほっといた。

ファンとインの後ろに隠れて、何度も短い髪の毛をグチャグチャと搔き乱しているチェギョン

オレは無意識にチェギョンの傍に寄り

「お前の綺麗な髪の毛が痛む」グシャグシャと動かしている手をガッチリと止めた

見上げる顔は驚き、もっともっと赤く染まっていく。

まったく可愛すぎてたまらん。

「もーっ、遅くなるからボクは帰るね」

オレの手から無理矢理抜け出した白くて細い手首。

慌てて捕まえようと伸ばした手は宙を切る。

バタンっ。大きな音はチェギョンがこの部屋から消えた証拠

「シン、チェギョンが帰っちゃったじゃないかー。」ファンが膨れる

フンっ。

オレは知らない振りで椅子に座り、残りのケーキを食べ始めた。

チェギョンのように眩しいオレンジケーキを一口一口ゆっくりと味わった。