私も追いかけて行こうとしたらカチャッと扉が開いた

「ファンさん。」

木曜日に誰かが来るなんて中々なかったので驚いてしまった

「そっかーっ。今日は勉強の日だったんだね。」

ファンさんの手には紙のバックがあった。

「明日用のお菓子の材料と準備しに来たんだ」

「えーーっ!いいなー。明日はバイトがあるからここに来れないけど、ケーキ!ケーキ!」パタパタとはしゃぐ私を見てシン兄貴の眉間に皺が寄る

「チェギョン、はしゃぐな。」

「シン兄貴。ファン兄貴の作るケーキは絶品なの知ってるだろう?」

食べれないけど、大好きなケーキなのでテンションが高くなる

「じゃあ、僕はキッチンを借りるよ。」私もファンさんの後を追う

キッチンの天板に材料を取り出し並べていると

「オレンジ?」

オレンジを1個取り、クンクン香りを嗅ぐ

「そっ、オレンジケーキなんだ。今日はオレンジのコンフィを作っておくんだ。」

このキッチンの道具が何処に入っているか把握しているファンさんはテキパキと動作に

私は「すっごーい!ファン兄貴ってもうプロになれるよ。」

オレンジを切り始めたファン兄貴を見上げる

「そうだねー。パティシエになりたいね。」

ファン兄貴の家は有名な財閥な為、跡取りのファン兄貴は家を継がないといけなかった。

「なれるよ!」自信たっぷりと言う

「クスクス。チェギョン、どうもね。夢は必ず叶う。」ニッコリと笑う。

「何見つめ合ってるんだ?」キッチンに現れたシン兄貴、目つきが怖い。

「え?何も?」ファン兄貴がニヤつく

「何でもないよ。」私も同意する。

「なんだ二人共。」

睨みつけられる私達は、それでも知らないふりを通そうとしたら。

「さっさと来い!」

私の手を取りあっという間にリビングに連れていかれた。

「シン兄貴!」無理矢理掴まれた指先指先が痛い。

「痛いよ。」

凄い強さで握られた指は赤く染まり、シン兄貴がオトコというのを改めて感じた。

「なんだお前、オトコならこの位。」私の指を見てハッとする。

「真っ赤だ。お前の肌が白いから、益々赤く見える。」

私の指を摩り「済まなかった。」

申し訳なさそうな声に「大丈夫だよ。ただビックリしただけ。」

改めて謝るとは思わなかったので、こっちが慌ててしまう。

「何やってるのさー。チェギョンどうしたの?」リビングに入ってきたファンさん。

諸事情を聞いたファンさんは溜息をつきながら

「まったくー、チェギョンはまだ体から成長期なんだから気をつけてあげないとー。」

私の指をチラチラと見ながら言う。

「分かったよ。」シン兄貴は素直にファンさんは驚く。

「シンが珍しいね。」興味満々でシン兄貴を見上げる。

「なんだ?何時もと変わらないそ。」居心地が悪そう。

「ふーん。じゃあ、僕はケーキ作るよ。」キッチンに戻ろうとするファン兄貴。

「えっ?今日作るの?明日じゃ?っ」

「明日はチェギョンが来れないみたいだから、今作って食べようかと思って。」

「本当??」私の目が輝く

「 あぁッちょっと時間が掛かるけど、チェギョンが手伝ってくれたらスピードアップだ。」イタズラしそうな顔で笑う。

「チェギョン、頑張ります!じゃあっ、ママに少し遅くなるってラインしておきます。」私は直ぐに携帯を出して打ち込んだ

「シン兄貴、ファン兄貴のケーキ作り手伝っても良い?」

キッチンから顔を出して聞いた。

「仕方ない。」傍にあった映画の雑誌を開き始めた

「シン兄貴、ありがとうー!」

ファン兄貴とケーキ作りに夢中になり、すっかりシン兄貴のことを忘れて

「よし、後はオーブンで焼くだけだよ。」

スポンジの上に乗せるオレンジのコンヒィの準備は出来ているので、オーブンの蓋を閉じて、二人でハイタッチをした。

「あっシン兄貴に教えてくる。」

パタパタとリビングに行くと、一人掛けのソファーで寝ているシン兄貴がいた。

「シン兄貴。」

小さな呟きはこの部屋に響いた。

椅子に綺麗に座りながらスースーと寝ている姿に、私の頬がだんだん熱くなっていく。

側まで寄り、静かに跪いた。

見上げる先には、シン兄貴の顔がある。

ジーッとただ見つめていると何かを言っているのが聞こえる。

耳に集中して、なんとか聞き取ろうとしたがやはり聞こえない。

「シンおにーさん。本当はこう呼びたい。」

この家の中じゃ、シン兄貴としか呼ばないので、辛い。

ジワジワと涙が出てきたが、グッと堪えてカレを見る。

そんな時にハッキリと寝言が聞こえた。

「ヒョリン。」

反射的に立ち上がり、顔が強張る。

この人には結婚を前提に付き合っている人がいる。

私なんか1ミリも入る隙間なんかないのに、何を期待してるんだ。

テディベア愛好会に入らせてもらい(強制的だが)、木曜日には勉強を見て貰い、ちょっとだけ自分が特別と思っていた。

諦めなきゃてっ、本当は何度も思っている、でも。

「チェギョン。」私を呼ぶ声に振り向くと

ファン兄貴が立っていた。

「ダメだよ。キミのキモチは駄々洩れだよ。憧れから本気になってきているね?それをシンに言ってはダメだよ。」

何時もニコニコしている顔じゃなく真剣な顔<

「チェギョン、こっちへ。」私の手を握り、キッチンに戻った。

ファン兄貴は私をジーッと見つめていたが

「シンの彼女は皇太子の妃に見合う立場になろうと必死にバレエを頑張っている。そしてそれをシンは応援しているんだ。そんな二人の間に入り込んだらダメだ。」

私の奥底に何とか眠らせようとしているシン兄貴への想いを言い当てられ、顔がどんどん真っ赤になっていく

「知り合ってまだ日が浅いが、僕は君の事を可愛い妹のように思っている。そんな可愛い妹に辛い恋をさせたくない。だから、さっさとシンの事は諦めた方が良い。」

私は何も言えずに俯いたまま両手をギュと握る。

「まだ間に合う。二人きりの勉強会はもう止めて、みんながいる時に来れば良い。」

「ファンにーさん。」

真っ赤な顔でファンさんを見下ろす。

「やっぱりシンとギョンには自分が女って事を言った方が良いよ。」

優しい口調にジワーッと溢れでる。

暫く黙っていた私は口をようやく開いた。

「ううん。男としてここに通うよ。」

涙が零れそうになりギュッと堪える

「辛いよ。大丈夫かい?」

「うん。シン兄さんを見れれば良い。」

零れそうな涙を必死に堪えながら、迷いのない答えをファン兄さんに伝えた。

「君は本当にシンのことが好きになっちゃったんだね。まったくー、可愛い妹を応援してあげたいけど、この恋だけはダメだからね。」

ファンにーさんは私の頭を撫でようとしたが、私は咄嗟に手を頭に乗せた。

ファンにーさんがえっ?という顔をする

「ごめんなさい、ここは特別な所なの。」

溜まっていた涙が零れ落ち止まらなくなる。

「シンが良く君の頭撫で撫でしてたよねー。人を好きになり、その人が自分と同じ気持ちになって貰える確率は凄く低い。片思いは辛いね。」

優しく笑ってくれるファンにーさんの言葉に涙は止まらない。

「お前達何してるんだ?」

いつもより低い声がリビングからやって来たシン兄貴

二人でシン兄貴を見て慌てる。

「チェギョンはなぜ泣いているんだ?」眉を寄せ疑う目で私達の言葉を待つ。

まさか、本人を目の前にして本当の事を言える訳もなくオドオドとしていたら。

「チェギョンがそこにあるレモンを食べたんだ。もう酸っぱ過ぎで涙ボロボロだよー。」ファンにーさんのナイスフォロー。

「レモンで泣くのか?」益々怪しい顔で見る

「チェギョンはまだまだ思春期だからねー。色々なことで情緒不安定なんだよ」

ニコニコと笑う

「ふーん。」怪しい顔をしながらも、声は頷く

私は一生懸命涙を堪え「シン兄貴、もう大丈夫。」涙を堪えながら笑った。

「お前、男なんだから人前では泣くなよ。」

シン兄貴の言った何気ない言葉に、グサッと心臓に何かが刺さったみたいな感覚、それでも私はシン兄貴に言わないといけない

「僕は男だから、もう泣かない。」

腰に手を当てて胸を張った

「当たり前だ。」私の頭を撫でようとした時に

「まーまー、そこまでにしてオレンジケーキのスポンジも焼けたから、もう完成させるよ。チェギョンは手伝って。シンはリビングで待ってて」

ファンさんがオーブンの扉を開ける

キッチンに広がる甘いスポンジの焼けた香りが広がる

「わー―っ、美味しそうな匂い。」私とファンさんが見合わせ喜んでいると

「チェギョン、ケーキはファンに任せて。」

シン兄貴の声が聞こえないという感じにケーキを仕上げていると

シン兄貴は不機嫌な顔でリビングに戻って行った

「チェギョン、良いのかい?」

ファンさんがオレンジのコンフィの入ったボウルを待ち上げた。

「良いんだよ。だって僕はもうここでは男だからねー。」泣き止んだ目は腫れぼったさを感じる。

「キミって子はーっ。」

ボウルからオレンジのコンフィをゆっくりとスポンジにめがけて流し込んでいく

「こんな時には甘いケーキをいっぱい食べたほうがイイ。」

瑞々しく光るコンフィがスポンジを覆い隠していく

キラキラと光り輝くオレンジに、腫れぼったい目でさえも眩しく感じた。