「いらっしゃいませ。」

営業スマイルを絶やさずに、バイトの時間を過ごしていた私は、1組のカップルを見かけた。

男のチャラそうな格好と顔に虫唾が走る。そしてイチャイチャしながら、お互いの体を触りまくっているケバイ女には、もっと嫌悪感を抱いた。

あー、頭の悪そうなカップル。なるだけ関わらないようにしよっと。

カップル達から離れ、レジの奥の方に隠れた。

もう1人のバイトの子が、突然商品のバックヤードに逃げ込んできた。

「ガンヒョン助けてー!」泣きそうな顔。

「どうしたのよ?」彼女を受け止めながらあやす。

「あのバカカップルがー、しつこいの!あのテディベアの限定品、売れ切れてしまってもう在庫はないって何度も言ってるのにー。金は幾らでも払うから、今すぐ持ってこいって。」顔が真っ赤だ。

「あー、あのカップルね。」あーあっ、やっぱり関わってしまった。

「私が代わりに行くわ。」

あんな迷惑な客なんて、このフロアの担当者を、呼ぶ程ではない。

バックヤードの扉を開けて、闘いに挑んだ。





「だから、何度も申し上げておりますように、これは限定品なものでもう此処では販売しておりません。」もう何十回目の謝りなんだ。

私は笑顔を絶やさず、バカップルを見た。

あーっマジでこいつらーxxxx。

「俺もさーっ、アンタに何度も言ってるけど、これが欲しいだって!直ぐに持ってこないと、オヤジに頼んでアンタの事クビにしちゃうよー。」イチャイチャしながら、イヤーな顔で私を見下した。

ブチっ!

私の滅多に切れない理性の太い線が切れる音がした。

「こっちが下手に出ているのにー。いつまでも同じ事、終いにはオヤジの権力で私をクビにするって、したいのならしろ!マジで最低野郎だわ!」

私の右ストレートが、チャラ男の左頬にめり込む。

よろけて尻餅をついてしまった男は私を見上げる。

傍にいた彼女は男に縋り付き「ギョン!大丈夫?」

見下す私をポカーンと見上げる男の名前はギョンと言うみたいだ。

ふん、そんな名前関係ないから、忘れようと。

「良い?私より大人なんだから、子供みたいな態度で困らせるな。」

見上げている男を指差した。

「では、失礼しました。」形式上のお辞儀をしながら、バックヤードに戻った。

側で心配そうにみていたさっきの人が私の後についてくる。

「ガンヒョン!お客の頬殴るなんて!」平気な私と正反対に真っ青な彼女。

「あんな迷惑な客なんか要らないわよ。私はバイトなの、辞めさせられたら次の所を探すだけよ。」

バックヤードのパソコンの前に座り、今日の商品の管理を打ち込んだ。

「でもね、ガンヒョン。やっぱり顔を殴ったのはまずいんじゃない?」

私の傍に立ち覗き込んできた。

カタカタとパソコンを打ちながら・・暫く黙っていたが

「分かったって!謝ってくれば良いんでしょう?」仕方なく立ち上がった。




辺りをキョロキョロ見渡していると、何やら話し声がする方向に歩いていくと

「ギョン、大丈夫なの?さっきからボーッとしてるよ。さっさと行こう。」

あの女に引っ張ってもらい立たされそうな男。

それでも動けずに座ったまま

「もー、さっきの女のせいでギョンがおかしくなっちゃったー。あの女に慰謝料貰わないと。」

引っ張りながら文句を言っている時に私は近づいた。

「すみません!さっきは我慢できずに、頬を殴ってしまい、どうもすみませんでした。」深々と謝る。

「私の一存でやった事なので、会社の方は全く責任がないので訴えないでください。
代わりに、私、イ・ガンヒョンがここのバイトを辞めますので、それで許してください。」頭を下げたまま言っていると

女がうるさく騒いでいたが、男の言葉にピタっと止まる。

男はマジマジと私の顔を見つめる。

「なんて、綺麗なんだ。そして、アンタのパンチにやられた。」

両頬を、ギュッと大きな手で押さえ込まれて

「白鳥、白鳥みたいに綺麗だ。俺、嫌、僕の嫁になって下さい!」真剣な言葉

ヤバイよ。この人の目から、キラキラビームがバシバシ出てるー。

ヤバイって!

ほら、隣の彼女も驚きすぎて、目が見開いてるよ。

誰か、誰かー、

「チェギョン、助けてー!」

「チェギョンって?彼氏がいるの?」パッと離れた手。

私は、これ以上触られないようにこの男から離れた。

「いるわよ!チェギョンって言うカッコイイ彼氏が!」許して、チェギョン!

彼氏がいるって事を言えば何とか諦めてくれるだろうと、咄嗟に言ってしまった。

「彼氏がいるのか~、嘘かもしれないから会わせてくれ!」

又私に触ろうとしたので、さっと避けた。

「会ったら諦めてくれる?」

「見てから決める。とにかく会わないと。」

「じゃあ、直ぐに会いましょう!」これ以上変な事に巻き込まれたくないので、さっさと終わってしまおうと明日の予約を入れた。

チェギョン、ゴメン!

「じゃあ、白鳥。明日又会いに来るよ。」

頬を染め、キラキラした目で見つめてきたが、私は咄嗟に避けた。

ギョンと呼ばれた男は彼女を置いて、さっさとこのフロアから行ってしまい、彼女さんは後ろからギャーギャーと叫んで追いかけて行った。

私は、携帯を取り出し、チェギョンに緊急ラインを送った。

「長い話があるから、叔母さんに帰りは遅くなるって連絡して。」








「で、話の内容は分かったけど。全くー!」

ソウルタワーの公園で話しこむ私達の息は白い

「ガンヒョンの為なら何でもするよって、普段から言ってたけど、まさか男役をやるとは!」呆れながらも笑うチェギョン。

あー、なんて可愛い顔なんだろうねー!

cuteと言う単語は、この子の為にあるかもしれない。

ずーっとチェギョンのことを見ていたが、最近何か違和感を感じる。

少し前の夜の時からなんだよねー。

何度聞いても何でもないよ。って笑うばかり。

何かがね・・何だろう説明できないけど、彼女が変わった事だけが分かる。

「明日の仕事始まる前に、ガンヒョンのフロアに行けばいいのね。」

「うん。彼氏の振りをしてくれるだけで、良いからね。」

手を合わせてお願いのポーズをとる。

「分かったって。普段から皆から男―って言われてるから、大丈夫だって。」

クスクス笑う。

「ありがとうね。」チェギョンの手を握って、何度もありがとうを連発した。



「シンーーーー!!」

ようやく見つけた男に飛びついた俺。

「なんだ?」その落ち着いた態度、お前本当に俺と同い年なのか?

「なーなー、助けてくれよー。俺昨日、運命の白鳥に出会ったんだ。」

「で。」


「すっごい綺麗で、白鳥の様な姿なんだー。」思い出すだけで、ニヤニヤしてしまう。

「お前には、確か今年11番目の彼女がいたよな?」

「思い出させるなよ~、別れるに大変だった。昨日の夜にちゃんと別れた。」

「その頬は11番目の女のプレゼントか?」

「嫌、白鳥から叩かれた。」叩かれた頬を大事そうに、手で覆う。

シンが不思議そうな顔で俺を見る。

「そう言えば、ギョンってM体質だったな。」呆れた顔。

「白鳥の一撃で俺は目を覚ましたんだ。もうチャラチャラした生活をやめて、ちゃんと白鳥に気に入って貰える男になろうと思う。」ギュッと握り拳を作る。

「ふーん。じゃぁーッ、そのチャラチャラした髪と服装を変えるんだな。」

ジロジロと俺の格好を見る。

脱色した髪の毛に、腕にも首にもジャラジャラ全てがブランドなので総額はかなり高い。

「そっかー、このままだと又嫌われてしまうから、美容院に行って服買わないと!」

慌てて携帯を取り出し、何時もの行きつけの番号を呼び出す。

じゃあなっと行こうとしたのを、ギュッと掴んだ。

「まだ話は終わってないぞ!」

「何だ?まだあるのか?これからヒョリンにLINEするから早めにしろ。」ムスッと怒る。

「ヒョリンが留学でパリに行ってしまったのに、真面目だねー。彼女がいないから遊ぶのは、いまのうちなのになー。」

「ヒョリンとは高校からの付き合いだ。いないからって遊ぶわけないだろう。」

「まー、俺も今日から心を入れ替えたから、白鳥一筋だ!周りのどんな綺麗なナイスボディーがいても見向きはしないぞ!って、話が逸れてるー。

だからシンに頼みたいことがあるんだ。

白鳥に彼氏がいるみたいだから、俺の方が良い男だって、猛アピールしてくれないか?」

「は?男がいる女なのか?止めとけよ。」

「運命の相手なんだ!絶対に俺の嫁にしたいんだー。」

俺の必死の頼みに仕方なく付き添ってやるよ。と渋々頷いてくれたシン。

シンと別れた俺は、午後の授業の部屋に向かう。

親友のシンは、この国の皇太子だ。

幼稚園の頃からの親友で、後イン、ファンと四人でつるんで、後秘密の同盟も作っている。

皇太子という重荷を背負っているシンには、高校の時からの彼女がいた。

二人は派手に付き合うわけでもなく、熟年の夫婦のような関係を保っていた。

お互いの事を知り尽くしている二人は、お互いの事を思いやり甘えない。

俺だったら、反対に疲れるだろなー。

毎日好きだとか、愛してるとか、ちゃんと言葉で示してほしい。

白鳥の姿を思い出し、白鳥が俺の事を好きって言ってくれるのを、想像して悶絶する。

あー、なんて綺麗なんだー。

早く白鳥に会いたいなー。と早めに着いた教室でジタバタと暴れていた。








この日の夕方の待ち合わせの時間、白鳥の彼氏に会う為に、ソウルタワーにシンと一緒に行こうとしたのに教授に質問があるから先に行ってろと言われ、仕方なく一人で来た。

授業を途中で抜け出し、行きつけの美容院とセレクトショップに駆け込んだ。

どうよ!どっから見ても、俺ってイケメンだな。鏡に映った俺の姿に惚れ惚れとする。

黒髪に、キッチリとしたトラディショナルな服。

さっきまでのチャラい俺はもうご卒業だぜ!

何度も鏡チェックをしていたら、時間に現れた白鳥と彼氏を見て「えっ?彼氏?」俺の目が点になる。

「そうだよ。僕がガンヒョンの彼氏だ。」髪の毛が異常に綺麗な輝きで、白い肌にこのぷっくりした唇の可愛い顔をした女?

ビックリし過ぎて、何も言えなかったが。

「お前、女じゃないのか?」疑いの言葉を聞く。

「れっきとした男だ。だから、僕の彼女に手を出さないで下さい。」キッと睨まられた。

「お前年いくつだ?」怪しい。

「ガンヒョンと同い年の!16才だ!」

嫌々、16で変声期をしていないって、どうよ?って疑うともう一つの重要な

「え?白鳥ー!16才なのか?」

まさか俺と同じか、年上位と思っていたが、16才でこの美しさ、奇跡だ。

「言いたい事は大体判るわよ!何時も20才過ぎに見られるわ!」

フン!と鼻息も荒く腕を組んで、ご機嫌斜めになってしまった。

「だから、大人の貴方とは、付き合えません!って言うか、彼氏がいるから無理!」

ギュッと二人で腕を組み合う。

まるで仲良し女子みたいな二人。

だけど、こいつが男だって言うんだ、白鳥の言う事を信じるしかないなー。

携帯のLINEの音が鳴った。

ラインを開くと、シンからだった。

「どこに行けば良い?」ここの場所を書き込みシンを待つ。

「今から俺の親友が来くるから、待ってて。」

立ち話をしている所に、シンがやって来た。

「シン!ここだ。」手を振りこっちに誘う。

お互い背がデカいので、直ぐに分かってしまう。

探していた目線が俺の姿を見つけ、ゆっくりとこっちに近づいてくる。

「すまない、遅くなったな。」シンが謝りながらオレの隣に並びサングラスを外した。

大学の外では出来るだけサングラスをかけているシンだが、今は俺の為にサングラスを外してくれている。

ガンヒョンの彼氏の顔が、変わった。

「おやっ?お前は?」シンが呟いた

「何?知り合いか?」シンを突っついてみる。

「うーん。知り合いだな?」彼氏を見て相槌を待っている。

彼氏は真っ赤になり、そわそわと髪の毛をしきりに引っ張っていた

「オイ、そんなに引っ張ったら綺麗な髪がグチャグチャになるだろう?」

彼氏の手をギュッと掴んだ

「なんだ?お前。手まで女のように綺麗だな。」クスクスと笑うシン。

シンが笑ってる・・珍しい。

彼氏はバッとシンの手から、自分の手を引き抜き後ろに隠した

「チェっ、チェギョン!どうしたのよ?」おかしな行動の彼氏を白鳥が心配する。

「何でもないよ。」絞り出したような声は、か細い。

「どうしたんだー?」あっ、そうかー韓国の皇太子が目の前に現れたんだから緊張するよなー。

それにしても、肌が白いから頬の赤さが異常に判る。

「久し振りだな、まさかこんなところで、それにお前に彼女がいるとは、ビックリだ。」クスクス又笑う。

「二人とも知り合いなんだな。」俺の口から、へーと言う呟きが出た。

「俺達に内緒で、こんな可愛い男子とお友達になってるんだ?」と、冷やかす。

「ちょっとヒョリンの事で、世話になったんだ。なー。」

その言葉はガンヒョンの彼氏の言葉と重なってしまい聞こえずらかった。

「僕は、女によく見間違えられるけど、ガンヒョンのれっきとした彼氏なんだ。だから、僕の彼女にちょっかい出すのは、やめて下さい!」

震える声で言い放ったガンヒョンの彼氏は、白鳥の手を取り走り出そうとしたのを。

シンが止めた。

「お前の相棒は元気か?」ガンヒョンの彼氏の顔を見て、ニヤリと笑う。

又真っ赤になり「元気です。」おいおい、まだ緊張してるのか?声がまだ震えている

「そっかー、お前とはよく会うな。これも何かの縁だ。お前にこれやるよ。」

彼氏の手を掴んだまま、左ポケットからあるものを出した。

「オイ!シン!それは俺達の同盟の鍵!」

「お前にやるよ。」それは丁寧な作りの鍵だった。

掴んでいた彼氏の手の平に、鍵を置き、ギュッと握らせた。

「オレとギョンと、ここには居ないイン、ファン四人で使っている家の合鍵だ。お前も相棒を連れて来い。あっ、そこは女子禁止だから、彼女を連れ込んだらダメだからな。」ニヤリと笑い、手は離された。

ガンヒョンの彼氏の眉毛がギューッと困った風になり「要らない!」弱く呟く。

「オレがあげたのを返す事は、許されない。」自信満々な声に、益々顔が赤くなる。

住所を言い「明日は、日曜日だ。待ってるから。」

「行かない!」

彼氏は白鳥の手を取り走って行ってしまった。


「オイ!シン、お前の鍵渡したら、お前どうすんだよ!」

あの鍵は俺達四人の活動する家だぞ!今まで、誰にも鍵なんかやった事なかったのに。

「ギョンの貸せよ。鍵作るから。」シンは携帯を出し「あっコン内官。至急合鍵作って欲しいので、帰ったら宜しくお願いします。」直ぐに電話は切られた。

シンに出せよと手を出されて、仕方なく俺の鍵を出した。

「お前、イン達にどう説明するんだよ。」

「大丈夫だ。アイツは幼いくせにちゃんとしてるし、オレ達の同士だ!」

ニヤリと笑った顔は、何時もより幼く見えた。

「お前嬉しそうだなー。」

「アイツ可愛いだろう?弟がいたらあんな感じなのかなー?あんな女みたいなのに、彼女がいるとはな。それもギョンが狙っている女だとは・・お前諦めてやれよ。」

バシッと背中を叩かれた。

「シー―ン!頼むよ。そう言えば俺の事を彼女にアピールして欲しくて呼んだのに、全然違ったじゃないかー!」

プンプン怒っている俺に「諦めろって。16才と付き合うなんて犯罪だぞ。」

アハハ八とサングラスを掛けながら手を振って行ってしまった。






冬の屋上に出た。

今日は雪が降っていないのに、凍える寒さだ。

人も数えるほどしかいない。

オレは目的の場所まで、一気に小走りで行った。

そこには無数の南京錠が下がっていた。

掻き分けて中に下がっている赤いハートの南京錠を取り出した。

そこには、オレの名前とヒョリンの名前が書いてあった。

オレをソウルに置いて、半年間の留学に行ってしまったオレの彼女。

彼女はバレエで有名になり、オレの傍にいれるようになりたいのと必死にバレエを頑張っている。

そんなバレエで忙しい彼女と、公務の合間を抜け出したオレの短い時間のデート。

二人でこの鍵を買ったのは、冬が来る前だった。

何時もはオレに甘えない彼女が留学する前に、これだけはお願いと頼み込まれたソウルタワーでの南京錠。

「二人の愛が続きますように」彼女が笑いながら書き込んだ。

こんな物より、一回でも多くのキスをした方がキモチが伝わるのにな。

長い付き合いの彼女とはいずれ時が来れば・・結婚を・・そう考えている時に

オレ達の南京錠の鍵が外れて下に落ちてしまった。

「!!」この間付けたばかりだぞ、何で落ちたんだ?ソウルの寒さに鍵がやられてしまったのか?

オレは、外れて下の落ちてしまった南京錠を持ち上げ

「そうだな、きっと寒さで鍵が外れてしまったんだな。」

一人で頷いて、南京錠を開いている場所に付けた。

二人の名前が書かれた南京錠をしばらく見ていたが「寒い。」厚いコートを着ていてもこの寒さは体の体温を奪っていく。

「一人は寂しいな。」この言葉を呟いた途端フッと思い出した。

真っ赤な顔のアイツ。

あんなに真っ赤になるなんて、男のくせに可愛いな。

明日、アイツは来るのか?嫌きっと来るさ、そんな予感がする。

アイツの事を思い出しクスクスと笑って屋上を離れエレベーターのボタンを押した。