次の日。

何時もの場所で仕事をしていると、お客様の気配がしたので

「いらっしゃいませ!」ハキハキと声をあげた。

「利子持って来た。」男子の声が頭の上に響いて来た。

「あっ!サングラスのお兄さん!」

見上げた先には、サングラスを掛けたお兄さんがいた。

「ほらっ。」大きな手を差し伸べ、その中には小さい100ウォンが二枚あった。

「はい!じゃあ、利子頂きます!」営業スマイルではなく、普段の顔で笑った。

サングラスのお兄さんが、私の顔をじーっと見る。

「なんですかー?」何か付いているかと思い、顔をペタペタ触る。

「お前さーっ。男にしておくの勿体無いな。」ジロジロと見る。

「髪の毛も女より綺麗だし、それに。」お兄さんが私の耳元に近づき

「お前さー、ゆいぐるみ好きだろ?」私だけの聞こえるように呟いた声に体がビクンっと跳ね上がる。

「!!」あまりの近さにビックリしていると。

「気にするな。オトコでも好きな奴はいるから。昨日の帰りにアソコでお前嬉しそうにぬいぐるみ持ってたからな。」優しく笑う。

ドキンっ・・ドキン・・・ドキ。

なんでドキドキするんだ?

サングラスのお兄さんの顔を、チロチロと見る。

「何だ?誰にも言わないぞ。」真剣な顔で言う。

そうだ、この人に言わないとーっ、私が女って事を。

「あのー。」言いかけた時

お兄さんの携帯が鳴る。

携帯の画面を見て、私にじゃあなっ。って手を挙げて歩いて行った。

行ってしまった。お兄さんを呼び止めようと手を差し出したが、虚しく宙を泳いだ。

いくら髪の毛が短いくて、胸がペタンとしているかと言っても、男に見える程、男顔じゃないんだけどなー。

そばにあった鏡を覗き込み「パパは毎日可愛いって言ってくれるんだけど。」ほっぺを引っ張って呟いた。




気を取り直して仕事をしていると、目の前に紙袋が現れた。

「!!」驚き過ぎて言葉が出ない。

「ほらっ。お前にやるよ。」宙に浮いていた紙袋は私の手のに乗せられた。

「え?」又もやビックリ!

「200ウォンだけの利子は、腑に落ちない。お金じゃなく、モノにしょうと。」目線が開けろと命令する。

まだドキドキしているわたしの心臓にお構いなしに、カレは近づき紙袋の中から

「こう言う感じの子は、どうだ。」中から出てきた子は、クリーム色の可愛いテディベア。

「可愛いー!」小さなぬいぐるみは持っているけど、30センチくらいの大きさは初めてだ。

「え?こんな高いの貰えないですよ!」嬉しいけど、これお高いはずだよ。

観光客向けに、某ドラマに出ていたテディベアのレプリカだもの。

「気にするな。いいか、お前は見ず知らずの奴の為に、二回もお金貸したんだぞ。

本当なら、担保とか、保証人、証明書いろんな手続きをしないといけないはずなのに、簡単に貸してくれた。本当に助かった。」

私の頭に手を置き、撫で撫でと撫ででくれた。

お兄さんの大きな手が私の頭を撫でてると、段々頬が熱くなっていくのが分かる。

「お前の髪の毛って、本当に綺麗だなー。ふーん、サラサラと光り輝く真っすぐな髪の毛。ヤバイ、この感触ずーっと触っていたい。」

マジマジと私の毛を見つめる。

恥ずかし過ぎる―!私は、お兄さんから直ぐに離れて、ハアハアとテディベアを胸に抱きしめながら息を繰り返す。

「なんだ?髪の毛褒めてたくらい・・。」お兄さんの手が宙に浮いたままだ。

私は頭の天辺を抑えながら「嫌っ、普通な髪ですよ。それにそんな風に褒められた事がないから。」

「そうだな。オトコがそんな事を褒められるなんてないよな。悪かった。」

済まなそうな顔。

「いやーっ、そんな事ないですー。」小さな声がもっと小さくなっていく。

二人の間に沈黙が続いた時、お客様が来た。

「あっ、チケットお預かり致します。」

チケットを渡したり、パンフを渡したりと仕事をしていても、サングラスのお兄さんは、横にいた。

「お気をつけていってらっしゃいませ。」

手を振りお客様を送り出すと傍に寄ってきた。

「じゃあ、帰るから。」律儀な人だ。

「えっ?上には?」

「今日は、行かないんだ。」寂しそうな顔

ピンときた私。昨日の女の人を思い出し、きっとさっきの電話は会えないお断りの電話だったのかなー。

お兄さんは、ケーブルカーの乗る場所に向かおうとしている。

「あっ!今日は本当に有難うございました。」

紙袋を天高く持ち上げ「この子の事大事にしますからねー」

周りの皆んなが私の大声に振り返る中、お兄さんは慌てながらも小さく手を挙げて行ってしまった。

腕の中に収まっている紙袋を大事に抱きしめる。

普段はこういう事をしてもらうと、絶対に受け取らないけど、何故かサングラスのお兄さんのは受け取ってしまった。

それに、この子は中々の可愛いさだ。

ケーブカーの建物を見て、深い溜息を吐く。

何とも言えない温かいキモチが私の胸の中に芽生えた。





入口のバイトが終わり、今度はテディベアのクリスマスデコレーションの担当に向かった。

途中にガンヒョンと出会い

「チェギョン、さーっこれから頑張るわよー。」バシッと叩かれた。

ボーッとして私は、叩かれた反動でヨロヨロと前に歩き出し

「あわわわっ。」バランスを崩し倒れそうになるが、踏ん張った。

「何、ボーっとしてるのよ。」私の腕を掴み体勢を直してくれた。

「うん?ごめん。」なんか体がボーッとしてるー。

「あれ?チェギョン?顔赤いよ?」不思議そうにガンヒョンが私を見る。

「そうなんだー。」ふわふわとする。

心ここにあらずみたいな私に「ちょっと―っ、本当に大丈夫?」

「うーん。」

「何もってるの?」何時もの私じゃないのを、変に思ったガンヒョンは異変になった原因を調べようと

「貰った。」ギュッと大事そうに抱きしめる。

「えっ?誰に?」中身を見たそうにしている

「サングラスのお兄さん。」中からゴソゴソと可愛い顔が覗くと

「あっこれは!お高いヤツだよ。」

ガンヒョンがバイトしているブースのぬいぐるみの中で一番のお高い商品。

「サングラス?そう言えば、さっき背の高い怪しそうな男がこの最後に残っていた限定品のぬいぐるみ買って行ったわ。」

ガンヒョンは、私が言った言葉が分かり

「何でチェギョンの為に買ったの?」

私はこの経緯を説明しながら、ぬいぐるみを離す事はなかった。

「チェギョン、アンタあの男に惚れたわね。」ビシッと指を指差す。

「え?」惚れた?私がですか?

「そうよ。サングラスの男のことばかり考えてしまうんでしょう?」

覗き込むように言う。

「いやー、そこまでわー。」ポリポリ。

「今までチェギョンって、男の人好きになった事がないから、気が付かないかも。」

「好き?私が?まさかー、ただこのぬいぐるみは利子の変わりに貰っただけで…。」声が小さくなる。

「まーまー、初めての恋だからねー。」ガンヒョンの優しい声。

「初めての恋?まさか―?私がー?」

今まで男の子を好きになる事もなく生きてきた私が、恋?ますますボーッとなる。

わかんない。

サングラスのお兄さんの事を・・まだ3回しか会ってないのに。

「まっ、でも今は、クリスマスコーデの戦いに集中しないと!チェギョン!!ボーッとしてられないよ。」私の背中をバシッと叩く。

そうだよ。今はこれに集中しないと!!

ガンヒョンに背中を叩かれたところがジンジンと痛い、私は自分の頬をパンパンと叩き「よっしゃーーっ!」大きな声が廊下に響く。

「ガンヒョン、今はとにかくクリスマスコーデだね!負けないよー。」ニヤリと笑った。

「私も負けないよ!」ニヤッと笑う。

二人は、そのまま自分の担当の場所に向かった。











サングラスのお兄さんから貰ったテディベア。

女の子のような顔をしていたので、名前をハッピーとつけ、可愛い服を作って着せていた。

彼女が私の元に来てから、1週間が過ぎた。

よく分からないモヤモヤな気持ちが芽生えてから、サングラスのお兄さんは来なくなった。

この気持ちが何なのか確かめようとしているのに、肝心の人が来ないと確かめようがない。

お兄さんの事を思い出そうとしたが、顔にサングラスをしていたので、良く分からない

うちのハッピーを手渡ししてくれた時の、細くて骨張った指に釘付けになっていたのを思い出す。

そして、声は凄く印象的だった。

低くもなく高くもない、良い声

お兄さんが話する度に、心地良く私の身体に染込んでくる。

あの声をずーっと聞いていたいのに、もうここには来ないのかなー。

このソウルタワーに来る人達は、外国の人が観光客や女友達、カップルが多い。

男達で来るグループは滅多にない。

まして、何度も来るカップルもいない

お兄さんと会える確率が数パーセントしかない事に気が付き、改めてガックリしてしまった。












バイトも終わり、ガンヒョンと一緒に自転車に乗り南山の中腹にある公園の駐車場を通り抜けようとした時、一台の車が停まっていた。

そして、車の横に人が立ちソウルタワーを見上げていた。

見覚えのあるシルエットに自分の心臓が高鳴った。

薄暗い場所だけど、噴水の傍なので、何となくサングラスのお兄さんだと思った。

慌ててブレーキレバーを握り締めると、タイヤがキーッという甲高い音を鳴り響かせて停まった。

後ろからついて来ていたガンヒョンが叫ぶ

「どうしたのよ?」ガンヒョンも私の横に停まる。

何も話さない私の顔を見て、その目線を追い掛ける。

「誰?」メガネを掛け直して、又見る

「あのぬいぐるみを・・・。」話は途中で止まる。

私がガンヒョンに説明をしようとしたら、違う方向から誰かが走ってやって来た。

カッカッカッとブーツの駆け出す音が鳴り響き、その音はサングラスのお兄さんに辿り着く。

「シン。」綺麗な巻きの髪の毛が宙に舞ったと思ったら、女の人はお兄さんに抱きつき

「ごめんね。待った?」見上げる彼女に、お兄さんの顔が近づいた。

噴水の前で、二人の顔が重なる。


私はただ二人のキスを見ていた。

なんて綺麗にキスをするのだろう・・。

噴水の前で重なる唇はまるでドラマのようなキスで、私は魔法で心を奪われてしまったように、動けないでいた。

「ちょっ・・ちょっと、チェギョン・・。あれって大人のキスだよね。」

ガンヒョンの声がする。

自転車のサドルをギュッと握る。

お兄さんに芽生えた淡いキモチ。

これが何だか分からなかったが、ポタっポタっと涙が落ちた

「あれ。涙?なんで?」理由の分からない涙の存在は、幼い私に理解できない

まだまだ続いている二人のキス。

「ガンヒョン、行こう。」下を俯き自転車に乗る。

「えっ?こんなの見た事ないから。見ようよ・・。」

某小説の大ファンな彼女は、小説のキスシーンみたいのが現実に見れてワクワクしている。

「行くよ!」私はペダルを踏みだし、坂道を下り始めた。

「チェっ、チェギョン。待ってよー。」バタバタと後ろから追いかけてくる

何時もの倍以上の加速で南山下っていく私。

はあ、はあっ・・、もっともっと早く南山から離れないと、ガムシャラに漕ぎまくる。

麓に着き、息を整えてサドルに頭を付ける。

もう12月なのに熱くなった体は、息遣いが落ち着くと段々冷えていく

「チェギョン、アンタ、どうしたの?凄い速さで降りたよねー。」

ようやく追いついたガンヒョンが、大きく息を繰り返し、顔をパタパタと仰ぐ。

ジーッとガンヒョンを見ると、彼女の後ろには光り輝くソウルタワーが聳え立つ。

「何でもない。」ガンヒョンが辿り着いたので、自分の自転車のペダルを踏み始めた。

「チェギョン、本当に何でもないの?」後ろから声が聞こえる。

12月の冷たい風が、短い髪の毛の私を通り過ぎていく。

「寒いなー。」もうマフラーしないと。

明洞の街中を走り抜けて、自分達の家に向かって走り続ける。

ソウルタワーの公園で知ったサングラスのお兄さんの名前は

シン

そして、大人のキスをする彼女さんがいるって事。

私は何度も何度も、その事を繰り返し自分に覚えさせた。