シャキッシャキッ



シーンとした部屋に響く音。

音と共に、バサっと落ちる音がする。

私の目の前にある鏡の中に半分だけ短い髪の私がいた。

でも、それもつかの間、あっという間に全てが同じ長さに揃えられた。

「凄い。チェギョンの髪の毛、40センチ位あるよ。」1つの束を床から拾い上げ、私に見せてくれる。

「どう?売れる?」

「大丈夫!チェギョンの髪の毛は、他の人よりも艶やかで健康な髪質なんだ。

こんな良い髪は中々いないよ。」ユルオッパが褒めちぎる。

5才年上のイ・ユルオッパとは家が隣同士でずーっと兄弟のように育っていた。

母子一人のユルオッパは、美容師の資格を習得して、おばさんが経営している美容室で働き始めた。

「本当に良かったのか?おじいちゃんの遺言だったじゃないか。チェギョンの髪は凄い綺麗だから長くしていなさいそうしたら、王子様がお前の元にやってくるって。

僕も良く聞いてたから切るのを反対したんだよ。」

何度も説得してくれたが、私の気持ちは揺るがなかった。

「でも、ユルオッパ・・私の髪を持って嬉しそうだったよ。」

ギクッとするユルオッパ。

「やっぱ、職業病だねー。綺麗な髪の毛を見るとゾクゾクする。初めてチェギョンの髪カットした時のあの感動は今でも忘れられない。」

夢見るような顔で私の毛を拾い上げ纏める。

「もう、髪の毛フェチー。切った髪の毛より、中途半端な髪早くカットしてよー。」ケープから手を出してユルオッパを引っ張る。

「分かったって。」私の髪の毛を大事そうに、綺麗な紙の上に置きカットの続きを始めた。

イ・ユルオッパ

私の大事なお隣のお兄さん。

優しくて、何でも私のいう事を聞いてくれる

胸元まであった長い髪の毛を、毎日のように褒めてくれていた。

そして会う度可愛いという言葉を言ってくれる。

恥ずかしいから言わないで―と言っても、ニコニコ笑いながら「可愛いお前がいけないんだ。」頭を撫でながら言う。

ほんと、もう高校生になるのに何時まで経っても子ども扱いをする。





「チェギョン、起きろ。」ユルオッパの言葉にハッと気が付いた。

「まったく―。カットしている途中で寝てしまうなんて、高校生がそんな事するのかねー。」ニヤニヤ笑う。

「くーーーっ。だってユルオッパのカットっていつも気持ちよくなっちゃうんだもの!!」

「おっ、僕褒められた?」嬉しそうに笑う。

「もう、帰る!」椅子から立ち上がって出ようとしたら、ユルオッパに止められた。

「スト―ップ!ケープ外さないと。」真っ赤になっている私と引き留め、優しくケープを取ってくれる

益々真っ赤になる。

「ほらっ、髪の毛も払うから。」ブラシを持って来て綺麗にしてくれた。

私をジロジロと見つめ「まいったなー、僕の幼馴染は可愛い男の子だったのか?」ニヤニヤ笑う。

「ユルオッパ!」からかわれた私は、傍にあった切った長い髪の毛を、新聞紙に包んで美容室を飛び出した。

もう!何時も子供扱いしてー!自転車に乗り、自分の家に寄らずに明洞に方に向けて走り出した。











「本当に売れちゃった。」シワシワな10万ウォンを8枚握りしめ、財布の中に入れた。

これでパパに新しい包丁を買ってあげれる。

料理人のパパが前から欲しがっていた日本の名人が作ったお高い包丁。

問屋街に置いている包丁を何時も欲しそうにみていた。

明日はパパの誕生日だからこれをプレゼントすれば、ババ喜ぶよねー。

嬉しそうな顔をしたパパを想像して、胸が高鳴る。

あー、早く明日にならないかなー。

自転車に乗って🚴問屋街に向かった。







中学の時からの友達ガンヒョンと明洞に行った時に見つけた美容室の張り紙。

長い髪の毛を買い取ります。

「ガンヒョン、これって本当かなー?」中学校を卒業した三月の終わりの日。

「胡散臭いよ。止めときな!」私を引っ張て連れて行こうとした時、中から綺麗なおねーさんがて出来て「まー、綺麗な髪の毛!こんな綺麗な髪見たことない!」

綺麗なおねーさんは私の周りをグルグルと回り「貴方の髪の毛、売らない?」興奮して言う。

「えっ?」興味はあるけど、髪の毛は長くしてなさいと、おじいちゃんの教えだからなー。

ガンヒョンの手を取り、慌てて逃げようとしたら。

「アガシ!貴方の髪の毛なら、80万ウォンでどう?」

私とガンヒョンの顔は、今まで一番のびっくり顔をした。

「80万ウォン!」まだ、正式な高校生になっていない私にとって、80万ウォンは、1000万ウォン位の感覚だ。

「10cmじゃないよ、うーんそうねー、40cmで80万ウォン出す。メガネのロングの子はそうねー、質は良くないが長さがあるから40万ウォンでどう?」私達は手を取り合って、口が震える。

「なんで、髪の毛を買うの?」恐る恐る聞く。

「聞きたい?我が国の皇太子殿下の妃の為みたいだよ。今国中の綺麗な髪の毛を集めて、カツラを作るんだって。」

「皇太子殿下?」名前を聞いた事があるが、あまり記憶にもない。

「知らないの?あの氷の皇太子殿下を。私より若いのに、落ち着きがあり―イケメンなんだよー。」おねーさんは少女のように頬を染める。

「あれ?皇太子殿下って婚姻してなかった筈じゃ?」ガンヒョンはメガネを直しながら言う。

「皇太子殿下はもう20才を過ぎて、そろそろ婚姻してお世継ぎ作らないといけない年頃で、その準備の為に今から皇太子妃や女官、尚宮・・色々な位のカツラを作るんだって。
だから、アガシ達!アガシの髪の毛はこの国の為に使われるんだよ。」バシッと背中を叩かれた。

おねーさんは電話番号を教えてくれて「待ってるよ。」と私達を送り出してくれた。

明洞のドーナツ屋さんの二階に逃げ込み、二人で小さくなり手を握りしめ合う。

「どうする?こんな話ー、本当かなー?」余りの大金に二人共震えが止まらない。

「ねー、チェギョン。アンタの髪の毛やっぱり凄いんだねー。」私の毛先を持ち上げて羨ましい顔で見る。

「学校で一番輝いていたからねー。」艶々と輝く髪の毛。

小さな頃から髪の毛が異常に綺麗で、おじいちゃんとユルオッパの自慢の髪だった。

だから何時も髪の毛も結わずに、ストレートのまま過ごしていた。

「私なんかアンタより長いのに、半額だよ?」二人で顔を見合わせる。

「酷いよねー。ガンヒョンの髪だって綺麗なのに。」私もガンヒョンの髪の毛を触る。

栗色のロングは、大人びいているガンヒョンにピッタリだ。

「ガンヒョンの色に憧れるー。私のなんか真っ黒!」毛先を掴んでグルグルと指に回す。

「それが良いんだって。よく男子達も褒めてじゃない。」

あーーっ、チェギョン!お前は髪の毛だけは綺麗だなーってね。思い出したらムカついてきた。

「で、どうするの?皇太子殿下の為に切る?」ガンヒョンが私の心を探る。

「おじいちゃんの遺言だから、切りたくない。でも、パパの目がずーっと包丁が欲しいってー。悩む。」

「私は、切っちゃおうかなー。」

「えっ!!マジで?」綺麗なロングヘアのガンヒョンが切るなんて、ビックリ

「そのお金で、いっぱいラブロマンスの本買いたいもの。」うっとりとする。

「えー―っ、どうしよう。」広い店内の中で、悩み続けた。








家に帰ると、パパが庭で何本もの包丁を一生懸命研いでいた。

「パパ、ただいまー。」私は傍に立ちその様子を見る。

「おかえりー。」一生懸命に研いでいる。

「パパ、新しい包丁欲しい?」

「そうだなー、欲しいけどママに言えば怒られるから、パパはこの包丁たちで良いよ。」仕事用の包丁は10年位使っているそうだ。

私は、自分の髪の毛を触りながら、悩んでいたのを止めた。

「パパ、明日はパパの誕生日だね。プレゼント楽しみにしてて。」

「なんだー。プレゼントくれるのかー?肩もみ券とかか?、まーっそれも嬉しいけどな。期待して待ってるよ。」アハハ八と笑うパパに「驚かないでね。」笑いながら家の中に入って行った。








次の日にユルオッパから髪の毛を切ってもらい、あの美容室に行って髪の毛を売りそのお金で、パパが欲しかった包丁を買った。


私が家に帰った時に、皆の目が飛び出していた。

「チェギョン、お前!髪の毛は?おじいちゃんの遺言だったじゃないか!」

「チェギョン、自慢の髪の毛がーー!ショートカットにー。」パパとママは驚き過ぎてウロウロと歩き回る。

「オイ、ブタ!髪の毛短いと男に見えるぞ。」

皆の事を無視して、紙袋から包丁を取り出しパパに渡す。

「はい。誕生日プレゼント。何時も私達に愛をいっぱいくれるパパに感謝の印です。」

「チェギョン、こんな高いの?どうやって?」パパの目が飛び出しそう。

「髪の毛を売ってきたの。皇太子殿下の将来婚姻の式のカツラの為、綺麗な髪を集めているんだって。

で、私の髪の毛なら80万ウォンて買ってくれるって言うから。」

「80万ウォン!」三人の声がはもる。

「私もビックリした!で、これパパがずーっと前から欲しかったやつでしょう?受け取ってよ。」パパの手に乗せる。

「チェギョン・・。」パパの目から涙が溢れ出す。

「おじいちゃんの遺言を破ってまで、パパの為にーー。」ボロボロと泣いている。

「大丈夫!髪の毛なんて直ぐに伸びるんだから!」あははは~~っと笑っていた私。








季節は秋の終わり。

11月の半ばから私はバイトを始めた。

春にバッサリと切った髪の毛はショートカットのままだ。

パパとママとユルオッパが、何度も伸ばしてくれと言うが、ショートになれると、楽でたまらない。

それに伸びてくるとなんか気になっちゃって、ユルオッパに内緒で違う美容院で切って、ユルオッパに怒られている。

もー―っユルオッパは私の事、ずーっと赤ちゃんと思ってるんじゃない?私ももう高1なんだから好きな髪型させてよねー。

今日も明洞を通って、ソウルタワーを目指す。

この一直線の上り坂、自転車で押しながら何度もへこたれそうになる。

でもそこは、若さでカバー。

ようやく上った先には、ソウルタワーが夕方の陽の中に、輝き始める。

わーー―っ、いつ見ても綺麗だよねー。

夕方からのバイトは金額が高いので、とてもやりがいがある。

家族の皆にクリスマスプレゼントを買いたくて、このバイトをし始めた

髪が長くないので、髪を売る事も出来ないから必死にバイトをしなければならない。

そんなある日。

後30分で閉館という時にお客様が来た。

背の高い男の人は、私の前を通り過ぎようとした。

「あっ!お客さん。チケット買ってください!」引き留めた。

「チケット?」あれ?なんか良い声。

「そう、7000ウォンです。あちらの窓口で買ってください。」事務的なものを言う。

「お金なんか持ってない」堂々と言うオトコの人に呆れる私。

「お客さん、チケットないとこの先に行けませんよー。」私は奥を指さす。

「ソウルタワーに上がれないのか?」

「上がれませんよ。」

お兄さんは無理矢理行こうとする。

「わー―っ、何やってるんですかー!」慌てて引き留める。

「オイ!男だったら分かるだろう?彼女が待ってるんだ。早く行かせろよ!」

「男?えっ?私の事?」指を指す。

「そうだ。お前しかいないだろう?さっさとここを通せって!」又無理やり行こうと試みる。

「もー―っ、お客さん、しつこいなー。」身長もデカくなりあともうちょっとで170cmになりそうな私・・それに胸は・・・発展途上中でぺターンとしている。

そう言えば中学の時の男達は、髪の毛だけは綺麗で、後は貧乳で男みたいだって言ってたのを思い出して、むかつく

170cmくらいの私を軽く越している大きな男性は必死にこの上に行きたいみたいだ。

「じゃあ、分かりました。私が貴方の為にお金を払いますから。」パーッとチケット売り場に行ってチケットを買って男の人に渡した。

「今日は特別ですよ。他の誰にも言わないでくださいね。」

背の高い人は切羽詰まった顔から、優しい顔に変わった。

あれ?印象が変わるんだー。

「閉館の時間が近づいているので、もう行って下さい。」私は男の人を押して中に入らせた。

「すまない。」私に一言だけ言うとあっという間に駆け出して行った。

まったく―、お金がないのに上に上がりたいなんて。とんでもない男。それに私の事を男だって間違うし―。

あっ?コレ渡すの忘れてた。

私の手の中には、テディベアのマスッコトがあった。

クリスマスまでのキャンペーンで皆に渡しているマスコット。

まっ、あげてもきっと要らないって言うだろうなー。

此処の出口はちょっと離れているので、入口担当の私はもうカレと会う事がないだろう。

仕方がない。

閉館間際のこの場所にはもう人もいない。

私はジャンバーのポケットにマスコットを入れて、片付け始めた。








バイトも終わりソウルタワーのある南山の下り坂を、自転車で下っていると。

横を高そうな車が通って行く。

カップルらしき二人姿を見て、良いなー。

もうそろそろ雪が降りそうだから、自転車で通えなくなる。

マフラーが外れかけたので、自転車を止め巻き直す。

「寒い・・。」短い髪の毛を触り「帽子も被らないと。」自転車を又漕ぎ出し、一気に下って自分の家に向かった。