「何言ってるんですか?」

理解不能な言葉を言われて戸惑う私は、院長に聞いてみた。

「言葉の通りだよ。あの堅物イシンがだよ。自分のレベル以下の人間には興味のない男が、自ら俺にシンさんを紹介して便宜を図ってくれなんて、今までのヤツの事では有り得なかったんだぞ。」凄い勢いで話し「シン・チェギョン!何時も俺の事を馬鹿にしてばっかのヤツが、頭を下げてくるなんて、もう二度とない!」

興奮して顔が赤い。

「院長、准教授とはお友達でしたよね。」恐る恐る聞く。

「親友だ!」

当たり前の事で、聞いてくるなよと言う顔。

「親友さんなんですかー。」

とてもそう言う関係に聞こえないので、もう一度聞いてみた。

「そっ、幼稚園の時からずーっとな。」

そっかー、あんなに大きいのに幼稚園の時もあったなんて、想像できない。

「なっ、何でも知っている俺が言ってるんだ、これは確かな情報だ。」

腕を組みウンウンと頷いていた。










私にとって、有り得ない話に戸惑いどうしたら良いのか、病院での事をガンヒョンに聞いてもらおうと、彼女を帰りに誘った。

バスを降り、ガンヒョンと歩いて明洞にある何時ものカフェに向かっていると

その入り口に、ユル君が立っていた。

「チェギョン!君がここに来るのを待ってたんだよ。」キラキラと眩しい瞳で私のそばに近寄ってくる。

「ユル君!何でここにいるの?」私は直ぐにガンヒョンの後ろに隠れた。

「ラインも電話も着信拒否だから、ここで待っていれば必ず会えると思って、ずーっと何日も待ってた。ガンヒョン、チェギョンと話させてくれないか?」

ジリジリと寄ってくる。

私はガンヒョンの背中をギュッと掴み

「もう、ユル君とは終わったんだよ。だから、もう会いたくない!」

昂る気持ちに涙が出始めた。

「イ・ユル。チェギョンはもう終わったって言ってるんだよ。男は引き際が感じんだよ。」

ガンヒョンと私は高校の時から付き合いで、ユル君の浮気とか色々と相談に乗ってくれていた。

「私もアンタ達が別れる事に賛成。イ・ユル、もうチェギョンを泣かせないで。」

冷静なガンヒョンはユル君に言い聞かせている。

「チェギョンは僕の運命の人だと思っている。」

もう何度も聞いた言葉で、私もずーっと同じく思っていた言葉だった。

「そうやって、チェギョンをその言葉で縛り付け騙すのは良くない。」

ガンヒョンも、もう何度も聞いているので呆れ返っている。

「騙していない!もう2度とチェギョンを裏切る事なんかしない。」

ユル君がガンヒョンの隙を狙って私の腕を掴み引っ張ろうとした時、カフェのドアが開き出てきた人のビニール袋がぶつかって地面に落ちてしまった。

「嫌!」私の拒絶した声は、出てきた人の顔を見た途端、驚きの声に変わる。

まるでスローモーションのように流れていくこの光景。

ユル君の男の力に寄って引き摺られて行こうとする私の腕は、突然現れたイ・シン准教授の手に掴まれ、一気にイ・シン准教授の体の中にスッポリと包まれてしまった。

大きなゴツゴツとした指はしっかりと私を抱きしめ、私より細いと思われた体は、ガッチリと固く私を安心させてくれる。

「状況は良く分からないが、僕の行動は間違ってないのか?」

イ・シン准教授の声にボロボロと涙が溢れ出す。

「間違ってません。」

何時も着ている仕立ての良さそうなスーツをギュッと握りしめようやく出した言葉。

「チェギョン!なんだよ、その男は。おい!僕の女に何してるんだ!」

ユル君はガンヒョンを撥ね退け、私の腕をもう一度掴んで引っ張り出す。

准教授はユル君の手首を掴み

「本当に好きな相手なら、彼女が痛がる事をしない筈だ。」

ギリギリと准教授はユル君の手首を捻り始める

「ア!」余りの強さにユル君が悶え始める

「まだまだ本気を出していないんだが、君はシン・チェギョンさんに暴力をふるう気か?」

握られている手首の辺りは真っ青になり始めていく。

「止めてくれ!止めるから、止めるから、もう止めてくれーー!」凄い声に周りの人達が集まってくる。

准教授は人が集まり始めて来たので、ユル君の手首を外し

「二度と彼女には近づくな!」

私を抱きしめたまま歩き出し、ガンヒョンにも声を掛け「君も来なさい。」

人が集まって来て、その中を私達三人は反対方向を上手い具合に抜け出して、その先には准教授のあの高そうな車が停まっていた。

ドアのカギを開け私を助手席へ、ガンヒョンを後部座席に乗せ、准教授も乗り込みエンジンを掛けた

あーっ、この音だー。

毎日食堂の上の部屋で聞いていた音に安心感を覚える。

「大丈夫か?」私にシートベルトを掛けながら心配そうな顔。

「大丈夫です。」笑ったはずなのに、なぜか震え始める。

ガタガタと歯も震え始め、自分でも止めようとしているのに、なぜか止まらない。

「少し、そのままで我慢していなさい。」

准教授はダッシュボードにのせてあったメガネを掛け車を走らせ、ソウルタワーの麓の公園に着いた。

「此処ならもう大丈夫だろう。」准教授の声に、私の手を握ってくれていたガンヒョンの溜息が聞こえた。

自分のシートベルトと私のを外した准教授は、私の目をジッと見る

何時も嫌いだったこの目線なのに、なぜか今は安心してしまう

「もう大丈夫だから。」私の頭を何回も撫で始めた。

准教授の言葉は何度も私の心に響き、段々震えが止まりはじめた。

「良かった―、もう止まったね。」

完全に震えなくなった私を見てガンヒョンはホッとした。

「ありがとうございます。」

准教授に子供をあやすみたいに頭を撫でられていた私は段々恥ずかしくなってきた。

「じゃっ、落ち着いてきたことだし、どうしてこうなったか説明して貰おうか?」

准教授の質問はごもっともな事で、私とガンヒョンはゆっくりと話し始めた

「そっかー、分かった。」

イ・シン教授は目を瞑り話を聞いてくれていたみたいだけど

「准教授があの場所にいてくれたお陰で本当に助かりました。で、何であのカフェにいたんですか?」

そうだ、なんであの場所にいたんだ?あっ、そう言えば何か物を落としていた。

「パッピンスをお持ち帰りにしようとしたんだ。あのカフェのパッピンスが、好きなんだ。」

真面目な顔で答える。

ガンヒョンと私の目線は交わり、そしてクスクスと笑いだす。

38才の真面目そうなイ・シン准教授がパッピンスを食べるところを思い出して、益々笑ってしまう

「何で笑うんだ?」真面目な顔は崩れない

「何でもないですー!」

私とガンヒョンはさっきの事を忘れそうなくらいに笑い合った。

そして二人でクスクスと口元を隠しながら「笑ってません」と何度も准教授に言った。








「じゃあっ、もう大丈夫だな。」私の家に前に着き運転席の准教授は呟いた。

この車には二度と乗る機会はないだろうと思っていたのに、綺麗な機器達の光を見れて嬉しかった。

先にガンヒョンを降ろし、私の家の辺りに来た時にはもう夕方だった。

「はい。今日は本当にありがとうございました。」

「キミの元カレは少しの間は大人しくしていると思われるけど、又何かあったら相談しなさい。僕の知り合いに警察関係がいるから。」

准教授の良い声が心地良い

准教授の声ってこんなに良い声だったんだ―ッ、気にした事がなかったが、聞けば聞くほど自分の耳に染み渡る。

「じゃっ、僕は大学に戻る。」えっ?もう降りないといけないんだ。心寂しくなりながら

「はい。じゃーっ。」カチャカチャとシートベルトを外して、ドアを開けて外に降り立った。

「あれ?チェギョンじゃない?」ママの声がした。

「あっ?ママ。」声の方向に顔を向けると「どちら様?」ママが車の中の人を見ようと

「イ・シン准教授?」私が准教授の車から降りてきたことにビックリしていた。








「夕ご飯食べて行ってください。」

さっきの出来事を簡単に説明されたママは驚き、怪我がなくて本当に良かったと何度も私を慰め、何度も准教授に有難うございますと頭を下げた。

車から降りた准教授はメガネを外していた。

「これから夕ご飯を作るから食べて行ってください。」ママの誘いを

「大学でカップラーメンとパッピンスを食べるから大丈夫」と一回断る准教授

ママも目の前のお堅い人がパッピンスを食べるとは思わず、少し笑ってしまった。

「パッピンス、我が食堂でもあるんですよ。ソウルで一番だと思ってます。味見してみませんか?」

パッピンス大好き准教授は、その言葉に反応して直ぐに「では、夕ご飯頂きます。」少年のように笑った。








准教授にお昼ご飯を食べさせる時は、休業中の食堂のテーブルで食べさせていたが、今は二階にある我が家の食卓に招待した。

「パッピンス、今まで食べた中で上位レベルです!」

最後まで味わったパッピンスの器を大事そうにテーブルに置いた。

「1番にはならなかったんですね。」ママの自信作だったので、残念そうな顔。

「すみません。僕の一番は、祖母が作ってくれたパッピンスなんです。それだけは揺るぎない座なんです。」

すまなそうな准教授。

「そうでしたかー。お祖母様には勝てませんねー。」

おばあ様を超える味に挑戦だわ!張り切るママは、色々な材料をブツブツと言い出した。

「でも、食事はチェギョンさんが作ってくれたのが世界一美味しいです。」

私の顔をジッと見て言う。

「!!」夕ご飯を准教授の為に冷蔵庫の中の物を使い切って作った数々のおかず。

美味しいと言われ、照れていたら。

「やだ!私とチェジュンはお邪魔かしら?」ママが意味ありげな顔で言う。

「いえ、大丈夫ですが?」その言葉の意味がわからない、准教授は真顔で答えた。

「准教授のそういうところが面白い。」ケタケタと笑いながら学校から帰ってご飯を大慌てて食べ終わったチェジュンは、ママを誘い出しキッチンに向かった。

「もー―っ、何皆してーっ。」

気を使わなくてもいいのに、二人っきりなんて困ってしまう。

何も話すことが無くなり、もじもじしていたら准教授は立ち上がった。

「では、もう大学に戻らないといけないので。」カバンも持ち上げ「元カレが又来たら直ぐに連絡しなさい。」

准教授は私に向けて手を差し伸べた

「?」何の事が分からずボーッとしていたら、准教授はテーブルの上にあった私の携帯を持ち上げ

携帯のロックを外し素早い速さで番号を打ち、私に戻してくれた。

「僕の番号だ。プライベート用だからあまり人に教えないんだが、キミは特別だ。」

「准教授、私の携帯のロック外せたんですか?」見慣れない番号の上にはイ・シンと言う名が残っていた。

「こんなのは簡単だ。僕の手にかかればあっという間だ。それより、何かあったら直ぐに電話しなさい」私の頭を撫でながら言う。

「キミのこの髪型は最高に似合うな。」嬉しそうな顔

「えっ?この前髪をゴムで結っただけですよ。」料理をする為には、前髪が邪魔だったから、飾り気なんて全くないのに。

ゴムで結った先の毛が噴水のように開いた所を、准教授は何度も触る。

大きな身長を見上げる私は、一瞬午後にあった映像を思い出し

整形外科のチャラい院長先生が、指ピストルで私の心臓を狙った映像がプレイバックしてきた。








皆様、こんにちは。

この前の投稿の時にコメント下さり、どうも有難うございます。

今は終活活動の為、色々やりたい事をしております。

このブログの事を思い出し、話を移動させないとなーと思い久々にアップしました。

では、また逢う日まで。