聞き慣れたエンジン音が、店の前で停まった。

今日は講義がない為、二階の自分の部屋で勉強していたが慌てて窓の傍に行った。

「あっ。」やっぱり。

窓の下には店の駐車場に停まる黒い高級車

「准教授だ。」小さな呟きは空気に溶け込み掠れていく

重厚そうな扉が開き、綺麗なブラウンカラーの革靴がギュッと踏みしめ駐車場に降りたった。

黒のスーツに身を包んだスラーッと背の高い人

スーツの皺などを直し、カバンを持ち食堂に向かう。

「又、来た。」窓の傍で准教授の歩く姿を追いながら、カーテンをギュッと握りしめた。

するとバタバタと1階から階段を上がってくる音がする。

「ブタ――っ!」大きな声はこの商店街に響いているに違いない。

「チェジュン、静かにしなさいよ。」口元に指を当てて怒る。

「良いじゃんか、それより准教授が来た。」私の弟シン・チェジュンが嬉しそうな顔で私に伝える。

私は知らなかった素振りで「へ――っ、そう。」と答えた。

「准教授、今日もブタのご飯食べに来たんだぜ。きっとブタの事が好きなんだよ。」嬉しそうな顔からニヤニヤ顔に変わる。

「はあ?何言ってるのよ。中学生がそんな事言うんじゃないわよ。」まったくチェジュンったら、何言ってるんだかー。

「で、冗談は良いから下に行かないと。」チェジュンの脇を通り抜け、階段を下りて行く

そうだよ。

何言ってるんだか。イ・シン准教授は38才なの。こんな大学生なんか相手になんかしないって。

チェジュンが准教授の年を私に教えたから、歳覚えたじゃない。

階段を降り脇にあったエプロンをする。

エプロンをしている間に、チェジュンは駆け抜け食堂に入っていく。

「もー―っ、チェジュン。走らないでよー!」そんな声で叫んでもチェジュンはお構いなしに玄関のドアを開け、入り口で待っていた人を招き入れた。

「イ・シン准教授、どうぞ!」あーっ、好き好きモード全開のチェジュンに迎えられた准教授は、チェジュンの頭を撫でながら中に入ってきた。

我がシン食堂のコックのパパが骨折した為、1カ月の休業をしなければならない窮地に立たされた時に、救ってくれたイ・シン准教授。

商店街のアドバイスで来て、昼ご飯を食べに来ただけなのに、骨折したパパを病院まで運び、ここらへんじゃ有名な整形外科なのに同級生が経営しているからって、格安な料金にして貰えて、本当に准教授には頭が上がらない。

お礼をしたいと言っても何もいらないって言うしーっ。

でも、そこはママが許さなかった。

「チェギョンのまかない料理ですけど、お昼に食べに来て下さい。」という提案だった。

私は反対したわよーっ、大学があるからって。それに准教授だって奥さんがいると思うし―。

でも、准教授は独身だそうで、何時も大学の食堂でビビンパを食べているんだって。

「じゃ!決まり。」ママの声が響いた。

我がシン家のボスの言う事を聞かないと後が怖いので、私は渋々了解した。





「イ・シン准教授、こんにちは。」エプロンの紐を回しながら挨拶をした。

ジッと私を見つめながら「こんにちは。」低音ではなく少し高めな小さな声。

もう10回以上は来てくれているのに、まだまだぎこちない私達。

この人のこのジッと見つめる目が苦手だなー。

イ・シン准教授

38才独身、〇〇〇大学の准教授。

担当の科を聞いたけど、難しくて良く分からないがどうやら凄く頭が良いようだ。

私が見上げる身長を持ち、もしかして私より体重が軽いんじゃないかと思う程の細さ。

顔は小さく、手足は長い、まさにこのままランナウェイを歩いても様になるんじゃない?

でも顔はまさにアジアンクール、私が苦手なタイプ

私の好きなタイプはベビーフェイスの元カレイ・ユル君がドンピシャッだったんだけどなー。

まっ、彼は過去の人なのでもう関係ないから思い出さないようにしないと。

話はそれてしまったけど、イ・シン准教授の事、私は苦手なの。

チェジュンがいてくれる時は良いんだけど、二人っきりの時はどうもシー―ンってしちゃって間が持たない。

だって、専攻の違う大学生の事なんかと話しするなんて、嫌だと思うしーっ。

それに品があり過ぎて、きっとどこかのお金持ちの子だったんだよ、こんな庶民の私なんかとねーっ。

「きっとブタの事が好きなんだよ。」ふっと思い出したチェジュンの言葉に、無い無いと全否定した。





「ごちそうさまでした。」私の出した食事を全部食べてくれた准教授。

片付けをしている間に、チェジュンと話をしているようだ。

「ブタ――っ。准教授がパパの病院まで乗せて行ってくれるんだって。」嬉しそうな顔。

准教授に食事をさせた後、私とチェジュンは散歩しながらパパのお見舞いをしに行こうと言っていたのに。

「いやーっ、イ・シン准教授も授業とかあるんじゃっ?」

「今日は授業はない。後は生徒達の採点をするだけだから、問題ない。」無表情な顔

無表情で問題ないって言わないでよね。

「やった―っ、ブタ!早くイ・シン准教授の車で行こう。」ははー―っン。あの車に乗りたかったんだ。

「じゃあ、お言葉に甘えて乗らせて頂きます。」渋々私はお願いした。








「俺、助手席に乗りたかったな。」後部座席から声が聞こえる。

「まーっまーっ、仕方ないって。もう少ししてから、又乗せて貰えばいいよ。」

パパの中古の車と違い、この車の静かな走り。

さすが、高級車。

色々な計器が白く浮かび上がり、これを夜に見たらきっと綺麗に違いない

まっ、乗るのはもうないだろうから、こんな高級な座席の感触覚えておこう。

「キミはここに乗りなさい」准教授に言われて、渋々助手席に座った。

韓国じゃあ、年上には逆らえない。

私は、助手席に乗りボーッ進む方向を見ていたら、ユル君との事を思い出してしまった。

初めてユル君の車に乗った時に、緊張してシートベルトが上手く締めれなかったなーと。

ふっと横を見ると、一瞬ユル君!に見えたが、イ・シン准教授が運転していた。

何見間違えているのよ、全然違うタイプでしょっ。

それに又思い出して―、もう忘れろって、シン・チェギョン。

何度も自分を叱っていると「どうかしたのか?」

「いえ、何でもないです。」ブルブルと頭を振る。

「あっ、ブタはきっとアイツの事思い出していたんだよ。」後ろから場の悪い言葉がする。

「チェジュン!余計な事言わない!」怒ったが、チェジュンは窓を見ながら

「へん。良いんだよ。ブタはあんな嘘っぱちな笑顔の男と別れて良かったんだよ。」怒った声。

「何、中学生が生意気に言わないでよ。」後ろを見て怒るが

「キミには恋人がいたのか?」准教授の低い声

「ノーコメントです。」シートベルトを掴み横を向いた。

「俺はあんな男よりイ・シン准教授がブタと付き合ってくれないかなー。そして結婚して俺の兄さんになってくれたら良いなー。」ニコニコと笑いながら言う。

「チェジュン!何言ってるのよ。イ・シン准教授に失礼でしょ。」有り得ないよー、タイプじゃないんだからあまり変な事言わないで。

「イ・シン准教授。弟が変な事言ってしまって、すいませんでした。」ペコッと頭を下げた。

「いえ、お気になさらず。」前を見ながら事務的に言う。

私は、准教授の対応を見て、やはりこの人は苦手だなーっと確信し、早くパパが退院して准教授にご飯作るのを止めたいと思った。








イ・シン准教授と別れ、私とチェジュンはパパの病室に向かった。

ママが付き添いているので、着替えとか持って来てと言われ紙袋を持ってパパの病室をノックした。

個人病院の個室なのに、まるでホテルのようなモダンな部屋に毎度溜息が出てしまう。

「チェギョン、チェジュン。持って来てくれてありがとうね。」ママが笑いながら私達を迎えてくれた。

パパも足にギブスをはめながらニコニコと笑う。

あれ?先生と看護師さん?パパとママ以外に2人の人が立っていた。

白衣を着た人の第一印象は、なんかチャラそう。パパの担当医師さんかなー?看護師さんはしっかりしていて仕事が出来そうなタイプ。

「二人共、このお方はギョン院長なのよ。イ。シン准教授のお友達で、この部屋もただ当然にしてくれたお方なのよ。」ママは嬉しそうに挨拶する

「えっ、院長さんなんですか?」まじか!このチャラそうな人がねー、でもここの整形外科って流行ってるから腕が良いんだ。

一通りの挨拶を終え、私は大学にサークルに戻る為にパパ達に別れを告げ廊下に出た。


すると他の部屋の問診を終えたさっきの院長さんに出会った。

「あっ。」軽い会釈をして通り過ぎようとした時に。

「シン・チェギョンさん。」院長さんが私を止めた。

「はい?」何だろう?

看護師さんに話をして先に行かせ、私の傍に寄ってきた。

「シンさんの娘さんがこんなに可愛い人とは、思いませんでしたよ。」営業スマイルは、なんか嫌だった。

この人も、イシン准教授と同じように背が高かく、見上げてしまう。

「・・・。」どう返事をしたら良いのか判らず無言で黙っていると

「あっ、勘違いしないでください。俺は面倒な大学生なんて興味ないですから。」ニヤニヤと笑う。

「シンが、あっイ・シンがですねー。こんな風に俺に頼って親戚でもないシンさんの為にやっているなんて正直不思議だったんですよ。

君を見て分かったような気がします。」自信満々な顔

「はあ?」

ピストルを打つような指先を私に向けて「イ・シンは君に恋している。バーン!」指ピストルは私の心臓に命中して、ニッコリと笑った。