家に車を置き、今日の食事の席用にスーツを着替えた。

クローゼットから、ダンヒルのスーツを選び、小物も揃える。

鏡に映った自分の姿を見て、オレの一歩が始まったと感じる。

研修生、医師、色んな段階を少しずつ上がってきた。

この病院の頂上に登る為には、自分の本当の姿を隠して此処まできた。

そして、理事との食事会。

この席で、さり気無くオレの事をアピールしないと。

スマホでタクシーを呼ぶ。

ずーっと待っていたこの機会、逃す訳ない。

オレはコートに袖を通して、玄関に鍵を掛けエレベーターを目指した。








通された食事の席には、理事の他に女性が座っていた。

とても上品そうな、理事とは似つかない綺麗な顔。

「アハハッ、ビックリしただろう?これは私の娘だ。私に似ないで凄い美人だろう?」

丸々と太った体に、タヌキみたいな顔の理事。

「娘さんでしたか。凄く綺麗なお方で、女優さんかと思いました。」席に座りながら、言葉を選んだ。

食前酒が運ばれて来て、この席の乾杯をした。

此処の日本料理の数々の品を口の中に入れていく。

理事の気に入るような言葉を選びながらの、食事は味がしない。

それでも、美味しそうに言い、楽しみ、笑う。

「そうそう、本題にいこうか。」頬を真っ赤に染めた理事。

オレは箸を置き、背筋を伸ばす。

「ハン先生、実はこの席を設けたのは、私の娘が、どうやら君に一目惚れしたみたいで。もし良かったら付き合ってくれないか?」

隣の女性は、頬を染め照れて、俯いてしまった。

おっ!ビックリした。

オレは、左手の指輪を触り、目線を落す。

どうするオレ。

この娘と付き合って結婚すると、簡単にオレの欲しいモノが手に入る。

でもオレは、結婚はもう考えていない。

「申し訳ないのですが、家内を亡くして、まだ1年なので、女性のお方とは、まだ考えておりません。」深々と頭を下げた。

「おーーッ、そうだった。君は奥さんを亡くされたんだよな。無理矢理付き合ってくれとは、こっちが済まない事を言ってしまった。でも良ければ。食事とか誘ってくれないか?」

「あっ、そういうのであれば、お付き合いさせていただきます。」

理事は、オレの事を見て嬉しそうに言う。

「大抵の男は、私に気に入られようと、必死になんでも引き受けるけど、君は違うようだな。」酒をゆっくりと味わう。

オレはうっすらと笑いながら、口元に手をかざし、酒を飲んだ。

バカだなー頭使わないとな。と心の中で思う。

この娘を利用して上に上がるか?

色んな方法が頭を過ぎる。

フッと目線を下に下げると、薬指の指輪が目に付く。

大丈夫だ。結婚は絶対にしない。








家に着き、少し酔った体は、気持ち良さそうに揺れる。

今日の席は、中々良かった。

まずは一歩出た。

時計を見ると、PM11:10。

オレはバスルームに向かい、服を脱ぎ始めた。

全てを脱ぎ捨て、中に入りシャワーの栓を捻る。

熱いお湯が頭から体全部に行き渡る。

ふーーーっ。

酔いが少しずつ、取れていくような感覚。

頭がスッキリしてきた。

髪の毛のセットの整髪剤を綺麗に取らないと、今日一日が終わった気分がしない。

シャンプーを綺麗に泡立て、髪の毛を洗い始めた。自分の指で、汚れを洗い落としていく。

そして、ボディソープで体を洗い始めていると、なぜか急に思い出したことが。

ユン看護師!

アイツ待ってないよな。

ボディーソープの泡が、シャワーのお湯で段々無くなっていく。

このマンションに来る途中に、あのスーパーが合って、誰も立ってなかったよなー。

映像がバン!とオレの目に前に蘇る。

居た!スーパーの入り口のとこに、誰か立っていた。

シャワーの栓を元に戻し、オレは慌ててバスルームを出た。

傍にあったタオルで急いで体を拭いた。

時計を見るとPM11:25。

こんな時間だ、もういないだろう

でも居た。アイツは居た。

オレは、ちゃんと見た訳じゃなかったが、アイツだと確信した。

部屋着のパーカーとスウェットを着て、自分の部屋を飛び出した。

髪の毛を濡らしたまま、スーパーに走って行く。







「お前は、バカか!」走ってきた口からは白い息が何個も出てくる。

肩で息をするオレは、何度も呼吸を整える。

「あっ!ハン先生!」この寒い夜空の下に頬を赤く染め、白い息が顔を覆う。

「良かったーー!待ってました。これ食べてください。美味しいんですよ。」ニッコリ笑う顔は今まで見た中で一番の笑顔だった。

小さな鍋には、きっとあのオデンが入っているんだよな。

「オレは、断ったはずだぞ。なぜ待ってる!それもこんな時間まで。」コイツ頭おかしんじゃないか?

「大丈夫ですよ、12時になったら、帰ろうと思ってましたから。」ニコニコ。

「ジフンは?」子供を置いて何やってるんだ

「ちょっとばかり、一緒に待ってましたが、寒くなってきたので、家に戻って寝かせてから、此処に戻ってきたんです。」

「その間に、オレが来たとは思わなかったのか?」良く考えたら、判るだろ?

「うーん、思いましたけど、とにかく12時まで待ってみようと。」ニコニコ顔は止まらない。

怒っているオレが、バカみたいじゃないか

彼女の白い肌に赤く染まる頬が。

今までの中で、一番心臓がギューーーッとなった。

「心臓が痛い。」ポツリと言った言葉は、彼女を慌てさせる。

「ハン先生!大丈夫ですか?心臓押さえちゃって。」オレの事を見上げ、心臓に手を掛けた。

ギュッ、心臓が鷲掴みされたようになった。

「大丈夫じゃない。」辛く吐き出すように、言った。

「じゃあ、冷たいですけどオデン食べますか?」鍋の蓋を外すと冷めたオデンが入っていた。

「心臓が痛いって言ってるのに。なぜ食べさせる?」彼女の瞳の中に、オレの姿が映る。

「私の作ったもので、ジフンの風邪が直ぐに治るんですよ。」キラキラ光る彼女の瞳。

「風邪の症状じゃないぞ。」オレはゆっくりと、オデンを取る。

この寒い所で、冷たいオデンを食べると言う、凄い事をやってのけたオレの口の中には、冷たいけど温かい味が口の中に広がっていた。

ヤバイな。

「ハン先生、髪の毛濡れてますよ。そんなじゃ、風邪引いちゃいますよ。」

「子供じゃない。」

「あっ、ハン先生。髪の毛おろした方が、カッコイイですよ。何時もの髪型だと、年よりくさいですって言うか、ハン先生の年、何才か知らない。」彼女の瞳とオレの目が重なる。

「お前、うるさい!」

「あっ!すみません。」慌てる彼女。

「こんな時間までなぜ待ってる?ただの同僚だろう?」ちょっとした、仕掛けを掛けた。

「なんでだろう。ただこのオデン、食べさせたかったんですよ。何時もハン先生、チーズとかおつまみしか買って行かないから。母親みたいな感情ですかねー。」複雑な表情を浮かべる。

ズキンッ

「だって、ハン先生って背が高くて、ヒョロヒョロして、韓国特有の男らしさがなくて。年上だけど息子?弟?って言う感じ」笑う彼女の腕を掴む。

「ヒョロヒョロ?オレの裸見た事もないのに。」彼女の腕をパーカーの上から撫でさせる。

腕に手を置かせ、ゆっくりと手を滑らせる。

「あっ!」ハッとする彼女。

そして、パーカーの裾から、彼女の手を引っ張って、左胸に手を置かせた。

嫌がる彼女を知らない振りして、同じように彼女の手を自分の手で誘導させながら、左胸の輪郭、乳房から少しばかり筋肉で割れている腹にゆっくりと撫でさせた。

冷たくなった彼女の指に触れられた場所は、ゾクゾクと鳥肌が立ち、そして熱くなる。

彼女の指先で胸の先をゆっくりとなぞると、彼女の切ない声が聞こえた。

寒さで赤くなっていた彼女の頬が、いっそう赤くなる。

「どうだ?」彼女の耳元に近づき、ワザと低い声で聞いた。

あっ。体が跳ね上がる感覚が判る。

「ごめんなさい。男の体です。」下を向き、小さな声で言う。

「寒いな、もう帰ろう。」パーカーの裾から手を出し、彼女の手を引っ張り歩かせた。

「家まで送る。」オレの右手には、ユン看護師の手が。

左手には冷たいオデンの鍋が。それでも、どちらもオレの手には温かかった。










「ハン先生!手離してください。」オレを見上げて言う真っ赤な頬のユン看護師。

「・・・。」オレは彼女の言葉を無視して歩け続ける。

「もーー!」彼女の怒る声に、何故か嬉しくなる。

なぜ?判らない。

今言えることは、この手を離したくないって事だけ。

「あっ!ハン先生!そこの角曲って少し歩くと、私のアパートです。」角を上がると、上り坂になっていて、こりゃー結構な角度だ。

ソウルは、坂の街。

繁華街はまだ良いけど、ちょっとでも街から離れると、坂道ばかりにそれもすごーい角度。

2人で手を繋ぎ上がって行くと、オレの速度が遅くなる。

「ハン先生!遅くなっているような。」今は彼女が、オレの手を引っ張っている。

「そんな訳!!」グイッと引っ張られるオレ。

「そんな訳、ありますね。」ニヤニヤ顔。

「ユン看護師がバカ力なだけだ。」ムスッと怒る。

「何言ってるんですか!?こんなか弱い女性に。」グイグイ引っ張って歩く彼女。

その力強さ。

ちょっと先に歩く彼女の背は低いのに、大きく頼もしく見えてしまう。

子供を持つ、母親って言うのは強いんだな。

「この道を、毎日自転車にジフンを乗せて、押して登っていくんです。登れない~って言ってられません。

寒くても、暑くても私達の帰る家は此処しかないから。」背中しか見えない彼女の声。

「此処じゃなくて、どっか違うとこは?」

「部屋が、居間の他に2つあって、あの値段は中々ないんですよ。それに遊ぶとこもあるから、わざわざ公園に行かなくても良いし、スーパーもこの坂の下にあるし小学校もこの坂道の上にあるから、条件はいいんですよ。」

「それは、車のある家の話しだろう?車は?」

「アハハッ、免許持ってないんです。看護師の資格取るので精一杯だったから。」

「・・・。」オレは先に行く彼女の手をグイッと引っ張り、今度は自分が彼女を引っ張って歩く。

「ハン先生?」

「たまには、引っ張られるのも良いだろう?」彼女の顔をジーッと覗き込む。

ハッとした彼女の目とオレの目が重なる。

「叉、ハン先生が男だって、確認できました。外科の病室担当だったから、男も女の体も慣れっこで。それこぞ剃毛なんて私の担当だったし。」そこはモジモジと言うんだな。

「じゃあ、ユン看護師は何千人もの、男を知ってるって事だな?」ニヤッと笑いながら聞く。

「わーー!そんな意味じゃないです!イやそうなのかなー?確かにアソコは良く掴むし。それに元気になったのを」ブツブツの内容が、丸聞こえ。

オイオイ、男を目の前にして、良く掴むって、まだオレの事、男って思ってないんじゃないか?

「ユン看護師、もう良いから。ほらっ、アパート見えてきたぞ。あれだろう?」オレの指差した先には、10階建てのアパートが見えた。

「そうです」

アパートの玄関に着いて階段を登っていく彼女。

手はまだ繋がれていたが「ハン先生、上がって行って下さい」オレを引っ張る。

全くコイツは。

「ユン看護師!まだ判ってないのか?オレは男。」

「えっ!?判ってますよ。ちゃんと今日確認出来ました。」エッヘンと偉そうに胸を張る。

判ってない。

「今の時間は、おっ、もう12時になろうとしている。真夜中だ。真夜中に男がユン看護師の家に入るって事は?」

「お茶を飲む?」

やっぱりな。「まさか、女が男を誘うんだ。オレも男だから、誘われたら断る訳にはいかないな。」

「誘う?」

「そうだ、ユン看護師はブスでもデブでもない。まあまあだから、良いよ。」

「まさか、あれって事?」

「そうだけど、隣の部屋にジフンが寝てるから、できるだけ声出すなよ。」

彼女の手が、パッとオレから離れた。

「全く今頃判ったのか?男って怖いんだぞ。愛なんてなくても、やれるからな。」

「ハン先生はそんな人じゃない。」真っ直ぐにオレをみる

「まさか?オレだって性欲は人一倍ある、だからヤロウと言われれば、やるさ。」

「だって、ハン先生悪巧みしてるけど、時々優しい顔になる。それに私を思い出して、来てくれた。」

どうしてコイツは痛いとこを。こうなったら。

オレは、グッと自分のスウェットパンツをギリギリまで下げた。

「ユン看護師のせいで、今ペンティを履いていないんだ。慌ててきたから履くのすっかり忘れてた。

だから、オレが男だって事、直ぐに証明できる。」右手で下を指差し、左手は、スウェットを押さえる。

真っ赤になった彼女は、「ハン先生のバカ!」大きな声をオレに放ちながら、中に入って行った。

一人取り残されたオレは、フーッと深い溜息を吐いた。

子供がいて、あんな風な女。もう、関るのはダメだ!


この寒空。ペンティを履き忘れたオレは、居心地が悪いまま自分の家まで歩いて帰った。






「おはようございます」何時も通りに、今日も人の良いハン医師を演じるオレ。

いろんな人達の挨拶。

これは、欠かしちゃいけない。

自分の診察室を開けると、彼女がいた。

真っ赤になった頬。

「おはようございます!ハン先生。」小さい声。

態度が、今までとは違う。

何時ものキラキラした笑顔ではい。

それに、できるだけ近寄って来ない。

オレは、彼女の態度を気にならないように。、パソコンの電源を入れ、レントゲンの画像を出す。

カルテを見比べて、今日の患者の様子を見る。

キーボードで、文章を打ち込んでいく。

「ユン看護師。」

「はい。」何時もは傍にいるのに、部屋の角から返事が聞こえる。

全く中学生か?

「仕事中は、何もしないから、何時も通りにしてくれないか?」

「本当ですか?」

「やりづらい。」淡々と答える。

「信じますからね。」

「あっ、オレは美人しか相手にしないから、心配するな。」イスを回転させて、部屋の角にいる彼女に向って言った。

「えっ?」

「昨日は、たまたまだ。嫌、酔ってたからな。」にやーと笑う。

「///////ハン先生ーー!」

「だから、お前なんか対象外だ。」真面目な顔で言う。

「えっ?」

「ユン看護師、患者を呼んで下さい。」

何時ものオレでいかないと、コイツとなんか関わっていられない。




皆様、こんばんは。

ねむいです、おやすみなさい