表彰式が始まり、数々の賞の発表が続く。




皇后から急に、公務が入ったので代わりにタイに行って欲しいと言われたのは、つい2・3日前。

急な公務。

オレは疑問に思ったが、韓国の皇室が出席しないとは、あってはならない事だった。

「皇太子、あなたの許婚の話しですが、相手側が断ってきたので、なかった事にしましょ。これは決定事項に。」

「皇后、少し待って頂けませんか。」オレの口がとっさに開いた。

「珍しいですね。貴方にとって名も知らなかった許婚が、貴方と結婚したくないって、申しているので大喜びかと思っていました。」笑う。

「そうですね。それは名前も顔も知らない頃なら。」

「皇太子、一般の娘よりも家柄の良い娘の方が、貴方に合いますよ。」皇后は笑っているが、目が真剣だった。

「皇太子の結婚は早いのです、それは何回も貴方に言い聞かせてきた事です。一般の女性があの膨大な資料を覚えることが出来るのでしょうか?

もしなったとしても、その女性はとても苦労するでしょ。

それよりだったら、家柄の良い所のお嬢様なら、そんなに苦ではないはずです。」

「オレはおじい様の遺言を大事にしたい。」

「太子!言葉遣いが。」

オレは立ち上がり、「タイへの公務は、皇太子らしくしっかりとやって来ます。」部屋を出た。







オレは庭園を眺め、チェギョンに会いたいと思った。

たわいない会話。

彼女の声が聞きたくて、色んな話をさせる。

オレの耳に残る彼女の声、ずーッと聞いていたいカワイイ声。

声までカワイイなんて。

何でこんなに、惹かれるんだ?

毎日・毎日彼女の好きな温かいココアを持ち、彼女が来るのを待っている。

この「宮」の中では、全てやってもらう生活をしているのに、彼女の為に毎日ココアを買っているオレ。

「チング」としか想ってもらっていない。

先の事なんて考えられないほど、彼女の傍に少しでもいたいと願う。

叶う事なら、オレの許婚としていて欲しい。

バレエのコンクールの招待席

オレの出番は最優秀賞の賞状を渡す事と、記念品の贈呈。

何時もと変わりない公務。

オレは色んな人達と、簡単な挨拶をしてこの招待席に着く。

このタイと言う国に来て、早3日目。

チェギョンに会いたい。

チェギョンの声が聞きたい

チェギョン禁断症状が出始めてきた。自分でフッと笑う。このオレ?

氷の王子と言われているオレが、好きな女に会いたくて堪らないと思っているなんて。

誰も思わないだろう?

流れ作業のように進む式。ついにオレの出番が来た。

「最優秀賞、韓国代表ミン・ヒョリン」

えっ?顔の表情を崩さずに、驚く。

ミン・ヒョリン。

目の前に進み出て来た彼女。

久し振りだな。

オレは、とうとう彼女からのメールに返信しなくなってしまった。

ちょっと都合の悪い、異国での出会い。

でもオレはちゃんと彼女に言い続けていた。

「許婚と婚姻するのが、皇室の決まりだ。お前とは別れる。」

チェギョンと知り合い、彼女に恋してから思い始めたミン・ヒョリンとの関係。

これは恋ではなかった。

「チング」まさにオレにとっミン・ヒョリンは「チング」と言う存在だった。

それを判らずに、付き合っていたなんて、子供だったな。

オレの胸の中にはチェギョンしかいない。

オレの心臓をおかしくさせる存在

シン・チェギョン。

土産でも買って行って、彼女の喜ぶ顔が見たい。

ミン・ヒョリンに、賞状を渡し、記念品も渡したら、ミン・ヒョリンが小さい声で「シン、愛している」

そして、背を伸ばし顔をオレの傍にもっていき、彼女の唇はオレの唇に触れていた。

????

最初何が起こっているのか判らなかった。

が!

記者達のフラッシュで、気がつく。

撮られている

オレは慌てて彼女から離れたが、時すでに遅し。何処から沸いてきたのか、壇の下でフラッシュが光る。

絶体絶命。

こんな時に思う事は、チェギョンが誤解しないと良いという気持ちだけだった。










ヒョリンがオレにキスをした。


この公衆の面前で、記者、タイの国のテレビ局が来ているの中での、思い切った行動。

ベテランな司会者が「韓国の憧れの皇太子から、貰える喜びの余りしてしまったようですね。」笑いながら、この場を乗り切った。

オレも、そのノリに乗り「受賞おめでとうございます」握手を、無理矢理ヒョリンの手を取り握った。

「ミン・ヒョリンさんからの、サプライズプレゼントありがとうございます。
これからの御健闘を、期待しています。」皇太子らしく優しく言った。

でも、近寄った時に彼女に聞こえるかどうかの小さい声で。

「どういうつもりだ。」地の底から響くような声で、彼女に伝えた。

このキスにお前は愛情を込めてしたかも知れないが。

このニュースは全世界に配信されてしまった事を、ヒョリンは知らないだろう。

オレの声に彼女の顔が強張る。

自分が、しでかしてしまった事の大きさにようやく気がついたようだ。

握手していた手が震えだしてきた。

遅い、もう遅い

チェギョン。皇室よりも。今オレの一番の恐怖。

彼女に知られてしまう事。

皇太子イ・シンの顔と彼女が知るカン・インの顔が一緒

ずーっと彼女に名前を告げれなかったオレの事を、どう思う。

皇太子の許婚のお前

騙された。その言葉しかないだろう。






皇太子に用意された控え室。

オレは、一人掛けのソファに座り、深い溜息をつく。

韓国に帰るのは、明日だ。

帰った後は、大変だな。学校に行けるかどうか判らない。

オレとしては、早くチェギョンに会いたい。

会って話がしたい。

オレの口から、ちゃんと言いたい。

チェギョンと知り合い、楽しい日々に甘えていた。

ただの男友達として、接してくれるチェギョン

放課後の少ない時間は、今まで生きてきた18年間の内で、一番キラキラ光っていた。

まッ、会っていた彼女が眩しかったからかもしれないが。

皇太子に騙されていたと思った彼女は、もう会いに来てくれないだろう。

あんなに皇太子の事嫌いだって言ってたからな。

嫌いなヤツとチングになる分けない。

オレは目を瞑り、チェギョンの顔を思い出す。

カワイイ顔、悩んでいる顔、怒った顔、笑っている顔、ボーッとしている顔

そして泣いている顔。

オレが初めて恋した彼女の全てが眩しかった。

もしかしたら、2度と見れなくなってしまうかもしれ。

妃宮候補として、育ちの良いミン・ヒョリンを押してくるかもしれない。

おじい様の遺言の庶民のチェギョンより、良家のミン・ヒョリンを皇室は選びたいだろう

「殿下、皇后様からお電話です。」オレのスマホを取り出した。

公務中なので、コン内官に預かってもらっていた。

オレはスマホを持ち電話に出た。

「皇太子ですか?」

「そうです。」

「先ほどの事は、ビックリしました。でも、太子。貴方キスをしたミン・ヒョリンと付き合っているそうですね。」オレの顔がハッとなる。

「私を騙せると思っていましたか、調べはついています。遺言の許婚より、ミン・ヒョリンさんの方が皇太子の貴方に釣り合います。

だから、タイのコンクールの審査員を、貴方に変わって貰いました。

食事に招待して、もっと親しくしてもらおうと思ったのに、ミン・ヒョリンさんの方が上手だったようで。」

「皇后様、残念ながら、ミン・ヒョリンとは別れました。彼女とは2度と付き合うつもりはありません。」

「えっ?」

「オレはおじい様の遺言通りに、シン・チェギョンさんと婚姻できたら良いと思います。」

「シン・チェギョンさんは断ったんですよ。」

「もう一度、もう一度聞いてみます。だから今回のミン・ヒョリンの事は無かった事に」スマホを持つ手に力が入る。

「太子、貴方らしくないです。」

「お願いします」

「陛下に相談してみないと。」

「ありがとう、母さん。」嬉しくてつい言ってしまった。

「太子そんな言葉」

「嬉しいよ、母さん。」通話ボタンを切った。







ソファに座り、目を瞑る。

皇后にはあー言ったけど、彼女が許婚に戻ってくれる確率はかなり低い。

韓国に帰り、オレの口からちゃんと言う

オレの本当の名前はイ・シン。そしてお前の嫌いな韓国の皇太子

シン・チェギョンの許婚だ。

スマホの待ち受け画面を見る。

この間、チェギョンと別れる時に撮ったヤツ。

薄暗い背景の中に、眩しいチェギョンが写っている。

彼女の写真はこれ1つしかない。

あれから何度も、この写真を見ている。

罵られても、怒られても、泣かれても、良い。

無性にチェギョンに会いたい。


「殿下、タイ皇室とのお食事の時間です。」コン内官が控えめに告げた。

「判りました。」オレはソファから立ち上がった。