ガヤガヤと騒がしいこの道場。

それなのに、今ボクの目の前の男のせいで時が止まった。

お互いに目を合わせたまま、固まっている。

「・・オイ・・・オイ。イ・キソプ、知り合いなのか?」責任者が聞く。

「ええ・・。」

何年振りだろう。この声を聞いたのは。

ボクは、幼馴染のキソプを黙ってみる。

「コ・ウンチャン・・・久し振りだな。」

「ああ、そうだな。」

「じゃあっ、コ・ウンチャン!キソプに聞いて、子供達を指導してくれ」責任者は、離れて行った。

ボク達は黙りあっていたが。

急にキソプが、頭を深々と下げて謝りだした。

「ウンチャン!あの時は済まなかった!」

「!!」

「自分のせいなのに、お前に八つ当たりしてしまった!」

「オイ、キソプ頭上げろよ!」ボクは彼の肩を揺する。

「逃げるように家を出てしまって、お前から離れてしまった。」

「・・・キソプ・・。」

「今でもあの時を思い出して、辛くなるんだ。」

「気にするなよ」彼の背中を叩く。

「キソプもボクも若かったからな!ほらっ!そろそろ子供達来るだろう?此処の指導の仕方教えろよ」バンバン、背中を叩く。

「ウンチャン。お前。」

あの時からずーっと悩んでいたあの出来事。

でも、アジョシと出会い、ボクの苦い想い出は大分安らいだと想っていた。

6・7年経った今、コイツは突然目の前に現れた。

やっぱ苦い思い出は、苦いな。








子供達の授業が終わり、ボクは片付けをして、キソプに挨拶を言いに行く。

「じゃっ、又明日」手を上げて行こうとしたら

「コ・ウンチャン!ちょっと話があるんだ。」真剣な顔。

「なんだよ?もう何ともないんだ。気にするなっていっただろう。」

ボクは、彼を残してさっさと着替えに行った。

着替えながら、もう過ぎたこと!蒸し返すなよな

ボクはアジョシとの生活が大切なんだから。

キソプに見つからないように、慌てて道場を出てスクーターの置き場に行ったら。

キソプがいた。

「しつこいぞ!」スクーターのメットを取る。

「ウンチャン、とにかく話ししよう。」ボクの腕を掴んだ。

その時、階段から女の人たちの声が、ガヤガヤと聞こえた。

ボクとキソプの事を見て、キャーキャー言い合うオバサン達。

ボクは慌てて腕を外した。

その中の一人の女性が、ビックリしてボクの顔を見ているのを知らなかった。

「此処だと、皆に見られるからどこかに行こう。」ボクを引っ張っていく。

「もう帰るから!」手を離そうとするけど、コイツのバカ力には叶わなかった。



イ・キソプ。

高校では、3年間テコンドーの高校生チャンピンだった男。

ストイックな彼は、3年間テコンドーに全てを捧げていた。

女子に人気があったのに、彼女はいなかった。

幼い時からずっと一緒にいたボクとつるんで、遊びまくっていた。

お陰で、高校卒業の時、ボクなんかとしようと思ってしまうんだ。










「おっ!そろそろ終わる時間だ。」オレは時計を見て、顔が綻ぶのが判った。

そして、入り口のドアの辺りで、ウロウロ。

外に出て、ウロウロ。


「先生、おっさん、初日からあんなんで、大丈夫なんですかね?」ウロウロしまくるジニョクの事を呆れた顔で見ている。

「アハハッ、恋する中年は少年になるからね。許してくれ。」片付けしながら言う。

「先生、俺がやりますから」

「片付けまでやるのが、プロの仕事。それに一緒にやると早く終わるだろう?」

「先生。やっぱ、俺先生に一生付いていきます!」手を取った。

突然の握手に僕はドキドキしたが、弟子には手を出さない。

入り口辺りでウロウロするジニョクを見て、僕は心配する。

ウンチャンの事、大切なんだな。

君がそんな風になるなんて、ちょっとばかり寂しいな。

吹っ切ったはずなのに、時々昔の古傷が疼く。

今は2人が上手く行く事を祈っているけど。

時々ね。

ウンチャン、僕達は君の意見を尊重したけど、何も起らない事を祈るよ。

少年のようにキラキラした目で、君の帰りを未だか未だかとうろつき回っている中年を悲しませないで。

ドアを開け、キョロキョロしているジニョクに

「明洞から此処まで、そんなに直ぐ帰ってくるわけ無いだろう!」言ってやった。

僕に指摘されたジニョクは、頬を染め

「仕方ないだろう。会いたくて仕方ないんだから。」ぼそりと言った。



おやおや、呆れ返る。恋する中年は、素直で宜しい。

「もう少ししたら、ウンチャンも帰ってくるさっ。」僕は恋する中年に声を掛けた。











「離せよ!こんなとこ誰かに見られたら、誤解されるだろ!?」腕を離そうとする。

「誤解されても構わない。」ポツリと言う。

「・・・・、聞き間違いか?」

「嫌、ちゃんと言った。このまま帰ってしまったら、お前この道場にこなそうな予感がするんだ。」

「みくびるなよ!ボクは先輩との約束は、絶対に守る。」胸を張る。

「お前は、変わらないなー。」ようやく腕を離してくれた。

「全く、テコンドー高校の部のチャンピオンが思いっきり掴んだら、痕が。ついたーー。」

腕を見ると、暗いのにはっきりと判った。

「悪い!お前を逃がしたくなかったんだ。」

全く、アジョシにどう言い訳したらいいのか。

アジョシには、心配させたくない。とアジョシの事を思っていると。

「ウンチャン、俺ずーっとお前の事好きなの知ってるか?」

「・・・・・・。」

「小さい時からずーっとお前と一緒だったろう。いつの間にか好きになってた。

で、お前に近寄る男、皆ぶちのめしていた。

お前って男らしくしてたけど、男子から密かに好かれていた。」
「マジか?」

「俺が告白できないのに、他のヤツになんて。でも、卒業式のとき、10数年分の想いをお前に伝えようとしたんだけど。緊張しまくりで、役に立たなかった。」

「そっかー、判った。僕本職があるから、もう行かないと!」時計を見たら、かるーく時間が過ぎていたので、慌ててスクーターの方に向かった。

「コ・ウンチャン!まだ話が!」

「明日聞くからーー!早くしないと!」アジョシが怒るんだよ!と心の中で叫ぶ。

スクーターに乗り、大慌てメットを被った。

アンティークに向けて、僕はアクセルのグリップを握った。





何度時計を見ても、ウンチャンは帰って来ない。

何処に行ったんだ。

入り口から、体を伸ばしウロウロと見る。

余りにも来ないので「ちょっと表の通りまで行って来る。」駆け足で出て行った。

「先生、終わってから、30分しか経ってないです。」

「まあ、まあ、許してやれって。」清掃が終り、売り場に移動する。

椅子に座って頬杖をつく。





アンティークまで続く道のり、今日はちょっとばかりスピードが出ているかも。

「今更なんだよーーー!」スクーターに乗りながら、叫びぶ。

「なんだよ、ボクが何時頼んだんだよ。男っぽいから、誰も近寄ってこないって、思っていたのに。キソプのせいだったのか?今更、教えてくれてどうすんだよーーー!」スクーターで怒っていたが、ボクには、アジョシがいるんだ。

ボクの事をちゃんと理解してくる、優しいアジョシ。

キソプに何言われても、動じない!

早くアジョシに会って、抱きしめてもらわないと。

景福宮の塀の角の信号を右に曲がり走っていくと、おまわりさん以外の人影が見える。

街頭の明かりで、浮かび上がるシルエット。

アジョシ!

慌ててスクーターをカレの傍に止める。

「アジョシーーー!」ボクはカレに飛びついた。

「ウンチャン、遅いぞ!」ボク達は自然に抱き合う。

「あーーッ、アジョシだーー。」カレの胸元に頭をグリグリする。

「ウンチャン、メットが痛い。」

「エヘヘヘッ、ゴメン。」カレを見上げる。

アジョシの優しい目がボクを見下ろしている。

「アジョシ、大好きだよ」メット越しの声は、カレの耳には聞こえずらかった。

「うん?」ヘルメットのシールドを上に上げて、ボクの言葉を待つ。

「大好きだから!ズーッとアジョシの事、大好きだからな!」ギュッと体に回していた腕に力を入れた。

アジョシはボクのメットを、ポンポン叩きながら

「寂しかった、ウンチャンのいないアンティークはつまらなかった。」

「アジョシ。」

急に思い出す、幼馴染のキソプの事を。

「アンティークに帰ろう。」アジョシは止めてあったスクーターを押しながら歩き出す。

ボクはメットを外して、フーッと一息を入れる。

アジョシの着ているベストの裾を指で掴み、ボクも歩く。

2人であるく短い道のり。

アジョシと2人で歩調を合わせて歩く。

ボクはアジョシの姿を見上げる。

「なんだ?」

「かっこいいなって。」

「いつもの事だ。」ニヤリと笑う。

ボクもニヤリと笑い「うぬぼれ屋ーーー!」ベストを引っ張る。

「ウンチャンだけが、オレの事カッコイイと思ってくれれば良い。」前の方を向く。

歩いていくと、アンティークが見えてきた。

温かい光に包まれたケーキショップ。

ボクとアジョシは顔を見合わせる。

顔と顔が段々近づき、自然にキスをする。

キスの合間に言葉を交わす。


「お帰り」「ただいま」







「ただいまーー!」アジョシと手を繋ぎながらアンティークの中に入っていく。

弟子君が出てきて「ウンチャン、おかえりー!」出迎える。

魔性のゲイ先生もボクを迎えながら

「ウンチャン、テコンドーどうだった?」にこやかに聞いてくる。

「久々の指導で、ぎこちなかったと思うんだけど。楽しかった!

子供に教えるのって、本当に楽しい。そこの道場にいっぱい子供がいてさー。」

「ウンチャンって、本当にテコンドー出来たんだ。」弟子君が笑う。

ボクは、弟子君に「今度いちょやってみるか?」意気込む。

「オイオイ、ボクシングにテコンドー、このアンティークにはスポーツ系ばかりいるな。」

弟子君がまだまだボクの事をからかって遊んでいる時に。

小さいテーブルに、アジョシと魔性のゲイ先生が座ってこっちを見ているのを判らなかった。




オレと魔性のゲイは、若い2人の言い争いを聞いている。

「ウンチャンから、ジニョク以外の男の香りがした。」

「気がついたか。」溜息を吐く

「若い男の子がつけるヤツだ。たまたまだろう。気にするなって」

メガネを外して、ポケットからクリーナーを出してレンズを拭く。

「腕のとこに痣が、行く時にはなかったのに。」オレの深い溜息は、ますます深くなる。

「鋭いな!さすが、彼氏だ。」

「ちゃかすな。やっぱ、行かせなきゃ良かった。」

「心配性だな、ウンチャンはジニョクの事しか思ってないんだから、大丈夫。」バン!と背中を叩かれた。

「・・・。」痛みを堪えながら、魔性のゲイを睨む。

「さあさあ、皆もう帰る時間だ。僕はもう帰るよ。」立ち上がる。

じゃれ合う2人は「えっ?もうそんな時間ですか?」

「片付け。」

「片付けは、やっておいたから、もう帰ろう。ジニョクはウンチャンの事が気になって、気になって全然仕事仕事しなかったから、怒ってやって。」着替えの部屋に消えて行った。

「そうそう、ドアの前でウロウロしてた。」ニヤつく。

「オイ!!ちくんな。」とアジョシも立ち上がる。

「オーーーッ、あぶねー。」2階に上がって行った。

「アジョシ、帰ろうーー!」屈託の無い笑顔で、オレの事を見上げるウンチャン。

小さな疑問が大きな事にならないと良いなと願う。





「アンティークと家が近いっていいね。」

アジョシは家のドアの鍵を開けて、ボクを先に入れる。

ボクは靴を脱いでキッチンに向かった。

冷蔵庫からチルソンサイダーを取り出し、魔性のゲイ先生から受け取った試作品の蓋を開けた。

「ヒョーーーーッ!」

箱の中には、彩りに飾られたタルトケーキが1ホール入っていた。

ボクの目が自然に光りだす。

それを見ていたアジョシが「オイ、目から星が落ちてくるぞ。」と忠告する。

「だって、アジョシも見てごらん。この凄さを!」呼ぶ。

ボクに呼ばれたアジョシは、箱の中を覗き込んだが。

「・・・・。」チラ見して、ウへーーッと変な顔してリビングのソファに座った。

「これ、生クリーム使っていないから、アジョシも食べれるのに。」

傍にあった雑誌をペラペラめくっていたアジョシ

「シャワー浴びてくる。」立ち上がった。

魔性のゲイ先生の芸術作品にスプーンを挿していたボクは「ウン。」言う返事をした。

魔性のゲイ先生のケーキは光り輝き、ボクを誘いまくる。

でもボクは、椅子から立ち上がった。





洗面所の鏡に映る中年のオレ。

「・・・・・・・・。」自信がない。

ウンチャンをオレの下に居させる自信が。

あんなにカワイイんだ。他の男がほっとくわけ無いだろう。

だから行かせたくなかった。

ウンチャンとの生活は、幸せ過ぎて。

この幸せが壊れるのが、怖い。

毎日が幸せだけど、反面ウンチャンを失う恐怖に怯えている。

鏡に映る、32才のキム・ジニョク。

せめて後5才若かったら、こんな思いもせずに、ウンチャンを丸ごと愛せたのに。

鏡にスン止めで、拳を近づけた。





「ジニョク・・・シー。何悩んでるんだよ。」

オレはビックリして扉の方を見る。

扉の隙間から、ウンチャンが覗いていた。

「ウンチャン!」

扉を開け、オレの元に近づく。

彼女がオレの名前を呼ぶ時は、ちゃんとオレの気持ちを聞きたい時。

彼女の細い体から伸びるきれいな腕が、ふんわりとオレを抱きしめる。

テコンドーをやっている割に、キレイな腕、そして細い指。

彼女の髪からシャンプーの残り香。

ゴクッ

オレは彼女の香り、彼女の柔らかい体に弱い。直ぐに理性が効かなくなる。

「キム・ジニョクシーっ、何でも言い合わないと。」彼女のきれいな指がオレの背中を軽いリズムで叩いているのが判る。

オレは我慢できずに、ウンチャンの体を抱きしめる。

愛おしい。

こんな中年のオレに、人生最後の天使が舞い降りた。

これは奇跡だ。

オレだけを愛してくれ、オレだけを見てくれ。オレの傍から居なくならないでくれ。

この想いを、ウンチャンに伝えたいが。

その勇気は未だに出ない。

想いは言葉にできないが、強く強く抱きしめる事で伝えようと。

「アジョシ!痛いって!」彼女に怒られた。

痛いと言う言葉を聞き、慌てて力を抜いた。

「悪い。」

「ボクはアジョシだけ好きなんだ。だから悩まないで!悩むことなんかないんだ。

ボクの全て、アジョシにあげてるのに、まだ何か欲しいの?

アジョシは強欲もんだ!」キスをしてくれた。

ウンチャンの可愛い唇が、オレの唇と重なり合う時。

又、あの香りが微かに漂った。

ブチ。

理性の切れる音が頭に響く。

彼女の優しいキスを、オレは台無しにした。

きつくきつく絡み合うように、何度もキスをする。

「アジョシ!きついって。」口の隙間から発する言葉。

それでも止めれないキス。

「優しくして!」彼女の手がオレの脇腹に一発入った。

「うっ!」一言だけ発して崩れるオレ。

「あっ、力加減間違ったーー!アジョシ大丈夫?」慌てふためく彼女。

蹲って「いやオレが悪かったから。」苦笑い。

「アジョシ!ゴメン!」彼女はずっとオレの背中を摩る。

彼女の温かい手のお陰で、オレの心も段々温かくなっていく。

テコンドーの指導者の免許を持っている彼女の拳を、まともに受け取ってしまったオレは、よれよれと立ち上がった。

彼女はオレを支えながら。

「アジョシ、ゴメン。普通の女の子ならこんなこと絶対にないのに。」泣きそうだった。

「それでも、ウンチャンの事が大好きなんだけど。さっきはオレが悪いんだ、ウンチャンのせイじゃない。」彼女の頭を撫でてあげる。

「アジョシーーー!」見上げられる。

「じゃっ、もう一回キスして。さっきみたいにならないようにするから。」笑う。

急に赤くなるウンチャン。

「どうした?」

「だって、アジョシがカッコよくて。アジョシのカッコ良さにまだまだ慣れないよー。」胸元に顔を埋める。

「ウンチャン、素直で宜しい。」

「じゃっ、アジョシも素直になれよー。」とキスをしてくれた。

さっきの荒々しいキスではなく、お互いの気持ちを確かめ合う優しいキス







皆様、こんばんは。

今日は、ワクチン接種のため、バイトをお休みしましたー。

スタッフさんたちの誘導により、スムーズに終わることができました。

次は3週間後。忘れそうです。(汗)

コメント、いいねボタン有難うございました。

では、おやすみなさい。