「今日から、私イ・シンが社長の代行を務めさせて頂きます。昨日緊急株主総会で承認を頂けましたので、私の言動は社長の言葉と思って下さい。」
食堂で食事をしていると、後ろからシン君の声が聞こえた。
慌てて振り向いても、シン君はいなくて。
何時ものようにビシッとスーツを着たシン君が、大きな一台のテレビの中にいた。
人の声や、食器の音で煩かった食堂がシーンとなった。
皆んなの顔が、驚き過ぎて何も言えないでいる。
昨日の夕刊に韓国一の企業の不正を内部告発されて、その事について社長が会見すると予定されていた時間。
このホテルの従業員たちも興味ある話題に、皆の視線は一台のテレビに向けられて、時間通りに壇上に立った人は昨日までこのホテルの経理部の室長だった。
不正でも驚いているのに、なぜ室長がって、倍に驚きが増している。
ようやく皆んなが、ザワザワと騒ぎ始めた。
「チェギョン、これって。」向かいに座っていた、イ・ジイ先輩の目が落ちそうだ。
「チェギョン!」他の席で食べていたムン・ジェウォンが私の側にやって来た。
隣の席に座っていたガンヒョンは、私の手を握ってくれた。
「シン君。」小さな呟きは、本人に届かない。
テレビに映るカレを見て、あー、本当にカレは違う世界の人なんだーと思い知らされる。
「ちょっと!室長って、韓国一の企業の社長の代行って、もしかして息子なの?」先輩の目が血走っている。
「チェギョン、あそこって、世が世なら皇帝の家系だから、本当だったら室長は皇太子?」ムン・ジェウォンは、小刻みに震えだす。
「そうですねー。息子で皇太子様です。」淡々と言う。
「だから、室長は何度も断られたのかー。で、お前んちって皇族系か?」彼も淡々と言う。
「ううん、普通の食堂の店主。」無表情で言う。
「そっかー、レベルが違い過ぎて簡単に付き合えない。」
「色んな事があって、何があってもシン君への気持ちは変わらない!と思っていたけど。」画面の中では、シン君が説明と記者達の質問を受けているところが流れている。
シン君は、先祖代々備わっている王族イ家の威厳・威圧が備わっていて,それに頭が良く説明も上手い。
色んな記者達の鋭い質問も、罵声も上手くかわしていく。
あっ、ちょっと無理そうかなーと思っても、あの鋭い目つきにビシッとやられて、何も言えなくなってしまう人がいた。
そうそう、私はずーっと威厳・威嚇の目付きにやられて毎日泣いてたねー。
急遽代行になったのに、この人ならこの企業の立て直しも大丈夫じゃないか?と言う空気になってきた。
「だよなー、あのシンだぜ?昨日の株主総会でも堂々としていた。アイツが本気出したら不正問題も改善させていく。」突然現れたこのホテルの社長と秘書とスーパーフロントマン。
「そうそう、俺達も皆お互いの会社の株持っているから、昨日の総会にお呼ばれしました。」ニヤッと笑うインさん。
「チェギョンちゃん、シンなら大丈夫だから。絶対的なオーラを持っているからねー。」新婚のファンさんまで。
ムン・ジェウォンがこの会社の実力者が突然ここに居て、又ビックリしている。
「あのー、シン君のお父様の容態は?」
「あーーっ、この問題で相当体にきたみたいで倒れてしまったけど、今はだいぶ落ち着いているみたいだ。」
昨日、アパートの前で待っていてもシン君は現れず、何度電話を掛けても繋がらないで。
不安で不安で、部屋の片付けもしないまま携帯をジーッと見続けていたら。
ガンヒョンの携帯に電話が来た。
ギョン君からの電話は、これからシンの会社の株主総会に出てくる。
シン君のお父様が倒れて、急遽社長代行にシンが就く審議をするみたいで、ギョン君も慌てて出席した。
それで、シン君の会いに来ない状況が分かったが、まだ会った事もないお父様が倒れたという事も心配だし、シン君の社長代行と言う株主さん達の総会も心配だし・・。ずーっと夜から心配してばかりで、あまり寝ていない。
「ほらっ、チェギョンもう座りなさい。」私があまり寝ていないのを知っているガンヒョンは、食堂の椅子を引き私を座らせた。
何も言わずにストンと座った。
周りの人達はシン君の驚きの登場にまだまだざわざわと騒いでいて、ここにこのホテルの社長がいるのも気が付かないでいる。
「それにしても、シンってやっぱスゲーな。ほらっ、次々と記者達を黙らせていく。」
「そうだなー、もうこの会見も終わるだろうな。」
「そうだね。でも、不正をしていた事は本当みたいだから、企業のイメージは崩れ、大変なことが起こるだろうね。」ファンさんの言葉に私はギュッと眉毛に力が入ってしまう。
「オイオイ、チェギョンちゃん、シンにいつも言われてるだろう?そんな顔男に前でしちゃダメだって。」インさんが私を窘める。
「あっ、すみません。ついシン君が大変過ぎて倒れてしまうんじゃないかとー。」シュンッと項垂れる。
「シンは大丈夫。」ファンさんはしっかりとした言葉で言う。
「そうそう、このホテルの経理部で室長っていう位で過ごしていたが、結構裏ではやり手で、このホテルの陰の社長って俺達は言ってたんだ。
だから、会社の経営、色んな事は全て出来るやつだから、不正の事も乗り越えられるよ。」ギョンさんが、ガンヒョンの傍に来て「今日の具合は大丈夫か?」小さい声で呟いていた。
「うん、今日は大丈夫だから、心配しないで。本当に室長は大丈夫なのね。」まるで夫婦のような会話。
「大丈夫。まあーっ。1カ月以上は忙しいからこの会社を辞めていくだろうな。」
「えっ?」初めて聞いた、なにそれ?
「ギョン君。シン君会社辞めちゃうの?」三人を見上げる目には、何故か涙が溜り始める。
「おい、泣くなよー。俺達が泣かしているみたいじゃないかー。シンから聞いていなかったのか?」驚くギョン君。
「そろそろ家の会社に戻らないといけないから、この会社を退社するって。今日はその手続きをする筈だったんだ。」インさんが言う。
「彼女のお前が知らない訳ないだろう?」ギョン君が驚きながら言う。
「知らなかった。」縛りだす声は、少し震える。
「きっとシンは気を使ったんだろうね。」ファンさんは優しく言う。
「そうよ、チェギョン。きっと引っ越しが忙しいから、終わったら言ってくれる筈だったのよ。」ガンヒョンは握っている手を優しく撫でてくれた。
「そうかなー。」確証のない言葉に、シン君の本心が知りたい私は、ハイとは言えなかった。
「もー―っ、ちゃんとした状況が知りたいんですけど。」イ・ジイ先輩がインさんの腕を引っ張って横にずれた。
それに気が付いたムン・ジェウォンは「?あの二人って、関係ありなの?」又もや驚き指をさす。
「セフレだよ。」社長のギョン君がニヤリと笑う。
「!!!!」社長から答えられ、そしてセフレと言う言葉に驚く。
「まったく今日は、朝から驚いてばかりで。俺倒れそう.」傍にあった椅子に座る。
「昨日、室長が二人が付き合っていることを皆に言うって言ってたから、俺は傷心でようやく会社に来たのに、肝心の室長が来ていなくて、でもそのご本人が韓国一の企業の跡取りだったなんてー、もうオレの頭の中パニクって。」頭を抱えて髪の毛をガシガシやる。
「えっ?シンって、とうとう皆に言うつもりだったんだー。」ファンさんが驚く。
「そうですよ。昨日室長のおねーさんのお店に連れて行かれて、二人は付き合っているって、はっきりと言われましたが、チェギョンの事好きだった俺は、それでも好きですって言ってやりましたが。」
「お前、あのシンに挑むとは!中々の根性だ。」ギョン君はバシッと叩いた。
「そうそう、あのシンにねー。昔を思い出すと今でもブルッと震える時があるけどね。」ニコリと笑う。
「えっ?」私とガンヒョンとムン・ジェウォンは同じ声を出す。
「あはははーっ、若い時だから。今は落ち着いて大人になっちゃったからねー。」
「テコンドーの猛者の女なんか、俺は絶対に手は出さない。」ニヤリと笑う。
「えっ?テコンドー?」ムン。ジェウォンの情けない声。
「そう、アイツ、強いよ。インも中々強いんだけど、あの細身な体で回し蹴りが強烈なんだよ。試合でも素人相手でも手を抜かないヤツでねー。」クスクス笑う。
「オイオイ、シンの事言ってると後が怖いぞー。」インさんが、イ・ジイ先輩に説明をし終えて戻ってきた。
「ヤバッ!俺達が言ったって事は内緒な。」慌てるギョン君。
「ほらっ、会見も終わりそうだよ。」ファンさんの声で皆の目線はテレビに集中する。
シン君が立ち上がり、深々と頭を下げ、その後ゆっくりと「では、失礼いたします。」言葉を残して部屋を出て行ってしまった。
皆、又シーンとしていたが、「すっごーい。」誰かの声で、皆又ざわざわと言い始める。
「室長素敵だったわー。」「堂々とあの会見をこなすとは、さすが室長ー。」男子、女子皆、それぞれ言い合っていた。
「じゃあ、俺達も行くわ。」ギョン君が手を上げる。
「うん。」ガンヒョンが手を振る。
「あっ、お前の名前?」
「ムン・ジェウォンです。」スクッと立ち上がる。
「シンのライバル。頑張れよ。」ニヤニヤと笑う。
「じゃあ、」インさんとファンさんも行こうとしたが「チェギョンちゃん、アイツ今猛烈に忙しくてチェギョンちゃんに会えないけど、ちゃんと待っていてあげて。」インさんが優しく笑う。
「私なんか、本当に待っていて。」テレビに映っていたあまりにも格の違うシン君に、今更ビビってしまう私。
「君の事が大好きなんだよ。」インさんの辛そう。」寂しそうに言う。
「チェギョンちゃんは、迷わずにキモチをしっかりとしていなさい。」ファンさんは、インさんの肩をバシッと叩き二人で食堂を出て行った。
「ちょっと、どさくさに紛れて、何言ってるんだよインがチェギョンちゃんの事好きなのは勘づいていたけど。」ファンが俺に怒ってくる。
「!!知ってたのか?」たださえ目が大きいのに今はもう飛び出してしまいそうだった。
「気が付かないのは、ギョンとチェギョンちゃんくらいだよ。」フーッと溜息を吐く。
「じゃあ、シンもか?」思い切って言う。
「そうだね。チェギョンちゃんの事なら敏感だから。」
「俺だって言わないでおこうと思ってたさっ。でも、あんな弱々しい顔されてしまって。」眉間に皺を寄せてファンを見下ろす。
「シンが一番大変な時に、入り込む気?」温和なファンが強い口調になる。
「親友の女を取る事は絶対にない!それにチェギョンちゃんは俺の事何にも思ってないよ。」フーッと溜息を吐く。
「オイ、何やってるんだー。仕事始まる前に、シンの会社の事で俺達が出来る事をやらないと!」ブンブンと手を振っているギョン。
「まったくーーっ。まー、その通りだ。今はシンの会社だな。」俺とファンは向き合い苦笑いをする。
「そうだね。インの言葉信じるからね。シンが初めて好きになった女の子なんだから―、僕達は見守ってあげるんだよ。」
「分かったって。ずーっと見守ってきたのに、ちょっと気が緩んでしまったな。」
「ほらっ、時間がないぞー!」エレベーターのボタンを押して急がせるギョン。
「オイ、あれでここの社長だとは?俺達がここを辞めて行ってもアイツは大丈夫かー。」苦笑い。
「大丈夫でしょう―。なんたってしっかりとした彼女さんがいるからねー。」俺とファンは笑いながらギョンが抑えているエレベーターに乗り込んだ。
皆、興奮していたが、時間も過ぎ人もまばらになっていく。
ムン・ジェウォンも仕事場に戻っていった。
「私達もそろそろ行きましょう。」イ・ジイ先輩が立ち上がる。
「はい。」私とガンヒョンが立ち上がろうとしたら、ガンヒョンの身体がフラーっと揺れた。
「えっ?」慌てて支えたがガンヒョンは額を抑えていた。
「ごめん、急に立ちくらみしちゃってー。」うつむいたまま話したのを、座らせた。
「具合、最近は良ったのにー。一回病院に行こうよ。」具合の悪そうなガンヒョンを心配する。
「ガンヒョン、病院に行ってないの?立ちくらみだけ?」イ・ジイ先輩は聞く
「最近、引っ越しの準備で遅くまでやっているので、寝不足なんです。でも、昨日のチェギョンは全く寝てないので、私はチェギョンの方が心配です。」一瞬だったが顔が青かったが今は、少し赤みを差してきた。
「寝不足?じゃあ、引っ越しの片付けゆっくりやんなさいよ。」イ・ジイ先輩が溜息を吐く。
「でも、今週中に出て行かないといけないんです。」
「次の所に少しづつ荷物は持って行ってるんで、あともう少しなんです。」
「もう、寝不足になるくらい頑張らないでよ。女子の身体は繊細なのよ。」ガンヒョンの手を取って、ゆっくりと立ち上がらせた。
「はい。」
「ガンヒョン、引っ越しの準備私がやるから、いっぱい寝てよー。」
「立ちくらみ位で、大丈夫だって。今度の休みには出て行かないといけないんだから。さっさと引っ越ししてゆっくり寝よ。」優しく笑うガンヒョン。
経理部に向かいながら「程ほどにね。」3人で経理部に向かい、扉を開けると。
皆シン君の話をしていた。
今日出社したら、室長の突然の休みに皆戸惑っていたが、まさかその理由が韓国一の企業の跡取り息子だったとは!!そりゃー、皆驚くよねー。
私は、ガンヒョンと目を合わせ、苦笑いをして席に着いた。
隣の席に座っていたムン・ジェウォンは「チェギョン。お前、大丈夫か?」
「大丈夫って、何に大丈夫なの?」
「キモチ、揺れてる?」何時もと違って真剣な顔。
「揺れてるって?そんな事ない。」段々小さな声。
「そっかーっ。自信が無いのは分かるけど、こんな時にはお前がしっかりと支えてあげないとな。」
「!!ムン・ジェウォン?」ビックリする。
「言っておくがな。俺はお前の事は好きだけど、室長の事は尊敬、憧れ、男として惚れぬいてるんだ。室長の会社がピンチなら手助けしに行きたいくらいだ。」ボソボソと皆に聞こえないように言う。
「・・。」
「なんだよ。」驚いてポッカ―ンと口を開けている顔を見て、恥ずかしそうに見返す。
「ムン・ジェウォンって、男前。」
「何言ってるんだ。今頃気が付いたのかよー。それより俺は昨日の夜からショックが大きくて、俺の心はボロボロだけど。室長の事は応援している。」
言葉の終わりとともに、始業ベルが鳴り響く。
ガヤガヤと室長の事で騒いでた皆が席に着き静かになった。
シン君。シン君の事を応援している人はここにいっぱいいるよ。
だから、頑張って。
毎日、会社ではシン君の事を見ることが出来、仕事が終わった後も、シン君の部屋に泊まっていた事がなくなり、私は深い溜息を吐く回数が増えた。
携帯を見ても、着信、LINEも着ていない。
私からは、忙しいシン君にかけてはいけないと思い込み、ひたすら待っているのみ。
待ち受け画面にシン君の部屋で撮ったカレの笑顔に変えた。
何時もは二人寄り添った画像だったが、シン君に会えない日々。
シン君切れで、私の心は折れそうになっていた。
会いたい、こんな状況だけど、会いたい。
昼ごはん食べたら、ガンヒョンにギョン君からLINEが着て、私に社長室に直ぐに来てくれと。
私とガンヒョンは、慌てて社長室に行き扉を開けた。
「食堂からここまで結構あるのに、早かったな。」ギョン君が社長の席に座ってニヤリと笑う。
インさんもいて、こっちを振り向いた。
あれ?三人目の姿は、ファンさんじゃない。
「チェギョンちゃん!」そこには、シン君のおねーさんがいた。
「おねーさん!」私は慌てて近寄った。
「おねーさん、シン君は!シン君は元気ですか?」おねーさんに急接近して、キスしてしまうんじゃ無いかと思う位に近づいてしまった。
「チェギョンちゃん、落ち着いてー。」私の肩をガシッと掴む。
「チェギョンちゃん、焦り過ぎ。」イン君が笑う。
「すみません、おねーさんを見ちゃったら、シン君のことしか考えられなくて。」苦笑いをする。
「チェギョンちゃん、ありがとうね。シンは元気に動き回ってるわよ。だから、心配は要らないわ。
父の具合も安定してきたから、暫く休んだら復帰出来るから、その間シンの事貸して頂戴。」ギョン君とインさんに、ニッコリと笑う。
二人はどうぞどうぞと、おねーさんにはアタマが上がらないみたいだ。
「あっ、本題からずれちゃった。私が今日ここに来たのは、シンから頼まれてきたのよ。
チェギョンちゃんに頼んで、シンの部屋から着替え持って来て欲しいんだって。」
「ガンヒョン、ちょっとチェギョンちゃん連れ出すから、抜けた時間のフォローヨロシクね。」綺麗に笑う美女には逆らえない。
「ヘミョンさんには、何時もお世話になってますから、お任せください!」
「よし、じゃあ、もう連れて行くからねー!」おねーさんは言いながら、私の手を引っ張って、あっという間に社長室を出て行った。
おねーさんの車に乗り、シン君の部屋を目指す。
「私が着替え取りに行くって言ったのに、シンったら慌てちゃってー、チェギョンに任せたいって。今更、弟のぺンティくらい平気なのにねー。嫌だー、ビキニパンツ?それも赤とかピンク?、紫ーーー。嫌々紐ペンティ?本当だったらどうしよう。」ケタケタと笑うおねーさん。
笑うおねーさんの隣で、そんなもんじゃないです。
あのカッコイイシン君がキャラペンティを履いてるなんて、おねーさんに知られてしまったら。
冷や汗がダラダラと出てくる。
だから、シン君は着替えを私に頼んだんだよね。
アレを見られてしまったら、おねーさんは一生からかうに決まっている。
絶対にバレてはいけない。これはシン君の切ない頼みだ、何とか成功させないといけない。
私は引き攣った笑いをしながら、おねーさんに合わせた。
部屋に着き、二人で中に入っていく。
何日も主のいない部屋は、シーンと静まり返っていて、ここが何時もの部屋とは思えなかった。
シン君がいないだけで、この部屋はこんなに変わってしまうなんて。
何時もは温かく幸せな部屋は、冷たく私を迎える。
キョロキョロと見渡し、溜息を吐いていると。
「チェギョンちゃん、シンのスーツや下着宜しくね。私は頼まれた物探すから。」
シン君の寝室に入りWICの扉を開けた。
ズラーッと並んだシン君のスーツ。
私のお気に入りのスーツを選び、カバーに入れる。
ワイシャツやネクタイ、靴下と色んな物を選び、下着はッと、普通のにしようと黒系のペンティを持った。
二人お揃いのキャラペンティ達は見られると困るので、奥底に押しやった。
リビングに移動して「おねーさん、取り敢えず1週間分持ちました。」腕にはずしっと重なっている。
「あれ?スーツにはクリーニングの札がついているけど、ワイシャツにはついてない。」持っているワイシャツを紙袋に入れているとおねーさんは不思議がる。
「あっ、シン君はワイシャツだけは自分でアイロン掛けているんです。スーツとかはプロに任せるけど、どうもプロのアイロン掛けはパリッとし過ぎて嫌いみたいです。」
「マジで?知らなかったー。」
「自分の肌に触れるワイシャツだから、ストレスなく着たいって。初めてアイロン掛けしているのを見てビックリしました。
全部クリーニングに出しているものだと思っていたので、シン君のそういうところに益々惚れちゃいました。」
「この間勇気を出して、私もアイロン掛けてみたいです。やり方教えて下さいって言ったら、ビックリしてました。
オレより上手くできるのか?って意地悪な顔で言うから、上手くなってみせます!って宣言しちゃったのに。
まだ教えて貰ってないので、早くシン君がこの部屋に戻って来れればいいなー。」シュンとなってしまう。
「そうだね。会社がこの不正の事をうまく乗り切れれば、シンも落ち着く。
早くシンを、チェギョンちゃんの元に返してあげないとね。
父と母もチェギョンちゃんに謝ってたわ。シンが会社にずーっといて済まないって。」
「とんでもないですよー!私なんかに気を使わないでください。お父様は体力回復して下されば、私も嬉しいです。後、今は頑張り過ぎてシン君が倒れてしまわないように、祈っています。」
「アハハっ、シンは小さい時は弱かったけど、テコンドーをやるようになってから、丈夫になったのよ。
だから、チェギョンちゃん、シンは大丈夫。」私の頭をナデナデしてくれるおねーさんの優しい手が温かくて、ついボロッと涙が出てしまった。
「泣いちゃダメでしょう。シンはチェギョンちゃんの笑顔が好きなんだから笑ってなさい。」おねーさんが笑う。
「はい。」ボロボロと涙を流しながら頷いた。
「まったく、チェギョンちゃんって可愛いね。シンが惚れぬいてしまうのが分かるわー。
貴方達が付き合いう前に、シンってよくうちの店で、落ち込んでいたのよ。
「今日も泣かせてしまった。本当は彼女の笑顔が見たいのに、必要以上に責め立ててボロボロに泣かせてしまう。オレって本当に馬鹿だ。」って、すっごーく落ち込んでねー。
「オレも、皆の前で笑っている顔を近くで見てみたい。ねーさん、世界一可愛いんだ。見たいのに、何故かその彼女を泣かせてばかりで、泣く顔か怯えた顔しか間近で見た事がない。
笑顔が見たいんだ。ただ笑っている顔をずーっと見ていたい。」って、酒のペースが早いとボロボロと弱音を吐いていくのよ。
「おねーさんーー。」ボロボロ涙は止まらない。
私がずーっとシン君の事を般若って名前で呼んでいた時「シン君はそんな気持ちいたなんてーー。」言葉も嗚咽で途切れ途切れだ。
「ねっ、だからもう泣かないで。シンはチェギョンちゃんの笑顔が大好きなんだから。」
「はい。・・はい・・。」私は止まらない涙を堪えて、何度もハイと頷いた。
「さー、泣いてると時間だけ過ぎて行くわよー。行かないと!」おねーさんは私が持って来た着替えを持ってあげようと持ち上げたら、紙袋の底が引っ掛かって着替えが散らばってしまった。
「!!」散らばった色んな柄色んな色のワイシャツやネクタイ、靴下、黒のベンティー。
その中に一際目立つ1枚の異色な存在。
おねーさんの目が飛び出してしまった。
「これはー。」ようやく絞り出した声は、震えている。
私は慌てて隠そうとしゃがんだ。
なんで?そんなー!!
引き出しの奥底に入れたはずなのに、なんでーこの中に入ってるのー!
「チェギョンちゃん、今更隠しても無駄よ。」おねーさんの目がギラギラと光ってる。
「何でもないです。きっと私のペンテイが間違ってー。」
「そんな訳ないでしょー!」私が隠していた所から、パッと奪い取ったベンティーを高らかと揚げ
「男物ね!」ニヤリと笑った。
シン君のベンティーがユラユラと揺れているのを、私は床の上で情けない顔で見上げた。
「おねーさん、これは私が勝手に買ってシン君にプレゼントしたもので、シン君は履いてないんです。」シン君が内緒にしていた韓国一の企業の息子で世が世なら皇太子っていうのがバレてシン君に少し時間を下さいと告げた期間、カレはキャラペンティ好きな私と同じペンティを自分で買って履いていた。
絶対に履かないと思っていた人なのに、そんな勇気を出してまで私に事を思っていたことに感動していたあのペンティが、今目の前で一番知られてはいけない人に握られている。
「何言ってるのよー、チェギョンちゃん、ね・ふ・だが付いてないわよ――。」美しく笑うおねーさん。
どんな言い訳も通じない、諦めた私は「内緒でお願いします。」切ない声で頼んだ。
「チェギョンちゃん、私ももう31才よ、子供じゃないわー。」ユラユラとキャラペンティーは揺れる。
「じゃあ、内緒に!」微かな望みにかける。
「言わないわよ――。でもね、この非常事態が終わったら、何時もからかわれていたお返しをしないとね。」ニヤリと笑う顔がシン君とそっくりです。
女版般若、久々にあのお面を思い出してしまった。
シン君ごめんなさい…キャラペンティー、バレてしまいました。
男物のシン君のキャラペンティーは何度も何度も空中で振り回されていた。