ガンヒョンと私は今月末の引越しに向けて、部屋の片付けをしていた。

「結構荷物あるよねー。」要らなくなった物を持ち、ゴミ袋に入れた。

「二人の生活長かったからねー。思い出ばかりだ。」ガンヒョンもオモチャを持ちしみじみと眺める。

「あっ、それ、ガンヒョンの初彼氏からの誕生日プレゼントだー。」ニヤニヤ。

「よく覚えてたわねー。」恥ずかしそうな顔。

「そりゃあ、覚えてますよ。男なんて嫌いよって言ってたガンヒョンが初めて好きになった人だもの。」その頃を思い出しうんうんと頷く。

「そう言う、チェギョンこそ、それ初恋のユル君との交換日記でしょ?」ニヤリと笑う。

「ギグっ!ガンヒョン覚えてたのねー。」一冊の古いノートを大事そうに見ていた。

「ずーっと取って置いていたんだけど、どうしようかなー。」ペラペラめくると、ユル君の子供っぽい字や、私のユル君への気持ちがいっぱい書いてあった。

「わー、中学の恋は一途だ。ずーっと待っていたよねー。」何回もペラペラと捲る。

「どうするの?」ガンヒョンは思い出のおもちゃを持って、聞いて来た。

 
「私の真剣な初恋は胸の奥底に閉じ込めてく。だから、もうこのノートは持って行かない。」ノートをジッと見つめながら言う。
 
「おっ。良いの?」意地悪そうな声。
 
「うん。幼い恋も真剣な想いだったけど、大人の恋とは全然違う。」しみじみと言う。
 
「そっかー、とうとうそのノート捨てるんだね。」
 
「だって、後でシン君が間違ってこのノート見てしまい悲しくなってしまうのが嫌だもの。」ノートをもう一度ペラペラと捲り、最後のページを見つめる。
 
ユル君を待って、帰ってきたら結婚する!
 
幼い文字は確かに私の字だった。
 
でも、それ以降ページには何も書かれていない交換日記
 
ユル君との運命は、きっとこの時で終わっていたんだね。
 
私は思い切って、ノートをゴミ袋に捨てた。
 
「!!」思いっきりな行動にガンヒョンがパチパチと手を叩いた。
 
「これで、チェギョンはもう幼い恋ともおさらばしたね。」自分も初めての彼氏からのオモチャをゴミ袋に捨てた。
 
「ガンヒョンも捨てちゃったね。」
 
「うん。なんか二人共又一緒に住むのに、別れみたいな引っ越しの片付けだね。」
 
「そんなはずないのにねー。」二人顔を見合わせ、笑い合う。
 
 
アパートの大家さんからの撤去を言われた私は、ようやくシン君に引越しの事を伝えた。
 
シン君は迷いもせずに「オレの所に来い。」としっかりとした口調で言ってくれた。
 
本当は嬉しかったんだよ。
 
でも、私はガンヒョンを選んだ。きっと今しか彼女としか暮らせないと思ったから。
 
その後シン君が拗ねちゃって大変だったけど、ちゃんとした時期になったら絶対にシン君のとこに行っちゃうんだから、それまで待っていて欲しい。
 
この狭くて古いアパートで寄り添って生きてきた二人の絆をもう少し感じていたいの。
 
ごめんね、シン君。私の我儘な思いを受け取ってくれてありがとう。
 
片付けをしながらシン君の事を考えてきた。

「ねぇー。やっぱり室長って大人ので、スマートだよね。」

「何、いきなりー。」シン君の事を考えていた時に、室長と言われ心臓が飛び出そうだった。

ガンヒョンの目線は、仕事場に届いたケースに入ったままのボッテガヴェネタの財布

「ビックリしちゃったよね。財布が壊れてどうしようと思っていたら、帰りには財布が届いたんだもの。」ケースから取り出しパカパカと開けてみる。

「ケースには、ブランド名が入ってあり、カードも入っていて、本物なんだねー。」しみじみと見てしまう。

「それにしてもシン君ってば、そんな高いの使っていたとは!」

「ほんと、このアパートの5カ月分の家賃払えるよ。」ガンヒョンはニヤニヤ笑う。

「ガンヒョンとこのギョン君だって、色んなお高いのをガンヒョンに買ってくれてるよねー。」私の目線は数々のブランドバックとアクセサリーボックス。

「どーしよかなーこの山。こんなのいらないんだけど。物よりギョンがいてくれるだけだ、いいのにー。」、ポツリと呟いたガンヒョンの声に私の片耳の大きさが5倍大きくなった。

「ガンヒョン!初めて聞いちゃったー。」ガシッと抱きついた。、

「ガンヒョン、可愛い!」ガンヒョンは何時も自分の気持ちを隠してしまうから、本心が聞けた時には本当に嬉しい。

「ちょっとー、抱きつかないでよー。最近具合良くなってきたんだから。さー、離れて離れて。」私の体を離した。

「そう言えば、ファンさん達の結婚式辺り具合悪かったよね?」

「風邪だったのかなー?でも、今は食欲も戻ってきてるから、落ちた体重戻さないと。」私を見て二ヤーと笑う。

「羨ましい!私なんか、空気吸うだけで太っちゃうのに!シン君がよく言うの、ぷにぷにして抱き心地が良いって。」。

「あはははっ。チェギョンは太ってないよ。そのままでいて。」優しく微笑むガンヒョン。
 
「うん?ガンヒョン。ちゃんと見てなかったんだけど、雰囲気が変わったね。」
 
「えっ?どこが」ペタペタと頬を撫でる。
 
「うーーん、どこって言えないけど、なんか変わったよ。」うんうんと一人納得する。
 
「なにそれ?」クスクス笑う。
 
「ガンヒョン、きっと良い恋をしてるからじゃない?とても優しい笑顔。」
 
「そんなこと言ったら、アンタ達も良い恋してるんだから、あれ?チェギョンは何も変わってないね。」真顔。
 
「もーー!ガンヒョンったら―。」私達の笑いは、古いアパートの屋上に響いた。
 
 
イメージ 2
 
「よし、もう時間だ。」残業時間の終わりが近づき、俺は片付けを始めた。
 
周りからもガヤガヤと音がし始める。

机の上を片付けていたら、イ・シン室長が傍に寄って来た。
 
「ムン・ジェウォン。これから、晩飯一緒にどうだ?」
 
イ・シン室長。
 
俺がこの会社に入ってから、ずーっと憧れていた人。
 
遠く離れている釜山店まで室長の仕事っぷりは聞こえていた。
 
後、女の武勇伝も。
 
だからちょっと前までは、憧れの室長のお誘いならば、ホイホイと付いて行ったに違いない。
 
でも、もう、前の俺とは違う。

チェギョンを好きなもの同士のガチンコの対決だ。

ライバルとして、室長のお誘いを受けよう。
 
「はい。ご一緒します。」
 
「そっかー、じゃあ準備が出来たら行くか。」俺の背中をポンッと叩き自分の席に行った。

俺は自分の席の上を片付けて、リュックを背中に背おう。

ビジネスバッグも良いかもしれないが、俺はまだこう言うのが好きなんだ。

室長が自分の鞄に物を入れている時に、見えた財布。

ボッテガヴェネタの、黒。

デカデカとブランド名が見えるのじゃなく、さり気なく高級な物を持っているとこも憧れる。

そして、その財布と色違いの財布を受け取ったチェギョン。
 
昼休みに、後ろの席から聞こえてきたチェギョンの言葉。
 
後ろの席にいた経理部の男達の耳がダンボになり、憧れのチェギョンの声を拾おうと必死になっていた。
 
でも、聞こえてきたのは、彼氏への愛の言葉。
 
どんだけ彼氏の事が好きなんだーって呆れてしまうくらいの惚れっぷり。
 
皆、ガックリと肩を落としていて気が付かないのか?
 
クールな室長が口に手を当て、一生懸命口元を隠しているのを!
 
俺の憧れのクールな室長が、彼女の言葉でデレデレになっているとは!

まじか!

恋というものは、大人の男子を狂わせてしまうと言うのを、改めて分かってしまった。
 
ジーッと俺に見られていたのを気付き、ゴホンッと咳払いをした。
 
そして、チェギョンの財布が壊れたという皆の声が上がった時、室長は携帯を取り出し何かを検索していた。
 
きっとあの時に手配したんだな。
 

どんだけアピール、アタックしても彼氏がいるからと何度も断り続けられ、まさか、その相手が経理部でチェギョンと一番仲の悪いと暗黙のルールのイ、シン室長だったとは。


鞄を持ち、こっちに向かってくる室長。

男の目から見ても、なんて色気のあるカッコイイ人なんだ。

身長もあり、顔が小さく手足も長い、まるでモデルのような体型。
 
そして、自分に合った質の良いスーツは、ピッタリと体に馴染み、靴もこんな時間なのに、磨き立てのような艶やかに光っている。

こんなスーパーイケてる人に、ガチンコ対決を言った俺って、馬鹿かもしれない。

シュンッと落ち込んでしまった俺の側に来た室長は「どうした?元気なさそうだ。」

「いえ、何でもないです。」

「そっかー、じゃあ、うまい飯食いに行こう。」バシッと叩かれた。

二人並んで歩き出した時「今日は車置いて行くから。タクシーで行こう。」
 
「お酒を飲むんですか?」
 
「嫌、あの車は彼女しか乗せないんだ。いくら部下でも乗せる事は出来ない」フッと笑う。
 
なんだよー、なんだよー。
 
二人のキモチの強さに、俺一人ジタバタとあがいているだけじゃないかー。
 
 
 




タクシーを降りて、見上げた先には。

韓国一の名シェフがいると言う予約の取れないレストランがあった。

モダンな佇まいに、俺でさえスゲーって声を漏らすほど、センスが良かった。

「室長、こんな所は予約しないと入れませんよ?」ズンズンと前を行く室長を止めた。

顔だけ向けて「電話して置いたから、大丈夫だ。」レストランの扉を開けた。

「イ・シン様お待ちしておりました。ご一緒のお方と2名様ですね。」深々と一礼をした店のギャルソン。

うん?顔見ただけで、名前が分かるなんて常連なのか?

ギャルソンに導かれ座った席は、カウンター。

「酒飲むか?」メニューには分からない料理の名前にプチパニックを起こしている時に、酒を勧められた。

これから自分の気持ちをドーンと言わなきゃいけないのに、酒の力なんか借りない!

「いえ、ジンジャーエールで!」

「そっかー、じゃあ。オレは、水を。」メニューをパタンと閉じて返した。

「食事は、ここのシェフのお任せにしておいた。人はどうあれ、ここの飯は美味いぞ」自然な笑顔に、男の俺までポーっとなってしまう。
 
「今は、美味い飯を味わおう。本題はその後で。」運ばれてきた飲み物、前菜を並べられ、俺の目は落ちそうになっていた。
 
「すっ、すっごい!」俺の苦手な野菜がいっぱいなのに。どれもこれも美味そうに輝いてる。
 
「なっ、ここのシェフは性格に難ありだが、腕は確かなんだ。次のも美味そうぞ。」フォークを持ち、ニヤリと笑う。
 
数々の絶品な料理は、俺の舌を虜にさせていく。
 
「いやーっ、こんな美味しいご飯食べた事ないです。」興奮して顔が赤くなる。
 
「美味しいだろう。なんたって韓国一のシェフだからな。」グラスを持ち、クスクスと笑う。

「室長ってこの店の常連さんなんですか?」

顔に手をつき、面白そうに笑う。

「シン!ホラッ。デザートよ。」大きな声がいきなり厨房の扉から、響いて来た。ショートカットの女の人が、小さなシュークリームがいっぱい並べられ、その上からは、生クリーム、チョコが散りばめられたデザートをトレイに乗せてやって来た。

その人は、俺を見た途端体が止まってしまった。

「ねーさん。そんな甘ったるそうなデザート、今日はチェギョンはいないよ。」

「ねーさん?」室長の口から出た言葉にビックリした。











今日の食材に下ごしらえをしている時に、携帯に電話のベルが響いた。

ポケットから出すと、シンの名前が出ていた。

通話ボタンを押すと「ねーさん、これから部下を連れて、そこに飯食いに行くから、美味しい飯頼むよ。」

「何人?」店のギャルソンに予約が入ったが、シンなので席は何時ものカウンターで良いからと伝えた。

「一人。」

「へー、珍しいね。アンタが、部下を連れてくるなんて。」

「あぁ、中々優秀な部下なんだ。そして、ライバル。」最後の方は小さな声。

「ライバル!そうよねー、あんなに可愛いんだから、いっぱい居るんでしょうね。オホホホーっ。でもね、チェギョンちゃんは絶対に私の妹になって欲しいんだから!アンタ頑張りなさいよ!」念を押した。

「わかってるって。」又、小さな声。

「アンタって、もー。チェギョンちゃんの事になると、自信が無いんだからー。あんなに好き好き光線出まくりのチェギョンちゃんは、アンタの事しか見てないんだからー、じゃあ、時間が勿体無い。電話切るからねー。」ブチっと通話を切った。
 
チェギョンちゃん意外の事なら、俺様態度で何でも出来るんだけどねー。
 
ほんと、チェギョンちゃんに恋してから、こんなに変わってしまって、毎回見る度に秘かに笑ってしまう。
 
前にカウンターに忘れ物をして、届けようと駐車場に行ったら。
 
助手席の扉を開けて、チェギョンちゃんを座らせ体を屈めて何をするのかと思ったら。
 
キッ、キス!ビックリしてしまった。
 
見ている私が、ウットリしてしまうくらいに優しいキス。
 
婚約者がいても、平気に女遊びをして女はやれれば良いって言っていた悪い男が、本当に好きになった女には愛たっぷり込めたキスをするなんて。
 
どうしようもなかった弟が、恋をして段々イイ男になっていくのを見るのも、姉の楽しみだ。
 
ふんふんと鼻歌を歌って料理を進めていたら、フッと気が付いた。
 
弟よりも、で、自分はどうよー?
 
30才を過ぎてしまって、彼氏はいません。初めての彼氏と別れてから早10年以上いないし。
 
これってヤバいんじゃない?つい、料理に情熱を掛けていたら、あっという間に30才で。周りの友達は結婚しているし。
この間の高級ホテルの優待券もシン達にあげちゃったし。
 
深い溜息を吐く。
 
ヤバイ、シンを心配するよりも、自分の心配をしないと。
 
今度、知り合いたちに男紹介してって叫ぼう!グッと拳を握った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
シンが連れてきた部下の為に美味しい料理を作り、甘ったるーいデザートを持ってカウンター席に持って行った。
 
 
 
「シン!ほらっ、デザートよ。」何時ものように声を出して出て行ったのに、私の身体が止まってしまった。
 
 
シンの隣に座っているわんこ。
 
嫌っ、間違ったワンコのような顔の男が座っていた。
 
 
ズキュ――――ン!
 
 
ヤバイ、ヤバイ私って大の犬好きで、付き合った彼氏もワンコ顔だった程、この手の顔に滅茶苦茶弱い。
 
デザートを持ったままよろけてしまうと
 
「大丈夫ですか!」スッと立ちあがった体に又もや、クラクラする。
 
広い肩幅からスッと細くなっていく腰、この体型もしや水泳やってました?
 
大好き過ぎる――!
 
ワンコの顔で、水泳体型、何此の男・・マジでタイプ。
 
「ねーさん、どうした?顔が赤いぞ。」眉毛を上げて、変な目でみる弟。
 
コイツ、このお宝何処に隠していたんじゃー。
 
「ダッ、大丈夫よ。」急に緊張してしまって声が震える。

私が作った絶品のデザートを震える手で、カウンター席に置いた。

「美味しそうですね。俺、甘いの大好きなんです。」目がキラキラと輝く。

ドビュッシュー!鼻血が噴き出しそうな音がした。

あかん、マジ大好きです。

まともに見ていると倒れそうなので、厨房に引っ込もうとしたら。

「こんな美味しいご飯有難うざいます!」

素直すぎるお言葉を貰い、その時は引き攣った笑いで会釈して、慌てて厨房に逃げ込んだ途端、フニャフニャと崩れ落ちた。

「オーナー!どうしたんですか?」慌ててみんなが集まってくる。

「だ、大丈夫。ちょっと骨盤がやられただけよ。あははーっと力なく笑う。
 
「オーナー、救急車は?」皆手を止めて私に近づいてくる。
 
「大丈夫だから、持ち場を離れないで。」腰は抜けたけど、声は何時もの仕事用の声を出た。
 
ほんと、どうしよう?シンが言ってた部下さんって、チェギョンちゃんの事が好きなんだよねー。
 
好きな人がいる人に一目惚れって、ドラマか?
 
チェギョンちゃんに恋しても、あのシンがいる限り、部下さんの恋は叶わない。
 
部下って言うくらいだから、若いんだよねー、私31才だし、韓国じゃ年上の女はあまり人気ないしーー。
 
どうしたら良いのか、腰の抜けたまま一人頬に手を当て、ジタバタしていた。
 
 
 
 
 
 
 
「ムン・ジェウォン、お腹もいっぱいになった事だし、本題にうつるか。」食後のコーヒーが出てきて、室長は俺の顔を見つめる。
 
「はい。」
 
「お前が好きなシン・チェギョンとオレは、今年の初め辺りから付き合っている。」
 
「・・・。」確実な言葉に、膝の上に置いていた手をギュッと握る。
 
「チェギョンの入社式の時に一目惚れをしてしまい、何度も付き合いを申し込み、断られ、逃げられ、付き合えるまで大変だった。」苦笑い。
 
「!!」室長レベルだと、あっという間に付き合えたかと思っていたのに
 
「お前と同じように、初めて好きになった女なんだ。だから、お前の気持ちは分かるよ。」何時もと違って小さな声。
 
仕事の時の自信満々な声とは、全くトーンが違う。
 
「30近い男が、好きな女の事になると、全く自信がないんだ。」辛そうな笑い。
 
「それと、付き合っているのを内緒にして、お前の気持ちを聞いていた、すまない。」深々と頭を下げた。
 
「室長ー!何するんですか!」俺は慌てて止めさせようとしたが。
 
「嫌っ。オレは卑怯ものだ。お前が全力で自分の恋を何とかしようとしているのを、うやむやにしていた。
 
オレの女に手を出すなとも、チェギョンの彼氏として正々堂々と向き合っていなかった。」
 
ようやく頭を上げて、俺の顔をしっかりと見つめる。
 
「人の想いを止めさせる権限なんて、オレにはない。でも、チェギョンの事を一番好きなのはオレしかいない。」
 
堂々と室長の気持ちを聞いた俺。
 
「チェギョンがオレの事だけ見てくれるように、良い男として成長していきたい。」さっきまでの小さな声ではなく、仕事の時のように自信に溢れた声は俺の胸に響く。
 
俺達は黙り込み、お互いを見つめ合う。
 
「室長、ようやく本心を聞けました。俺の気持ち知ってて、黙っていた事は大人の事情って事で無しにしましょっ。」ニヤッと笑う。
 
「良いのか?」
 
「もしかして、俺が室長の立場だったら、俺も同じ様にしていたかも知れません。だから、今日から正式に室長と俺はライバル関係ですからね。
 
今のところ、チェギョンは彼氏に夢中で、俺の事を見てくれませんが、室長が隙を見せてしまったら、あっという間にチェギョンをさらっていきますから。」ニヤリと笑う。
 
「ムン・ジェウォン、お前ってヤツは。」苦笑い。
 
「シン・チェギョン。こっちに来たばかりの頃は、男達が皆チェギョンの事を好きでいて、どこが良いんだって呆れてたのに。でも、今じゃーあーっ。とにかく好きなんですよ―っ、彼氏が室長なんて勝ち目のない恋なのに、止めることが出来ないんです。

アイツ、メチャクチャ可愛いですよねー、目の前で、甘えられたり、怒ったり、色んなのを見れる室長が羨ましい。」深い溜息を吐き、涙が出そうだ。
 
室長は俺をジーっと見つめ「ムン・ジェウォン。ライバルに情報を提供する。オレは1カ月位で、今の会社を退社する。」
 
「えっ?」急な情報に俺はビックリする。
 
「親の会社を引き継ぐんだ。元々今の社長が一人前になるまでの約束だったからな。もう大丈夫だろう。」
 
「室長がいなくなったら、経理部はどうするんですか!」大きな声を出してしまった。
 
厨房の方から、室長のおねーさんがフライパンを持ったまま出てきて「アンタ達、喧嘩はダメよ。」慌てて言う。
 
俺は頭を下げ「すみません。」室長も「喧嘩じゃないから。」手を振った。
 
「そお・・?」渋々と中に入っていった。
 
小さな声で「室長がいなくなったら、経理部は滅茶苦茶になりますよ。」
 
「アハハハッそんな事ない。お前が来る前にも一回オレは経理部から秘書課に行ったが、皆頑張って業務をやってくれていた。だから大丈夫。それに今はムン・ジェウォンお前がいるから、安心して辞めていける。
 
オレが辞めて行った後のチェギョンに悪い虫がつかないように見張りも頼める。」静かに笑う。
 
「室長、俺ライバルですよ。」
 
「分かってるって、信用できるお前だから頼むんだ」クスクス笑う室長は、男の俺が見てもカッコイイ人でつい見惚れてしまう。
 
「後、明日にはオレとチェギョンが付き合ってるって、皆に言うから。」
 
「そうですか、言っちゃうんですね。2人の事を知っている俺でさえも、室長とチェギョンに言われたらさすがにショックですね。それに皆、ビックリして仕事になりませんよ。」
 
「そっかーっ。」

「室長とチェギョンは、経理部の暗黙のルールですからねー。皆、室長を狙ってますから、チェギョンの事はノーマークで、皆泣きまくりますよ。」明日を想像して仕事がちゃんと出来るのか、不安だ。

「明日、休むなよ。」

「休みませんよ。でも、チェギョンを狙っていた男達も、ショックで仕事出来ないかと思います。
 
そうだ、定時終了の辺りにしてくださいね。帰り際なら仕事に影響はない筈ですから。」溜息を吐いた。
 







ムン・ジェウォンが帰り、カウンターにはオレ一人。

チェギョンにお土産を持って行こうと、ねーさんにデザートを作って貰っていた。

出来上がったのは、ベリー系でまとめられていた小さいケーキ。

部屋で食べる時には、良く食べさせてあげている。

大きな口を開けて待ってる姿が見たくて、いつまでも焦らして食べさせてあげない。
 
上目使いで、「早く食べさせてください。」怒る声も、睨まれる目も全て可愛い。
 
でも、今日はアパートにいるから、やってあげれないのが残念だ。

「何時もながら、凄いな。」蓋をして、立ち上がった。

「ねーっ、シン?聞きたい事あるんだけどー。」もじもじした態度に、オレの目が渋くなる。

「何だよ。」

「あのーっ、さっきまで居た部下さんって。又、連れてくる?」モジモジ。

「?あー、もしかしたら又連れてくるかもな。」何だ、アイツになんか用なのか?

「名前と年は?」暫くの沈黙の後、真っ赤になりながらようやく言った。

「!!」もしかして、オレの眉毛が上がる。
 
「ねーさん、チェギョンのデザートサンキュウな。」ニヤリと笑って歩き出した。
 
「ちょっ、ちょっとーー!シン、話はまだ終わってないでしょー!」必死な顔。
 
「明日、又連れて来るよ。ねーさん、化粧は念入りにな。」ニヤニヤ笑いながら、ねーさんの店を出た。
 
ねーさんのあんな顔、久々に見たな。
 
料理に無夢中になり過ぎて、優しい彼氏から別れを告げられ泣いていたねーさん。
 
あれから10年は経ったよなー。
 
次の恋はもうしてもいいだろう?
 
それにしても、ムン・ジェウォンに一目惚れって、ま―っ、アイツは稀にみるイイ男だ。
 
そして、オレの彼女に絶賛片思い中。
 
オレとねーさんは、どうやら好きな人がいる人の事を好きになるみたいだな。
 
ほんと、兄弟って似るな。
 
苦笑いをしながら、呼んで貰っているタクシーを待つ為、外に出た。
 
携帯を取り出し、チェギョンに電話を掛けた。
 
数回のコールで電話に出たチェギョン。
 
「シン君、お仕事お疲れさまでした。」可愛い声がオレの耳から全身に染み渡る。
 
機械越しの声ではなく、早く生の声が聴きたい。
 
「今から、アパートに行く。ねーさんの所でご飯食べたから、これからチェギョンに土産渡しに行くから。」
 
「わー、有難うございます。おねーさんのデザート毎回最高に美味しいので早く食べたいです。」
 
「今日は、オレの部屋に来る?」引っ越しの準備でオレの部屋に来れないのを知っていながら、望みを掛けてみる。
 
「今日も引っ越しの片付けしているので、ダメです。」
 
「だよな。」トーンが下がる。

アパート建て替えの為、引越ししないといけない彼女は、オレじゃなく、ガンヒョンを選んだ。
 
親友と一緒に住むってことはもうないからという事だったが、やはりショックだった。
 
何十回もアパートから連れ出し、オレの部屋で寝ているので、オレを選んでくれるかと勝手に思っていた。
 
オレの思い通りにいかない初めての女。
 
予想も出来ない事を数々されてきて、毎回驚いてしまう。
 
全く、大好きでしょうがない。
 
 
「早く此処に来てください。泊りに行けない分愛たっぷりあげますから。待ってます。」ブチっと切られてしまった。
 
 
突然切られてしまった携帯のからは、ツーツーと言う電子音。
 
「オイ・・・。」ガンヒョンが傍にいるからって。
 
溜息を吐いていると、ちょうどタクシーが着き、一旦会社に寄ってから自分の車でチェギョンのいるアパートに行こうとした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 





「ガンヒョンーっ、これからシン君来るんだってー。」バタバタと洗面所に走り出した。
 
「室長のとこに行くの?」片付け中の手が止まる。
 
「行かないよー。片付けしないとね。」前髪を一本結いにしていたのを外して、髪の毛を櫛でとぐ。
 
「やばっ、前髪の癖ついちゃってるー。どうしよう―、シン君に見られてしまうー。」ジタバタする。
 
「何言ってるの。そんな付き合ったばかりじゃあるまいし、そのままで出迎えなさい。」ガンヒョンの声が鋭い。
 
リップをぬりぬり。
 
「ガンヒョン、どう?まともになった?」
 
「?ほっぺが赤い。」ニヤニヤ笑う。
 
「だって―、シン君が来るんだよ。財布のお礼もしないと・・。会ったら言いたい事いっぱいあるし・・。外で待ってる。」サンダルを慌てて履いた。
 
「ちょっ、ちょっとー、さっき電話着たばかりだから、まだ来ないって。」ガンヒョンの声も聞かずに、アパートの玄関を飛び出し1階に降り何時もの方向を見続ける。
 
「まだかなー、シン君の車は特徴があるから直ぐに分かるんだけどなー。」遠くまで見れるように背伸びをした。
 
夏が段々近づいている夜。
 
私は、アパートの前で何時までも来ない車を待ち続けた。