済州島のファンさんとアン・ドナさんの結婚式から2週間後が経った。

感動がいっぱいの式が終わってしまい、皆静かな日々に戻っていた。





「チェギョン、その財布いつから使ってるの?」

一緒に昼ご飯を食べていた先輩に聞かれた。

「確かーっ。高校入学のお祝いに買って貰ったのです。」

「マジで?長持ちしてるねー。」経理部の先輩は感心した顔で財布を見ていた。

「壊れたら次のを買おうと思っているんですけど、丈夫なものでまだまだ使えます。」

白い合成革で出来た長財布、ワンポイントで四葉のクローバーがついている。

「でも、もうそういうのは卒業したら?チェギョンの彼氏は、何も言わないの?」先輩は心配そうに言う

「かっ、彼氏!?」彼氏という言葉を聞いただけで、顔が真っ赤になる。

「何赤くなってるのよ。付き合い始めたばかりじゃないんでしょう?」何、今更~という顔。

他の先輩も「チェギョンの初めての彼氏だからねー。」ニヤニヤ笑う。

「冷やかさないでくださいー。彼氏さんの事を聞かれると、心臓がーっ。」ドキドキしてしまう。

「どんだけ好きなのよ。」呆れ返る顔。

俯き「…すきで、好きで、好きすぎて困ってます・・。」頭の上から湯気が出ているんじゃないかと思うくらいの顔の熱さ。

この席にいる人達が,皆一瞬固まる。

「ちょっと、チェギョンたらーー。」私の隣のガンヒョンが腕をガンと小突く。

「はいはい、ごちそうさまでした。全く一人もんの私達の前で惚気ちゃってー、あーっもう戻ろう。」先輩達がガタガタと椅子を引き立ち上がった。

「ほらっ、チェギョンも。」私の肩に手を置くガンヒョン。

結婚式の頃から体調を崩していたガンヒョンは、今日は調子が良いとご飯を少し多めに食べていた。

でも、週末には病院に行ってみると言っていた。



慌てて立ち上がったら、財布を落としてしまい、しゃがんで拾い上げたら。

「えっ?」ホックが取れてしまって、蓋が出来ない状態になっていた。

今までどんな扱い方をしても、壊れる事もなかったのに。

「えーーーっ。どうしよう。」私の情けない声に皆集まり、財布を見始めた、

「あー、蓋が出来ないねー。チェギョン買い替え時だ。」先輩がニヤリと笑った。

「そんなー、ずーっと使っていて使い易かったのに。」しょぽーん。

「まーっまーっ、神様がもう新しいのに替えなさいって言ったのよ。」バシッと叩かれた。

「ほらっ、もう戻るよー。」誰が私の背中をドンと押した。

「わっわっ!」押された私は、体のバランスを崩しながら前に出てしまった。

ドン!

前に出た途端、後ろの席から出て来た人とぶつかってしまった。

私達の席と後ろの席の間には観葉植物がいっぱい置いてあり、お互いの席の事が見えなくなっていた

「あっ!すみません!」誰なのかも分からないのに、咄嗟に謝った

私の顔がスーツの胸元に当たるという事は、結構背の高い人だ。

うん?香りがする。この香りはーっ。クンクンと嗅ぎながら顔を上げたら。

「!!!」驚き過ぎて体の動きが全て止まってしまった。

「室長ー!」先輩たちの声が1オクターブ高くなり、ハートが飛んでいるのが見えるようだ。

「室長ー、側にいたんですねー。」「ご一緒するばよかったー。」先輩達の甘える声が飛び交い、私はドンドンと後ろに追いやられた。

離れた所から、オロオロと心配そうな顔で見ていたら、シン君が大丈夫だと言う顔をしてくれた。

あっ。

ホッとしてられない、シン君のカッコイイスーツに私の化粧がついてしまったかも。

又、オロオロとしていたら、ガンヒョンが「何してるのよ。」

「えっ。シン君の胸元に化粧が付いたかも?」困った顔でガンヒョンを見た。

「あんたは厚化粧じゃないから、掃うだけで良いんじゃない。大丈夫、大丈夫ー。先輩達は、室長から離れないから、もう行こう。」ガンヒョンから押されて歩き出した時、ムン・ジェウォンが側に来た。

「チェギョン、財布壊れたのか?」私が持っている財布を見ながら呟いた。

「うん、壊れちゃった。大事にしてたのになー。で、ムン・ジェウォン何処から来たの?」

「チェギョンー、俺も室長達と一緒にご飯食べていたんだよ。今頃気が付いたのかよ?」ジロリと見られた。

「うん、気が付かなかったー。」笑いながらガンヒョンと通り過ぎようとした時

「俺が新しい財布、買ってやるよ。」私の後ろから意外な言葉が聞こえて、後ろを咄嗟に振り向いてしまい、そこには照れ臭そうな顔がいた。

私とガンヒョン、一瞬の沈黙。

「今日の仕事が終わったら一緒に帰って、好きなの買ってやる。」

ちょっ、ちょっとーっ、いくらシン君から離れているからってそんな事こんなとこで言わないでよ――。

「要らないよ。って貰う理由がないよ。自分で買うから。」「ムン・ジェウォンに買って貰うはずないでしょう。」ガンヒョンも言ってくれた。

「前から言ってるだろう。お前の事が好きなんだ。だから、チェギョンの為なら何でもしてやりたい。」真剣な顔

「私も前から言ってるでしょう。彼氏がいます!」「チェギョンには、すごい彼氏がいるんだから、もう諦めな。」

「…知ってる・・。」ムン・ジェウォンの真剣な顔

「えっ?」ガンヒョンの顔が強張る。

「チェギョンの彼氏にチェギョンの事が好きだって、ちゃんと宣戦布告したから…オイオイ・・バレてないと思っていたのかよー,俺はこのソウルに来てからチェギョンしか見てないんだぞ。」

「!!!!」カッと頬が熱くなる。

「まっ、誰かに言い触らすなんて野暮な事はしないから。俺は正々堂々とチェギョンの気持ちをあの人から俺に向けさせてやるから。」ニッコリと何時もの笑顔で、手を上げて横にある階段を上がっていった。

残されて二人はボ――っとしていたが「ガンヒョ――ン!!どうしよー。」皆に内緒にしていた彼氏がバレている。

「バレてるって、だって名前出てなかったから、はったりかもよ。」冷静なガンヒョンの言葉

「前も、聞かれた事があったんだけど,上手くかわしたんだよ。」ガンヒョンを見て困った顔になる。

「ムン・ジェウォンは人に言い触らすヤツじゃないと思っているから。まっ、ここで悩んでいても仕方ない。もどろっ。」ガンヒョンに背中を押されてエレベーターの方に歩き出した。

後ろからは、先輩たちに囲まれているシン君がやって来た。

この会社の独身女性達の憧れのシン君。

そんなシン君と内緒で付き合っている私。やっぱり後ろめたい・・。

エレベーターの前で、深い溜息がフーッと自然に出ていた。










「誰かこの資料集め手伝ってくれないか?」午後からの仕事中に室長の声が響く。

室長がパソコンを持ち、資料を見ながら直ぐに打ち込みたいそうだ。

先輩達が自分たちの仕事を途中で止めてまでやりたがっていたが、そこは社会人グッとこらえて手を上げることがなかった。

そこに私の隣のィ・ジイ先輩が手を上げた「あっ資料室の事ならチェギョンが得意なはずですよ。何度も資料室の整理させられてましたからね」先輩がニヤリと綺麗な笑いで私を見ていた。

「え?」私ですかーー?仕事場では、出来るだけシン君の側に行かないようにしてるんですけどー。

「そうだな。適任者がいたな。シン・チェギョン行くぞ。」パソコンを持ち室長は立ち上がった。

「先輩ーー。」ムン・ジェウォンの事を先輩に相談したら「そっかーっ、バレてたか。」

「ちゃんと、相談してきなさい。」皆に聞こえないようにボソッと言ってくれた。

私は頭を下げてその場を離れた。












資料室のドアを開けると、机の上にパソコンを置き腰掛けて居る室長がいた。

「遅い。」ムスッと言う言葉。

「すみません。」慌てて中に入り室長に近づいた。

「で、何のファイルを希望ですか?」入社当時からずーっと怒られては、ここの整理整頓をさせられている私は、此処のことなら誰よりも知ってる。
「仕事熱心だな、シン・チェギョン。」フッと笑う。

「えっ?そう言う風に上司に育てられましたから。」二人顔を見合わせ笑う。

「今から話す話は、仕事じゃない。」ちょっとした間が空いて「食堂でムン・ジェオンに何か言われたか?」机の上に腰掛けているシン君は長い足の上で手を組み、私をジッと見る。

「!!何で知ってるんですか?」

「オレとお前が付き合っている事、アイツは知ってた。」

「しつっ・・。」室長ッと言いかけて

「今は室長じゃない。お前の彼氏。」机から立ち上がり、私の側に歩いてくる。

私の左手を持ち上げ薬指に輝くカルティエの指輪を触りながら「チェギョン、明日からオレも同じ指輪をして出社する。」ギュッと自分の指を私の指に絡めた。

「えっ?」二人のお揃いの指輪は、会社では一緒に揃うことはなかった。

私は繋がれた強い力と、カレの顔を見上げた。

「経理部の先輩達に言うんですか?」声が震えているのが分かる。

「そうだ。ちゃんと二人は付き合っている事を皆んなに言う。」シン君の顔が私の顔に近いできた。

「オレと一緒に住んでくれない、冷たい彼女って。」話の途中で私は止めに入った。

「シン君、もう~、話を戻さないでください!ちゃんと理由言って、ようやくシン君も頷いてくれたんですよね。」




ガンヒョンと一緒に住んでいたアパートの立ち退きの事をようやくシン君に言えた私は、「オレの所に来い。」って言ってくれた申し出を断ってしまった。

その後2日間会ってくれないし、ようやく会えても機嫌の悪い日が一週間続いて大変だった。

付き合ってからこんなに機嫌の悪いシン君は初めてで、どうしたらいいのかと悩んでいたら、シン君のおねーさんさんがアドバイスをくれた。

「いじけているだけだから。どんだけチェギョンちゃんに甘えているのかしらねー。でもね、チェギョンちゃん、シンは両親にも私にも甘えてこないから、チェギョンちゃんが羨ましい。」おねーさんのちょっと寂しそうな笑顔。

「おねーさん。」おねーさんの暇な時に料理を教えて貰っていて、具材を切る手が止まってしまった。

でも、急に意地悪な顔になり「そんなお子ちゃまには、いっぱいキスしてあげれば良いのよ。」そのアドバイスは、効果てきめんで。

私からのいっぱいのキスをもらったシン君は、10日ぶりにようやく機嫌が良くなった。



 

 


「分かったよ。もう言わない。」真剣な眼差しで私をジッと見る。

「チェギョン」私の大好きな声が私の名前を呼ぶ。

シン君の大きな手が私の頬を包み、カレの顔が段々近づいてくる。

誰が入ってくるのか分からない部屋で、キスをしようとしている私達。

心臓の音がシン君まで聞こえているんじゃないってくらいに、ドクンドクンって鳴っている。

互いの額を合わせ、見つめ合い、お互いの鼻をくっつけ幸せそうに笑い、シン君の唇は私の唇に重なった。

深く深くお互いの気持ちが伝わりますようにと!願いを込めて何度も重なり続けた。









「オイ、チェギョン。さっき総務からお前宛の荷物受け取ったんだ。」ムン・ジェウォンが小さな小包を持ち経理部の戻って来た。

某有名宅配便のマークがついている。

男子は残業で、女子達は帰ろうと支度をし始めていている。

「なんだろう?」小包の宛先にはこの会社の私宛になっていて「ありがとう。誰からだろう?」ガサガサと開けると、上質な紙に包まれた長い箱。

又、ガサゴソと外していき、蓋を開けてみたら。

「あーー―っ、この財布は!」ィ・ジイ先輩が叫んだ。

「限定カラーのお高いヤツじゃない!」

「えっ?」淡いローズピンクの編み込んだ革。なんかシン君の財布に似ている。

周りの先輩たちが集まって来た。

「ボッテガヴェネターー、欲しくても高くて私達の手には入らないモノがなぜ、チェギョンに?」先輩達の目がギラギラと私を射る。

「えっ?これって高いんですか?」箱を持ちおどおどと後ろに下がっていくと。

「ブランドものだから!!130万ウォン近いわよ。」

「えーーーっ!!」シン君の財布の色違いだから、そこまでは高くないと思っていたのにーー。

携帯のLINEが鳴った。

慌てて開くと、シン君からだった。

財布届いたか?財布壊れたんだろう?それを使え。じゃあ、今日は残業だから。」短い言葉。

「何?どうしたのよ?」

「彼氏からのプレゼントだったようです。」先輩達の気迫に押され気味。

「なにーーー!?なんで?チェギョンの財布が壊れているの知ってるの?」

「彼氏さんは、会社の人なので。」

「!!!」先輩達の目が益々光る。

「何?同じ会社なの?」

「はい。」モジモジと小さな声。

ガンヒョンとィ・ジイ先輩、ムン・ジェウォンはちょっとビックリしていた。

「誰なのよ―――!!」先輩怖いです。

「後で、後で、教えますから―――。あーーー。私の財布返してくださー―い。」

ようやく戻ってきた財布をギュッと握りしめ、何度も見てしまう。

「チェっ。」ムン・ジェウォンの舌打ちが聞こえる。

「ほらっ、チェギョン、もう帰ろうーー。」ガンヒョンがカバンを持ち更衣室に誘う。

「うん。」私も慌てて立ち上がり歩き出した。

誰もそばにいないのを確認してから、ガンヒョンは話し出した。

「財布ビックリしたよ。今まで会社に贈り物届ける事なんかしなかったのに。」

「うん、あのね、ガンヒョン。」

「うん、どうしたの?」綺麗なガンヒョンの髪の毛が光る。

「シン君が二人付き合っている事を、明日皆に言うんだって。」真っ赤になりながら小さな声は確実に届いたみたいだ。

「マジ!!??」

「うん。」

「そっかー、とうとうカミングアウトしゃちゃうんだね。でも、アンタたち、男も女もファンが多いから、室長ロスやチェギョンロスが始まるね。」

「シン君を好きな人多いからね。」

「嫌々、アンタもファンが多いって。」ガンヒョンが突っ込む。

「そっ、そんな事ないよーー。」困った顔。

「はいはい。まっ、明日のお楽しみだねーー。録画しちゃおうかしら。」ガンヒョンは笑い、私は止めてよーと笑い、幸せいっぱいだった。

明日になれば、二人の仲を皆に堂々と言える。

シン君からプレゼントをギュッと握りしめ、早く明日にならないかなーと呟いた。







でも、次の日からシン君は会社、経理部に来なくなってしまった。