「シン君、お邪魔します。」

オレのアパートの玄関で、チェギョンはペコッと頭を下げた。

シンチェギョンと付き合うようになってから、初めて一人でオレの部屋に来てくれた。

何時も、無理やり連れて来ていたので、ちゃんとした訪問は初めてだった。

まだ寒いソウルなので、迎えに行くって言ったのに

「彼氏の家に行くって言う過程が良いんです。」頬をピンクに染めて力説する彼女。

彼氏・・・なんて言い響きなんだ。

ようやく彼女との心が通ったばかりなので、彼氏と言う言葉だけで、幸せ過ぎておかしくなりそうだった。

今日の髪型も会社用とは違い、又カワイイ結び方で、サイドに髪を束ねて、巻いている。

四葉のクローバーのゴムが彼女らしい。

ブラウスにカーディガンにフレアスカート、彼女の頑張りがますます可愛くて、仕方がない。

出迎えるオレは、気楽にシャツにセーターにジーンズ。

平静さを装っているが、可愛さ倍増の彼女に心臓の動悸がおかしく鳴りつづけている。

リビングに招き入れて、ソファを進めたのに、彼女は本棚に目線を向けた。

「シン君、こんなの持ってたんですね?」持ち上げたものは、ヌイグルミ。

青い色のパンダで瞳が真っ黒だ。

「普通パンダって、白と黒なのに、この子は青と黒ですね。意外です。」色んな所を触っていると、あのボタンを触ってしまったようだ。

急に流れ始める曲。

「キミニムチュウ、キミニムチュウ。」

「わっ!曲が。」ビックリした彼女はパンダを落としそうになるが、しっかりと掴んだ。

ずっと鳴りつづけている曲をバックに彼女はオレをジッと見始めた。

オレは、苦笑いをするしかなかった。











チェギョンに片想いしていた頃。

「お前、今日もシン・チェギョンを怒ってたんだってな。」

インと二人、ホテルのラウンジで飲んでいる時に言われた言葉。

「ふんっ!まだまだ能力が追い付かないから、教育しているだけだ。」

「毎日毎日泣かせて、全く彼女が元々行きたがっていた部署に移動させたらいいじゃないか。」

「それは、無理だ!オレの側に置いておきたいんだ。」グイッと瓶のビールを喉の奥へ流し込んだ。

「シン、それって我儘って言うんだぞ。」呆れるイン。

オレには正式な婚約者がいる。

もう少ししたら帰国すると言う、と言うと結婚が待っている。

自由な身もあともう少しで終了してしまう。

愛してもいない女との結婚指輪を嵌めて、本当に好きなシン・チェギョンの前に出ないといけないと言う辛さ。

でもその辛さよりも、今は彼女をオレの元に置いておき、毎日顔を見て話をする

その小さな幸せを選んでいる。

そこに、インのLINEが鳴った。

「おっ!ギョンが仕事終わって飲んでるから、合流しに来ないか?だって。

「めんどくさっ」って呟いたのに、インはオレの腕を引っ張り、鞄を2人分持った。

「今日は、良いのがいないから場所変えるぞ。」ニヤって笑うイン。

「ヘイヘイ。」仕方なく立ち上がり、鞄を受け取った。










エレベーターで1階まで降り出口を目指して歩いていたら、お土産コーナーがあった。

そこの入り口に、クタっと置いてある青いパンダがあった。

観光客用だなと知らないふりをして、通り過ぎようとしていると、なぜか目線は又、青いパンダにいってしまう。

とうとう、目線だけではなく、体まで止めて引き返してしまった

すかさず、中から店員が出てきた。

「イケメンさん、彼女のプレゼントに青いパンダはどうだい?」メガネとマスクをしたオバちゃんはニコニコと対応する。

「彼女なんかいませんよ。」苦笑い、この年でいないなんて、なっ。

「じゃあ、好きな人は?」

「・・・。」

「いるね。じゃあ、その子に買ってあげな。アンタのキモチを代わりに言ってくれるよ。」青いパンダの手を押すと、曲が流れ始めた。

キミニムチュウ。この言葉をリズムに合わせて、ずーっと歌い続ける。

「ねっ、イイでしょう?」ニヤニヤおばさん。

オレはジーーっとパンダを見る。

「オイ!シン!付いて来ないと思ったら、こんな所で。」インが戻って来た。

「あーーっ、今日はイケメンが二人も来てくれたよ。メガネのお兄ちゃんが買わなそうだったら、アンタこれ買いな。」インの手に青いパンダを乗せて,ほれお金寄こしてって言っている。

オレとインはそこそこにお金は持っている。

でも、好きなオンナの為にプレゼントを買うなんて、今までした事が無くて戸惑っていた。

「ほらっ、此処押すと曲が流れるよ。」おばちゃんは一生懸命売ろうとしている。

流れてくる曲にインは驚き「これは良いですねー。」おばちゃんに秘書室恒例の営業スマイルをした。

「イケメンが笑うと良いねー、でもメガネのお兄ちゃんは怖い顔のままだ。」

フンっ!!余計な事言うなって。

「おばちゃん、これ買うよ。」インは笑いながら鞄から財布を取りだし。

「待った!オレが買う!」おばちゃんとインの間に入り、二人のやり取りを中止させた。

「なんだよ!!」

「オレが最初に見つけたんだ。」インの手を止め、オバちゃんから青いパンダを奪った。

慌てて財布から1万ウォンを出して、オバちゃんに差し出した。

「オレが買ったんだ」青いパンダを持って行こうとしたら

「ちょっと待て!そのままで渡す気かよー。」慌ててオレの持っている青いパンダを奪い、奥のテーブルに向かった。

テーブルには色んな材料が並び、オバちゃんはその材料を使い青いパンダをプレゼント用に仕上げていく。

「どんな女のコ?」

「可愛い、可愛過ぎてどう扱ったら良いのか、困ってる。」困り果てた顔。

「メガネのお兄さん、恐い顔じゃなくて、そんな顔も出来るんだね。こんな図体のデカイ大人のオトコが悩むくらい好きなんだね。」

「好きなくせして、毎日仕事で泣かせてばかりいるんですよ。コイツ。」インが教えなくても良い事を、オバちゃんに言った。

「アンタは、小学生か!」呆れたオバちゃんの顔。

「女は何だかんだと言って、優しい男が好きなんだよ。アンタは自分の運命を自分で終わらそうとしている。」

「確かに、初めて好きになったオンナなのに、でも、オレには親が決めた婚約者がいる。だから無理なんだよ。」

初めて会ったオバちゃんなのに、なぜかペラペラと言ってしまった。

「そっかー、それは大変だね。好きじゃない女との結婚は辛い、止める事は出来ないのかい?」

「オレは親の意見に逆らうように、育ててられてない。」ラッピングが段々できて来た。

「アンタは顔は怖いけど、親思いの堅実な性格なんだね。

気に入った!

アンタが変えれないのなら、相手の女に変えて貰らえば良い」オバちゃんはニヤニヤと笑う。

「???」なんだオバちゃん。

「ほらっ、できた!可愛いだろう?」黒と金のベルベットのリボンに透明なセロファンに包まれた青いパンダは、紙で出来た四つ葉のクローバーをいっぱい中に敷き座っていた。

「・・あぁ。」オレの手に乗せられた、青いパンダはオレをジーーっと見ているようだ。

「やっぱ、可愛いなー、今日の女の子に持っていきたかった。」インの悲しそうな声。

「オレが先に見つけたんだ。」ジロっと睨む

「何イイ年した男達が何言ってるんだか!じゃあ、さっさとそれ持って告ってきな!」バシッと腕を叩かれた。

「おばちゃん、今、夜の11時。」オレは時計を見る。

「なんと!じゃあ、私も店閉めるわ。」慌ててシャッターの下げる棒を持った。

「早いな。もし、万が一結婚がなくなって、好きな子との恋が叶ったら彼女と一緒に此処に来るよ。でもまーっ、結婚は破談になる事はないけどな。」オレとインは手を振りギョンの待っているBARに向かった。







月曜日の朝、何時も1番に経理部に出社するオレは、セロファンの中に入っているパンダを紙袋から出してシン・チェギョンの机の上に置いて、自分の席に座った。

ジーーっと青いパンダを見る。

「嫌っ、やっぱ止めよう!」慌てて机の上のパンダを奪って自分の席の引き出しに入れた。

そして、新聞紙を出して読もうとしたが。

「やっぱ、キモチ伝えないと!」引き出しを開けて、セロファンに包まれた青いパンダを掴み、バタバタと彼女の机の上に置いた。

そして又机に座わろうとしたが「何やってんだ!オレにはミン・ヒョリンと言う婚約者がいるだろ?諦めろって!」慌てて取りに行って又自分の手元にパンダは戻って来た。

「オレ、何やってんだろう?」フーーッと溜息を吐く。

アイツの事を好きなのに、伝えてはいけない。

せめてオレの気持ちを、この青いパンダに変わって伝えて貰おうとしたのに。

セロファンに包まれた青いパンダを自分の目線に持ち上げて「オレの片想いは伝えれないまま終わっていく」ポツリと呟いた。

「おはようございます!」扉が開き、イ・ジイさんや経理部の人達が中に入って来た。

オレは慌てて、引出しを開けてパンダを中に入れた。
















「この青いパンダは、オレの片想いが詰っている。」彼女に近寄り、青ぱんだに凸ピンをする。

「あっ、シン君そんな事してはダメです。」メっと言う顔をしながら、青いパンダのオデコを摩っている。

「お前に渡そうとしてた。」

「えっ?」驚きの顔。

「まだ婚約解消していない時に、思い余ってお前に渡すとこだった。

想いは伝えられないけど、せめてこの青いパンダをお前の元に置いて貰いたいってなっ。」苦笑い

「シン君。」

「良い事なんかしてこなかったのに、オレに奇跡が起こった。

今は、ちゃんと自分のキモチを自分の言葉で言える。」オレの指は彼女の可愛い頬に触れた。

「キミにムチュウ」オレの歌の歌詞に真っ赤になるチェギョン。

「一日中お前の事が頭から離れない。」オレの両手は彼女の頬を包み込み、顔を近づける。

真っ赤になった顔は、下を俯きどうしたら良いのか、変な動きをしていた。

オレはその様子が可愛くて、見続けていたら

「あっ!じゃーっ。こうしましょう。」

手に持っていた青いパンダをオレに持たせて、自分の束ねた髪に手をやって、四葉のクローバーの輪ゴムを外した。

その途端、良い香りが辺りに広がる。

普段の彼女の香りとは、ちょっと違うシャンプーの香り。

鼻がもっと嗅ぎたい!と疼く。

彼女の綺麗な指が、あっという間に、青いパンダの両腕にゴムを巻きつけた。

「青いパンダさんにはお歌をお休みして貰います!だって、シン君がこれからずーっと歌ってくれるそうです!」オレから青いパンダを奪って見上げる。

(゚Д゚)

イカン!目眩がする。

コイツはどうしてこういう事を平気にやれるんだ。

「お前なー!オンナがオトコの前で髪の毛解くのは、ヤリタイって意味なんだぞ!」

「!」ビックリし過ぎて、目が点。

「まったくー。今日はアノ日で出来ないんだから、誘うな!オレだって我慢してるんだからな。」両頬を指で引っ張った。

「シン君、痛いですーっ。」

「可愛すぎて困る!」チュッと彼女の唇にキスをした。

途端、又々真っ赤になる。

「ところで、今日はお前の奢りで昼飯食べに行こうと誘われたが?」イジワルに言う。

「あっ!そうでした!カムジャタン鍋の美味しいとこ奢りますって言ってましたが、1つに選べなかったので、私が作ります!

中々美味しいんですよ。

キッチン借りても良いですか?」彼女の足元には、ビニール袋が置いてあった。

オレは深い溜息を吐き、ヤバイこの天然娘。萌え所が沢山あり過ぎて、心臓が持たない。

全然知らない場所じゃないので、キッチンを目指して歩く彼女。

その後を付いて行く。

テーブルにビニール袋を置いて「シン君、鍋借りたいんですけど。」ウロウロとしている。

「鍋?そう言えば、一人用の鍋はあるけど、大きな鍋はないなー。」

「!!??じゃあ、カムジャタン鍋はできない・・。」

「なかったら、買いに行けば良いだろう?」彼女の手を握り、ニヤッと笑った。











「あっ?ここは。」目的地に着いた途端彼女が呟いた。

「お前から初めてプレゼントを買ってもらった場所だ。」

本と小物、様々なオシャレなモノが揃っている。

「此処なら良い鍋が売ってますね。」元々彼女はここの常連なので、オレよりも詳しい。

オレがドアを開けてあげる前に、彼女は先に降りて歩き出そうとしていた。

「チェギョン!待ってて。」彼女の元に近づき、ギュッと手を繋いだ。

「手を繋いでいないと何処かに行ってしまいそうだ。」先程の格好にトレンチコートを着ている彼女に、Gジャンにブーツを履いたオレは、ゆっくりとこの階段を上る。

この階段でキスをしたのに、ねーさんの店で逃げられたなー。

彼女の手をもっとギュッとする。

「シン君?。」オレの事を見上げてくる。

「嫌、何でもない」笑ったつもりが。

「人前でキスするなんて、初めてでした。普段の私だったら絶対にしませんが、それほど必死だったんです。

室長の事を好きだって事に気が付き、室長に自分の想いを伝えたくて。

でも、その後逃げちゃいました。」苦笑いしながら、オレよりも一歩先に階段を上りオレの目線と同じくなる。

「私のシン君への想いは急上昇中です。」テヘッと笑う。

「チェギョン。」オレの顔は彼女の顔を目指すが、彼女の綺麗な手がオレの顔を止めた。

「ストップーーです!!こんなとこではダメです。」

「キスしたいんだ。」キッと睨む。

「ほらっ、お客さんがいます。無理です。」それでもオレは彼女の手を突破しようとしたが

「今ここでしたら、もうキスしませんよ。」メっと怒る。

「マジかよ!」情けない顔になる

「そうですよ、ふふふっ。でも、それはもう無理かも?シン君とキスがいっぱいしたい私にとって、とても無理なお話しです。」

彼女の言葉に魂を抜かれたように、ボーっとしてしまったオレの手から彼女は手を離した。

「お家でキスいっぱいしたいので、シン君早く鍋買いに行きましょう。」綺麗な足が軽やかに階段を上っていく。
少し前まで、オトコと付き合った事のなかった彼女なのに、日々オンナの魅力でオレを誘う。

彼女の進化に置いていかれないように「チェギョン!」彼女を追いかけ、捕まえた。

「明日から又ギョンと出張だ。会えない分のキスするから。」もう彼女を逃がさないよう、オレはギュッと手を繋いだ。

ようやく付き合いだしたオレ達は御互いの想いを伝い合い・・一歩一歩お互いの距離を縮め合った。