会議が終わり、皆ぞろぞろと経理部に戻って行く。

 
昼休みにずれ込んだので、皆慌てて食事に向っている。
 
そんな時、ムン・ジェウォンに声を掛けられた。
 
「室長、ちょっとイイですか?」オレは、ファイル、ノートパソコンを片付けながら、ムン・ジェウォンを見た。
 
「相談したい事があって。」我が経理部のホープ、ムン・ジェウォン。
 
急にモジモジし始めた。
 
「オイ、何だ?早くしろ。メシ食いに行くのが遅くなるだろう?」オレは笑いながら言った。
 
「室長、実はこの間の飲みの時にも言ったんですが.俺シン・チェギョンの事が大好きなんです。」
 
纏めていたファイルパソコンの手が止まる。そして、ムン・ジェウォンをゆっくりと見た。
 
ムン・ジェウォンは照れながらポツリポツリと言い出した。
 
「俺、ソウルに来てアイツに出会って、雷に打たれたようになったんです。彼女を見ただけでビリビリと電流が流れてしまって、血が騒ぐんです。
 
欲しい。シン・チェギョンの全てが欲しいって。」
 
「・・・・・。」
 
「彼女には、最初何も言えなかったんですが、少しずつ言うようにして、今じゃ毎日言ってるんですけど。何時も困るって言われて、それに彼氏がいるみたいで。本当は諦めないといけないのに、ますます好きになっていくばかりで。室長、どうしたら良いんですかね?」自分の胸を掴み苦しそうな、ムン・ジェウォン。
 
オレはジーーーッとムン・ジェウォンを見る。
 
どうしたらって言うのなら。
 
諦めろ。それしか言えない。
 
でも、チェギョンと付き合っている事を内緒にしている為に、オレはこの言葉を飲み込む。
 
ムン・ジェウォン、釜山から来た男は仕事が出来るヤツだった。良く気が付きアイディアも良い。それに皆を纏めるリーダー力がある。
 
中々良い人材だが、オレのライバル?
 
イヤイヤ、オレとチェギョンの間には、誰も入れない。
 
ムン・ジェウォンを筆頭に色んなヤツが、チェギョンの事を狙っている。
 
全くオレは凄いオンナに惚れてしまった。
 
「そっかー、シン・チェギョンには、彼氏がいるんだ。」
 
「済みません、室長はチェギョンの事嫌いですよね。でもチェギョンは頑張り屋で俺のパートナーとして役に立っています。」
 
ムっ。そんな事判ってるって。お前よりもオレはチェギョンへの片思い歴は長いんだぞ。
 
ギロッと睨む。
 
「室長はオンナの扱いに慣れているからどうしたら良いのか、これからご指導して下さい。」深々と頭を下げる。
 
「慣れてるって、お前より長く生きているだけだって、お前だってそこそこやってきただろう?」
 
自分の今までの女の扱い方と、同じだろう?と聞く。
 
「いえ。俺って女の扱い方判らなくて誰とも付き合った事ないんです。シン・チェギョンは初めて好きになった女なんです」頬を染め堂々と言うムン・ジェウォン。
 
眩しい。
 
オレだって、チェギョンが、、初めて好きになったオ・ン・ナだ
 
でも、チェギョンに会う前のオレは最低オトコで、誇れるもんなんてない。
 
オレだってコイツみたいに堂々と。
 
 
 
 
 
 
 
一人、窓際に凭れて、タバコを吸っていた。
 
「フーーーッ。」タバコの煙の行き先を、ただボーっと見つめる。
 
昼休みも大分過ぎてしまった。
 
ムン・ジェウォンのチェギョンへの真っ直ぐなキモチにモヤモヤする。
 
このままじゃ、ダメなのは知ってる。
 
でも、この部屋から出れないでいた。
 
ガチャッ。
 
急にドアが開く音がして、オレの目線はドアに向う。
 
そこには、オレの愛しのシン・チェギョンが。
 
チョコドーナッツを頬張って、尚且つ。手にも、もう1つ持っていた。
 
お互い声も出さずに、見つめ合っていたが。
 
やばそうな顔で立っていた彼女は、この会議室から出ようと。
 
「オイ。何処に行く気だ?」オレはワザと低い声で言う。
 
残りのチョコドーナツを、慌ててハグハグと食べている。
 
「シン・チェギョン。」オレの声が響く。
 
「!!」彼女の体が飛び上がり、体の向きを変えた。
 
口の中のドーナツを結構消化したのか、言葉が出始めた。
 
「・・おし・・・ごと・・ですか?」モグモグ口が動く。
 
「嫌。」もう1度タバコを吸い始める。
 
「お昼前の会議室の掃除に来たんです。」ドーナツを食べ終わったようだ。
 
「そっかー、じゃあさっさと片付けていきなさい。」深く吸い込んだタバコの煙をはく。
 
上司のオレは、彼女に仕事の部下に接するように言う。
 
すると、彼女がジーッとオレの顔を見始める。
 
ここの片付けもせずに、彼女は手に持っていたドーナツを、ポケットから出したティッシュの上に置き、段々オレに近づいて来た。
 
「シン君なんか変です。」疑いの目でオレを見上げる。
 
彼女は会社では、オレの名前を中々言わない。
 
「何時も通りだが?さっさと行け。」ギロッと睨む。
 
前までなら、この睨み一つ彼女に向けると、ビビッて直ぐに泣きそうになっていたが。
 
今の彼女は気にせずにオレに話しかける。
 
「やっぱ変です。どうしたんですか?」彼女の両腕はゆっくりとオレの体に回る。
 
タバコが彼女の体に間違って触れられるのが嫌な為、タバコを携帯皿に押し込んだ。
 
チェギョンのマシュマロのように柔らかい体が、オレを包み込む感覚。
 
オレは無意識に目を瞑り、この感覚味わう。
 
「落ち込んでいましたか?」彼女の躊躇いがちな声。
 
「・・・・。」ギュッと彼女を抱きしめた。
 
全く彼女から抱きしめられた途端、温かくなる心。
 
ばれてるオレの気持ちなんか、バレバレなんだろうな。
 
彼女の髪にキスを落しながら「この世の中で、お前を1番に愛しているのはオレだ。絶対に誰にも譲らない。」
 
「シン君。」彼女がオレを見上げる。
 
「口の周りにチョコ付けていようが、なっ。」ちょっとばかり怒った口調で言いながら、口に付いたチョコを舌で取ってあげた。
 
「!!!!」真っ赤になり口を押さえる彼女。
 
「お前が会議室の掃除に、ドーナツ食べながらやっているのを、内緒にしてやるから、そこに有るドーナツ食べさせろ。」ニヤッと笑う。
 
「今日は、たまたまです。普段はこういう事しないんです。」頬を染め、ブーブー言いながら、ドーナツを持って来た。
 
「昼飯まだ食べてないんだ。此処でお前の事食べたいけど、我慢してチョコレートドーナツ食べるか。」
 
彼女の指で、一口分に分けられたドーナツを口に入れてもらう。
 
甘いけど、後からほろ苦さが広がる。
 
ずーっと食べていなかったチョコレートドーナツ、小さい時は食べていたが大人になってからは、遠ざかっていた存在。
 
チェギョンと付き合うようになってから、又食べ始めた甘い麻薬。
 
一口、口に入れる度に、もっともっと欲しくなる。
 
まるで、チェギョンのように。
 
又一口チョコレートドーナツがオレの口の中に入っていく。
 
「シン君、お昼御飯これだけじゃダメですよ。」口元に付いたチョコを指で拭いて貰う。
 
彼女は家に居る時のように、指に付いたチョコを口に入れて舐めあげた。
 
「やっぱ、美味しい。」彼女の微笑みは、オレの鼓動を早める。
 
何回もチョコレートドーナツを口に入れて貰い、食べていると。
 
「最後のチョコレートドーナツなくなりました。でも、シン君。お昼ごはんちゃんと食べに行ってください。」彼女はオレの手を掴み、テーブルに引き寄せて、座れと合図をする。
 
テーブルの端に座ったオレは、何をされるのか判らないまま彼女の行動を待つ。
 
何時もは身長差があるけど、今は目線が同じに交わる。
 
「確か、シン君の体って私のだから好きにしても良いんですよね?」ニッコリと笑う。
 
オレはジッと彼女を見る。
 
「自分の大好きな彼氏が落ち込んでいる時、励ましてあげたい。」彼女の顔がオレに近づいてきて、瞼にキスをする。
 
「甘い食べ物で癒してあげたし」右頬、左頬とキスをチュッとする。
 
「甘いキスで、抱きしめて温めたいです。でも、今は会社なのでキスだけです。」
 
チェギョンから、ゆっくりとキスをされた。
 
急に思い出す。
 
付き合う前に、この会議室でキスをした記憶。
 
彼女事を好きなのに、振り向いてくれない彼女に一生懸命だったオレ。
 
あれから月日は経ち、その彼女からキスをされているなんて。
 
奇跡だ。
 
チュッと言う音と共に、舐められる唇。
 
「チョコが口の周りに付いているイケメンシン君、大好きです。」ギュッと抱きしめられる。
 
只さえ甘い彼女は、甘いチョコの香りとチェギョン特有の良い香りを、オレの細胞の隅々まで浸透させた。
 
オレは天井を見上げて、彼女の体を強く抱きしめ返す。
 
「たまらない。シン・チェギョンは毎日進化し続けて行く。オレを置いてくなよ。」
 
「一緒です。何処までも一緒に行きましょッ。」優しく彼女のキスが重なる。
 
 
 
 
 
 
 
 
「あれ?帰る道と違います。」
 
残業の終った時間、地下の駐車場で待ち合わせをして、家に帰ろうとしていたのに、シン君の車は何時もと違う道へ入って行った。
 
「ちょっと寄り道するから。」ハンドルを持ちながらカレは小さな声で言う。
 
「そうなんですか。」
 
知らない道を行き、ある場所で止まった。
 
白い壁が綺麗な建物は、どうやら画廊みたいだ。
 
車から降りて店を見上げる。高そうなとこ。
 
こんなとこ初めてで躊躇していると、カレの手がギュッと私の手を握る。
 
「初めてか?」
 
「はい。一度も入った事がないです。」
 
「オレの同級生が経営しているとこで、緊張しなくても良い。」カレの優しい目が私を見下ろす。
 
そっかー、シン君のお友達ですか。
 
慌てて自分の服装と顔、髪型を窓ガラスでチェックし始める。
 
カレは私のそんな姿を見て「大丈夫だから。」一緒に中に入って行く。
 
優しい灯りの部屋には、パネルが何点か飾っていた。
 
「シン君、絵買うんですか?」素直に聞いたのに、カレはニッコリと笑うだけ。
 
そのパネルに近づくと。
 
「うん?あ!!」私だ。
 
1枚目の写真は「ウゲッ!!」新入社員のインタビューの写真で、人生初の強張った顔。
 
私は、隣のカレを見上げ「何で?これが此処に?」情けない顔で見上げる。
 
「オレの初めてのシン・チェギョンの写真だ。」
 
次を見ると、「あっこれ。」
 
人生初の出来事の次の日。
 
ペロペロキャンディを持つバスローブ姿の私。
 
「シン君から貰った指輪がキラキラしてました。」
 
次のパネルを見ると、二人で抱き合い写っていた。
 
「あっシン君のおうちですね。」
 
「あぁ、この顔、メチャクチャ可愛い。オレのお気に入りだ。」
 
「此処の画廊に、何で私達の写真が?」恥かしいけど嬉しい。
 
カレは笑い、次のパネルの場所に移動する。
 
二人で、ゆっくりとパネル達を見て行くすると、最後に白い台が置いてあった。
 
その台の上には、良くドラマや映画でしか見た事のない。
 
「・・・・。」
 
「オレ達の結婚指輪は、お前の首元に下がっている。」カレは一歩その場所に近づき、カルティエの字が書いている高そうなリングケースを手に持ち蓋を開けた。
 
パカッ。
 
二人しかいない部屋に響く音。
 
中には雑誌でよく見るカルティエのラブリング。
 
「本当に愛し合う二人だからこそ許しあえる、束縛したい、束縛されたい、という思い。
 
そこには、愛が単なる甘いものでなく、時には苦痛を要求するものであるという2面性が込められている。
 
身に付ける際は、パートナーの手を借りるしかない、中途半端な気持ちでは付けれない。
 
この指輪の意味だ。
 
結婚前のカップリングは右手の薬指輪につけるそうだが。このラブリングを左手に嵌めて、オレの女だから誰も近寄るなって示したい。」真剣な顔付きは、仕事の時とは違う。
 
「でも、強制じゃないからお前の気持ち次第・・。」シン君の話の途中、私は自分の左手を差し出した。
 
「早く嵌めて下さい。シン君のオンナだって、束縛されたいです。」私の頬が段々赤くなっていく。
 
「チェギョン。」強張るカレの顔。
 
カレはリングケースを台の上に置き、ラブリングを取り出した。
 
ゆっくりと近づくカレの指先には、真新しいラブリングが光る。
 
私の手を掴んだカレの手が冷たい。
 
「シン君、指先が冷たいです。」その言葉が聞こえないのか、私の指にラブリングがゆっくりと奥へ進む。
 
ラブリングは、私の指にシックリと馴染む。
 
「ふーーーっ。」カレの口から大きな声が聞こえた。
 
「シン君、大丈夫ですか!?」慌ててカレの指先を包み込む。
 
「もう大丈夫だ。ずーっと、緊張していて」カレの指先はちょっとばかり震えていた。
 
「マジですか?何時もは自信たっぷりなシン君なのに。」震える指先に自分の温かさを与える。
 
「オレだって只のオトコだ。お前が要らないって言ったらと考えてしまった。」
 
「そんな訳ないで。もうーーー、変な時心配性になるんですね。」指先の震えも止まり、カレの指の間に自分のを絡めた。
 
指輪の嵌めた左手を照明にかざす。
 
「綺麗です。凄く高かったんじゃ。それにパネルも。」私はパネルの方向を見る。
 
「お前が喜ぶならお金に糸目はつけない。」あーーッ、何時ものシン君だーー。
 
「それにしても、指輪、このパネルって。」
 
「指輪は、この間新世界デパートに行った時注文してきた。パネルは今日お前に慰めてもらったから直ぐに此処のオーナーに電話して、場所と、画像送るからパネルの作成を頼んだ。」
 
私はシン君を見上げて「もう、おうちに帰りましょう。私もシン君に指輪の変わりに、いっぱいの愛あげないと。」
 
カレと繋がっている指先を、強く強く握った。