冷たい視線のまま、チーフを呼び、行ってしまったシン君。
久々に見てしまった冷たい瞳。
それは、冷たい素材の眼鏡を通して、もっと冷たく見えてしまう。
シン君。
私のアパートに送ってきてくれた時には、あんなに優しく温かい目だったのに。
それに、優しいキス。
職場が離れてから、優しいカレしか見なくなり、すっかり忘れていた般若の存在。
入院した課長の席に座り、ノートパソコンを開き、チーフに色んな状況を聞いてる。
私は自分の手を止めて、経理部を見渡す。シン君がこの場所にいるだけで、空気が違う。
シン君の代わりに来た、新しい課長さんは、慣れない仕事を一生懸命こなしていて、皆が不安な空気を出したまま働いていたが。
シン君が席に座り、久々の業務に取り組んでいるだけで、皆が安心して仕事に取り掛かっている。
この大勢の皆を安心して働かせる男。シン君って、本当に凄い。
居るだけで、絶対の安心感がある。
「チェギョン。」
「・・・。」
「チェギョンってば!!」隣の先輩に腕を掴まれた。「何ボーっとしてるの?」
「あっ!!すみません。」慌ててパソコンの画面を見る。
「もーーッ、チェギョンの天敵の本部長が戻って来たからって、逃げ出す事考えてたの?」先輩は笑う。
「天敵?」
「もう、あんなに嫌ってたでしょッ。あだ名まで付けちゃって、すっごく嫌ってたよね。」
私は苦笑いをしながら。もう、毎日愛され過ぎて忘れてました。(汗)
「あだ名?」急に割り込んできたムン・ジェウォン。
「そうそう、チェギョンたら、何時も本部長に怒られて泣かされて、般若ってあだ名付けてたの。」笑う先輩。
「いやーーっ、もう忘れちゃってくださいーー。」
「お前って、凄いなー。あの男達の憧れのカリスマイケメン社員。一緒に仕事できるなんて、ウソみたいだ。」ムン・ジェウォンが興奮している。
「えっ?ムン・ジェウォン、貴方だって釜山から課長が連れて来るほどの、仕事っぷりでしょう。」
「足元にも及ばない。あの人の伝説は色々と聞いてる。仕事でも女の事もな。」意味ありげに笑う。
「女?」
「噂だけどな。凄いらしい。数も、テクも。」ムン・ジェウォンの目が輝く。
「えっ?数?」
「おっと、おこちゃまなお前に話したら、倒れてしまうから止めておくよ。」
「ちょっとー、本部長は今は大事な彼女がいるって言ってたわよ。」先輩が入って来た。
「あんなイイ男、女達が逃す訳ないじゃないですか。」
「久々に本部長見たけど、ますますイイ男になっちゃって。もーー色気が出まくりで、あのスーツも似合う。」ウットリと見つめる先には、シン君がいる。
今日のスーツは、私がクローゼットの中から選んだモノ。
何時もは、シン君が自分で選ぶんだけど、今日はカレにおねだりをしてみた。
クローゼットは、絶対に手を付けては行けない所だと思っていて、近寄らないようにしていた。
でも、昨日。
「此処の場所、お前のモノ置くようにしたから、使え。」引き出しとシン君のスーツが並んでいる隣を指さした。
ボーっとしている私を、照れながら「何時もその辺に置きっぱなしも大変だろう?それに、キャラ下着もちゃんと補充して置くとこが必要だ。」私を抱き寄せてくれた。
カレのスーツを見て、昨日の事を思い出して、熱くなってしまった。どうしよう。こんなんじゃ、仕事にもならない。
シン君がこの経理部に戻って来たんだもの、ずーっといるよね。
やばいよーー。
「オイ、シン。チェギョン。お前顔真っ赤だぞ?」急にムン・ジェウォンにイスを回転させられて、彼を真正面に見てしまう格好になった。
「オイ。大丈夫か?熱あるのか?」私の額に手を当ててきたムン・ジェウォン。
ビックリして、一瞬体が止まったけど、彼の手をはらった。
「大丈夫だから。」私はイスを回転させ、体を机に戻した。
何急に?ビックリするじゃない?もう、ある意味心臓に悪い。
隣の先輩は、ニヤニヤ笑って「アンタ達、お似合いだわ。」
ムン・ジェウォンも「そっすっか?イヤーッ、照れるなー。で、チェギョン、熱なかったっぽいけど。」もう1度私のイスを回転させようと。
「シン・チェギョン。来い。」突然、シン君のイイ声がこの部屋に響く。
「えっ!?」急な事で、体が対応できない。
「シン・チェギョン。早くしろっ。」経理部の皆が、いっせいにこっちを見る。
そう言えば、シン君が室長のとき、怒って私の事呼ぶ時、皆慰めの目で見てたっけ。
その懐かしい目が私に向けられる。
「あっ。ハイ!!」慌てて立ち上がって、カレの元に向う。
そこには、すごーく不機嫌たっぷりなカレが座っていた、
あっ。般若。
久々な般若の登場は、どうしようーーーーー。
「シン・チェギョン。昨日作った書類、、此処と此処が間違ってる。やり直しだ。」シン君が持っていた紙は、私に渡る。
「お前、オレがいない間、こんな感じだったのか?能力の劣るお前を一生懸命、皆と同じようにと叱っていたオレの努力は、無駄だったのか?」シン君に渡された紙の、間違っている部分に大きく×が付いてあった。
「あっ!!済みません。直ぐに直します。」
「オレは、入院中の課長と違って、甘くないからな。」
「はい。判りました。」久々な般若な顔で叱られた。しっかりしないと!!
シン君が此処から去って、私は少しでも成長したってことを、カレに知ってもらわないと。
でも、最初から躓いてしまった。
チラッと見ても、般若の顔からは、私だけが知っている優しいシン君はいなかった。
そうだよ、シン・チェギョン。ここは会社だよ。仕事、遊びに来てるんじゃないだよ。
シン君が、仕事に真面目なのは、散々知っているはず。何度も泣かされたじゃない。
シン君と付き合ったからって、仕事まで特別扱いする人じゃない。
「それに、新しいヤツとペアなのか?」
「はい、ムン・ジェウォンさんとはペア組ませてもらってます。」
私だけに聞こえる声は「オレは何も聞かされてない。」私を見ようともしない目。
あっ。そう言えば、この事言ってなかった。
「ムン・ジェウォンは優秀な社員と聞いている、お前がペアだと足を引っ張る。誰か他のヤツを。」
その言葉にムッとした私は「そんな事ないです。私出来ます。」向きになって言ってしまった。
シン君の目線が私の目とぶつかる。
「出来るのか?」カレの冷たい目が光る。
「彼の事をサポート出来ます。」しっかりと答えた。
私が持っている紙を指差し「そんな簡単な間違えをしたのにか?全く何考えて仕事してるんだ。」
ぐっ!!
ヤバイ、久々にきてしまった。カレの言葉が、私の涙腺に響く。
ここは持ち堪えないと。でも、口は勝手に。
「シン君の事しか、考えられません。頭の中はシン君で一杯です。」シン君にしか聞こえない小さな声で呟く。
この言葉は、仕事上言っちゃいけないけど、つい出てしまった。
八ッとするカレの顔。そして、都合悪そうに、口元に手を当てた。
「取り合えず、自分の席に戻れ。」頭を下げて自分の席に座った。