室長が、この経理部から突然居なくなって、私達は毎日大変な思いで仕事をこなしていた。
新しく来た室長は、40代の太っちょさん。
釜山支店から、突然の移動だったみたいで、てんてこ舞いみたいだ。
良く分かっていない新しい室長が、指示してくれないので、慣れている私達が自分でやっていかないといけなくて、前よりも仕事量が増えた。
休憩時間、皆で集まって言ってしまう言葉は。
「室長に戻ってきて欲しい・・ね。」
「室長も大変みたいよ。急な社長交替で社長に付いて、色んなとこに飛び回らないといけないので、休む暇もないみたい。」
「えーーー!!室長のお体が心配だわー。」
「私たちで良ければ、お手伝いしたいーー。」聞いている私は、一人温かいココアを飲み干した。
そして、クリスマスの夜。ガンヒョンと私は、何時もの焼肉屋さんで過した。
相手の居ない2人はお腹を満され、駅に向かって歩いて行った。
途中セレクトショップのショーウィンドーを見上げた。
ダークグレイの細みなスーツを着ているマネキンさん。隣にはキレイなマネキン。
室長に似合いそう。
ぼーーっと酔ッぱらいは、マネキンを見続ける。
目線は、ネクタイに向かう。
急に決心した私は、セレクトショップの自動ドアのセンサーに触れた。
急にいなくなった私を探しに、ガンヒョンも中に入って来た。
「それ買うの?」
私が手に持っているのは、ショーウィンドーに飾ってあったマネキンがしているネクタイと同じ物。
ドット柄の中に、2個だけ四つ葉のクローバーがあった。
「うん、買う。室長に似合いそう。」
「ちゃんと渡しなさい。」酔っ払いガンヒョンは、命令する。
「渡さないもん。これは大事に持っているの。私に合わないレベルの高い男を好きだった記念。誰かと結婚しても、これは一緒に持って行く。」笑う。
「バカ、チェギョン、素直になりな。」デコピンされた。
「痛いよー、ガンヒョン。」額に手を当て、顔を歪めた。
「ちゃんとスマホ見なさい、いっぱい室長から着てるでしょッ。」呆れ顔。
ギクッ。
「だって。からかって。」
「未だ言ってる。恋愛経験が少ないとーっ。相手の事ちゃんと見なさい。あんな上等の男が、いっぱいのメールくれるなんて。羨ましい限りーっ。」呆れる。
「ガンヒョンにもギョン君から着てるよね。」
「私は、ちゃんと返事してます。」又デコピンした。
「室長のレベルより落ちるけど、似合わない社長職を一生懸命やってる、見直したかな。」二人の酔いは段々冷めていった。
ちょうどその時、キレイにラッピングされた細い箱を渡され、私は大事に受け取り優しく抱きしめた。
「全く、そんなに大事なら渡しなさいよ。」外に出ると、寒い風が身に沁みる。
「さっむーーい。」大きい声で叫ぶ。
「早く家に帰ろーーー。」2人小走りで駅に向かった。
家の前に行くと黒い車から人が降りてきた。
月明かりで、顔が見えない。
「ガンヒョン。」急に走り出してきて、ガンヒョンを抱きしめた。
「オレの白鳥ーーー。会いたかったーーー。」ギューギューされているガンヒョン。
「ギョンなの?」
「俺しかガンヒョンの事抱きしめるヤツ居ないだろう?」笑う。
「ずーっとかまわないで居ると、どッかにいっちゃうよ。」笑う。
「それは、あんまりだーー。」
月明かりに照らされた2人、とても嬉しそうに見つめ合う。
突然の交代劇に、寝る暇も無い程忙しかったギョン君。
「ちょっとしか、居れないけど。」2人の顔が近づき始める。
それまで、クリスマスに会えた二人を喜んで見ていた私。怪しい雰囲気に慌てて離れようとしたら。
「オイ。ギョン、後5分だからな。」言う声が聞こえた。
「ちっ。判ったよ。」たった5分で色んな事をしようとしているギョン君を笑って見ていると。
「もしかして、経理部のシン・チェギョンさん?」外灯の灯りの下に来た男の人は。
確か、カン・インさん。
「俺が可愛い子を忘れるはずがない」ニヤニヤしていた。
「・・・。」
「そんなに怯えなくても。オレは危なくないよ。シンの片思いの女の子に手を出すなんて、ヘマはしない。」ニッと笑う。
「えっ?」
「入社式の時に、イ・シンは君に惚れてしまった。本当は秘書課に来る筈だったのに、無理矢理色んな手を使って、君を自分の経理部に入れたんだ。それからもう早8ヶ月。アイツがズーッと片思いしているなんて、ウソみたいだ。」
「ほれた、8ヶ月、片思い。」まさかのワードが出て来て、私は戸惑う。
「俺はこれ以上、言わない。後はアイツと話ししなさい。」優しく笑うカン・インさん。
「だってからかってるんっているんじゃ?」喉がカラカラで、変な声で聞いてしまった。
「からかう?まさか?初めての片思いが辛いってぼやいてる。笑えるよな、28才になって初めての片思い。
それもあのイ・シンがなっ。
オイ、ギョン!!もう行かないと、シンに怒られるぞーー。」
「判ったよ。じゃっ、ガンヒョン、落ち着いたら、ちゃんと来るからーー。」と2人は慌てて車に乗って行ってしまった。
後に取り残された2人、この寒いソウルの中で・・ボーーッと車が走って行った方向を見続けた。
「チェギョン、中に入ろっ。ここに居ると凍死しちゃうーー。」ガンヒョンに押された。
家の中に入っても、ボーーッとしている私。
「ちょっと・・、チェギョンたら、大丈夫?」ガンヒョンは、私の目の前で手をパタパタと振る。
ハッと気が付いた私は、カバンから慌ててスマホを取り出した。
ずーーーッと見ないで貯めて置いた受信ボックスに指が触れた。
室長という名がズラーーーッと並ぶ。
その一つ一つを、開き始めた。
「ふーーーっ。」ようやく今日の仕事を終え、自分の椅子に座った。
自分のデスクの上には、本部長 イ・シンと言うネームプレートが置いてあった。
メガネを外して、目を暫く瞑った。
本部長?合わないな。
パソコンを立ち上げ、壁紙をボーっと見ている。
四葉のクローバー。
チェギョンが色んな物に付けているのを見ている内に、自分も自然に。
ネクタイを緩める。
ネクタイの柄も目立たないとこに四葉のクローバーがある。
突然の社長交代劇で、あの次の日、仕方なく離れた経理部。
アレからもう何週間。
新しい年を越してしまっている。
ちゃんとした説明も出来ずに会えないでいる。
もう少ししたら、ギョンの仕事も落ち着く、その時にちゃんと会って話しないと。
オレはパソコンの横にある。小さい箱に触れる。
クリスマスが過ぎてから、毎日オレの居ないデスクの上に、置かれるようになった小さい箱。
中には、2個のチョコに小さな紙。
疲れた時にはチョコが良いんですよ。紙の端には・・・四葉のクローバー。
四葉のクローバーを見ただけで、誰かが判るのに、この字特徴のあるこの字は。
オレがずーーーっと想っている女。
箱からチョコを取り出し、ゆっくりと味わう。
「甘い、アイツみたいに甘い。早く食べてみたい、甘くて甘くて溺れてしまうんだろうな。」2個のチョコを味わい、傍に置いてあったメガネを掛け、もう一度明日の仕事をチェクした。